悪意を浄め、災禍を祓い

「……矢印が、止まった……?」

 火球を撃ち続けながら呟く雫。横で真冬も頷き、『反魔アンチマギア』で火球を抑え込むカノンに視線を投げる。

「常務。……この矢印、どうする?」

「まだキープにゃ!」

「ん。……残り時間は」

「20分!」

「ん」

 雫に『円環サーキュレーション』を再び繋がれ、カノンは『反魔アンチマギア』の効果で途切れていた『倍加サンセット』をかけ直す。頷き、真冬は今度は霧矢の方に視線を投げる。

「……霧矢、『正浄化リセットパージ』の進行度」

「いちおう順調ッ、あと5分寄越せ!」

「3分」

「はァ!? 無茶言うなやクソ社員!!」

「いいから」

「あぁクソ、やりゃあいーんだろ!? やってやるよゴルァ!!」

 怒鳴り散らしながらも砂時計に向き直る霧矢。真冬はひとつ頷き、砂時計を、落ちゆく黒砂を見据える。

「終わったら離れて。──仕掛ける」



(あークソ……真冬の奴、めちゃくちゃ言いやがって)

 盛大にため息をつく霧矢。いつも涼しい顔でめちゃくちゃ言ってくる真冬だが、今はどうこう言っている暇はない。世界の危機なのだ。

 ラストコール・エンドフェイズはマーカー・メーカーの呪装刻印により汚染されている。霧矢がすべきことは『正浄化リセットパージ』を砂時計内部に浸透させ、呪装刻印による汚染を剥がしていくこと。要は薬を直接注射するようなものだ。問題はその呪装刻印の影響が強すぎて、ここまで力を注ぎこんでもまだ剥がしきれないこと。

 砂時計のガラスに触れる手に、更に力を込める。体内を順転する『施療』の力は、使の天賦強化により大幅に余剰エネルギーが増加していた。本来なら身体強化能力として使用するその力を、惜しげもなく砂時計に注ぎ込む。どうせ『円環サーキュレーション』が効いている間は『崩壊』による負傷は無いし、万一火球が飛んできても真冬かカノンが防いでくれるだろう。いくらMDCが奇人変人狂人悪人集団でも、任務を蔑ろにはしない。

(その辺の心配はしてねェんだけどよぉ……この矢印がやたらしぶてェんだよなァ)

 それはマーカー・メーカーの執念か。もう少しで剥がせると思っても、まるで呪装刻印そのものが意思を持っているかのようにエンドフェイズにしがみついている。死んでも離すまいと。砂時計の砂を呪詛で満たし、世界中に呪詛をばら撒く足掛かりにせんと。マーカー・メーカーはそういう存在だと、式神竜の上で聞いていた。

(認めねェ)

 ギリ、と音を立てて歯を食いしばる。……エンドフェイズと雫の因縁については既に何度か聞いていた。戦って、戦って、そして最後にすこしだけ心を通わせたと。そんな心を呪詛に落とし、己の目的のために利用し、あまつさえ世界が滅んでも頓着しない──そんなことは認めない。認めてなるものか。

 『施療』の出力が無意識に上昇する。膨張した血管が腕に浮く。

「お前なんかの、好きにさせてッ、たまるか──ッ!!」

 さらに強く手をガラスに押し付け、増幅した『施療』のエネルギーを全て注ぎ込む。『正浄化リセットパージ』と呪装刻印のエネルギーが拮抗し、競り合い、そして────



「……っ、常務! 真冬さん! 矢印が!」

『守護聖陣』に向けて火球を撃っていた雫が不意に顔を上げ、そして叫んだ。カノンが『座標崩壊オレンジ』を使いながら顔を上げ、真冬が緩慢に視線を上げる。その視線の先で、エンドフェイズにべったりと塗られていた黒い矢印が崩れていく。カノンはその口元に微笑みを浮かべ、そっと片腕を掲げた。

「……やったにゃんね、霧矢くん!」

 ゲノムドーサーを操作し、霧矢をエンドフェイズに固定していた『縛鎖』を解除する。霧矢は真冬の隣に着地し、額に浮いていた汗をぬぐった。

「はぁ……はぁ……なんとかクソ矢印は消したぞ……」

「……3分19秒。遅い」

「これでも精一杯だったわ文句言うなやクソ社員!!」

「なんにせよお疲れ様にゃん、霧矢くん!」

「おうよ。これで第一段階はクリアだな」

 深々と溜息を吐きつつ、『永久心臓アダムズ・ハート』を改めて全身に張り巡らせる霧矢。だが、まだ油断はできない。

「で、真冬。なんか考えあるんだろ?」

「……ん。常務、残り時間、再計算」

「はいにゃんっ! ……んーと、さっきの試算より若干延びて25分にゃ!」

 呪装刻印の影響が抜けたことで、絶対崩壊圏の崩壊速度はかすかに緩みつつある。ほんのりと余裕ができつつあることを確認し、真冬は指の骨を鳴らしながら頷く。

「……十分」

 呟き、真冬は駆け出した。ひと飛びで砂時計までの上まで飛び上がり、エンドフェイズの上でさらに跳躍。空中で宙返りしながら、手で印を組む。

「──祓いたまえ、清めたまえ──」

 その場に出現した幣を掴み、勢いよく振り下ろす。強力であるがゆえに二十四時間に一度しか使えないこの天賦ギフト。このカードを切るだけの意義がこの戦いにはある。

「『大祓』──っ!」

 幣の先が砂時計に触れる。刹那、あらぬ方向に放たれようとしていた火球が掻き消えた。『大祓』で壊した能力は、魔龍滅葬デッドエンド。本来なら固有武器であるそれをを抹消する。真冬はその場で数度跳びながら、インカム越しに問いかけた。

「常務。雫。……ほんとに、こっちでよかった?」

 飛んでいるだけでも砂時計の上部にヒビが入っていく。一歩、また一歩、跳びながら傾いた砂時計の上を進んでいく。その度にガラスにヒビが入り、破片が飛び散った。

「ふぇるらーげん……『崩壊』のほうでも、よかった、んだけど。てか、どっちもでも、いけたけど」

「はい。……彼女らの力の根源は情念ですし、それと直に繋がっている魔法を消してしまうのは、彼女の情念ごと否定しまうようで嫌だったので……」

「それにとんでもない方向にぶち当たって大損害を起こすと大変だからにゃあ」

「……『崩壊』、ほっとくと、世界滅びるけど」

「滅ぼさないように頑張るにゃ!」

 珍しく有無を言わせぬ口調のカノンに、真冬も大人しく頷いた。変わらず火球を撃つ雫の方を見て、そんな雫に『施療』をかける霧矢を見て、二人とも異論がないことを確認する。そして砂時計に向き直り、ここまでの疲労と消耗を吹き飛ばすように声を張り上げた。

「さあ皆、ここからが本番にゃ! MDC総員、気合入れていくにゃんよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る