VS強化護衛天使

(……よし、第一段階は成功のようだな)

 リシュエルの聖母領域の更に上空。式神竜リ号の上で、フェニックスは下界の様子を確認してひとつ頷いた。隣ではカノンが真剣な表情で、遥か下の環状列石に手をかざしている。

 カラクリはこうだ。カノンの『幻惑』でリシュエルと子供たちに別々の幻覚を見せる。子供たちにはリシュエルがブッコロリンのライブに行くことを許可するように、リシュエルにはトゥルーヤが子供たちを攫っているように。そして子供たちはガルテアが設置したワープゲートを通じてブッコロリンのライブ現場に転送し、順次ホログラム内の異空間に誘導することで保護。その間にトゥルーヤがリシュエルの攻撃を引き付け、リ号を中心に攻撃し撃破を狙う、という算段だ。

 そしてこれだけ大規模な幻術を使うとなると、カノンは尋常でない集中を要する。隣で彼女を盗み見ると、真剣を通り越して最早睨みつけるような目をしていた。いくらカノンといえど、ここまで高度な集中はそう長くは続かないだろう。その負担を軽減するため、ライブステージで歌い踊るブッコロリンはそのカリスマを最大限に発揮している。見る者すべての視線を彼女に釘付けにし、熱狂させるアイドルの真骨頂。それにフェニックスの強化術を上乗せすれば、もう誰も彼女から目を離せない。彼女は今、そのカリスマで子供たちを全力で引き寄せていた。

(こうしてみると末恐ろしいアイドルだな……)

 使い方を誤ればあまりにも凶悪になりうる力だが、当のブッコロリンに悪意がまったくないのが救いだろうか。眼鏡を直し、フェニックスは通信端末から小声で指示を送る。

「……こちらフェニックス。標的への攻撃を開始する」

『はいはーい、トゥルーヤ了解っ!』

『ガルテア了解しました! こちらも露払い始めます!』

 通信端末越しの返事と同時、リ号が深く息を吸い込む気配があった。


 ◇◇◇


 カノンの『幻惑』を受けて姿を消し、ガルテアは静かに抜刀する。気分はさながらニンジャである。分厚い眼鏡越しに見据えるのは、純白のローブを纏い動物の仮面をつけた十体の天使。リシュエルが召喚する護衛天使だ。盾を構えて迫ってくる天使たちを見据え、ガルテアは静かに腰を落として構える。

 護衛天使たちは今、『幻惑』によりガルテアをトゥルーヤの屍兵の一人だと捉えている。彼らにブッコロリンのステージやそこに集まる子供たちは見えていないし、子供たちからもガルテアと援護天使の戦いは見えていない。『幻影』の面目躍如である。そしてリシュエルが援護天使全員を子供たちの奪還に充てたのは母の愛情ゆえか、それとも屍兵数体と人間一人なら容易く無力化できると踏んだためか。それはわからないが、とにかく好都合だ。

(私の役目は、援護天使を引き付けてトゥルーヤさんたちを戦いやすくすること)

「〈神託の破壊者〉が団員、潜泳竜ガルテア──参りますっ!!」

 聞こえはしないだろうが、様式美だ。堂々と名乗りを上げ、勢いよく踏み込む。刹那、十体の天使が構えるシールドが一斉に激しく光った。

「──ッ」

 ガルテアは止まらない。もとより彼女は目があまりよくなく、代わりに優れた聴覚や振動探知能力により外界を把握している。目くらましは意味を成さない。構わず突進し、クマの仮面の天使を盾ごと切り裂こうと一閃。しかし、その一撃は盾に阻まれてあっさりと止まった。

(神性介入……にしては硬すぎる?)

 神造巨人戦に参戦したトゥルーヤは「モブ天使には神性介入? ってのは乗ってないっぽいよ」と証言していたが、この援護天使は別らしい。上位天使たるリシュエルのそれには及ばないが、ベルサリエルの時同様にしっかりダメージがカットされているらしい。が、それはそれとして手応えにはまた違う違和感があった。

「っ!」

 止まっている暇はない。ガルテアの両脇を抜け、ウサギとネコの面の天使が子供たちの方へと走り出す。咄嗟に踏み込むとともに尻尾だけを竜化し、テイルスイングで二体の天使を絡め取って地面に叩きつけた。その間にさらに他の天使を牽制し、斬りつけるが、いかんせん一人で足止めするには多すぎる。

(なら──ッ)

 刀を納め、そのまま竜化する。細長い身体をしならせ十体全員を絡め取ると、そのまま力を込めてギリギリと絞め上げる。

『ガルテアです! 援護天使、全員確保しましたっ!』

『よくやった。そのまま生かさず殺さず捕らえててくれ』

『な、なんか悪者みたいで嫌ですね……』

 天使たちを絞め上げつつ呟くガルテア。だが、援護天使を足止めするならこれが最善策だ。ブッコロリンの試算によると、援護天使はやられても天界から補充できる可能性が濃厚らしい。だから脱出も自害もさせないよう拘束する。飛んでいかないように羽根の付け根を胴で押さえ、それでいて肋骨を折ったりしないように加減しながら一定の力で絞め続ける。幸いガルテアの触覚は並の竜に輪をかけて鋭敏だ。天使の生命反応も容易く拾い、力加減に反映できる。

 行為そのものに抵抗はあるが、かといって代案があるわけでもない。ガルテアは大人しく援護天使の拘束を続ける。

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