総力を燃やして

「……おそい」

「こっちはバケモン相手で死ぬほど苦労してんだわクソが!」

「いやこっちもこっちで満身創痍なんだけどね。開口一番それはちょっとひどくない?」

「もう、こんなところで仲間割れはやめるにゃ!」

 早速言い合うMDC社員たちとトゥルーヤに、カノンは『反魔アンチマギア』を発動しながら叫んだ。横で雫が傭兵団たちに、そしてカノンにも再び『命綱』を繋げる。

「でもその、助かりました! ここから先は火力勝負ですし、本当に間に合ってよかったです……!」

「ああ。遅くなってすまない」

「八坂、状況は?」

「好調にゃ! 真冬ちゃんのおかげで火球の心配はなくなって、後は最高火力で叩くだけ! って感じですにゃ! だから皆は真冬ちゃんの天賦ギフトを介してあの子に全力の攻撃を叩き込むにゃ! もちろん近づいて直接殴ってもいいにゃ! 多少の損害は霧矢くんが走り回って直すから、代償とか暴発とかは気にしないでやっちゃっていいにゃん!」

「オイ勝手に決めンな常務! まァやるけどよォ!!」

「あー、僕はさっきの禁術の代償でしばらく術式使えないから物理で攻めるね。そこんとこよろしくー」

 言うが早いか、トゥルーヤは背から弓を下ろして矢を番える。アルミリアも杖を構え、真冬が展開する『聖人の袋』へと薔薇の刃を注ぎ込む。式神竜も急降下し、ブレスを吐き出そうと勢いよく息を吸い込む。ブッコロリンはハンマーを構えて砂時計へと突撃し、その横では竜化したガルテアが地面に潜航する。そして、最後方で支援の羽根を飛ばし続けていたフェニックスも仕掛けにかかる。

「本来は呪装刻印の主に叩き込む予定だったんだが……ある意味よかったかもな。こうでもしなけりゃ、『終演』は止められない」

 フェニックスが片手をそっと撫で、そして『聖人の袋』へ突き出す。その隣にカノンも並び立ち、ゲノムドーサーに触れる。

「やる気にゃんね! それなら常務にゃんも相乗りさせていただきますにゃ! そういうわけでアルミリアちゃんっ、指揮権を委ねてもいいですかにゃ?」

「構わん。存分にやれ」

「はいにゃんっ! 霧矢くん、支援は任せましたにゃ!」

「だから勝手に決めンな!」

「それじゃあ行くにゃんよ、フェニくんっ!」

「ああ!」

 頷き合い、二人は同時に構える。フェニックスが片腕を羽根に変化させたかと思いきや、その羽根の一枚一枚が燃え始めた。瞬く間に彼の左半身が炎に包まれ、炎の大魔鳥のそれと化した。巨大な緋色の翼と、金の飾り羽が目を惹く長い尾。魔鳥の炎は頭部の左半分すら覆い、一筋の長い冠羽が重力を受けて滅茶苦茶になびく。

「これを使う時は今しかないにゃ……あかぎちゃん、この力、お借りさせていただきますにゃあっ!!」

 カノンの細い指が、高速でテンキーに数字を打ち込む。『倍加サンセット』。続けて『火種ピースサイン』。最後の数字を打ち込むが早いか、腰に差していたナイフを振り抜く。

 たとえ、制御不能の炎が、その身も心も焼き尽くそうと。

 今はただ、信じてその力を振るうのみ。


 ──そして、獄炎は放たれた。

 魔力に飽かせて放たれた魔鳥の炎と、極限まで倍加された『火種』の炎が混ざり合う。一気に気温が数十度も上昇するほどの熱気が戦場を包む。たった二人で放たれているとは思えない熱量が、『聖人の袋』を介してエンドフェイズを内側から焼き尽くす。

 刹那、カノンの体勢がぐらりと崩れた。ギリギリで持ち直し、意識的に息を整える。急激な体温上昇のせいだけではない。火種そのものに宿る情念がカノンの脳を揺らしている。

(──リュウ ヲ コロセ)

 脳裏にそんな言葉がぐわんぐわんと響く。違う。それはカノン自身の意思ではない。彼女自身の願いではない。そう自分に必死に言い聞かせる。制御を間違えると憎悪の炎に呑まれてしまうと、この力の持ち主たるあかぎに聞いていた。

(憎悪の炎の中に飛び込んじゃいけない……これは常務にゃんの心じゃない……そもそも相手は竜じゃない! 呑まれるな、呑まれるな、常務にゃんは常務にゃんにゃ!)

 唇を噛み締める。必死に無い自分を搔き集め、取りこぼさないよう抱えながら炎と対峙する。隣では自らも炎を浴びているらしく、フェニックスが苦痛に呻く声も途切れ途切れに聞こえた。──と、不意に片腕を引かれた。

「……っ」

「テメェら! ほんと熱っちぃんだよ、支援頼まれたこっちの身にもなりやがれっての!」

 霧矢がカノンとフェニックスの腕をまとめて掴んでいた。『施療』の効果だろうか、脳を揺らす声が徐々に遠くなっていく。横で火傷に苦しんでいたフェニックスも、多少息が整ってきたようだ。霧矢は苛立ちを隠さないまま、盛大に息を吐く。

「俺に支援なんか頼んどいて、こんなとこでへばんなよ。俺の分まで暴れねーとブチギレっかんな!」

「……ああ、存分にやってやる」

「ありがとにゃんっ、霧矢くんの分まで頑張りますにゃっ!!」


 ◇◇◇


 砂時計の直下から轟音が響き、地が揺れる。盛大に地を割ってガルテアが槍の如くエンドフェイズに突撃する。丸ごと貫かんとする勢いで砂時計をぶち上げ、そのまま長い体で絞めつけにかかる。と、ソレが孕む莫大なエネルギーに彼女は思わず声を上げた。

『わっ、何ですかこの凄まじいエネルギーっ!? 気を抜くと今にも吹き飛ばされそうです……っ!』

「それが彼女の想いの力、なんです……っ! それに加えて皆さんの攻撃が殺到してるので、その、頑張ってください!」

『雑!?』

 ガルテアのツッコミを受けながら、雫はさらに前に進み出る。火球を打ち続けながら、彼女は一歩、また一歩と、エンドフェイズに歩み寄る。かつての代理戦争で出会った、彼女のことを思い返しながら。


「エンドフェイズさん──私です。瀬宮、雫です」

 あの時のことを、彼女は覚えているだろうか。

 当然の如く応えはない。そもそも同一存在だと断言できるわけではないし、仮に同一人物であったとしても彼女は喋れない。目を伏せ、雫は顔を上げる。彼女の情念を受け止めようと、言葉を紡ぐ。

「ここまでやっておいて、今更何をって、思うかもしれませんけど……貴女がこの世界を『崩壊』させようとしているのなら、私は……私たちは見過ごせません」

 火球を打ち続けながら、雫は思い返す。いつかの代理戦争。そこで見た宇宙の崩壊を、完全な虚無に等しい世界を、彼女の抱いた世界を。その願いが、目の前の少女と同じものかはわからない。それでも雫は、同じ姿と名を持つ少女を、放ってはおけなかった。けれど。

「貴女の想いがあの時と一緒でも、違っても。私にできることは、その想いを受け止めて、本気の想いを返すことだけ」

 この世界を壊させるわけにも、いかないのだ。

 さらに激しく火球を放つ。近づけば近づくほど、エンドフェイズの情念をより激しく感じる。びりびりと肌で感じるほどの情念に身を震わせながら、雫は眼前の『エンドフェイズ』が、あの時の少女とは別人なのだと何となく理解する。

 だが、構わない。


 カノンとフェニックスが放つ炎の勢いが増す。背後で『施療』をかけ続ける霧矢が、額に浮かぶ汗を袖でぬぐう。

 ガルテアが気合いの叫びをあげながら砂時計を絞めつけ、ブッコロリンは重量級のハンマーを振り回し砂時計を殴りつけ続ける。

 アルミリアの放つ花弁の刃を、トゥルーヤの矢を、式神竜の炎のブレスを、真冬が天賦ギフトで纏めて『終演』へと叩き込む。

 あらゆる攻撃が砂時計の中で渦巻き、燃え上がる。

 雫自身も火球を放ち続けながら、言葉を紡ぐ。重力崩壊と熱気で過酷極まりない環境で、首を滝のように汗が流れ落ちるのも構わず、彼女は真っ直ぐにエンドフェイズと向かい合う。


「……ごめんなさい、こんなことしかできなくて。でも、それ以外に思いつかなかったんです」

 エンドフェイズの想いを潰すような真似はしたくなかった。あの時、その想いの果てを知ったからこそ。だから真冬にも『崩壊』の固有魔法フェルラーゲンは残してもらった。

「貴女の想いを全身で受けて、私たちの想いを全力で返して、全力で止める。それ以外、私には思いつきませんでした」

 想いには、想いで応えるのが礼儀だ。

 捨て身の炎を、無数の火球を、渾身の攻撃を浴び続け、エンドフェイズの体に徐々にヒビが入り始める。歯を食いしばり、雫は更に生命力を吸い上げる勢いを引き上げた。ラストスパートだ。

「私は、私たちは! この世界を守るという、想いをっ! 成してみせます……っ!」

 自らを奮い立たせるためにあえて叫び、さらに激しく火球を放つ。傭兵団側の消耗は非常に激しい。捨て身で炎を放つフェニックスとカノン、それに病み上がりのアルミリアは特に疲労が激しいようだ。エンドフェイズ自体のタイムリミットも近い。と、不意に戦場によく通る声が響いた。

「──貴様らッ! あと少しだ! だがまだ気は抜くな、最後まで、撃破を確認するまでッ! 〈神託の破壊者〉の、黒抗兵軍の一員たるものッ! 必ずや、この世界を守り抜くぞッ!!」

「応ッ!!」

 団長の叫びに、その場の全員が鋭く応じる。心なしかさらに攻撃の勢いが上がった気がした。言い切った直後、疲労によろけたアルミリアを近くにいたトゥルーヤが雑に支える。一撃一撃ごとに、砂時計に入ったヒビが拡大してゆく。ガラスの破片がかすかに零れるのをガルテアの鋭い触覚が捉える。

 そして、遂に。


「──っ! ガルテアさん、離れてクダサイ!!」

「は、はいっ!?」

 ブッコロリンの鋭い声に、ガルテアは咄嗟に飛び退く。人化状態となった彼女をキャッチし、ブッコロリンは彼女を抱えたままその場を離脱する。ガラスに入ったヒビは既に砂時計全体を覆っていた。その中に叩き込まれたあらゆる攻撃のエネルギーが膨張する。

「……エンドフェイズ、さんッ!!」

 雫がどこか悲痛な叫びを上げる。直後に歯を食いしばり、両手を揃えておそらく最後の火球を放つ。それは真冬の『聖人の袋』に包まれて、満身創痍と化したエンドフェイズの内部へと届く。

 そして、そして。それが起爆剤となって。


 一瞬、世界が静止した。重力崩壊で浮いていた地面が、地響きを伴って落下する。

 その場の全員が、顔を上げた瞬間。

 天が裂けるような閃光がひらめく。地が降るような轟音が響く。

 爆風に砂時計の柱が割れ、ガラスが粉々に砕け散り、砂が燃え尽き塵と化し──


──『終演』は、ここに散った。

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