VS秩序の天使・ベルサリエル 2

「はぁッ!」

 初手、ブッコロリンがハンマーを構えて跳躍する。中空に浮かぶベルサリエルに跳躍だけで肉薄できるほどの脚部機構が彼女にはあった。しかしベルサリエルはその打撃を避けようともせず、軽くビームを浴びせる。それを見越して多めに張られた緋色の結界は、しかし想定よりも軽く打ち破られる。ビームはそのままの勢いでブッコロリンの脇腹部に命中し、装甲を穿った。


「ぐ……っ!」

「『絶対的な法秩序』第一条。女神の意思に逆らってはならない」


 より厳密に言うならば、意思に逆らってはならない。絶対雲上領域に攻め込んでいる時点で、傭兵団全員がこの法に違反する。

 ブッコロリンは怯まない。機械的な瞳に強い光を宿し、再びベルサリエルめがけて跳ぶ。しかし球体から次々と放たれるビームが邪魔で上手く近づけない。いくらブッコロリンの装甲が頑強といえど、あんな高威力のビームを何発も浴びれば蜂の巣になってしまうだろう。

 人化したガルテアが黄土色の刀を中段に構える。アルミリアが杖を構え、フェニックスはガルテアとアルミリアに強化の羽根を飛ばす。

詠唱キャスト! 蔓茨バインド!」

 短い詠唱と共に、審判所の床を割って太い茨が生えた。それはみるみるうちに太く長く成長し、八つの球体を縛ろうとして──アルミリアの予想より早く前に成長が止まった。

「……ちっ」

 捕まえられた球体はたったの二個。舌打ちをしつつ、アルミリアは捕らえた球体に茨の枝を集中させる。ついでに軽く跳んで枝に乗り、ベルサリエルに杖を向けて魔法陣を描く。

「合わせろ八坂殿! 放てッ、乱れ薔薇の紅陣!」

「はいにゃんっ! アディショナルゲノム、武器庫ネイビー!」

 紅い魔法陣を取り囲むように幾つもの武器が現れる。魔法陣から薔薇の花弁が噴き出すとともに、無数の武器も次々とベルサリエルを狙って放たれる。しかし、それらは全て捕え損ねた球体からのビームで撃ち落とされた。


「第二条、毎日祈りを欠かしてはならない」


 女神リアは悪い意味で緩い女神だと、ベルサリエルはスィーリエから聞かされている。彼女は人々に信仰を強要したりはしない。そのような環境で、人間が自ら進んでリアに祈りを捧げるはずがない──秩序の信奉者たるベルサリエルはそう考えていた。

「はぁあッ!」

 裂帛の気合いと共にガルテアが踏み込む。フェニックスにより強化された竜種の脚力で茨に飛び乗ると、あまりの力強さに枝が軋んだ。彼女は低い姿勢で踏み込み、茨に捕らえられた球体の一つをまず打ち砕く。

 その勢いのまま、ガルテアは次の球体に弾丸の如く突っ込んだ。狙う球体から飛んでくるビームを正面から受け止める。竜種の中でも特に高い耐久性を誇る彼女を止めるには、ビーム一本では足りなさすぎた。若干勢いを殺されながらもガルテアは球体を壊そうと駆ける、駆ける。

 と、同時──ブッコロリンは自分に集中していた球体のうち、半分ほどが彼女の元を離れていくのに気づいた。


「──警戒ッ!!」

「第三条、殺人をしてはいけない」


 この世界のハンターは、敵対生物を殺してその報酬で生計を立てるなどという野蛮な生き物らしい。目の前の彼らも、ハンターとしてそれなりの戦果を挙げたからこそ天使との戦いに駆り出されたと考えるのが自然だ。ならば敵対生物を殺していない。そうベルサリエルは判断した。

 ブッコロリンの鋭い声にガルテアは顔を上げた。見ると球体が三つ、ブッコロリンの元を離れて彼女の方に向かっている。走りながらも唇を噛みしめる。ビーム一本ならノーガードで止められたが、四本となると流石に受けきれないかもしれない。

アンチぃぃ──マギアッ!!」

 そこに小さな影が割り込んだ。飛び込んできたカノンが両手を広げると同時、あらゆる魔法を無効化する球状の空間が展開される。その空間に入った瞬間、ビームは嘘のように掻き消える。同時に魔法の茨も消え失せ、球体も解放されてしまった。

結界グリーン! ガルテアにゃんっ!」

「はいっ!」

 足元に展開された結界を蹴りつけ、ガルテアは跳んだ。球体が彼女から逃げようと動き回るが、不意に空気に絡め取られたかのように動きを止める。アルミリアが杖を球体に向けているのを見て、彼女の風魔法だと悟る。小さく目配せだけして、ガルテアは壁を蹴って方向を変えた。割り込んでくる球体は体当たりで吹き飛ばし、風魔法に絡め取られた球体共々叩き斬った。

「やった……!」

 軽い音を立てて地面に降り立ち、ガルテアは小さくガッツポーズをする。


「第四条、不必要な性行為をしてはいけない」

 これに関しては行っているか一概には判断しにくい。口に出してから彼らの反応を窺ってみたが、表情を変える者はいなかった。適用される者はいない、と判断する。

「……成程な。『罪』が増えるごとに弱体化デバフの効果も上昇する。そして『罪』に該当するか否かはベルサリエルが判断する、ってわけか」

「ほう、人間にしては物分かりの良いのがいますね。法に反する行いをする者は、ここでは無力な死刑囚でしかないのです」

 淡々と肯定され、フェニックスは難しい顔で唇を噛んだ。強化によるデバフ打ち消しが間に合いそうにないのだ。おまけに判断基準がベルサリエルの主観である以上、彼女の判断によっては「罪」はいくらでも増やせる。そうなれば少なくとも、炎翼結界と衰勢術にまで割く羽根リソースはなくなる。

「フェニくんっ!」

 カノンが後退し、『幻惑』で姿を消しつつフェニックスに声をかけた。ベルサリエルは容赦なくビームを飛ばしてくるが、アルミリアがなんとか魔法で軌道を逸らしたりして守ってくれている。ビームをこちら側にも向けているせいで自分の防御が疎かになり、ブッコロリンの殴打を食らいはじめている。それでもベルサリエルは回避すらしない。まるで周りを羽虫が舞っていたところで、追い払う必要すらないとでも言いたげに。

「あの天使、やたらダメージの入りが悪いな……何の細工だ?」

「なんだろうにゃ……神さまの加護かにゃ? それよりフェニくん、結界は常務にゃんに任せて他の子……特にブッコロリンちゃんの強化にリソースを割いてほしいにゃん。常務にゃんには倍加サンセット命綱ブルーもあるにゃ。それがあれば多分デバフもなんとかなるにゃ! てわけでこっちも時間リソースが貯まったにゃんから行ってきますにゃ!」

 アナザーアースの天賦ギフト持ちは、日常生活を送りながらも無意識下でタメ時間を稼ぎ、不意の戦闘に備える習性がある。だが今のカノンのように既に天賦ギフトをかなり出した後では、ある程度貯め直す必要がある。

 フェニックスとの作戦会議がてら時間を貯め、カノンは倍加サンセットで強化した脚力で踏み込んだ。進路を妨害するビームは結界グリーンで弾き、あるいは球体ごと蹴り飛ばしてガルテアの方にパスする。勢いを殺さずにベルサリエルの前に躍り出て、無言のまま命綱ブルーを発動して──


「第五条、窃盗をしてはならない」

「……ッ!」


 ベルサリエルの怜悧な瞳に射抜かれ、カノンの全身に悪寒が走る。

 バックステップで飛び退り、『命綱』の接続を切る。入れ替わりにブッコロリンが前進し、フェニックスの多重強化を受けながらベルサリエルに殴りかかった。

「にゃう……っ」

 明らかに力が奪われる感覚があった。理由は見当がついている。『命綱』は他人の生命力を天賦ギフトだ。それがベルサリエルにだと判断されたのなら、ここではそれに従うしかない。

 これでカノンに課された「罪」は四つ。ブッコロリンを除く他の団員は三つ。カノンは『倍加サンセット』で、他の面々はフェニックスの強化術で補っているものの、これ以上「罪」を課されると戦況は一気に厳しくなる。フェニックスは難しい顔で眼鏡を直した。彼の翼は既に三分の一以上が消費され、人間の指が露出している。

「……面倒だな。ああ、実に煩わしい」

 アルミリアが苛立たし気に頭を掻き、それに任せて大岩で球体を一個潰した。

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