新入り共を囲んで

「…………行っちゃいましたね」

「そ、そうですね……」


 カノンと霧矢が去ったあと、取り残された雫とガルテアは途方に暮れていた。

「とりあえず、ずっとここにいるのもなんですし……部屋に行きますか?」

「そ、そうですね! あ、でも今お部屋でトゥルーヤさんが真冬さんっていう方と枕投げ勝負してるって……」

「それを先に言ってくださいよ!!」

「はわぁっ!?」

 急に鋭くなった目付きでガルテアを睨む雫。しかし一瞬で表の雫に戻って頭を下げる。

「あ、えっと、ごめんなさい……!」

「い、いえ……でも枕投げって、みんなで旅行に行った夜にやる定番のレクリエーションですよね? も、もしかして危ないものなんですか!?」

「危なくはない、ですけど、真冬さんに挑んだからには命の保証はできないんですっ! 急いでくださいガルテアさんっ!」

「は、はいぃ~!」

 珍しくガルテアが正しい日本知識を披露したが、それはあえなくスルーされた。



 部屋の扉を勢い良く開け放つと、そこに広がっていたのは意味不明な光景だった。

「……完、全、勝、利」

 大量の枕を踏みつけ、真冬が勝利のポーズを取っている。無表情ながらもどことなくドヤ顔っぽい、実に腹立たしい表情だ。そして枕の下からは青白い少年の手が生えている。おまけにその辺に硬質化した枕やら苦無やらが散乱している始末だ。そんな光景を呆然と眺めているうちに、雫の中でスイッチが切り替わる音がした。横でガルテアが呆然と呟く。

「これが本場の枕投げ……?」

「そんなわけないじゃないですか。そんで真冬さん、完全勝利じゃないですよ完全勝利じゃ。何やってるんですか馬鹿なんじゃないですか? さっさとどいてください、下の人掘り起こすので」

「……………………ん」

「不満そうにするんじゃないですよ。そんで下の人! ちょっと引っ張りますからね」

 手首をひっ掴み、枕に埋まっていた人影を引きずり出す。人影改めトゥルーヤは疲れ果てたように微笑んだ。

「あー……助かったよ新入りちゃん」

「瀬宮雫です以後お見知りおきを。で、何でこんな無茶したんですか馬鹿なんですか命知らずなんですか?」

「死霊術師に対して命知らずとはご挨拶だね。カノンからは聞いてると思うけど、傭兵団〈神託の破壊者〉所属のトゥルーヤです、よろしく」

 喧嘩しながら自己紹介するという意味不明な状況に、ガルテアは思わずぽかんとしていた。雫は部屋を見回し、深々とため息をつく。

「……で、これどういう状況なんですか?」

「いやあ、枕投げ盛り上がっちゃって」

「……本気で、やりすぎた」

「馬鹿なんですか? そこまでやることあります? 部屋に被害がないしお二人ともお怪我がないだけ多少ましですけど、一歩間違えたら部屋破壊されてましたよ。二人とも元帥とやらに怒られてください」

「……枕投げ、言い出したの、こいつ」

「でも部屋破壊しかけたり枕パクったりしたのは真冬だよね? それに僕どちらかというと被害者なんだけどね。埋められたし」

「だとしても、元凶、お前。自業自得。それに私も、手加減、した。一応」

「何なすりつけ合ってるんですか! 連帯責任ですよ連帯責任! とっとと部屋片付けてください、さもなくば社長と元帥にチクりますよ!!」

「はーい」

「……ん」

 一喝され、表情に不満を浮かべつつ片付けを始める二人。ガルテアはそんな彼らを眺め、唖然としているほかなかった。


 ◇◇◇


 他のメンバーが帰ってきたのは日が沈んだ後だった。リシュエル討伐の報告やら第5中隊『雪割』の編入手続きやら保護した子供たちの幼児化解除とホテルの客室確保やら、諸々の仕事に時間がかかっていたらしい。幼児化解除は結局一日では終わらず、霧矢がどれほど頑張っても数日はかかる見込みだ。

 そんな諸々の報告と改めての自己紹介を済ませ、一同は食堂にて歓談する運びとなった。


「にしてもよぉ。異世界っつーのは全部やべーとこだとばかり思ってたが、ここは割とマシっぽいよな。飯うめぇし」

「そうですね……まさか異世界でこんなに美味しいご飯が食べられるとは思いませんでした」

「お前ら異世界を何だと思ってるんだよ……」

 呆れたように呟くフェニックス。カノンの部下たちは何故か異世界への偏見が甚だしい。分厚いステーキを豪快に頬張りつつ、霧矢は語る。

「まァ俺が行ったとこはどっちもアナザーアースとたいして変わんなかったし、なんならサイ○リヤまであったけどな」

「私が行ったところも世界観自体は私たちの世界と変わりませんでした。でも、競技内容と対戦相手が凄まじかったというか……」

 グラタンをふーふーしながら雫が後を引き継ぐ。その横で真冬は山盛りのカレーを口に運びながら首を傾げていた。真冬の場合、競技内容がシンプルな殺し合いだったのもあって二人の意見にはそんなに共感していないらしい。そんな彼らの話にドン引きしつつ、トゥルーヤは口を開いた。

「いやぁ、君らだか君らのお仲間だかが行った世界がたまたま狂ってただけじゃない? 異世界なんて星の数ほどあるし、そりゃ頭おかしい世界の五つや六つくらいあるでしょ。僕らの世界にも異世界人は結構いるけど、そこまでやばいって話はたまにしか聞かないし。それに僕が聞く限り、君らの世界も治安だけで言うとかなり底辺の部類じゃない?」

「レンゲで人を指すな」

「まぁ否定の余地はないにゃんね~」

「カノンがそれ言ったら終わりじゃない?」

 軽く笑ってみせるカノン。実際そのくらい治安が悪いのだから仕方ない。横で社員三人も大きく頷いている。


「して、貴殿ら」

 唐突にアルミリアが口を開いた。追加出向組を見回し、問いを投げ掛ける。

「この世界については八坂殿から聞いているのだよな」

「まァ、大体は」

「えっと……竜王と悪竜、天使の介入。この三つが主な脅威、だとうかがいました。……それ以外にも何個かある、とも。その……エンドフェイズさん、とか」

 エンドフェイズ。終演の砂時計。同じ名を持つ少女と、雫は以前の異世界案件で邂逅していた。何の因果か、対となるプロローグという少女とも。

「……あの、プロローグっていう子は……この世界にもいるのでしょうか?」

「プロローグ? ……名前くらいは聞いたことがあるようなないような……」

「ボクのデータにもその名前はないデスね……」

 首をひねるフェニックスとブッコロリン。どうやら本当に心当たりがないらしい。複雑な表情を浮かべる雫。ホッケの塩焼きを食べながら、カノンは提言する。

「対戦経験がある雫にゃんがいるし、次の標的はやっぱりエンドフェイズにするにゃ?」

「ああ。そのつもりだ」

「だが問題はタイミングだな……。エンドフェイズは今のところ落ち着いているようだし、今は『雪割』を優先するという選択肢もある。まぁ今のところ、エンドフェイズ以外の脅威は竜王軍と悪竜王くらいだし、二大竜王は俺たちだけの手には到底負えない。残った天使は他の陣営が撃破に向かってるらしいしな。まぁ、どうするかは明日決めても遅くないだろ」

「そうですね。今日は天使戦で皆さんお疲れでしょうし、ごはん食べてゆっくり休みましょう! 『腹が減っては戦はできぬ』って言いますし!」

 山盛りの天ぷらを齧るガルテアの言葉に、一同も頷く。そうしてゆっくり食事を摂り、風呂に入り、新入り三人を囲んで、その日の夜は更けていった。


 ◇◇◇


 ──その、同じ夜。


『……満足、か?』

(……)


 心の中──言い換えれば情念の中で、誰かが首を横に振る気配があった。

 情念の中に住み着いた『彼女』は、まだ満足していない。彼女の望みは世界中に呪詛をばら蒔くことだと聞いた。実験程度にガトランドの村の十や二十を襲って呪詛の地獄に落とした程度では、到底足りやしないだろう。

『そう、だよな。我が王、悪竜王陛下のお目にかけるにも足りない。だが、セントラルやアクエリアスを襲うには、まだリスクが大きい』

 剣鬼を擁するセントラル、黒抗兵軍の本拠地があるアクエリアス。この二ヶ所は意図的に避けていた。だが、最大のリスクはそれらよりも──と、彼は進行方向を見る。かつて山岳地帯だった平地。そこに居る、莫大な情念を秘めた少女。両翼を力強く羽ばたかせ、彼は独り言つ。

『この世界ぶたいは、失うには惜しい。惜しすぎる。かつての時空竜の戦いは緊急事態で、遊ぶ余裕もなかった……が、今度こそ、世界の危機潰しを……俺たち悪竜の手で、ひとつの舞台として仕立てられないか。その時、人間は、どんな顔をするのか……俺は、それを見たい』

 情念の中で、『彼女』は理解しがたいと言わんばかりに肩をすくめた。しかし彼は気にも留めない。理解し合う必要は特にない。彼は人の感情を知りたい、『彼女』は呪詛を世界にばら蒔きたい。利害は一致している。

 ならば、それでいい。


 夜の空を悠々と舞うのは、黒と金の鱗を持つ邪悪の竜。

 その両翼には、絵筆で描かれたかのような漆黒の矢印が刻まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る