決行前夜の訪問者

「はーい退院しましたー。皆心配かけたねー。というわけで僕は寝ます。おやすみ!」

「待て待て待て!!」

 ホテルの部屋に戻ったそばからベッドに飛び込んだトゥルーヤに、フェニックスは思わず突っ込みを入れた。時刻は既に夕方。チラシ配りもMDC側のミーティングも終わり、そろそろ夕食にしようと思っていた頃合いだった。

「……なに? 今日はマジで何もしないって言ったじゃん。フェニもいいって言ったじゃん」

「いや、寝る前にせめて明日の作戦をだな」

「やだ!」

 胸を張って言い放つトゥルーヤに、フェニックスは頭を抱えた。横からカノンが顔を出してフォローを入れる。

「まぁまぁ、トゥルーヤくん昨日瀕死になったところにゃんし、今日は休ませてあげようにゃ」

「甘やかすな」

「はい許可もらったぁ! おやすみー」

「……はぁ。甘やかすとこうなる」

 やれやれ、とため息を吐くフェニックス。言ったそばからトゥルーヤは寝息を立て始めている。呆れた目をしながらもフェニックスは布団をかけ直してやった。

「作戦の確認は明日の朝一にしよう。英気を養うのは大事だしな」

「フェニくん、なんだかんだ面倒見がいいとこあるにゃんよね」

「あー……まぁ、仮にも副団長だからな。団員の面倒みるのは当然だろ」

 そんなことより食堂行くぞ、とフェニックスは眼鏡をかけ直した。そんな彼を微笑ましげに眺めつつ、カノンも彼に追随するのだった。


 ◇◇◇


 夕食と風呂を済ませ、適度に休み、夜が更けてくるとそれぞれ部屋に戻って寝ることにした。

 そして傭兵団どころか、ホテル中が寝静まった午前二時。


 こつん、と。

 不意に窓を叩く音が聞こえ、カノンは目を覚ました。起き上がって窓の方を見ると、カーテンの向こうに白い影が揺れている。

「……?」

 見覚えがあるシルエットだ。少なくとも怪しい者ではないと知っている。だが、何故その人がここにいるのか。警戒しながらも窓に近づくと、人影は「こっちに来い」とハンドサインで促した。

「……っ」

 頷き、引き戸を開けてベランダに出る。そこに立っていたのは背の高い人影だった。白いヴェールと喪服の裾が夜風になびく。そのヴェールの下から、のっぺりとした顔の能面がカノンを見下ろしていた。

『我はデストリエルの審問官。我が主の命により、そなたに加護を授けに参った』

 ヘリウムガスを吸ったような高い声が、無感情にそう語る。カノンは真剣な表情を崩さぬまま、真っ白な人影を見据える。

「……お久しぶりですにゃ。審問官さん」


『デストリエルの審問官』。

 デストリエルの加護を最も強く受け、すべてのデストリエル能力者を統制する者。デストリエル能力者が暴走した際の安全装置として機能する、いわば最強のデストリエル能力者。天使の寵愛を一身に受け、他のしもべたちにはない力すら持つその人だが、何故こんなところに。

『……何故こんなところにいるのか、と聞きたそうだな』

「にゃ、なんでわかったにゃ……?」

『表情を見ればわかる。……申しただろう、我が主の命だと。我が主はこの案件に相当に力を注いでいらっしゃる。その一環として私に異世界転移の権限を下さり、そなたに加護を施すよう命じられた。心の広い女神もあっさりと許可したそうだ』

(心が広いどころの話じゃにゃいんじゃ……)

 と思いつつも、口には出さないでおく。ただでさえ異界の女神の侵攻でごたごたしている時に、無関係とはいえデストリエルの手の者を通すのはちょっとどうなのだろう。

「それで、常務にゃんに加護って……?」

『前回の敗因はしもべを無策で、特別な加護も施さずに放りだしたこと。あのお方は同じ轍はけっして踏まぬ。故に此度はそなたらに強大な加護を授けることになさった。八坂カノン、当然そなたも例外ではない』

「にゃ……!?」

 思わず目を見開くカノン。デストリエルによる加護をカノンや出向チームにも与える、ということか。

『案ずるな。加護の内訳は天賦強化や身体能力強化が中心だ。我々が持っているような洗脳能力は与えぬ』

「にゃ……よかったにゃ……」

『理解したか。ならば、手を出せ』

 白い手袋を外しながら審問官は言い放った。神妙に頷き、カノンは片手を差し出す。審問官がその手を無造作に握ると同時、ぶわりとカノンの全身を金色の粒子が包んだ。

「にゃ……っ!?」

 金色の粒子がカノンに纏わりつき、一体化していく。その最中、カノンは自覚できるほどの変化に目を見開いていた。身体に羽が生えたようだ。先程までの肉体とは明らかに違う。軽く跳んでみると、まるで重力から解放されたかのような感覚を覚えた。

「これは……デストリエル様、こんなことまでできるのにゃ……?」

『ああ。我が主が授けられる「加護」は、肉体や天賦に直接命令を下すことで強化を実現する神技。それを我の体を通し、そなたに授けたのだ』

「強すぎるにゃ!? ……いや、天使だしそのくらいはできる気がしてきたにゃ……」

 彼女自身が相対したベルサリエルや、トゥルーヤを瀕死になるまで追い込んだナタニエル、それにこれから相対するリシュエル。デストリエルも彼らとほぼ同等の力を持っているのなら、そのくらいできてもおかしくはないだろう。


『……やることは済んだ。帰還する』

「え、もう行っちゃうのにゃ?」

『ああ。強いて言うなら天祖やつの骨でも拾って帰りたかったが、拾う骨もないのでは致し方あるまい』

「にゃ、にゃう……」

 実際骨も残さず潰れたのだから仕方ない。カノンは苦笑を返すしかなかった。

「ともあれ、ありがとうございますにゃん。気をつけて帰ってくださいにゃ!」

『礼には及ばぬ。……出向チームは強化に伴う調整が必要ゆえ、そちらに向かわせるのは明日の午後以降になる。我が主の命、しかと果たしてくるのだぞ』

「はいにゃ!」

 敬礼をしてみせると、審問官は静かに頷いた。そのまま白いヴェールを翻し、ベランダから飛び降りる。その姿が闇夜に溶けて消えるのを、カノンは手を振りながら見送っていた。









「……ほう。ちょいと風を吹かせてみたら、桶屋が儲かったようじゃのう。それも中々に愉快そうな桶屋がな」

「そのよう、ですね……人間はこれを『エビフライ効果』と呼ぶんでした、か」

「それを言うなら『バタフライ効果』でしょう、メトス。それに若干意味が違いますわ。あなたも御存知でしょう、悪竜王様がお創りになった『殲滅怪獣』を。アレを些事だとおっしゃるおつもりで?」

「あぁ……言葉の綾、でした。申し訳ありません。……人間の言葉は、難しい」

「よい。要は遊べる玩具が増えたというわけじゃが……どうやら少々、趣向を凝らさねばならぬようじゃ。向こうもワシらに遊んでほしいようじゃし、ここは全身全霊でのが悪竜としての礼儀じゃろう?」

「ふふっ、そうですわね。自ら遊び道具に名乗り出るなんて、人間にしてはいい心掛けのようですし。精一杯してあげましょうか♪」

「ああ、そうしましょう。……何を見せてくれるのか、楽しみだ」

「さぁ、まずは筋書きシナリオから考えるとするかの……」




 ☆★☆★☆


八坂カノンが以下の特殊能力を取得しました:


・デストリエルの加護

 異世界出向手当として天使デストリエルから強化を受けた。具体的には全能力上昇、天賦強化、精神干渉無効、竜特効。この加護はデストリエルより上位の存在の力でないと剥がせない。


八坂カノンの特殊能力『天賦「幻惑」』が強化されました:


・天賦『幻惑』

 周囲の空気などの屈折率に干渉し、自分や他のものを見えなくしたり、違うものに見せたりする。それなりに高度な集中を必要とする。後述するアディショナルゲノムとの合わせ技で、他人に成り代わっての潜入工作も得意技。

 デストリエルの天賦強化により、視覚だけでなく五感すべてへの干渉、ならびにレーダーや魔力等あらゆる探知への干渉・無効化が可能になった。ただし第六感での探知に関してだけは、ものすごく頑張らないと干渉できない。

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