迎え撃つために 3

 アクエリアスから見て東方、ガトランド平原上空。アルミリアは遥か下方の環状列石跡地にカメラを向けていた。精神干渉軽減の飴を舌の上で転がしつつ、下方の様子をうかがう。

「……天使どもは多くのエリアにて侵攻を始めている、か。わざわざ兵力を分散させている辺り、連中はこちらを舐めてかかっているらしいな……逆に言えばそれだけの実力はある、ということか。気に食わんが、我々も油断しているわけにはいくまい」

 少なくともアクエリアス、ミナレットスカイ、そしてガトランド平原と3つのエリアに神のしもべが配備されている。恐らく他のエリアにもいるのだろう。軽い音を立てて録画を停止し、アルミリアは深く息を吐いた。

「……滅す。この世界とそこに住まう命の在り方を、招かれざる余所者が決める筋合いなどない。女神の依頼以前に私が許せん。塵ひとつ残さず無に帰してやらねば──」

 気付いたら飴を噛み砕いていた。仕方なく新しい飴を取り出し、口に放り込んで目を閉じる。そうでもしなければ。背後から迫る、邪悪を濃縮したような気配に。

 ぱちん、と指を鳴らし、彼女は背後に複数の火球を生み出す。親指を後方に向け、それらを迫り来る青い鳥の気配を狙って解き放った。目を閉じたまま、背後で燃え上がる鳥が塵と消えるまで待つ。


「……滅す」

 今一度呟き、アルミリアは更なる偵察へと動き出す。

 その瞳に暗い光が宿っているのは、青い鳥のせいではなく。


 ◇◇◇


「……剣術って、急にどうしたガルテアさん」

「その、私、さっきも言った通り人化したままでも戦えるようになりたいんです。それで、竜種は人化している時、自分の爪や鱗を武器に変えることができるんですけど……私、実はやったことがあって」

 言いながら、ガルテアは立ち上がって徐に抜刀の構えを取る。時代劇の武士の如く洗練された構え。瓶底眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。フェニックスが固唾をのみ、トゥルーヤが愉快そうに唇の端を吊り上げる中──

「疾──ッ!」

 ──鋭い音を立て、一振りの太刀が振り抜かれた。黄土色の刀身が日光を反射してきらめく。ガルテアはしばらくポーズをとったかと思えば、太刀を掲げて興奮気味に語り出した。

「見てくださいっ! ニッポンの刀ですっ! かなり前に人化形態で武器を出して戦ってた竜がいたので、私も頑張ってみたんです! 大好きなニッポンの刀を再現するためにっ! この反りとか光沢とか、かっこいいですよね、流石ニッポンですよね!」

「お、おう」

「えっとこの刀はですねっ! ニッポンのカマボコ時代の──」

「わかったわかった後でいくらでも聞くから、本題を思い出せガルテアさん」

「はっ!」

 推し語りに走りかけたのも束の間、フェニックスに止められて我に返るガルテア。彼女は改めて黄土色の刀を握りしめ、口を開く。

「……この刀、戦いに使ったことは一度もないんです。眺めて楽しむために造ったので……。でもこの先の戦いはなりふり構ってちゃ勝てないって、さっきの襲撃で痛感しました」

 思い出すのは火の祖竜、そしてかの竜王。遊び程度の力加減で夕陽という青年を追い詰め、一瞬のうちにホテルの被害を元通りにしてみせた祖竜と、そこに存在するだけでもとてつもない重圧を与える竜王。竜種であるガルテアは彼の力を、傭兵団の他の誰よりも強く感じていた。

「私もちゃんと戦えるようになりたいんです! ……戦いは好きじゃありません、けど、戦えないと何も守れないし、平和だって勝ち取らなくちゃいけない。だから、お願いします……!」

 勢いよく頭を下げるガルテア。勢いが良すぎてメガネがずれかけて、慌てて直す。そんな彼女を眺め、トゥルーヤは軽く肩を竦めて口を開いた。

「そんなに頭下げなくてもいいって。教えて~って言えばいつでも教えるよ?」

「そ、そうですよねすみませ……え?」

「そうと決まれば早速実戦と行こうか。とりあえず今の実力を把握したいし」

「とととととトントン拍子!?」

 喋りながら既に剣を握っているトゥルーヤに。ガルテアは慌てながらも、黄土色の刀を強く握り直した。

「……よ、よろしくお願いしますっ!」


 ◇◇◇


「……あれ? 特に何も訓練してないのに、竜の時と同じ要領で戦えてる……?」


 一通り刃を交えてから、ガルテアは呆然と呟いた。不思議そうな顔で黄土色の刀を見つめている。

 というのも、ガルテアは彼女の想像をはるかに超えてこの武器を扱えたのだ。技術云々ではなく、武器自体が彼女の身体の一部であるように馴染む感覚──元々自分の身体から作った武器ではあるが、ここまで使いこなせるとはガルテアも予想外だった。トゥルーヤも刃がかすった腕に包帯を巻いてもらいつつ口を開く。

「自分でもよくわかんないのかー……いや、僕も『初めてにしてはやたら戦えてるなぁ』とは思ってたけど、もしかしてガチで自覚ない感じ?」

「はい……まるで刃が私の体の一部みたいで、竜の時に爪を伸ばして攻撃するのと同じ要領で刀を振れるんです」

「そうか……」

 フェニックスがトゥルーヤの腕に巻いていた包帯の両端を結び、処置を完了させる。それからガルテアに向き直り、自らの推測を口にした。

「それなら、自分の鱗から造ったから自分の身体の一部みたいに扱える、って線が一番現実的だな」

「なるほど……! 造った時もやたら軽いとは思ってたんですけど、てっきり素材の違いによるものとばかり……でも、それなら納得です!」

「いや一回でも武器として使ったことあるならそのくらい……あー、でも武器として使ったことないんだっけ?」

「はい! ずっと飾ってました!!」

 胸を張って宣言するガルテアに、トゥルーヤは思わず脱力した。その横でフェニックスも頭を抱えている。

「そんなこったろうとは思ったが……」

「まぁ……なんにせよ想像よりは戦えたじゃん、ガルテアさん」

「はいっ!」

 満面の笑みで頷くガルテア。トゥルーヤは頷き返し、今後の方針を考える。

「それなら剣術を教えるってより、戦闘の経験を積むって方向で訓練した方がいいかもね。人間とは武器の扱い方からして違うわけだし。勿論ガルテアが望むなら剣術のやり方を取り入れるのもアリだと思うよ」

「やった! それなら私アレやりたいです! 抜刀して斬って、鞘に納めてから背後で敵が爆散する技!」

「えぇ……それ割とフィクションの領域じゃない? 少なくとも僕はできないよ?」

「そ……そうなんですね……」

「まぁまぁ。もしかしたらできるようになるかもしれないだろ」

「本当ですかっ!?」

「フェニにしてはめちゃくちゃ楽観的じゃん」

 たぶんガルテアの夢を壊さないようにフォローしてやっているのだろう。たぶん。そう考えつつ、トゥルーヤは薄く微笑む。

「ま、できたら面白いだろうね。とりあえず訓練続けよ?」

「はいっ! よろしくお願いします!」


 そんなこんなで戦闘訓練は、その日の日没まで続いたのだった。

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