異世界出向第二陣、スタンバイ
『飯テロ』
という簡潔なメッセージと共に、実に美味しそうな朝食セットの写真が傭兵団全員に送られてきた。分厚いトーストの上にたっぷりの小倉あんとマーガリンと生クリームが鎮座している。さらにサラダとゆで卵、コーヒー、そしてバニラアイスまで添えられていた。写真を見ているだけで腹が減るような、見事な名古屋モーニングである。
『ちなこれ病院食ね』
「いや病院食にしては栄養バランスおかしいだろっ!」
メッセージを見て、フェニックスは思わず口で突っ込んでしまった。横で同じメッセージを見たガルテアが眼鏡を輝かせて寄ってくる。
「あっこれ知ってます『サツマホグワーツ』ですよね!?」
「名古屋モーニングな。何一つ合ってないんだが」
『病院食にしては栄養バランスおかしいだろ! ってフェニに言われそうだから先に送っとくけど、昨夜のうちに朝食メニュー貰ってたんだよね。僕は傷自体は完治してるから軽傷患者と同じ扱いになったらしいんだけど、軽傷の人はある程度メニュー好きに選べるらしくてさ。で、これにした』
「お前は遠隔で心を読むな。全く……」
肩をすくめ、フェニックスは追加でメッセージを送信する。
『その調子なら早いうちに退院できそうだな』
『うん。今日の昼くらいには退院できそうだって。たぶん明日には戦線復帰できるでしょ。その戦線復帰に備えて今日はもうなーんにもしない。退院したら食堂で美味しいご飯たらふく食べて一日中布団でダラダラする! 緊急招集がかかったとしても応じてあげないからね!』
「流石に応じろ!」
またしても口頭で突っ込むフェニックス。トゥルーヤなら本当にやりかねないが、病み上がりで働かせるのも気がひける。フェニックスは気を取り直して返信を打ち始めた。
『……でもまぁ、今日はとにかく休め。多少の我儘は聞いてやるから』
『じゃあ退院するまでに僕の布団ふっかふかにしといてー』
『それはいいんだが……お前、我儘のレベルが普段より低いぞ……? 本当に大丈夫か? やっぱりもう一日くらい入院しといた方が……』
『ひどくない?』
◇◇◇
「呼ばれて飛び出て常務にゃん! みんなおはようにゃ! 元気してたにゃー?」
『わー! 常務にゃんだーひさしぶりー!』
『常務! 無事で安心しました……!』
『僕らはそれなりに元気だよ。常務も元気そうでよかった』
『常務にゃんの分の業務はつつがなく代行してますなの! どややーなのー!』
朝礼開始五分前。ビデオ通話を繋ぐと、賑やかな社員たちの声が出迎えた。皆元気そうでよかったにゃ、とカノンはノートパソコンの向こうを満面の笑みで見つめる。フロンティアとアナザーアースの時刻がぴったりリンクしているのは、多分リアとデストリエルがいい感じに計らったのだろう。
『はいはい、雑談はほどほどにしなさい。今日は全員に重要な話があるわ』
『常務がいるタイミングで大事な話とか嫌な予感しかしないんだけど……』
『千草、残念ながらその予感は当たってるわ。端的に言えば異世界「フロンティア」出向、第二陣についてよ』
『そんなこったろうと思ったよ……』
途端にオフィスをげんなりとした空気が包む。苦笑しつつも、カノンはとりあえず話を進めることにした。
「社長、急に第二陣って……前に『これ以上の人員は送り込めない』って言ってたにゃんよね。何かあったのにゃ?」
『状況が変わったのよ。昨夜デストリエル様から啓示を賜ったの。デストリエル様がおっしゃることには、どうやらそっちに
「にゃ!? あのMDC皆で倒した
『ええ。その様子だと常務は知らなかったようだけど』
天祖智典という男はデストリエルの信徒の一人だったが、殺人斡旋組織パートシュクレとの勢力争いで負けが込み、おまけにMDCとの抗争の末大敗を喫している。その後彼は唐突に行方をくらましていたが、この世界に流れ着いていた上に討たれたとは想像もしていなかった。
『デストリエル様がおっしゃるには、あの野郎そっちの世界でまんまと利用されてたらしいわよ。デストリエル様、見たことないくらいお怒りだったわ……人をこき使ってナンボの「神官」が逆に利用されるなんて信徒の面汚しだもの。それで私に啓示が下ったの。部下を向こうの世界に派遣して、デストリエル様の信徒を不敬にも利用した輩……「悪竜王」とやらに一泡吹かせてやりなさいって。あわよくば一族郎党すりつぶせって』
「デストリエル様かなりおこですにゃ……って悪竜王!?」
思わず問い返してしまう。悪竜王といえば竜王や天使と並ぶフロンティア最大の脅威のひとつだ。生物の負感情を餌とし、悪意を操ることにかけては他の追随を許さない異端の竜。あちこちで戦況を引っ掻き回しては楽しんでいるらしく、どの方面からも藪蛇のごとく嫌われている、という話だ。
「うん、まぁ、悪竜王ならやりかねないにゃんけど……でも悪竜って、もんのすごく厄介な竜種らしいにゃん。精神攻撃と悪巧みのエキスパートで、人の悪意を力に変えるとも聞いてるにゃ。しかもその王に吠え面かかせるとなると……正直、無策で挑むのはおすすめしないにゃ」
『安心なさい。対策は既に考えてあるわ。それにデストリエル様も「ムキンちゃんのオトモダチの上司」とか「いけ好かないナタニエルちゃんをぶっ殺した悪魔妖精」とか「そのナタニエルちゃんを身に降ろしたバカすぎるネクロマンサー」とか「終わりのあやかバーガーの元凶」とかがそっちにいるからいい感じに協力しろって仰ってたことだし、そっちには頼れる同業者もいるんでしょ?』
「ん、いっぱいいるにゃんよ。現地で合流した〈神託の破壊者〉っていう傭兵団とか、『黒抗兵軍』っていう対竜組織とかと協力して戦ってるにゃん。……デストリエル様が言う『バカすぎるネクロマンサー』ってその傭兵団の一員なんにゃけど……」
MDCの身内(正確にはその上司)に傭兵団の身内をバカ呼ばわりされる稀有な体験に、カノンは複雑な笑顔を浮かべた。カノンから見れば勇敢な所業だが、現実的に考えても酔狂というか無謀というか……端的に言えばバカなのもまた事実だった。曖昧に笑うカノンだったが、不意に画面にドアップで映り込んできた紅羽と千草にその笑顔もいよいよ引きつった。
『ねーねー常務にゃん、悪魔妖精さんってあの武器めっちゃつくる人だよね! 覚えてる覚えてる! あたしが死んだときの人だ! 今そっちにいるんだー! ねえねえ常務にゃんあの人相変わらず強い? やばい? 元気っぽい? ねーねーねー!』
『ねえ待って終わりのあやかバ……ってそれマジで言ってる!? えっと、常務にゃん、ソイツとはマジで関わっちゃダメっていうか、その、見たら逃げて……マジで……』
『あんたら二人は悪い意味で私情挟みそうだから留守番ッ! とっととデスクに戻りなさい! カノン、この重症患者の妄言は聞かなくていいわ』
「……にゃん……」
『……ようやく静かになったわね。さて、異世界「フロンティア」遠征第二陣のメンバーを発表するわ』
『いきなりだな』
『まず真冬。理由は言うまでもないわね』
『……ん』
無表情に頷く真冬。言わずと知れたMDC最強の人型兵器。化け物級の強者が集うフロンティアでも戦っていけるだろう、とカノンも頷く。
『次に雫。アンタの
『はっ、はい!』
以前の異世界案件で雫は情念の怪物なる存在と二戦し、一勝一分けという成績を収めた。此度のフロンティアも人の域を超えた存在を相手取ることになるし、彼女の
『そして最後に霧矢。アンタなら少なくとも生きて帰りはするでしょ』
『雑に纏めンな! まァ行くけどよぉ』
文句を言いつつも、霧矢は特に断りはしなかった。最近は『施療』も言われれば文句言いながらも使うようになってきたし、ついこの間会得したばかりの強化形態のお披露目にも丁度いいだろう。成長を試すにはいい機会だ。メンバーが確定すると、唯は矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
『指名された三人は今日いっぱい使って異世界出向の準備! 出向手当としてデストリエル様の加護を一時付与して強化するわ。報酬は応相談。昇給でも休暇でも焼肉でも復讐でも、私の権限が効く範囲ならなんでも許可するわ。まずは朝礼終わったらブリーフィングやるわよ。カノンもブリーフィングに参加して頂戴。三人の出向に備えてそっちの世界の情勢とかターゲットの情報とか洗いざらい教えてもらうわ』
「了解にゃん!」
『そして雛乃! 真冬たちの出向で空いた穴は
『ウチっスか!? てかまたっスか!? だいぶ前のサイコロ戦争の時もウチだったじゃないっスかー!』
『アンタ皇会直属伏龍組のナンバー3に気に入られてんだから、あの荒くれヤクザ共もアンタの言うことなら聞くでしょ。それと昨夜のうちに純姫に連絡は取っちゃったから、遅くとも今日の昼には派遣ヤクザが到着するはずよ』
『仕事はっや! 逃げ場ないじゃないっスか! あーもうわかったっスよやりゃあいいんしょ!?』
『お願いね。それじゃ朝礼終わり! 各自業務を開始しなさい!』
唯の号令で社員たちは慌ただしく動き始めた。呑気に構えているのは拠点防衛要員の専務くらいだ。異世界遠征の準備でバタついていることを除けば、完膚なきまでにいつものMDCの朝である。そんな様子をカノンは微笑ましげに眺めていた。……ラストコール・エンドフェイズ案件はブリーフィング中に話せばいいだろう。まずはブリーフィングの前に増援が三人来る旨を傭兵団の仲間と、米津オーナーにも伝えておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます