待ち望んだ仕合を

 ──殺せ。

 勅令が脳内に響き渡り、ヴァルハザードは歯を食いしばる。ようやく、ようやく得た仕合の時だったのに。あれほど待ったのに。今も竜の魂は、強き者との死闘を望んでいるというのに──ひとりで竜化した翼が勝手に方向転換し、改造車両(合法)を追いかけてしまう。竜王の呪詛に、抗えない。

「うぉぉぉぉあああああああああああ!!」

 憤怒が咆哮と化す。竜王の呪詛を受けた竜たちは皆、狂気に溺れかけていた。閃光竜など最たる例だ。再戦リベンジに燃える少年に、かつての無邪気さは欠片もない。当然、蘇生にあたり呪縛を課せられたヴァルハザードも例外ではない。ただ、なけなしの反抗心に喉を枯らし、火球状のブレスを吐く。

「ぅおっ!?」

「危なっ!!」

 バッドデイが咄嗟にハンドルを切る。急旋回した改造車両(合法)がブレスの軌道上から逸れ、掠りかけた火球はフェニックスの結界に弾かれる。

 ヴァルハザードの黒腕が伸びた。概念受肉したその腕はどこまでも、『希望』を焼き払わんと伸びる。伸びてしまう。

 そして、


「リロード! リロードリロードリロード、マキシマムキャノンッッッ!!」


 ──横っ面を殴られた。視界が回転する。翼をはためかせ体勢を整えると、黒髪の少女が救世獣に着地するのが見えた。無駄のない動き、拳を受け今もひりつく頬──何よりヴァルハザードを見据える、猛禽のような目つき。刹那、憤怒に燻っていた魂に歓喜の火花が散った。

「く、ははっ!!」

 上半身に浮かぶ紋様が赤く輝く。たちまち燃え上がる闘争心のままに竜王の呪縛を振り切る。重い音を立てて救世獣に着地し、手四つで力を比べ合う。組み合った腕同士がギシリと音を立てた。

「強者が自ら名乗り出てきやがった! さてはオメーも死闘を望む、同類だなッ!?」

「いえすざっつらいっ! この世界には俺様よりもずっとずっと強ぇやつらがわんさかいるんだ、こんなの──ワクワクするよ、なッ!!」

 勢いよくヴァルハザードを押し返し、あやかは獰猛に笑った。組み合った腕が震えている。いくらあやかが情念で無限に強くなれるとて、相手は大戦期に圧倒的な強さを誇った火竜。流石にやや押され気味だったが、だからこそ高月あやかは顔を上げる。猛禽のような瞳の奥で情念が燃える。どこまでも、強くなれる。

「あぁ、強いな……! 全力をぶつけ合うに相応しい相手だ!」

「だろっ!? なんてったって俺様は、ヒーローだからな!」

「ヒーロー……それがお前の名前か!」

「そう! 俺様はマギア・ヒーロー……高月あやか! お前はっ!?」

「紅蓮竜、ヴァルハザードッ!」

 互いに名乗り合い、目にも止まらぬ速さで拳を交わす。あやかの拳は大きな掌に受け止められ、ヴァルハザードの掌底はリペアで即座に治された。それでも掌にひりひりと残る痛みに、ヴァルハザードは再び声をあげて笑った。その身から熱風が噴き出し、概念受肉した腕が黒色の炎と化す。


「さぁ──仕合おう! マギア・ヒーロー!」

「ああ、望むところだぜ──ヴァルハザードッ!!」


 死闘を望む紅蓮と漆黒が、激突する。


 ◇◇◇


「高月さん……!」

 あやかの姿が消えたことに真っ先に気づいたのは他ならぬ水色の少女だった。とっさに『創造』の魔法で箒を作り出し、飛び乗る。

「わ、私は高月さんを追います!」

「僕も行く。レダ、それに傭兵団の皆さん、ここは頼みました!」

「ええ……行ってらっしゃい」

「あっ、お二人とも、ご武運を~!」

 続きシンイチロウが手近な救世獣に乗り、あやかとヴァルハザードの方に向かう。ガルテアが竜の攻撃を受け止めながら叫び、レダが静かに頷く。その背の上でフェニックスが勢いよく魔力石を噛み砕き、強化の術を込めた羽根を二人へと飛ばした。

「っ、ありがとうございます!」

「こっちは任せてください──ご武運をッ!」

「ええ、そちらも──!」



「……報告ッ! 厄竜はあやかちゃんが押さえ込んでくれたわ!」

「りょーかい! いい仕事するなアイツ!」

「カノンちゃん、竜王の呪詛を受けた者たちに近代的な武器は効きが悪いはずよ。妖魔たちから借りた武器を使いなさい!」

「はいにゃんっ!」

 カノンが『武器庫』から取り出す武器を切り替える。手を伸ばす度に、アルが造り出す模倣武具とエレミアから借り受けたクレイモアが散らばる。その横でトゥルーヤも休む暇なく矢を番えては、竜たちを射抜いていく。

「ったく、ほんっと多いね!? 要はあの浮かんでるデカブツを引きずり落さないとダメってことなんだよねえ!?」

「そうね……その辺りは他のチームがやってくれると連絡を受けてるけど、まだ目途が立った様子はなさそうね。アタシたちはもうしばらく、ここでエルピスさんの護衛を続けましょう」

「はいにゃん──おおっと!」

 飛んできた突風を、カノンが『結界グリーン』で防いでやり過ごす。運転席から「あんがとな嬢ちゃん!」と声が飛んできて、カノンはひとつ頷いて再び攻勢に転じた。


「そーだマルシャンス。術式が戻ったらがあるからさ、後で力、貸してくれる?」

「ええ。……でも、何をするつもり?」

「んー……夕陽だっけ? 竜王の話はあいつから巨人戦の前にちょっと聞いてたからさ。僕なりにできそうなこと考えてたわけよ。どーせ今回も命懸けになるだろうけど……ま、詳しくは術式が戻ってきたら話すよ」

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