阿房宮は広し、ふたりの探索行

 しばし茶を嗜みながら待っていると、応接室にホテルのスタッフが訪れた。そんなこんなで部屋に案内された、のだが。


「……おぉ」

 案内された部屋に入った瞬間、アルミリアは想像を遥かに越える高級感に言葉少なに圧倒された。

 まず、広い。女子5人(エルピスはアルミリアの容姿を借りているため女子扱いされた)に宛がわれる部屋ゆえに広いとは予想していたが、この広さは流石に想像を超えていた。

 大きな窓から外を見るとベランダには備え付けのプールがあり、その向こうには広々としたビーチが見える。

 内装も高級感がありつつも、派手すぎない上品な印象だ。もちろん家具や照明、調度品のひとつひとつに至るまでこだわり抜かれていたのだが、生まれてこのかた孤児としての教会暮らしと傭兵としてのその日暮らししか経験したことのないアルミリアにはよくわからなかった。

「……すごいな。後から来る仲間たちも喜ぶだろう。な、エルピス殿」

「ああ……これは、すごいな」

 言葉こそ少ないが、エルピスは興味深げに部屋を見回していた。アルミリアの意外そうな視線を受け、咳払いをして居住まいを正す。

「……失礼。今までは真実を伝えなければ、勇士らに助力を乞わねばと必死で、こういうものを落ち着いて見る余裕もなかったのだ。……こうまじまじと見ていると、感嘆してしまうものだな」


 ◇◇◇


 ホテルマンから軽く説明を受け、男団員二名の部屋もいちおう見ておき、フェニックスたちに必要事項を連絡してしまうと、この段階でアルミリアたちは暇を持て余した。ふかふかのソファに腰掛け、エルピスは顎に手を当てて呟く。

「そろそろ勇士たちに加護をかけて回りたいが、米津氏からは『頃合いを見て今いる人員を一ヶ所にまとめるため、加護はそのときに頼む』と言われている。確かにあちこちに散った兵団員を探して歩くよりは効率的だが……なにもしないでいては、もどかしいな」

「そうか……なら、少し散歩でもするか? このホテルの地の利を把握したい。ついでに、良い時間になったら昼食も摂りたい。共に来るか?」

「……ああ。そうしよう」


 ホテル『阿房宮』は、ホテルという言葉では収まりきらないほど多くの施設が併設されている。ビーチや桟橋だけでなく、10軒のレストランに5軒のカフェテラス、カジノに遊技場、医療施設にジムに武器整備サービス、さらに屋上の大浴場まで揃っていた。二人は案内図のリーフレットを片手に、まずはロビーまで降りる。

「建物の配置を頭に入れるとして、出来るだけ効率的に回りたいな。まずはどこから……」

「……、しっ」

 エルピスが言い切る前に、アルミリアは不意に視線だけで振り返った。そして即座に彼の手を引き、そそくさとロビーから退散する。


 ──そのロビーにいたのは黒い修道服の女性と、瞳から光の粒をこぼす小さな女の子。

「……あれ? 今の方……」

「お姉ちゃんどうしたのー?」

「いえ……かすかにを感じたような気がしたんです。ですがリア様の『天啓』に反応はありませんし……今はそこまで気にする必要はなさそうですね。それよりウィッシュちゃん、今日はリア様のどんなお話をしましょうか!? 天地創造のお話はこの前しましたし……」

「たまにはリアさまじゃないお話しようよー!?」


 ◇◇◇


「こうしてみると平和なリゾート地にしか見えないのだが、な」


 まずはとりあえず、と二人はビーチに足を運んだ。水色に透き通った海と、対照的に白く眩しい浜辺。客たちは海で泳いだりスイカ割りに興じたりと、おのおの開放的なひとときを過ごしていた。このビーチだけを切り取れば、この世界が竜との戦いの渦中にあることを忘れてしまいそうだ。

「……そう、だな。平和だ。守るべき光景だ」

 浜辺で戯れるカップルや、砂の城を作ろうと試行錯誤する親子。エルピスはその光景を食い入るように見つめていた。ひとつひとつ目に焼き付けるように、噛みしめるように。

「かの竜王の破壊の手から、守り抜かねばならぬもの。あるいは勝ち取るべきもの」

 不意にふたつの影にその視線が吸い寄せられた。ハンターらしい青年と、水色の角と尾を持つ少女竜が手を繋いでいる。今は仲良さげに浜辺を散歩する彼らだが、この世界が竜王の手に落ちてしまえば──考えるまでもないだろう。

「……壊させてはならない。そのために、希望わたしがいる」


 ◇◇◇


 次に向かったのは武器整備サービスの建物だ。1階はラウンジのようになっており、武器整備の完了を待つ間にくつろげるようだ。施設の性質上、黒抗兵軍の構成員を含むハンターがそれなりに集っている。アルミリアは利用案内のパンフレットを一つ手に取り、ぱらぱらとめくり始めた。

「ふむ……破損した武器の修理を主なサービスとするが、素材を持っていけば武器の鋳造や強化も可能、か。震蛇竜の鱗も、傭兵団内で武器強化に使う分はここに持ってくるとしよう」

 一通り読んでしまうと、アルミリアは隣のエルピスに視線を流す。どうやらエルピスは施設内を見回しつつ、周囲の噂話に耳を傾けているようだ。


「ここんとこ何かと話題だよな、アビス」

「なー。震蛇竜討伐のニュース聞いた時とか俺、鳥肌立ったし! ずーっと鉱山で暴れてたアイツが討たれて、鉱山のひとたちも助かっただろうな~」

「でもなんか朝から慌ただしいよな……ガチの軍隊っぽい人たちとか来てたし……なんつーか、ガチで戦争になってきたな。こっちの世界に来たばっかの時は、ここまで事態がでかくなるとは思わなかったし……」

「そういやお前も平和な世界から来たんだもんな……この世界は平和な世界出身の奴には刺激強いだろ。戦わなきゃメシ食えないし、そうじゃなくても死と隣り合わせだし。ここやセントラルに引きこもってるなら話は別だけどさ」


「……」

 エルピスと同じ会話に耳を傾け、軽く肩を竦めるアルミリア。もともと出身世界が戦時中だったこともあり、この程度で怯んでどうする、という気持ちが脳裏に浮かばないわけではない。それはあえて口に出さず、ぱたんと音を立ててパンフレットを閉じた。


 ◇◇◇


 ホテルの食堂に入ると、妙などよめきが耳を打った。見ると、真ん中あたりの席で青フードの少女が大量の料理を美味そうに平らげている。

「あかぎちゃんは本当にいっぱい食べるね」

「ほんとにな……見てるだけで腹一杯になりそうだ。まぁ、あれだけ長い修行期間中に毎日見てりゃ流石に慣れたけどな」

「……(同意)」

「あはは……午前中疲れていっぱい寝たら、お腹空いちゃって。でも料理長のごはん、すっごく久しぶりに感じる! ん~、今日もお米がおいしい!」

 同じテーブルで普通の量の食事をしている少年少女が、あかぎと呼ばれた青フードの少女を微笑ましく見守っている。肩に座敷童子らしき少女を乗せている黒髪の少年と、純白の髪をポニーテールにした可憐な少女。主にあかぎの食事量のせいか、やたら注目を集めているテーブルを見つめ、エルピスは呆然と呟く。

「……アルミリア。確認してもよいか?」

「む、なんだ」

「ここは食堂だよな。間違ってもフードファイト会場ではないのだよな?」

「……ああ。たぶん。むしろ貴殿、何故フードファイトを知っている……?」

 ちょっと確証が持てなくなった様子のアルミリア。とりあえず案内された席につき、メニューを開いた。


「……しかしあの青い服の娘、美味そうに飯を食うな」

「そうだな……私もあの娘と同じものを頼むか。普通の量で」

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