VS秩序の天使・ベルサリエル 1

 ──翌日、アクエリアスの砂浜にて。


『こ、このくらいで大丈夫そうでしょうか……?』

「にゃん、たぶんいけそうにゃ!」

「……いや、どうしてそうなった?」


 ターゲットが居るという雲の上……ではなく、すぐ傍で屹立する竜形態のガルテアを見上げてフェニックスは呟いた。ガルテアは全長120メートルにも及ぶ体躯を上方へと伸ばし、尻尾で体重を支えている。明らかに無理な体制だ。ブッコロリンが尻尾を掴んで支えているし、当のフェニックスも軽く強化をかけてはいるが、それでも全長120メートルの巨躯は若干プルプルしている。そしてカノンは彼女の頭上に立ち、例の雲を凝視していた。30階建てのビルと同等の高度でも微動だにせず、例の雲を視界に収める。

(なんというか……他に方法はなかったのか?)

 複雑な顔でガルテアの巨躯を見上げるフェニックス。トゥルーヤがいれば「いやなにこれ?どういう状況?」とかズケズケ言っていただろうが、当の彼は別任務にあたっていて今はいない。最後の一人であるアルミリアも特に何も言わない……というか横で精神統一に励んでいるようだ。そんなわけでフェニックスは一人でこの複雑な感情を持て余していた。

「行きますにゃ。ガルテアにゃん、あんまり動かないで耐えてくださいにゃ」

『えぇっと、が、がんばります……!』

「アディショナルゲノム、倍加サンセット! 五十倍ッ!」

 倍加サンセットによる視力強化──正確には遠見視力強化。眼球自体が望遠鏡に変化したように、視界が一気に雲へとズームインする。対象の雲にピントを合わせると、その上に乗っているギリシャ神殿のような建物がはっきりと視界に映った。通信機をポケットから取り出し、遥か下のフェニックスに通信を繋げる。

「見えたにゃんっ! 今から転移しますにゃ!」

「了解! アルミリア、行くぞ」

「……、ああ」

 声をかけると、アルミリアは小さく顔を上げた。ガルテアの顔の上でカノンがゲノムドーサーを操作し、目標地点たる雲を指さし──

「〈神託の破壊者〉、推して参るにゃ! アディショナルゲノム──座標崩壊オレンジ!」


 ◇◇◇


(さて……間もなく現地生物の居住区に到達しますが、どうしましょう。先にあの小島新鬼ヶ島でも潰してじわじわと脅威を見せつけるか、それともリゾート地に直行してより強く絶望を刻み込むか……)


 秩序の天使・ベルサリエルは考えていた。

 女神スィーリエの指示は、この世界の生物たちに深い絶望を与えながら下等で無秩序な生物たちを「粛清」すること。そのためにベルサリエルはまず、無秩序と悪徳の塊であるアクエリアスのリゾート地を標的と定めていた。「絶対的な法秩序」が刻まれた石板に目を落とす。第七条「勤勉でなくてはならない」、第九条「必要以上に富をため込んではならない」。リゾート地はその存在自体が法に違反する。おまけに最近、軍事施設らしきナニカまでつくられたと来た。第三条「殺人をしてはならない」に違反している。あの地は一刻も早く粛清しなければならない。

 が、それはそれとして天使たちの方針は「真綿で首を締めるように下等生物を追い詰める」ことだ。前哨戦として、少し先に見える小島新鬼ヶ島を軽く海に沈めるのも悪くないかもしれない。下等な人間はたかが島ひとつ沈んだだけで大騒ぎする生き物だと、ベルサリエルは今までの粛清経験で知っている。

「……どちらにせよ相手は下等生物ですし、く必要もないでしょう。まずは──」


 ──と、唐突に上方から響く金属音が思考を掻き消した。まるで審判所の屋根に巨大なドリルで穴を開けられているような、公害として訴えられても仕方ないレベルの騒音が審判所全体を揺らす。

「何事……ッ!」

 顔を上げた瞬間、バガァン! と派手な音が鳴り響いた。天井に大穴が空き、瓦礫と共に自然光が大広間に降り注ぐ。かと思えば、全長120メートルの巨大な竜が中央広間に雪崩れ込んできた。人間の法でいえば器物損壊と不法侵入である。

「……なんと、野蛮な」

 風圧でなびく髪を手で整えつつ、彼女は怜悧な表情のまま呟いた。ひとつ指を鳴らし、建物の外に浮いていた九つの球体を中央広間に呼び出す。咄嗟に天井の穴に張られた緋色と緑色の二重結界も、ビームの一点集中で軽く破壊してみせる。

「ふッ!」

「にゃぁッ!」

 懐に飛び込んでくる二つの影をビームで牽制する。見ると猫耳の装身具をつけた少女と、やたら派手な格好をした機械的な瞳の少女だった。巨竜の方に目を向けると、人間が更に二人ほど控えている。ベルサリエルは怜悧な瞳で一同を睥睨し、口を開いた。

「──神聖なる審判所を破壊し、かつこの秩序の天使ベルサリエルに刃を向けるとは。無秩序な下等生物よ、私に楯突くことは偉大なる女神スィーリエ様に楯突くことに等しいと知っての所業ですか?」

「とうに承知だ、その程度」

 火球が、氷の剣が、風の刃が、鋼の弾丸が。様々な属性の魔法が次々と生み出され、別々の方向へと放たれる。

「我々〈神託の破壊者〉の至上目的はこの世界に仇なすものの排除。相手が天使だろうがなんだろうが、やることは変わらない」

 ビッ、と人差し指を伸ばす。あらゆる属性の魔法たちは術者アルミリアの合図に従い、九つの球体のひとつへと殺到する。四方八方から攻撃を浴びせられた球体は、たちまち閃光と爆音を上げて木っ端微塵になった。それを冷ややかな瞳で眺め、ベルサリエルはあくまで冷徹な声で言い放つ。

「……そう。あくまで私たちに歯向かうというのですね。野蛮で無秩序な下等生物が」

 彼女は四対の翼をはためかせて浮き上がった。その背後から見えた直径50メートル規模の魔法陣を目にし、ブッコロリンは敵の詳細解析に割くメモリを増量する。その魔法陣の脅威を悟ったのか、飛び出そうとするガルテアをフェニックスが片手で制した。そんな一同を冷徹な瞳で見下し、ベルサリエルは「絶対的な法秩序」の石板をおもむろに掲げる。

「私たちの使命はこの世の悪徳をすべて裁き、完全なる秩序をもたらすこと。手始めにあなたがたから裁いて差し上げましょう──不敬で野蛮な下等生物よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る