VS慈愛の天使・リシュエル 1
「突然にゃんけど、作戦について常務にゃんから提案がありますにゃ!」
「お、おう……本当に唐突だな」
作戦決行の朝になってそう言い出したカノンに、フェニックスは思わず口元をひきつらせた。だがカノンのことだし、彼女なりに何かしら考えがあるのだろう。とりあえず聞くだけ聞いてみることにする。
「いやあ、昨夜アナザーアースの偉い人が来て、常務にゃんに力を授けてくれたのにゃ。それを加味していくつか提案がありますにゃ」
「あ……夜中に話し声がすると思ったら、それだったんですね」
「ガルテアにゃん、気づいてたのにゃ?」
「はい。敵意は感じませんでしたし、カノンさんに用があるなら邪魔しちゃいけないと思って寝たふりしてたんですけど……」
「にゃー、お気遣いありがとにゃん! それで作戦にゃんけど、常務にゃんとフェニくん、それにリ号にゃんの3人でステルス攻撃隊を組もうと思ってますにゃ」
適当な紙を広げながら作戦を図示しはじめるカノン。まず天使のデフォルメ絵を中心に描いてから、上の方にカノン、フェニックス、リ号の3人を配置して円で囲う。
「常務にゃんの
「俺は例によって強化要員ってわけだな。わかった」
「で、トゥルーヤくんには天使の意識をいい感じに引き付けてほしいにゃ」
「指示ガバガバすぎない? まぁできなくはないだろうし、やるけどさ……あーでもカノン、あとでちょっとだけ打ち合わせしていい?」
「勿論ですにゃ! それとブッコロリンちゃんとガルテアにゃんは、昨日相談してた感じでお願いしますにゃ」
「了解デス!」
「お任せください!」
作戦は大体定まった。が、それはそれとしてフェニックスは問いかける。
「ところで八坂、その強化された力ってのは体に馴染んでるのか? 別に決行は遅らせてもいいんだぞ」
「大丈夫にゃ! 身体強化に関しては朝ごはん食べる前に外で軽く走ったりパルクールしたりして強化具合確かめてきたにゃんけど、自分の意思である程度加減が効くっぽかったにゃ。この状態と『
「楽観視しすぎだ! ……まぁ制御しづらくなったら俺がサポートする。好きなだけ暴れてくるといい」
「はいにゃっ!」
◇◇◇
「ブッコロリンさーん、これどこに置けばいいですかー?」
「それはそっちに! あ、そっちのスピーカーにはワイヤレス端子付けといてクダサイ!」
「分っかりました!」
作戦会議から一時間も経たぬうちに、ガトランド平原ではライブ会場の設営が始まっていた。ブッコロリンが指揮を執り、セントラルのライブ・バーから呼び寄せた人員がスピーカーをはじめとする機材を手際よくセッティングしている。そして地下には聖母領域の効果が及ばないのをいいことに、竜化状態のガルテアは地下を爆速で往復しながら聖母領域を囲うように機材を配置している。具体的にはスピーカーとモニター、それに踏んだ者をブッコロリンのいる座標付近に転送するワープゲートだ。さながら環状列石を環状列石が囲んでいるような、実に珍妙な絵面である。
「それにしても急な依頼だったのに、快く引き受けてくれてありがとうございマス!」
「いえいえ、あのときはうちのバーも大盛り上がりでしたから! 困ったときはお互い様ですよ」
そう言って歯を見せて笑うのは、いつぞやのライブ・バー『エスプレッシーヴォ』の店長だ。ブッコロリンがライブを行った日は開店以降最高の売り上げを叩き出したらしく、その恩により急な依頼にもこうして応じたのだという。
「……さて、これで設営は完了ですかね」
『こっちも終わりましたっ!』
竜化状態のガルテアが地中から勢いよく顔を出し、そのまま人の姿に戻った。早くブッコロリンの歌を聴きたいのか、心なしかそわそわしている。
「皆、ありがとうございマシタ! おかげで最高のステージができそうデス!」
「いえいえ、こちらこそ! 撤収の時にまた来ますんで、それでは!」
「ハイ、またお願いしマス!」
撤収していくライブ・バーの人員を、ブッコロリンは手を振りながら見送っていく。彼らが見えなくなったころ、ふと上空を見上げて声をあげる。
「ブッコロリン、ライブ準備完了デス! 皆さんはどうデスか?」
『八坂組、準備完了してますにゃ!』
『こちらトゥルーヤ、こっちも準備万端。いつでも始めていいよ』
通信端末越しの仲間たちの声に、ブッコロリンは頷いた。静かに片手をあげ、インベントリから可愛らしく装飾されたマイクを取り出す。ガルテアが固唾をのんで見守る中、彼女は最初の一音をそっと唇にのせた。
◇◇◇
その時、天使リシュエルと子供たちはそれぞれ別々の光景を見ていた。
「あっ、ねえ、何か聞こえるよ!」
「ほんとだ。歌……かな?」
「私これ知ってる! セーラーキューンの歌だー!」
三つ編みの女の子が不意に砂場から立ち上がり、振り返った。その視線が捉えるのは、遠くだけれど巨大なモニター。そこには緑色のコスチュームを纏った可愛らしいアイドルが映っていた。ふわふわのコスチュームの裾を翻し、愛らしい笑顔を振りまきながら歌い踊る。
「……かわいい……!」
セーラーキューンってなにー? プリユアじゃないんだ……? などと背後で交わされる会話も、三つ編み少女の耳にはもう入っていなかった。その目はもうブッコロリンの姿に釘付けになっている──いや、それ以外なにも見えていない。思わず走り出す三つ編み少女を見て、一緒に遊んでいた女の子たちは思わず顔を見合せた。その時、りん、というベルの音と共に天使がその場に舞い降りた。
「行ってもいいですよ」
「えっ?」
「でも昨日、だめって……」
「あのお姉さんは悪い大人じゃないみたいですよ。お母さんが確認してきたので、間違いありません。あなたたちも楽しんでいらっしゃい」
子供たちはまた困ったように顔を見合わせ、もう一度リシュエルを見た。天使は優しい微笑みを絶やさぬまま、ゆっくりと頷いて見せる。
「……うん! 行ってくるね、ママ!」
──そんなやり取りが、聖母領域のあちこちで繰り広げられていた。
その時、本物のリシュエルの眼前には惨憺たる景色が広がっていた。
「嫌だぁっ! 離せ、この野郎っ!」
「うわああんっ……こわいよぉ、こわいよぉ……」
「ママ、たすけてぇ……!」
子供たちの悲鳴が平原に響き渡る。泣き叫ぶ子供たちを、屍の兵士たちが次々と布袋に放り込んで連れ去っていく。中には抵抗したらしく、斬り捨てられ血を流す子供もいた。そんな惨状の中心で、リシュエルは屍兵を操る少年に静かに問いかける。
「……私の子供たちを、どこへやるつもりですか?」
りん、と。
闘争心を失わせるベルの音が、心地よく響き渡る。
「さぁねぇ、どうしてやると思う?」
死霊術師は不敵な顔を崩さない。腰から刀を抜き放ち、その切っ先を天使に向ける。
「ヒントはふたつ。まず、僕の仲間は天使ベルサリエルをぶっ殺した。次に、僕は死した天使ナタニエルを利用させてもらった。これでどう?」
「……なるほど」
天使が何を推測したのか。それはわからないが、少なくとも子供たちを傷つけると判断したのは自明だろう。怒り狂うかと思いきや、リシュエルは哀れむように眉を曇らせた。
「可哀想に……大きくなったせいで、すごーく悪い子になってしまったんですね。でももう大丈夫ですよ。お母さんがいーっぱい甘やかしてあげます。だから武器を捨てて、お母さんの胸に飛び込んでいらっしゃい」
「え、なに怖……」
かと思えば、慈愛に満ちた笑顔で両手を広げるリシュエル。トゥルーヤはドン引きしていたし、話が通じない気配を察知してげっそりしていた。天使は小さく首を傾げたが、気にも留めずに彼に一歩近づく。
「怖がらなくてもよいのですよ。さぁ、お母さんにすべてを委ねなさい……」
「何こいつヤバ……こんなのと持久戦なんかしたらマジで気が変になりそうだし、とっとと終わらせよっか!」
もう一本の刀も抜き放ち、トゥルーヤは慈愛の天使と向かい合う。
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