空からの宣戦布告

 カノンがMDC本社とのブリーフィングにいそしんでいる横で、ブッコロリンは持ち込んだプリンターで何かを大量に印刷していた。正確にはケーブルで自身とプリンターを直接接続し、自ら作成したデータを印刷しているらしい。印刷された紙は既に大きめの段ボール2個分以上にわたる。そしてブッコロリンはコピー用紙を補充したりインクを取り替えたりと、ずっと慌ただしく動き回っていた。フェニックスは思わず新聞から顔を上げ、問いかける。

「……何してるんだ?」

「次の作戦の準備デス!」

 対し、ブッコロリンは今印刷されたばかりのコピー用紙を一枚手渡した。眼鏡を直しながら見ると、『魔導アイドル・ブッコロリン ワンマンライブ・イン・ガトランド! キミの心臓ハートに届けるエール☆』と、ド派手なアオリ文が目を惹いた。そしてブッコロリンの宣材写真が添えられている。

「……次の作戦の準備って……これがか?」

「ハイ! 子供たちの保護と援護天使の対処を一挙に行える秘策デス!」

「……そうか、なるほど」

 ライブの意図を理解したらしく、ニヤリと笑みを浮かべるフェニックス。ブッコロリンの能力をフル活用すれば、確かにこのライブが周辺への被害を限りなく小さくする鍵になるかもしれない。となると他に必要な要素は──と考えていると、すぐ傍で漫画を読みふけっているガルテアが視界に映った。

「ガルテア!」

「はっはいぃ!?」

「お前も聞いてただろうが、今度の作戦に合わせてブッコロリンのゲリラライブを開催する。お前にはそのアシスタントを頼みたい。主な仕事は機材運搬と乱入者退治! かなり大変な仕事になるだろうが、正直ガルテア以外に頼める奴がいないんだ。頼まれてくれるか?」

「いいですよ! ……と、ところでライブの曲目は……?」

「今回は小さな子供がメインターゲットになりマスので、ニッポンの童謡や幼児向けアニメの主題歌がメインのセットリストを使用する予定デス☆」

「おお~……! それは邪魔させるわけにはいきませんねっ! というか私もあわよくば聴きたいです……!」

「よかったらライブ音声の録音を差し上げマスよ!」

「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございます……!!」

 大興奮で頭を下げまくるガルテアを微笑ましく見守るブッコロリン。その横で、ふとフェニックスが問いかける。

「……それはそうと、そのチラシどうやって配るんだ」

「それはデスね──」


 ◇◇◇


「──いや贅沢かッ!!」


 ガトランド平原上空にフェニックスの突っ込みが響き渡った。

 というのも、彼とブッコロリンは式神竜リ号の背の上からチラシを撒いている。怪訝そうな顔のフェニックスに対し、ブッコロリンはチラシをばら撒きながら満面の笑みで返した。

「『環状列石の天使』の領域内に踏み込むと色々とデバフや精神攻撃を受けかねマセンので、その領域が届かない上空からチラシを撒くのが案の大枠デス。最初はカノンさんの『結界グリーン』を足場にしようと思っていマシタが、カノンさんは作戦会議で忙しそうデシタので急遽代案を立てマシタ。『桔梗』の飛竜を呼ぶことも考えマシタが、先の戦いの疲労が抜けきっていない今働かせるのは下策だと判断しマシタ。というわけで、今できる最善案としてリ号さんに来ていただきマシタっ!」

「ああ、うん、理屈はわかるが……」

 理屈はわかるが、ただのチラシ配りのためだけに式神竜を引っ張り出してきてもよいのだろうか。リ号も心なしか微妙な顔をしている気がするが、ブッコロリンは気にせずチラシをばら撒き続ける。

「それに天使は人を幼児化する能力を持っているようデスが、だとすればわざわざこちらまで飛んでくるメリットはさほど多くないデショウ。領域は放っておいても勝手に広がるようデスし、どうせボクたちが天使に挑むことはこの段階で伝わりマスので、天使はボクたちが攻め込んでいくのを座して待つと推測しマス。万が一天使がこっちに飛んでくることがあっても、リ号さんの〝習合思想概念装甲・式/識神〟があればある程度の干渉は防げると判断しマシタ!」

「なるほど。確かに今できる策としては良いな」

 リ号たち式神竜は物理攻撃以外を弾く。魔法攻撃やデバフだけでなく、『環状列石の天使』の精神攻撃も無効化することができる。もしかしなくても元々の案よりもよい策かもしれない、とブッコロリンは変わらない笑顔でチラシを撒き続ける。


 ◇◇◇


「ママー! みてみてーっ」

 駆け寄ってくる幼子の声に、『環状列石の天使』ことリシュエルは顔を上げた。近くにいた子供たちを撫でる手を止め、坊ちゃん刈りの子供が持ってくるチラシを見つめる。

「……これは?」

「なんかね、お空から降ってきたの! 『らいぶ』だって!」

「へー、なんか楽しそうだよね!」

「だよね! 明日やるんだって。ママ、行ってもいーい?」

 純粋な眼で問いかける子供たちに微笑みかけながらも、リシュエルはわずかに眉を曇らせる。

「うーん……お母さんはあまりおすすめしません」

「えー!? どうして?」

「この『らいぶ』? が行われる辺りには悪~い大人がい~っぱいいるんです。大事な子供たちが危ない大人にひどいことされないか、お母さんは心配です」

「大丈夫だもん! 知らない大人に話しかけられたらすぐ逃げてって、ママいつも言ってるもん!」

「逃げられなかったら大変ですよ……大事な子供に何かあったらと思うと、お母さんは心配で心配で夜も眠れません……」

 さめざめと泣き真似をするリシュエルに、子どもたちは困ったように顔を見合わせる。ライブに興味はあるが、母にあまり心配をかけるわけにもいかない。

「ねえ……どうする?」

「えー……でも行きたいよー」

「でもママ泣いちゃったし、やめとこうぜ? 歌ならおれたちも歌えるじゃん」

「うー……でも……」

 他の子供たちに諭され、坊ちゃん刈りの子供は不満そうな顔をしながらも引き下がった。リシュエルは慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、子どもたちに語り掛ける。

「わかってくれてありがとう。お母さんは皆が元気で、無事で、そしていい子でいてくれれば、それが一番うれしいのです」

 あくまで優しい手つきで、受け取ったチラシを破り捨てながら。

「そう、この世の皆が無垢ないい子でいてくれれば……。ふふっ」

 リシュエルはそう語る。その優美な表情は紛れもなく、誰もがつい心を許してしまう「聖母」そのものだった。

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