眠れる傭兵団長
「にゃむにゃむ……うにゃ……?」
カノンが目を覚ますと、そこには見渡す限りの青空と大海原が広がっていた。穏やかな海では水しぶきを上げながらイルカが泳ぎ回り、雲一つない青空を背に海鳥が悠々と羽ばたいている。
『あっ、カノンさん目が覚めましたか?』
「ガルテアにゃん?」
『はい! ものすごい高空から落下したので皆さん気を失っちゃって、私がこうして受け止めたんです』
その言葉にカノンはようやく思い出した。戦闘の後すぐに審判所が崩落し、全員まとめて高高度から落下したのだった。途中で記憶が途切れているのは、落ちる途中で気絶してしまったからだろう。
「ここからはボクがホテルまでの道のりをナビゲートしての帰還になりマス。のどかな大震洋クルージングをごゆっくりお楽しみクダサイっ!」
ガルテアの首の辺りに座っていたブッコロリンが振り返って笑う。見回すと、後ろの方にまだ気絶したままのアルミリアとフェニックスが後ろで横たわっていた。先程まで何か黒くなっていたアルミリアはすっかりいつもの姿に戻り、穏やかな寝息を立てている。戦闘の疲れもあるだろうしそっとしておこう、とカノンはガルテアの方に視線を戻した。そして穏やかな海を見回し、問いかける。
「……なんていうか、ちょっとのどかすぎないかにゃ? ここ、結構前は悪天候で船を出すのもやっとな危険海域だったらしいにゃんけど……」
初日にフェニックスが作成した資料の中に『フロンティアの歩き方 アクエリアス編』という本の写しがあった。それには大震洋は常に悪天候に晒されており、さらに凶暴なマーメイドをはじめ多くの危険な魔獣が跋扈している、とあった。その魔獣が見当たらないのは竜種たるガルテアを魔獣側が本能的に危険視し、手出しを避けているからだろう。竜だろうが関係なく襲いそうなマーメイドの戦士は既に米津閣下やアンチマギア海賊団を中心とした面々に討たれたとも聞いている。だが、この好天に関しては説明がつかない。首を捻っていると、ガルテアが心配そうに声をあげた。
『あ……もしかしてネメシスちゃんに何かあったんでしょうか?』
「ネメシスちゃん?」
『この辺に住んでるお友達の海竜です。あの子は歌が大好きなんですけど、歌声がちょっぴり強烈で……。その歌声に海竜の力が加わった結果、この大震洋は常に大荒れになっちゃったみたいなんです』
「そんなことってあるにゃ!? っていうかなんで本人もとい本竜に伝えてあげなかったにゃ!?」
『だ、だってあんなに楽しそうに歌ってるの見ると何も言えませんよぅ! それにその方が危ない魔獣やハンターさんが寄ってくる可能性が減りますし、ネメシスちゃんが捕まらずに済むかなって……! で、でもこんなに晴れてるのはなんででしょう……ただ歌が上達しただけならいいんですけど、ハンターさんに捕まったり殺されたりしてたらどうしましょう……』
「だ、だだだ大丈夫だと思うにゃん! きっと!」
「そ、そうですよね……!」
仮にも海一帯を大荒れにできるほどの竜が、そう簡単に捕まるとはカノンには思えなかった。そして当のネメシスが今はFFXXの一員として歌を習っていることを、ガルテアはまだ知らない。
◇◇◇
帰還中は特に魔獣と遭遇することもなく、久々に平和な時間が流れた。到着までの間カノンは鳥やイルカと戯れたりブッコロリンの歌を聴いたりガルテアとニッポン談義に明け暮れたりと自由に過ごし、途中で目覚めたフェニックスは黒抗兵軍本部と連絡を取ったり眠っているアルミリアに毛布を掛けたり次の討伐対象の当たりをつけたり魔力回復ポーションを痛飲したりと慌ただしく動き回っていた。
そんなこんなで、ホテルに到着する頃にはすっかり夕方になっていたのだった。
「……アルミリアさん、目覚めませんね」
眠ったままのアルミリアを部屋のベッドに横たえ、ガルテアは心配そうに呟いた。
「……
「そう……なんですね」
「まぁ命に別状はない。このホテルにいる限りは寝込みを襲われる危険性もないし、そんなに心配しすぎなくてもいいぞ」
そう言いつつもフェニックスの表情は晴れない。やはり心配ではあるのだろう。しばし重い沈黙が流れ、カノンは恐る恐るそれを打ち破った。
「……にゃむ。アルミリアにゃんのあの力って、なんなのにゃ? 常務にゃんの世界だと……んーん、他の異世界に出向した社員の話でも、あんな異様な力は見たことも聞いたこともないですにゃ。あれは一体なんなのにゃ……?」
「……ああ。やっぱ気になるよな」
こめかみを抑え、フェニックスは深々とため息を吐く。
「まあ、一言で言うなら、神の座を追われた神の力だ」
フェニックスたちは淡々と語った。
のちに『旧き神』と呼ばれるようになる創造神は望んだ。不均衡のない平等な世界で、人々が互いに助け合って幸せな社会をつくる……そんな思いやりに満ちた世界を。彼の世界運営は上手くいっていたが、人間が増えていくと同時に自然と強者弱者が生まれ、
しかし天使たちは『旧き神』の世界運営に異議を唱え、圧倒的な強さやカリスマを持つ人間が全体を導いていくような世界を夢見た。彼らは神よりも上に立つ者──『上位者』と名乗り、各地の有力者に力を与え、その有力者を通じて信仰を集め、力を得て『旧き神』を蹴落とし地下世界に閉じ込めた。地上では五つの国が
だが、『旧き神』も黙ってはいなかった。力こそ弱まったが、神としての矜持まで失ったわけではない。なけなしの力を振り絞って『世界にあまりにも大きな影響が出ないよう、生きとし生ける者の力の総量に上限を設ける』法則を世界にもたらし、更に特定の陣営だけが有利になった時に備え、あらゆるアプローチで他者の力を削ぐ異能の持ち主をランダムに誕生させる法則を追加した。だが素体があくまで人間であること、そして『旧き神』の力がかなり失われていたことにより、一度の力の行使でかなり消耗するようにしか創れなかった。
「そうして生まれた子供の一人がアルミリアさんデス。アルミリアさん自身は神性も何もない人間デスし、『
「なるほどにゃ……」
デストリエルのしもべみたいなものか、とざっくり理解するカノン。人の位を超えた存在に力を与えられたという点では、唯をはじめとするデストリエルのしもべとアルミリアは限りなく近い。それにそういう事情があると聞くと、神や天使が絡むと平静を失うのも理解できる気がする。
「この世界じゃ『旧き神』も『上位者』も関係ないし、喋っても別にデメリットはないと判断した。竜王だの異界の女神だので緊迫した情勢下だっつーのに身内同士で殺り合うバカはいないだろうしな。……それにお前らのことは仲間として信頼してるから、な」
爽やかに言ってのけるフェニックスに、カノンは思わず苦笑した。たぶん素なのだろう。慣れっこなのかニコニコしているブッコロリンを見てそう判断する。横でガルテアも嬉しそうに頷いていて、しばらく優しい空気が部屋に広がるのだった。
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