祝福を、黒に抗う者たちへ

「え、俺?」

「ああ」

 ぽかんとするバッドデイと、話の続きを待っている遥加とマルシャンス。

「暗黒竜王を討ち果たす一縷の『希望』が、これよりこの戦場に舞い降りる。貴殿にはその護衛を頼みたい」

「え!? いや、いやいやいや、俺にはちっと荷が重すぎねぇか!?」

「君のスピードなら竜くらい撒けるんじゃない? 風竜は向こうの主力にはいないっぽいし、スピード自慢の光竜はジャイアンみたいな妖魔が抑えててくれてるみたいだし。できるでしょ。知らないけど」

「そんな無責任な……」

 残像が出るほどのスピードで首を横に振るバッドデイと、トゥルーヤの呑気な発言にため息を吐くマルシャンス。でも、と彼は顎に手を当てて口を開く。

「理屈としては間違ってはいないわ。上位竜種なら容易くついてこれるだろうけど、その上位竜種の大半は他の子たちが抑えてくれてる。ただ、万が一上位竜種やスピードがある竜が追ってきたらバッドデイだけで逃げ切るのは難しいんじゃないかしら?」

「あー、それなら僕が攻撃に回ろうと思ってる。けど僕も今は訳あって術式一式使えなくてさー、できれば君たちにも協力してほしいなって」

「もちろんっ! マルシャンスさん、お願いしていいかな?」

「喜んで。……遥加ちゃん、アナタはどうするの?」

「私はまた別にやらなきゃいけないことがありそうだから。終わったら合流するよ。それまで、よろしくね」

「ええ、任せてちょうだい」

 すべきことがある、と語る遥加の視線の先にはアルミリアの姿があった。その双眸は何かを察しているようで、強い意志を秘めているようで。マルシャンスは彼女の意思を察し、ただ頷く。

「エルピスさんを、『希望』を守って、この世界を守る。それがアタシたちのすべきこと、ね」

「そーゆーこと。じゃ、よろしくね。バッドデイさんも」

「おう! 爆速で逃げ切ってやるよ!」

「あやかちゃんたちにも連絡しておこうか。何かあった時のためにバックアップをお願いしておきたいし」

「ええ、そうしましょうか」

 神造巨人戦以来の共闘が成立する。アルミリアは一歩引いて見つめていた。この様子ならば問題なさそうだ、と頷く。

 ──そして、純白のゲートが開いた。


「──MDC社員、白魔真冬。『希望』護衛任務……完了」

 純白の三つ編みを揺らし、ゲートの中から真冬が姿を現す。その後ろからは黒いローブを目深にかぶった人影が姿を現した。希望の概念体、またの名をエルピス。その更に後ろから、猫耳の少女が慌てた様子で姿を現した。

「真冬ちゃん、まだ終わってないにゃ! 引継ぎしなきゃにゃんっ」

「……それは、常務の仕事。私は、次の任務に移る」

 言うが早いか、真冬は改めてゲートを開く。呼び止める暇もなくさっさと行ってしまう彼女に、カノンは小さく肩をすくめる。

「えっと、今の子は……?」

「常務にゃんの部下ですにゃ。なんていうか、わりと任務以外にはあんまり興味ない子ですにゃ」

「お礼、言う前に行っちゃったにゃ……」

「それよりエルピスさん護衛任務は無事完了ですにゃ! バッドデイさん、アルミリアちゃんたちから話は聞いてますにゃ?」

「おう、ばっちり聞いたぜ! さぁ乗りなニーチャン!」

「おう! よろしくなキョーダイ!」

「え、えぇ……」

「……」

 猫化したりラテン系陽キャになったりと、忙しい概念体だった。あまりの変わりようにマルシャンスとアルミリアは困惑の表情を浮かべる。気にせずカノンはバッドデイの車の後部座席に乗り込んだ。

「常務にゃんも護衛隊に参加しますにゃん! それじゃバッドデイさん、運転よろしくですにゃ!」

「はいはいマルシャンスも乗った乗った」

「え、ええ。遥加ちゃんも気をつけて」

「はーい! すぐ追いつくからね!」

 マルシャンスの言葉に、遥加は満面の笑みで頷く。そして改造車両(合法)が急発進するのを見届けると、遥加はアルミリアに向き直った。

 どこか、真剣な面持ちで。白い少女が二人、向かい合う。


 ◇◇◇


 乱戦だった。

 兵軍の戦士たちと無数の救世獣、無数の牙竜と戦闘竜が入り乱れる。光線が、毒霧が、岩の大剣が。呪詛が織り込まれた力が戦場を蹂躙せんと振るわれる。それに抗うように、銅色の獣が、無数の武器が唸りを上げる。

 フェニックスは火竜レダに乗り、戦場全体を把握せんと努めていた。魔鳥の血を受ける彼は多少大雑把な炎には耐えられる。共にレダに乗るシンイチロウたちが牙竜や戦闘竜へ攻撃を叩き込んでいくのを尻目に、フェニックスは魔力石を噛み砕きながら強化を飛ばし続ける。

 あやかの拳が牙竜を穿ち、真由美が創り出す刀が戦闘竜たちへと振るわれる。ガルテアはその硬さを生かして攻撃を受け止め、カウンターと言わんばかりに長くしなる尾で叩き潰していく。純白の三つ編みを揺らし、現れた真冬が白いゲートを開く。同時に『雪割』が戦場に降り立ち、救世獣を駆って戦場へと散っていった。


 ──アナタは『絶望』を穿つ矛。アナタは暗黒を晴らす『希望』。アナタの祝福こそ、この世界を銀天へと導く光よ。

 そんな激励の布告プロパガンダ・ブレスを耳にしたものがこの戦場に何人いただろうか。風切り音とエンジン音に容易くかき消されるような声を、しかし無限にもなりうる力を秘めた言葉を。

 改造車両(合法)は停車する。かと思えば唐突に浮き上がり、銀色の翼を生やして滞空する。

「さぁて、始まるね」

 露払いといわんばかりに竜特攻の矢と無数の武器が撒き散らされる中。

 改造車両の後部座席から、黒いフードの人影が立ち上がった。


『──聞いてくれ、万夫不当の英傑剛勇よ』

 その声は、戦場全体に響き渡り。

 誰もが一斉に黒外套を見た。真っ先に討とうと動く上位竜種たちを、それぞれを相手取る勇士たちが押しとどめる。

『皆も知る通り、これが最後の戦いだ。甕を壊す好機はもう二度と訪れないだろう。故に今一度、『絶望』の黒に抗うすべての命に祝福を授けよう』

 戦場に白い光が散る。黒に抗う命に、銀天を望む命に、『希望』を持ち続ける命に。『希望』の祝福が行き渡るのを確認すると、バッドデイは早くも発進準備を始めた。最後にエルピスは祈るように、信じるように、言葉を紡ぐ。

『どうか、どうか──『絶望ピトス』を止めてくれ』

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