VS慈愛の天使・リシュエル 3
「よーし! そろそろ皆ステージに集まったと思うので、次を最後の曲にしようと思いマス! いない子いるかなー?」
客席の子供たちへと笑顔を振りまきつつ、ブッコロリンは鮮やかなセットで彩られた異空間を見渡していた。愛らしい笑顔を崩さぬまま、並列処理していた内蔵レーダーがこの場にいる生命を数える。
昨日チラシを配っていた時、彼女はこっそりレーダーを展開して子供たちの数を予め把握していた。その時の人数と現在異空間内に存在する人数を照らし合わせ、一致していることを確認する。探知漏れはないはずだ。最後のために用意していた曲のイントロを流そうとした瞬間、不意に子供の一人が声を上げた。
「アイドルのおねーちゃん! ……ママは?」
「……ママ、デスか?」
二つ結びの子供が声を上げ、立ち上がる。ライブ中もどこか浮かない顔をしていた子だ。彼女の叫びと共に、波紋が広がるように周囲の子供たちも母の名を口にし始める。
「ほんとだ、ママ来てない……」
「ねぇ、ママも呼ぼうよ。一緒に聴きたい!」
「えっと、ごめんね。今日は皆のママはしなきゃいけないことがあるから……おねえちゃんと一緒に」
「やだ、ママと一緒がいい!」
子供の叫びに、ステージは水を打ったように静まり返った。二つ結びの少女はステージの目の前まで走ってくると、大きな瞳でまっすぐにブッコロリンを見つめてきた。
「おねえちゃん、どうして私たちとママを離そうとするの?」
「え……そんなこと」
「だってママどこにも見えないし、ママが私たちと離れるわけないもん! ……ママは、元の世界でいじめられてた私にも優しくしてくれたんだよ。そんな優しいママが、私たちを子供たちだけにするわけないよ! おねえちゃんがママに何かしたんでしょ!?」
そう叫ぶ子供と相対し、ブッコロリンは黙り込んでいた。……
だが、ブッコロリンはあくまで魔導アンドロイドだ。アイドルとしての活動を前提として設計されているため、人間の機微はかなりの高精度で理解できる。が、その根底は所詮プログラムでしかない。そんな彼女に、「親」と呼べる者がいるとすれば、彼女を造った『博士』くらいだろうか──そこまで思考が至り、ブッコロリンは即座に思考プロセスを破棄する。博士は魔導科学の第一人者にして国の重鎮にもかかわらず、生命を弄び神の領域に踏み込まんとするような、端的に言えばマッドサイエンティストだ。ブッコロリンに倫理に適う仕様しか搭載されていないのは「国家公認アイドル」という製造目的故だ、と彼女自身判断している。製造者たる博士への恩や情は無いわけではないし、尊敬もしているが、それを上回ってあまりあるほど博士はマッドサイエンティストだった。子供たちにとっての「母」と比べるにはあまりにも失礼すぎる。
要するに、ブッコロリンは彼らを説き伏せられるだけの言葉を持たなかった。
子供たちには今のうちに事情を説明しておく必要がある。が、トゥルーヤへの加勢が遅れるとトゥルーヤが戦闘不能になる、即ち作戦失敗だ。考え始めた直後、不意に異空間の外によく知った魔力を検知した。子供たちの声すら遠くなったようだ。顔を上げ、通信端末越しに響く声に集音機能を集中させる。
(──あなた、は)
(通せ。事情はフェニックスたちから聞いた。子供のことは任せろ)
(っ、ハイ! 助かりマス、後はお願いしマス!)
片手を掲げ、ぱちんと指を鳴らす。背後に現れたポップなデザインの扉に手をかけ、ブッコロリンは静かに子供たちに語り掛ける。
「……皆、ごめんなさい。ボクはこれから行かなきゃいけないところがありマス。皆にはボクの仲間が事情を話しマス。……これから来るお姉さんのお話は、どうか聞いてあげてクダサイっ。……それでは、またお会いしマショウ!」
そう言い残し、ブッコロリンは遠隔操作で背後の扉を開け放った。後ろ向きに軽く跳んで異空間を出ながら、入れ替わりに入っていく白い人影を見送る。
(あとはお願いしマス……ボクは、ボクにできることをしてきマス!)
バック宙で着地し、勢いよく地を蹴る。土を蹴り上げながら、ブッコロリンは戦場へ向けて真っ直ぐに走り出した。
(急げ、ブッコロリン……ボクの役目を、果たさなきゃ!)
◇◇◇
──何が起こったのか、トゥルーヤには一瞬理解できなかった。
不意に首根っこを掴まれたかと思えば、景色が遠くなった。何者かに投げ捨てられたと気づいたのは、環状列石のひとつに背中を強打した後のことだ。
「いったぁ……ったく、何……?」
霞む目を凝らし、焦点を合わせる。環状列石の遥か向こう。天使は目を凝らさなければ見えないほど遠くにいた。そして、その眼前には見覚えのない少女が仁王立ちしている。
「……えぇ……マジで何……?」
呆然と呟く。……思い出した。リ号やカノンたちの援護射撃があるとはいえ、あくまで人間のトゥルーヤには前線で天使の攻撃を引きつけ続けるのには限界がある。体力も霊力も底をつき、集中力も切れてしまった一瞬で抱き寄せられそうになり、その瞬間、見たのだ。感情を全く感じさせない、薄紅の異様な瞳を。……その少女に投げ飛ばされ、助けられた、ということなのだろうか。
そして、彼女が両手に持っているものに、トゥルーヤは今度こそ呆然と目を見開いた。
──リシュエルからもぎ取られたであろう、二枚の羽根。
「……は?」
「……あらあら」
トゥルーヤが呆けたような声を出し、リシュエルが困ったように眉根を寄せる。
「私が今まで見てきた中でも、札付きの悪い子ですね……よっぽどお母さんに甘えたくて、気を引きたくてそんなことをしているのですね?」
「……私が、誰だか、知ってて言ってる?」
感情のない声が、そう淡々と言い放つ。その手の中で柔らかな天使の羽根が、パキ、パキと音を立てて凍ってゆく。
「……お前が、常務が言ってた……排除対象。社長が、私を指名するだけ、ある」
純白の三つ編みが風になびく。薄紅の瞳が、無感情に天使を見つめる。
「私以外で、歯が立つわけない──けど、私が、来たからには、お前はもう終わり」
両手に持った天使の翼が、冷気を纏った双刃と化す。
そしてその声も、冷たく、鋭く──ただ淡々と、事実だけを述べていた。
「MDC社員、白魔真冬。女神リアおよび天使デストリエルからの依頼により、お前を排除する」
冷酷無比なる人型兵器は、底冷えのするような声でそう言い放った。
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