VS秩序の天使・ベルサリエル 4

 秘技、無為なる大反魂の花園ルドベキア・ガーデン

 その場に特殊な空間を展開し、あらゆるステータス上昇および低下、加護、バッドステータスが消滅する。さらに特攻武器や特攻能力も効果を失う代わりに、竜のような特攻がなければダメージが通らない存在にも普通にダメージが通るようになる。ことわりを書き換えるに等しい、はっきり言ってやりすぎなくらいに強力な能力だが、使用後は少なくとも丸二日は意識を失ってしまう。それに、恐らく女神の加護によるダメージ減少までは剥がせない。

 だが、この局面を打開できうる策はもうそれしかない。


 ブッコロリンの展開した異空間の中で、フェニックスはひたすら心臓マッサージに励んでいた。カノンはまだ意識が戻らない。その青白くなった手首には、心拍数をはかるブレスレット状の装置が取り付けられていた。心拍数が一定の基準を超え次第、回復薬を用いた治療に切り替える。

 カノンは目を覚ましさえすれば「施療」で全回復できる。フェニックスが今すべきことは、彼女が目を覚ますよう全力を尽くすこと。それまでの間、ベルサリエルのことはアルミリアたちに任せるしかない。

「……頼むぞ」

 応急処置を続けながら、フェニックスはどこか祈るような心持ちで呟いた。


 ◇◇◇


 灰色の瘴気を切り裂くように無数のビーム光線が放たれる。ガルテアは持ち前の竜の身体能力で、ブッコロリンは最大出力にしたブースターで光線を避けながらベルサリエルに肉薄する。

「さっきより随分、身体が軽く感じます……!」

「気をつけて! このビーム光線、竜特攻貫通状態の今食らうとかなりきついデス!」

「はっ、はい!」

 ビームの数は先程までよりも大幅に増えている。まるで蜘蛛の巣のように空間全体に張り巡らされたそれは、最早避けることすら困難だ。灰色の瘴気が霧のように光線を乱反射させて威力を減衰させているのが救いだろうか。それでも次々と鱗を焼かれ、ガルテアは歯を食いしばって生理的な涙をこらえる。

「はぁあッ!」

 裂帛の気合と共にブッコロリンが飛び出し、ベルサリエルを打ち据える。その細い身体が派手に吹き飛び、魔法陣が設置された壁にひびが入った。

「かは……ッ!?」

 ベルサリエルは思わず目を見開く。女神の加護によるダメージカットはまだ有効のはずだ。それにこの人形が獲得した神性特攻はこの奇妙な空間により効果を失い、彼女が与えるダメージそのものは減少しているはずだ。最大出力のブースターがあるとはいえ、ここまでのダメージが入るなどありえない。

「……貴様の仕業、ですか」

「ああ」

 のっぺりとした黒い影が応じる。灰色の瘴気が充満した空間に、小ぶりな向日葵に似た花が咲きはじめる。

「今この瞬間に限り、この空間のことわりは私の支配下。この瘴気はあらゆる不正と不平等を覆す。何も能力低下や特攻だけが対象ではない。人の位と神の位があるならば、その中間の域に両者を置く──それでこそ、この場における真の公平が実現する。ここには強者も弱者も上位も下位も、無い」

「……なんと……ッ」

 ブッコロリンの槌が再び振りかぶられ、ベルサリエルは思わず避けた。その動きに気を取られた瞬間、無数のビームがブッコロリンめがけて放たれる。

「──ッ!」

 咄嗟に槌を放り投げ、地に伏せる。無数のビームの集中砲火を食らえばいくらブッコロリンの耐久性でもひとたまりもない。手足を飛ばされる程度ならともかく、胸部に埋め込まれた魔法石を破壊されることだけは避けたい。

「……法の支配なくして、人は堕落するのみ。あなたの言う公平は我々の倫理では『無秩序』としか言えない。そんなもの、許してなるものですか……!」

 石板を握る手が細かく震える。灰色の瘴気に『10の法律』が塗り潰され、それは最早ただの石板と化していた。

「生ぬるい罰では到底足りない……あろうことか『10の法律』を塗り潰し、我々の道徳を踏みにじった大罪人に与える恩赦などありはしない」

 底冷えのするような冷たい声で呟き、ベルサリエルは静かに片手を掲げた。。フェニックスが震蛇竜の円盾を使ってようやく防げた破壊光線が、再び。ブッコロリンは伏せたまま思わず目を見開いた。ありえない。演算結果よりも遥かに早い。ここまで早く二撃目が来るなんて。これが天使の、上位存在の力なのか──。

く消えよ。大罪人」

 ふっ、とビームが掻き消える。それを合図に壁の魔法陣が白く光り輝き、莫大なエネルギーを宿す──その刹那。

「いっ、けぇえええええ!!」

 長大な竜の身体がうねる。一瞬で竜化したガルテアが掘削殻を閉じた状態で頭から魔法陣に突っ込んでいく。

「まってっ、今のガルテアさんじゃ──!」

 ブッコロリンが思わず顔を上げる。竜化したガルテアは止まらない。地中を掘削するのと同じ要領で高速回転しながら、魔法陣を破壊しにかかる。

「……なんと愚かな」

 そんなガルテアの暴挙をベルサリエルは冷ややかに見つめていた。どう考えても自殺行為だ。裁きの光線の魔法陣を、たかが竜の物理攻撃で破壊できるはずがない。特効なる概念もなくした今、破壊光線をまともに食らって塵になるのがオチだ。

「甘いな」

 ピシリ、と音を立てて魔法陣にヒビが入る。まるで大きな円形のガラスに銃弾を撃ち込んだかのように。

「この空間には、物理的・魔法的の区別すらない。なにもかもが等しく、虚無の上に築かれしものにすぎないのだから」

「はぁあああああああッ!!」

 咆哮と共に、ガルテアの掘削殻が魔法陣を破る。白い魔法陣の破片が降り注ぎ、行き場をなくしたエネルギーが連続で小規模な爆発を起こす。

「ぐぅ……ッ!」

 破壊光線は天使にはダメージを与えない。罪深き人間を滅ぼすための兵器なのだから。だが、連続で爆発する白い光に、身体能力を大幅に下げられたベルサリエルは耐えられなかった。ガルテアは身を捻って離脱し、人化状態に戻って額の汗を拭う。ブッコロリンも起き上がって下がり、不意に何かに気づいたように顔を上げた。

「……ガルテアさん、しばらく前衛任せてもいいデスか? あの天使を引き付けてクダサイ」

「え、は、はいっ!」

 爆発が一通り収まったのを見計らい、ガルテアは飛び出した。黄土色の刀を構え、ベルサリエルに肉薄する。咄嗟に四枚の羽根を羽ばたかせ飛び上がるベルサリエルに、ガルテアは身体能力だけで追いすがる。翼を持たないガルテアは飛行して追うことはできないが、それでも右下の羽根に一太刀浴びせることはできた。だが。

「……ッ!」

 無数の光が目を焼く。見下ろすとガルテアめがけて、今まさに無数の光線が放たれようとしていた。自由落下しながらでは回避できない。咄嗟に竜化し、掘削殻で光線を受け止める。表面積が広がったことで相対的に軽微な損害で済ませる算段だ。ついでに尾で球体を一つ掴んで握り潰し、ビーム圏の外まで対比してから人間態に戻る。そして再びベルサリエルに一太刀浴びせようと突撃する。

「……何を考えているのです? 何度やっても同じことだというのに……」

「為せば成るんです! 為さねば成らぬ、何事も……! って、ニッポンのすごい人が言ってたのでっ!」

 人化したまま掘削殻だけを竜化し、邪魔な光線を弾き飛ばしながら進軍する。鬼気迫る咆哮と共に刀を振り上げ、ベルサリエルに肉薄する。


 不意にブッコロリンは顔を上げた。ガルテアがしっかりベルサリエルを引き付けているのを見て、片手で宙を指さす。

「──おいでッ!」

 灰色の瘴気の中に緑色のホログラムが舞い、異空間の扉が開いた。

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