会談

 事情を聞いた警備員は、アルミリアとエルピスをひとまず警備員用の宿直室に案内した。仮眠用の空きベッドを二人に貸し、先程まで仮眠をとっていた同僚に急遽立哨の代理を頼むと、次にすべきことを考える。

(竜王に狙われてる……っていうことは、保護を求めるなら米津オーナーに話を通した方がいいだろうな。オーナーは黒抗兵軍の一個中隊の責任者でもあるし、竜王が絡む案件なら報告を入れないわけにもいかない。……それに緊急事態とはいえ、宿直室に無断で、しかも年若い女の子を二人も連れ込んだってなると、事情を説明しなきゃ懲罰案件になりかねないぞ)

 とにかく色々な意味で報告しなければまずい事態だ。夜が明けたらとりあえず上司に事情を説明しよう。それから上司にお願いして、この件をオーナーまで伝達しよう。そう決め、警備員は要人らしき黒フードの人影の警護に移る。


 ◇◇◇


 翌朝の諸連絡は滞りなく行われ、この件は朝のうちに米津玄公斎閣下の耳にも入った。

 すぐさま警備員へと指示が下り、彼に案内されてアルミリアとエルピスは応接間へと向かう。扉を開けるとそこには、軍人や警察官のような格好の男女が三名待機しており、どこか物々しい雰囲気が醸し出されていた。

 青い髪にすらりとした長身の、堅く冷たい印象を与える偉丈夫。

 スーツの上に漆黒のコートを纏った、気真面目そうな雰囲気の若い女性。

 そして、いくつもの皺が顔に刻まれた白髪の老人──しかしその背筋はぴんと伸びており、全身からは隠しきれない威厳が放たれている。

 アルミリアはエルピスと共に応接間に入ると、膝をついて礼をとった。

「突然の訪問にもかかわらず、お目通りを許していただき感謝する。急を要する事情があったとはいえ、不躾にも急に押しかけてしまったこと、お詫びしたい。……傭兵団〈神託の破壊者〉の団長、アルミリアと申す者だ。こちらの者はエルピスという」

 アルミリアの紹介を受け、エルピスも頭を下げる。〈神託の破壊者〉という名を聞き、黒コートの女性が小さく目を見開いた。

「そう畏まらんでも構わんよ。こちらこそはるばるお越しいただき感謝すべきじゃからな。まずはかけてくれ」

「……あ、ああ。感謝する」

 客人用のソファを指し示され、アルミリアはおっかなびっくりといった具合で腰を下ろす。元帥という肩書きとこれまでの活躍から苛烈な人物だというイメージを抱いていたが、思ったより気さくな人物なのかもしれない。そんな様子を察したのか、青髪の偉丈夫も茶を出しながら困ったように微笑んだ。エルピスも隣に腰を下ろしたのを見ると、玄公斎は改めて口を開く。

「改めて、ワシがこのホテルのオーナーにして黒抗兵軍第一中隊の責任者、米津玄公斎じゃ。こちらが部下の冷泉れいぜい雪都ゆきと

「よろしくお願いいたします」

「そしてこちらが黒抗兵軍参謀総長の副官、墨崎すみさき智香ともかじゃ」

「よろしくお願いします」

 彼らの自己紹介を聞き、アルミリアたちも会釈する。

「さて……自己紹介も済んだことじゃし、本題に移ろう。先程の警備員からは、エルピス君は竜王らに狙われていると伺っておる。わしらとしても放っておくわけにはいかん。何があったか話してはいただけぬか」

「ああ。……その件についてはエルピス殿の口から」

 アルミリアに促され、エルピスは小さく頷いた。そして彼は語り出す──竜王の心臓と同化した絶望の概念体のことを、ソレがもたらしうる悲劇のことを。そして、その悲劇を打破しうる希望エルピスの加護のことを。


 ◇◇◇


「……というわけじゃから、儂からは黒抗兵軍全体へ『希望』の加護を与えたい。勿論おぬしらがそれでよいのなら、じゃが」

「勿論、是非お願いしたい。おぬしも知っての通り、わしらも竜王をはじめとする危機への対処のために結成された兵団じゃ。竜王への対抗策が一つでも増えるのはこの上なく有難い。……にしてもエルピス君は相手の声と口調を鏡のように反映しておるのか。こう自分の声と会話していると妙な気分になるのう……」

「仕様じゃ。気にしないでもらえると助かるわい」

 表情にまで米津元帥の影響が出ているのか、温和な顔で言ってのけるエルピス。横のアルミリアは無反応だ。いい加減慣れたのか、いちいち反応していても仕方ないと諦めたのか。エルピスの話が終わったと見て、アルミリアも口を開く。

「私からも二点、頼みたいことがある。一点はエルピス殿の保護。今後彼に竜王陣営の魔の手が及ばぬよう守っていただきたい。勿論私たちも協力する」

「勿論じゃよ。エルピス君は当ホテルの食客として迎え入れよう。幸いこのホテルには、異界の精鋭たちによる結界や防護術式が何重にもかけられている。安全はわしが保証しよう。……よければアルミリア君、おぬしら〈神託の破壊者〉も食客として迎え入れさせてくれまいか」

「……は? 今なんと?」

「おぬしらにも黒抗兵軍へ合流してほしい、ということじゃ」

「……、……?」

 言葉を失うアルミリア。それはむしろ彼女が頼もうと思っていたことであって、先方から打診されることは完全に想定外だった。黒コートの女性──智香が一歩前に出て、続きを引き継ぐ。

「震蛇竜討伐の報は私たちの耳にも入っておりました。ひとつのパーティでこの偉業を成したと聞き、落ち着いた頃合いを見計らって兵軍への加入を打診しようと話し合っていたところです」

「なんと……光栄だ。むしろこちらからお願いしたかったというのに」

「なに、そう遠慮することはない。わしらもただでさえ戦力が少なかったうえに、竜王軍の急襲や時空竜との戦いで消耗していたところじゃったからのう。戦力が増えるというだけでもありがたい話じゃ」

 まさか音に聞く黒抗兵軍にまで活躍が知れていたとは。確かに震蛇竜討伐の目的のひとつには上位竜種を撃破できる程度の実力の証明もあったが、ここまで早い段階で黒抗兵軍の上層部の耳に入るとは流石に予想外だった。呆然とするアルミリアに、青髪の偉丈夫──雪都が声をかける。

「速やかに貴女がた傭兵団が寝泊まりできる部屋も手配しましょう。食客扱いとなりますので宿泊料金についてはお気になさらず。……他の団員の皆様はどちらに?」

「今はアビスにいる。私たちも貴殿ら兵軍に合流する方針だったゆえ、震蛇竜の鱗を手土産にしようと工房に出していたのだ。それを回収したのち、遅くとも明日には到着するだろう」

「震蛇竜の鱗とは、これはまた豪勢な手土産じゃのう」

「兵軍への加入を請願しようというのに、手ぶらで押しかけるなどという無礼をはたらくわけにはいかなかったゆえ。貴殿らがよければ、私たちの装備強化に必要な分を除いて、鱗の大半は黒抗兵軍に譲渡しようと思う。少しでも役立てていただけるとありがたい」

「そういうことならばありがたく頂こう。……それにしても震蛇竜の鱗まで手に入るとは嬉しい誤算じゃな。使い道についても後で話し合うとしよう」

「承知しました」

 黒抗兵軍の兵力がまたしても増していく。油断こそしないが、戦力が潤うのはありがたいことだ。


「さて、アルミリア君にエルピス君。おぬしらも連戦で疲れているじゃろう。お仲間の分まで部屋を用意するゆえ、今はここでくつろいでいくとよい。ときにおぬしら、朝餉あさげはもう摂ったか?」

「……あぁ。警備員の方のご厚意で、すこし分けていただいた」

「ワシは概念体じゃからな、食事を摂らずとも生命活動に支障はない」

「そうか、なら良いんじゃが……もし腹が減ったらレストランやカフェテリアを自由に使うとよい。お仲間もアビスからここまで着く頃には腹も減っているじゃろうし、着く時間がわかったら知らせてくれ。食事を部屋まで運ぼう」

「あ、ああ……なにからなにまで、恩に着る」

 頭を下げ、準備があるからと立ち上がる三人を見送る。そして彼らがいなくなったのち、アルミリアはエルピスの方に視線を投げた。

「……して、エルピス殿。これからどうする?」

「米津老翁らから指示があれば従う。なければ、ここにいる勇士らに加護をかけて回りたい」

「仕事が早いな。……貴殿は休まなくていいのか?」

「心配無用だ。昨夜はしっかり休めた」

「ならよいのだが……」

 そんな会話をしつつ、アルミリアはまだ温かい茶に手を付ける。一口飲むと、ほのかな甘味と共にどこか疲れが和らいでいくような心地がした。

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