ボクは従軍アイドル
「あぁクソ、
エンドフェイズの柱に捕まったまま、霧矢は声を荒らげる。さっきからマーカー・メーカーから飛んでくる矢印が止まらない。おまけにその矢印と重力崩壊と合わされば、予測不能な軌道で社員に直撃する、またはあらぬ方向にすっ飛んでいって被害を拡大させる──という寸法だ。周囲にネガがいないだけマシだが、だとしても情念持つ生物が片っ端から呪詛に侵されていくのは見過ごせない。
「大丈夫にゃん! 量は対処しきれないほどじゃないにゃっ。ひとまず
「こっちも、問題ない……けど、常務。この矢印、いちおう、ターゲットの内部には、転送しないようにしてる、けど……どこに放り込んだら、いい? 下手なとこに保存したら拡散するし……」
「うーん……常務にゃんに考えがあるにゃんから、常務にゃんがいいって言うまで『守護聖陣』で抑え込んでてほしいにゃ」
「ん……わかった」
頷き、淡々と矢印の抑え込みを続ける真冬。『命綱』で生成した火球を連射しつつ、雫は叫ぶ。
「でもその、常務っ! これって抜本的な対策はなんか考えてるんですか!? 流石にこっちで対処してるとエンドフェイズさんどころじゃない、と思うんですけどっ!」
「勿論ですにゃ! その辺の対策も打ち合わせしてありますにゃんっ」
「ですよね! それを聞いて安心しました!」
人格が裏に切り替わったのか、更に火球を撃ちまくる雫。エンドフェイズには着実にダメージが蓄積しているが、マーカー・メーカーの件もある。一瞬も油断はできない。
(我慢してください、“私”──あの子と話したいのはわかりますけど、それは今じゃないのでッ!)
「はぁああっ!!」
ブッコロリンが槌を振りかぶる。重量級の槌がメトスに迫る。メトスは変わらずぼんやりとした目でそれを眺め、そしてブッコロリンの手元を掴んで攻撃を止めた。
「……困ったな。今日は直接やりあうつもりじゃなかった。
(玩具、って……いえ、気にしている暇はありマセンっ!)
メトスの腹部に蹴りを入れ、そのまま槌を振り下ろして地面に叩きつける。咄嗟に受身を取り、押し潰されつつもメトスはぼやき続ける。
「おまけに、相手は精神攻撃が効かないときた……実に面倒だ……なにも楽しくない……」
「……悪竜は人の悪意を娯楽とする、下劣で悪趣味な竜種の面汚し。そう、黒抗兵軍に属する竜種にうかがっていマシタ。けど、どうやら本当みたいデスね」
呟き、ブッコロリンはもう一度激しく槌を叩きつけた。その内部で魔導アイドルとしての回路が励起する。
「世界のために、リーダーのために──悪い
「──っ」
眠そうに閉じかけていた目を見開く。どことなくブッコロリンの全身が輝いているような、目を離しにくい、ような……悪竜が最も慣れ親しんだ感覚。
「……挑発……いや、魅了の類……? 生憎、悪竜は……そういうのには、耐性がある」
言いつつ、メトスはゆっくりと息を吸った。悪竜のブレス。同時に素早く片手を掲げ、マーカー・メーカーの呪装刻印を相殺しているフェニックスに向けて嘆きの波動を放つ──が。
「もう──大丈夫ッ!!」
ブッコロリンがそう言い放つと同時に、嘆きの波動の軌道がゆがむ。進行方向から逸れ、黒い波動はブッコロリンの背に命中した。
「……なる、ほど?」
つまりそれは単なる挑発や魅了の類ではない。相手の意識を強制的に惹きつけ、あらゆる攻撃をその身で受ける技。よく見るとマーカー・メーカーから放たれる矢印も明らかにブッコロリンに向けられ始めていた。メトスはそんな光景からふっと目を逸らし、呟く。
「……つまらない。実に、面白くない」
その腕が竜化を始める。重量級のハンマーが押し返される。ブッコロリンがバランスを崩したその瞬間、メトスの姿が紫黒の瘴気に包まれる。
「こんな茶番──我が王は望まない!」
「キミたちが望まなくても、〈神託の破壊者〉は、黒抗兵軍は、ボクたちはそれを望んでいマス。キミたちの思い通りにさせるわけにはいかないんデス!」
瘴気が晴れ、巨大な黒と金の竜が立ち上がる。ブッコロリンはその威容を前にして、唇を引き結んだ。片足を引き、槌を構え直す。
「ボクは帝国アイドル──いや、従軍アイドル・ブッコロリン! ボクがいる舞台に、邪悪な意思は似合いマセン! だから踊りマショウ、悪意の使者よ!」
『……たかが演者が、一介の脇役が。随分と大口を叩いてくれるな。いいだろう──みせてみろ、心無き
紫黒の瘴気と、ビタミンカラーの輝きが対峙する。
マーカー・メーカーは液状の爪を噛む。早めにメトスとやらの身体から抜け出してきて正解だった。おかげであの緑色の人形の力をまともに食らわずに済んでいる。とはいえ、彼女もまた人形から目を離せないのも事実だ。四方八方に振り撒いていた呪装刻印も、今やそれが効果を及ぼさない機械人形にのみ向けられている。
あの人形の人格と呼べるものは、ほぼ完全に機械でプログラムされたもの。魔力はあくまで動力源に過ぎない。魔法とは、情念の力とは根源が完全に異なる。
こんな無駄なことをしている暇はないというのに。あんな情念なき人形につける刻印はないというのに。照準をあの人形から逸らせない。せめて少しでも呪装刻印をばら撒く範囲を広げようとしても、それすら叶わない。
ならば、と彼女は精神世界の中で立ち上がる。
マーカー・メーカーは呪装刻印を描いた生物の情念に住み着くことができ、かつ精神世界の間を自由に渡ることもできる。既に刻印を描いた相手は三体。アルミリア、邪念竜メトス──そして『終演』。
あの砂時計の中に移動するのはどうか。物語を終わらせる『終演』は、通常ならネガたるマーカー・メーカーを体内から追い出そうとするだろう。あるいはその『崩壊』の力を利用して、塵も残さず消し去ろうとしてくるだろうか──そこまで考えて、無駄な思考だと首を振る。当の『終演』に対する攻撃も、呪装刻印の影響が薄まったからか激しさを増していっている。倒されるのは時間の問題だ。故に、その前にアレを経由してもっと激しく呪装刻印を世界中に撒き散らす。少なくともここで膠着状態でいるよりは遥かにいい。
──と、緑人形の影響を振り切ろうとした時だった。
「みぃ、つけ、た」
一本の矢が液状の身体を貫通する。マーカー・メーカーはそれを見下ろし、そして緩慢に振り返った。ネガは饒舌な口を持たない。ただ、視線だけで問う。邪魔をするつもりか、と。
「行かせないよ? 僕もさぁ、仲間をこんな風にされて平気でいられるほどいい子じゃないからさ」
人影は弓を背負い、代わりに打刀を抜き放つ。敵対の意思あり。邪魔者。そう判断し、マーカー・メーカーも絵筆を構えた。
「じゃあ──祓わせてもらおうか」
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