VSヴァルハザード 3

「……シンイチロウさん。少し立ち止まって集中する時間が欲しいので、協力、お願いします!」

「ああ、任せてくれ!」

 足元の救世獣に指示を出しつつ、シンイチロウは拳銃を構えた。救世獣が発進するのを見届け、真由美は小さく深呼吸する。逸る鼓動を落ち着かせるように。


『オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!』

「リロードリロードリロードリロードリロードォ!!」

 溢れる熱気は殊更に暴力性を帯びていた。打撃と蹴りとブレスと爪撃が乱舞し、その度に紅蓮の火花が散る。辺りからは既に焦げたような匂いや、救世獣が焼ける金属臭が漂っていた。

 赤く熱された爪があやかを襲う。とっさに身を捻るが、避けきれず頬が裂けた。リペアで治しながらも、あやかは昂る鼓動のままに軽口を叩く。

「ったく! モテねーぜ?」

『はっ、まだまだ余裕そうだなマギア・ヒーロー! そうでなくっちゃ──甲斐が無ェ!』

 言うが早いか、ブレスがあやかに直撃する。体勢を崩したあやかに、容赦の欠片もないブレスの連撃がぶち込まれる。その数、十連射。ド派手に吹っ飛ばされたあやかを、救世獣を駆るシンイチロウが回収する。

「うぉっ、シンイチロウ様せんきゅ! 俺様お星様になるとこだったぜ」

「……冗談言う元気があるなら大丈夫そうだな。俺も前線に出る」

「おーらい!」

「……あとは言わなくてもわかるな?」

「そりゃーもちろん!」

 黒焦げになりかけた身体をリペアが修復する。その勢いのままあやかは再びヴァルハザードへと跳んだ。シンイチロウはそのやや後方に陣取り、リボルバーを構える。あやかが手近な救世獣を蹴って跳び上がるとともに、シンイチロウは『エボニー』の銃爪を引いた。

閾祁討閃いっきとうせんッ!!」

 それは圧倒的な強者を穿つ一射。対する敵が強ければ強いほどその威力を増す、正に一騎当千の一撃。それを土手っ腹に喰らい、ヴァルハザードは拳銃を構えた少年を見やる。

「火竜、お前の相手は彼女だけじゃないぞ」

『はは、威勢がいい奴は嫌いじゃねーぜ! どうやら小細工だけじゃねぇみてーだが──見せてもらおうじゃねェか、お前の力ッ!!』

「……ッ」

 竜の殺気がシンイチロウに直に襲い掛かる。熱気で乾いた喉が無理やり唾を呑み込んだ。ここから先は本気で挑まないとやられる。飛びかかるあやかの後方に陣取り、更に周囲の救世獣に指示を出す。一斉に放たれる刃物や針の嵐がヴァルハザードを襲う。しかし尾の一薙ぎで容易く一掃されるも、すぐにまた追加の救世獣が襲い来る。

 炎纏う拳と銃弾、ブレスと爪撃、そして無数の救世獣が入り乱れ。

 そして、そして。

 乱戦の中でただ一人気配を消していたあの少女が、目を見開いて。


「三歩必殺──ッ!」

 ヴァルハザードの喉に、水色の一閃が走る。


「──っ!?」

 喉に、赤い閃光が走る。一拍の静寂ののち、線状の光が文字通り爆ぜた。轟音と共に大火力のブレスが爆ぜ、連続で放たれようとしていたブレスの種に引火する。いつの間に近づいた? 突如一斉攻撃を始めた無数の機械の獣たちは布石だと、どうして早く気づかなかった。無数の獣に紛れてあれほどまでの接近を許すなど──連なる爆発に身の内から引き裂かれながら、ヴァルハザードは牙を食い縛る。知っていた。知っていたはずなのに、やはり人間を侮ってしまっていた。脅威たる人間は、あの黒い少女──マギア・ヒーローだけではなかった!

 収まる気配のない爆音が鼓膜を叩く中、真由美は落下地点にクッションを出して爆風の衝撃から身を守った。そんな彼女を見て、あやかは爆風に上手く乗って真由美のところまで飛んでいく。

「うおおーーーーすげぇぜ真由美!」

「た、高月さん待って抱きつかないで待って高月さん燃えてるんだからっ!」

「あ」

 抱きつこうとした腕を引っ込め、真由美の前に着地するあやか。真由美は仕方ないんだからと言いたげな面持ちだが、こそばゆそうなのが丸見えだった。そんな二人を少し離れて見守りながら、シンイチロウは警戒を崩さぬまま竜を凝視し──


「……く、ははっ、はははははははは!」

 ──響く、哄笑。弾かれたように顔を上げる。竜は斬られた頚から血を滴らせたまま、爆発的な笑い声を上げていた。まるで竜生における至上の大望が成就した歓喜に、あるいは唯一無二の友と出会えた感激に、心の底から身を任せるように。

「──ははっ」

 あやかの喉からも自然と笑い声が漏れた。同じ願いを抱く故のシンパシー。

「面白ぇじゃねーか!! まさか人間っつー生き物がここまで竜に……それも俺に! ここまでの傷をつけるたぁな」

 未だドクドクと血を流す首筋を指でなぞる。おくびにも出さないが、ヴァルハザードは既にかなりのダメージを負っていた。あやかの無限に強くなる打撃をまともに喰らい続けた結果、ところどころ鱗が砕けている箇所もある。

 されど竜は声を上げて笑う。それこそ本望、それこそ宿願。叶えてくれた人間たちには感謝しなければならない。


「侮るのはもうやめだ──改めて、名を聞こうじゃねえか」

 獰猛に笑う竜を真っ直ぐに見返し、三人はそれぞれに名乗りを上げる。

「マギア・ヒーロー!」

「マギア・メルヒェン」

「シンイチロウ・ミブ」

 それぞれの名乗りを聞き届け、ヴァルハザードは一度大きく頷いた。そして燃え盛る翼を強く羽ばたかせ、徐に飛び上がる。

「シンイチロウ、メルヒェン──ヒーローッ! 感謝するぜ、テメェらはずっと待ち望んでたモンを味わわせてくれやがった──血沸き肉踊る死合ってやつをよ!」

 膨れ上がる熱気。朗々と轟く声。火竜の腕から、首筋から、あるいは指先から次々と業火が噴き出していた。それは瞬く間に竜の全身へと回り、その身を業火の化身と成す。

 ワールドヘッジを覗いた真由美が息を呑んだ。今まで与えた傷が消え去っている。それに炎の温度も──桁が、違う。


「さあ──まだまだ死合を楽しもうじゃねェか!!」


 ──モード『炎帝ノア』、顕現。

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