迎え撃つために 2

 ベランダに吹く潮風が長い白髪をそよがせる。アルミリアはベランダの手すりに足を乗せ、トンッと軽く跳躍した。中空に浮くと同時に飛行魔法を発動し、杖に腰掛ける。

「……さて、はじめるか」

 彼女の胸元には黒い宝石のブローチが着けられていた。片手をそれに当てると、ふっとその姿が掻き消える。この宝石はアビスで貰った魔法道具で、着けた者の姿を見えなくするうえ、レーダーや察知魔法などあらゆる探知を無効化する。彼女はブローチから手を離すと、懐から黒い板状のデバイスを取り出した。カノンがアビスで渡されたものと同じ通信端末だ。アルミリアはそれのカメラ機能をオンにすると、緩慢な動作で虚空にカメラを向ける。


「……あれか」

 南方に広がる大海原のさらに向こう。ここからではただの入道雲にしか見えない雲に、彼女は言い知れぬ違和感を覚えた。思い出すのはかつてフェニックスが書き写してきた新聞記事──『敵か味方か 神殿を乗せた謎の雲 アクエリアスに接近中』。それがあの雲なのだとしたら。

(アレがこのまま近づけば兵軍の拠点に甚大が被害が及ぶ上に、一般人も巻き込みかねない、か。……それに、あの雲と似た雰囲気を東西どちらからも感じる。しかもどちらからも、あの雲にはないがある)

 まずは西──即ちミナレットスカイにカメラを向ける。かすかに見える山脈の間に、その山と比べても遜色ないほど巨大な影が屹立していた。アルミリアは端末に指を置き、影を最大までアップにして観察する。

(女神像……か?)

 長い髪、尖った耳、背から広がる八枚の翼。黒い女神像としか言えないフォルムに、自然界にはありえない質感。どう見ても人の手でつくれるものではない。ありえるなら竜が天使か──形状から察するに天使だろう。

「穢らわしい……──ッ!?」

 ──ぞくり、と背筋が泡立った。ミナレットスカイの山脈の間、女神像とは別の方角。そこに、とんでもないものが

「……なんだ、あれは」

 遠すぎて目視では見えない。だが他者の情念を敏感に察知するアルミリアには、漲る魔力はここからでもひしひしと感じられた。思い出すのはセントラルで見た『情念のモザイク(仮)』。アレと似た魔力の雰囲気を感じるのに、アレとは比にならないほど強く、濃縮され尽くした情念。魔力を感じているだけで思考がまとまらなくなり、元々薄い感情が余計に崩壊していく。飛行魔法の維持もままならなくなり、くらり、と杖から落ちかけて──

「ッ!!」

 ──ようやく我に返った。片手で杖を掴んでぶら下がり、もう片方の手で落としかけた端末をキャッチする。一息つき、杖の上に座り直す。

「……いかんな。

 呟き、アルミリアは懐から淡い緑色の飴を取り出した。口に放り込むと、ミントに似た爽やかな味がする。舐めている間は精神干渉を軽減する魔法の飴だ。それを舌の上で転がしつつ、東の方へ進路を変える。


 ◇◇◇


「あっ、いたにゃん! そこのおね……おに……うーん……」

「私のことでしょうか? 私は女性ですので、『おねえさん』で構いませんよ」

「にゃ、おねえさん! 技術者のシャザラックさんって方を探してるにゃんけど、それっておねえさんのことですにゃ?」

「はい、私がシャザラックです。ご用件はなんでしょうか?」

 冷静な声を受け、カノンはいそいそと仕様書と設計図を取り出してシャザラックに渡した。

「こういう機械を作ってほしいのにゃ。こっちのゲノムドーサーと連動できるようにしてくれると助かるにゃん」

「ふむ……」

 シャザラックは眼鏡を片手で直し、仕様書と設計図をざっと通読する。機械的な印象の銀の瞳が高速で左右に動く。

「……把握しました。私の技術では設計書通りの構造に対し、おおよそ1200万分の1のサイズにまでコンパクト化が可能です」

「……えーと……つまり、どのくらいのサイズにゃ?」

「地球出身の方であれば『スマートフォン2個分』と表現すればご理解頂けるサイズです」

「にゃんと!?」

 髪を逆立てて驚くカノン。ついでにカチューシャの猫耳もピタリと後ろにはりつく。元の世界アナザーアースでの技術レベルでは、この機構には20フィートコンテナひとつ分のサイズが必要だった。それがそこまで小規模化できるとなると、ひっくり返っても仕方ないだろう。

「私は遺伝学や遺伝子工学については門外漢ですので、小型化以外の機能変更は行うことができません。それでもよろしいですか?」

「にゃん、それで大丈夫ですにゃ!」

「承知しました。それでは対価ですが──このくらいでいかがでしょうか」

 シャザラックが懐からUSBメモリくらいの大きさの機械を取り出す。側面のスイッチを操作すると、空中にホログラムとして金額が投影された。

「ハイテクにゃ!?」

「はい、私の機械はです」

 ぎょっとするカノンと、さらりと言ってのけるシャザラック。カノンはひとしきり驚いたあと、改めて数字に目を向ける。

「にゃむ、この金額で問題ないですにゃ。というか、思ったより安価にゃんね……」

「この機械は高価または希少な素材を必要としません。完成までの時間もそう長くはかからないでしょう。一時間ほどで完成する見積もりです」

「はやいにゃ!?」

「はい、私の右手はです」

 表情を変えないまま語るシャザラックだが、その言葉はカノンにはどこか得意気に聞こえた。


 ◇◇◇


「確かに受けとりました。こちら代金です」

「はい、丁度頂きました。御利用ありがとうございます」

 フェニックス、トゥルーヤ、ガルテアの三名はホテル『阿房宮』内の武器工房にいた。発注していた武器を受け取り、そのまま窓口をあとにする。

 ホテルに着いてから竜王陣営の襲撃までの間に、自部隊用に確保しておいた鱗を武器工房に出していたのだ。発注しておいた武器はトゥルーヤ用の刀二振りと暗器一式、カノン用のナイフ、そしてフェニックスの小型盾バックラー。砂浜まで移動してから、トゥルーヤはまず打刀を抜いて軽く素振りをした。ひゅん、と鋭い風切り音を立てて鈍色の刃が空を切る。

「うん、いい感じに元々使ってた武器の形と一致してる。切れ味は試してみないとわかんないけど、取り回しは今までのと変わりなさそうだね。それでいて耐久性は今までのを遥かに凌駕してるのがわかるよ。いいじゃん。さすが防御に秀でた地竜の鱗って感じかな!」

 嬉しそうに刀を振り回すトゥルーヤに、フェニックスは「試し振りはいいが周りに気を付けろよ」と軽く注意する。ガルテアはそんな彼をしばらく真剣に見つめていたが、不意に意を決したように声を上げた。


「えっと、トゥ、トゥルーヤさんっ!」

「……ん、なに?」

「私に……その、剣術を教えてください!!」


 ──そう叫び、勢いよく土下座した。


 ☆★☆★☆


新規アイテム:


・ゲノムアンプリファー(使用者:八坂カノン)

 カノンの要請によりシャザラックが製造した機械。ちょっとでかいモバイルバッテリーのような形状をしている。

 他人の体の一部(髪の毛や爪など)を入れると、その部位から遺伝子情報を抽出・解析し、任意の能力を「ゲノムドーサー」で使用可能なカプセル状にして出力する。これによりアナザーアースから持ってきた天賦ギフトセットだけでなく、フロンティアの者たちの能力も借りることができるようになった。

 ただしカノンはあくまで人間ゆえ、人外(フェニックスやミノアのような混血含む)の能力を借りると体に大きな負担がかかるため、あまりしたくないようだ。また「ゲノムドーサー」の仕様上、生まれつき持っている特殊能力しかコピーできない。


・地竜の双つ刀(使用者:トゥルーヤ)

 震蛇竜ヤヌスの鱗から造られた打刀と脇差。切れ味と取り回しやすさはそのままに、耐久性が大幅に上昇している。さらに竜特効もついている優れもの。


・地竜の暗器(使用者:トゥルーヤ)

 震蛇竜ヤヌスの鱗から造られた暗器一式。竜特効を持つ。


・地竜のナイフ(使用者:八坂カノン)

 震蛇竜ヤヌスの鱗から造られた戦闘用ナイフ。カノンでも使いやすいサイズでありながら、高い威力と竜特効を持つ。


・地竜の円盾(使用者:フェニックス)

 震蛇竜ヤヌスの鱗から造られたバックラー。高い防御力に加え、殴打に使えば竜特効武器にもなり、魔力を込めればフェニックスの技「炎翼の結界」を強化できる。さらに多くの魔力を込めることで「炎翼の結界」を震蛇竜の鱗と同じ硬度にまで強化できるが、この効果は一度使うと5分程度のクールダウンが必要になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る