防衛戦線、大波乱

「トゥルーヤ、ブッコロリン! アレは倒さなくてもいい、! 一分、いや三十秒でいい。合図を出すまで凌いでくれ!」

「了解! カノンあれお願い!」

「承知デスっ!」

「ガルテアさんはできるだけ力を温存して、合図と同時にアレをぶっ飛ばしてくれ」

「は、はいっ!」

 フェニックスの指示を受け、ガルテアは一度人化状態に戻った。その姿がアルミリアとエルピス共々、カノンの『幻惑』でぶれて消える。トゥルーヤの目配せを受け、まずブッコロリンがハンマーを構えて飛び出した。ラクエスの一撃をハンマーの柄で受け、押し負けまいと両腕両脚に力を込める。

「くっ……凄いパワー、デスね……!」

「あんま竜種舐めんじゃねーぞッ!」

「ぅあっ!!」

 されど竜の、しかも特に優れた膂力を持つラクエスの一撃を耐えきることは能わなかった。華奢な身体が地に叩きつけられ、はずみでハンマーを取り落とした。衝撃で砕けた岩盤から石が飛び散る。と同時、地底からかすかに異音が聞こえた。

「……っ!」

 咄嗟に転がって、地から生える剣を回避する。しかし息つく間もなく二本目、三本目の鉱剣が生えてくる。立ち上がり、ブッコロリンは次々と生えてくる剣を必死に回避する。串刺しになるのだけは回避しなければ。だが、逃げているだけでは埒が明かない。属性魔法で相殺できるアルミリアは、今は頼れない。思考回路を励起させ、打開策を──


「あ、熱っち!?」

「なっ!?」

 ──見つける前に、突如降ってきた炎が鉱剣を溶かし尽くした。ブッコロリンは咄嗟にフェニックスを見るが、彼は上空の影に目を向けている。彼の仕業ではなかった──そもそも彼がこの段階で最終手段に手を付けるとは思えなかったが。

 見上げると、そこには東洋風の龍が浮いていた。体長四十メートルにも及ぶ巨体が月光を背負って浮かび上がり、長い髭が夜風になびく。その右の角には『リ』の文字が刻まれていた。

 陸式識勢ろくしきしせい和御魂竜殻天将にぎみたまりゅうかくてんしょう『リ号』。

 突然の介入を、ラクエスは敵対勢力のそれだと判断したらしい。地から無数の岩を浮かび上がらせ、リ号に狙いを定める。

「誰だか知らねぇけど邪魔すんな!!」

 一直線に襲い掛かる岩弾を、リ号は長い尾で叩き落とし、あるいはブレスで迎撃する。砕けた岩の破片が雨あられと降り注ぐが、ブッコロリン達には当たらないように軌道を調整されていることに彼女は気づいた。

「敵じゃ、ない……?」

 呟き、ちらりと後方を振り返る。フェニックスが頷くのを見て、ブッコロリンは上空の龍へと叫んだ。

「えっと……リ号さん! エルピスさんの護衛のため、ご助力お願いしマスっ!」

 逆光になった龍が、かすかに頷く気配がした。


「アディショナルゲノム──武器庫ネイビー! おまけに座標崩壊オレンジ! トゥルーヤくんっ!」

「オーケー!」

 一呼吸置いて片手を前に突き出し、トゥルーヤは従える亡霊に実体化命令を出した。弓に秀でた者を十体。それぞれが『武器庫』の天賦ギフトで召喚された黄泉操傀弓キイズミノソウカイキュウを握り、矢を番える。

「狙いはあの地竜だよ、合図があるまで勝手に撃ってて!」

 粗雑極まりない号令を受け、亡霊たちは次々と矢を放つ。舌打ちし、ラクエスは身の丈に合う程度の剣を錬成し矢を叩き落とした。と、その身体が打撃を受けて傾く。振り向くと、背後から迫ったブッコロリンがハンマーを振り抜いていた。体勢を崩した隙に矢が数本腕に突き刺さり、炎のブレスが降り注いで全身を焼く。痛みに叫びながらもラクエスは立ち上がり、腕に刺さった矢をまとめて引き抜いた。

「くっそ! 痛ぇ熱ぃ! 標的奪取どころじゃないのほんとやめろって言いてえ! 三対一とか卑怯だぞって言いて~!」

「言えばいいじゃん。ま、三対一だとは限らないけど?」

 煽るように笑い、トゥルーヤは次の矢を番えた。その周囲にはいつの間にか緋色の羽根が回っている。はっとして見下ろすと、ラクエスの周囲にも三枚ほど弱体化の羽根が旋回していた。舌打ちし、ラクエスは流血に震える腕で剣を振り抜いた。襲い来る矢を叩き落し、周囲一帯に視線を走らせる。一瞬だけ視界に映ったのは淡い緑色の結界を張ってこちらを睨むカノンと、エルピスを守るように杖を構えるアルミリア。

「そこかァ!」

 叫び、ラクエスは大きく息を吸った。降り注ぐ炎のブレスは岩弾で勢いを弱め、割って入ろうとするブッコロリンは地から突き出したハンマーで吹き飛ばした。カノンとエルピスを狙って鉱剣を次々と突き出し、一瞬息を止める。

「……!」

 咄嗟のことにカノンの姿が固まる。彼女が事態を理解するより早く、極太の鉱剣がその小さな身体を刺し貫いた。口角を上げ、ラクエスは肺の中の空気をすべて出し切る勢いでブレスを吐き出す。震蛇竜のそれとほぼ同じ、重力のブレス。リ号は動かない。壁に埋まったブッコロリンは動けない。トゥルーヤが咄嗟に禁術発動を考えるが、絶対に間に合わない。

 解き放たれた重力弾は鉱剣をへし折りながらエルピスを狙う。球形の重力弾がエルピスとアルミリアの姿を圧し潰し、その周囲の岩盤を崩落させ──


「……ん? なんか手応え……」

! ガルテアさん、やれッ!!」

「はいッ!!」


 

 その言葉がラクエスの脳に到達するより早く、竜化したガルテアの体当たりがラクエスを遥か高空へとぶち上げた。


 ◇◇◇


「よっと」

「あべしっ!?」

 絶叫と共に打ち上げられるラクエスは、特に爆発四散することもなく別の竜に捕まった。リ号の追撃を受ける前に、水色の髪と翼を持つ竜は光の速度で飛び去ってゆく。

 リ号は水色の竜とラクエスの知覚を試みるが、叶わないと判断するとすぐに旋回する。リ号の目的はあくまでエルピスの護衛。人間たちの作戦は成功し、エルピスは安全地帯へと送り届けられた。上位竜種ラクエスに追撃できるならするが、それも叶わない今、深追いするのは効率が悪い。

 長い体躯をゆっくりと動かし、リ号は情報収集の任に戻る。


 して、当のラクエスと水色の竜──閃光竜チェレンは王冠山脈の上空にいた。

「一部始終見てたけど、ラクエスほんとおばかさんだよね」

「見てたのかよ! じゃ助けろよ!」

「だってオレが来た時にはもうターゲットいなかったし」

「はぁ!?」

 その言葉にラクエスはギョッと目を見開いた。確かにエルピスはそこにいたはずだ。ブレスで圧し潰したはずだ。だが、『いない』ということは。

「いつ脱出したの!? どうやって!? いや、お前はいつからいたの!? つかなんで気づいたんだよ!?」

「オレはねー、『三対一とか卑怯だぞって言いて~!』の辺りからいたよ。で、気づいたのは光の軌道が不自然だったから。たぶん光の屈折率に干渉して幻影を見せる能力だね、小賢しいねー。で、その小賢しい能力に引っかかる君は本当におばかさんだよね」

「お前が光竜だからだろそれ!? 俺地竜! わかる!?」

「いやオレじゃなくても気づくよ。君が猫耳ちゃんを刺し殺したつもりになった時、手応えあった? ティマリアやパルティスならその時点で気づいてたよ」

 呆れたように眉を顰める閃光竜。……思い返してみれば、確かに手ごたえが薄かった気がする。猫耳娘を倒した時は本命ではないからと見過ごしていた。エルピスと白髪娘を潰した時は、手応えを確かめるより早く地竜の体当たりを受けた。その事実がじわじわとラクエスの脳に浸透し。


「や……や、や……」

「や?」

「やらかしたぁあああああああああ!!」


 ──絶叫が深夜の王冠山脈に木霊した。

 この絶叫のせいでリ号に居場所をかぎつけられ、また光竜に抱えられて光速逃避行をする羽目になるのは別の話。


 ◇◇◇


 ──同刻。エリア1・アクエリアス。


「……っ、はぁ──はぁ……」

「大丈夫、か?」

 立ちくらみを起こし、エルピスに支えられるアルミリア。転移術の直後特有の眩暈めまいを根性で抑え、闇夜に目を慣らす。

 そして見渡すと、そこには宮殿にも見紛うほど豪華絢爛な外装のホテルがそびえ立っていた。見回してみるとビーチや桟橋、その他いろいろな施設も併設されている。確かに寝る前に新聞で見た『ホテル阿房宮』の外観と一致している。頷き、アルミリアはエルピスを伴ってホテルへ向かう。

(……このような深夜では、玄関は閉まっているだろうな。此度は急を要する案件……朝を待っているうちにあの竜にここを嗅ぎつけられては無用な混乱や被害を生む。だが無理に押しかけて先方に迷惑をかけるのも望ましくない。さて……)

「──失礼」

 ホテルの前に立つ警備員に声をかける。

「夜分遅くに押しかけてすまない。私は傭兵団〈神託の破壊者〉団長のアルミリアという者だ」

「神託の……あぁ、震蛇竜討伐の! 新聞に載ってましたね」

「もう、か……耳が早いことだな。それより急を要する案件だ。ここに竜王の手の者に狙われている要人がいる。この者をここで一晩、匿ってはくれまいか」

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