急襲

 皆が寝静まったあとも、ブッコロリンは一人周囲を警戒していた。目を瞑って正座し、片手をハンマーの上に置いて、レーダーの制度を最大に設定する。

(エルピスさんは何としても死守しなきゃいけない。もし竜王陣営がエルピスさんの居場所に勘づいていたら、刺客を放ってくる可能性は高い……警戒しておかなきゃ)

 かつて傭兵として働いていた頃を思い出す。五つの大国が入り乱れる戦乱の世界において、特に前線では夜襲への警戒は必須だった。各国お抱えの騎士団や武士団相手ならまだしも、ある程度自由な裁量が許されている傭兵が相手なら尚のこと。そしてそんな時も、睡眠を必要としない魔導アンドロイドたる自分が夜間警戒を買って出ていた。人間にとって夜間警戒の任務はかなりの疲労とストレスを伴うと聞く。生身の戦士たる仲間たちには、なるべく十分な休息を取って翌日に備えてほしいのだ。

 そして──ブッコロリンの感覚センサーが、かすかに土が崩れる音を捉えた。


「ッ、敵襲デス!!」

「なっ!?」

 真っ先にガルテアが飛び起き、咄嗟に竜化状態をとった。刹那、彼らの頭上の地面が轟音を立てながら崩壊する。小さな空間に石の破片が降り注ぎ、土や砂の粒が文字通りの土砂降りとなって降り注ぐ。ガルテアが他の面々を庇うような体制をとり、降り注ぐ石の攻撃をまとめて受けた。

「竜種の匂い……それも地竜、でしょうか……!?」

「ねぇなんか僕ら地竜にばっか遭遇してない? この世界他の竜いないの?」

 ぼやきながらもトゥルーヤが弓を番え、気配の方に矢の先を向ける。するとトレンチコートを纏った茶髪の男が、巨大な竜の翼を広げて地に降り立った。

「あ、貴方は……?」

 ガルテアの問いに対し、地竜は目を細めてどこか悪辣に笑った──と思いきや、即座に輝くような満面の笑みへと一転する。

「初めまして、人間諸君! 俺は黒竜王エッツェル様が臣下、破岩竜ラクエスだ! 突然だけどこれうめーな。この練った麦と煮込んだ豆のよくわかんないやつ」

「あんぱんデスね」

「ってか何で奇襲してんのにそんなん食ってんの?」

「いや、人間は張り込みのときコレ食うって聞いたからさ。牛の母乳と一緒に」

「もっと他に言い方ないの? ってか雑談しに来たなら帰ってよ。こっちはぐっすり寝てたところ叩き起こされて御機嫌斜めなんだけどね」

 若干毒気を抜かれかけるが、気を取り直して言葉をたたきつけるトゥルーヤ。すると地竜──ラクエスはあんぱんを飲み込み、ガルテアの下に庇われている黒外套の人影を指さした。


「──ソレ。王様から処分命令が出てるからさ、ちょっと借りるぞ」

 

 ◇◇◇


「……ッ!」

 咄嗟に護衛体制をとるカノン。ゲノムドーサーを装着した腕を前に出し、警戒の視線でラクエスを睨む。

「悪いけど、そう言われて素直に貸すわけにはいかないにゃん。……この子の正体、竜王にゃんから聞いたにゃ?」

「もっちろん! 竜王様の数少ない天敵。竜王軍の勝利を確たるものとするため、必ず滅ぼすべき邪魔者、だってさ。……恨みはないけど、倒させてもらうぜ!」

「ッ!!」

 その言葉と同時、突然アルミリアがエルピスを引き倒した。刹那、彼が先程までいた場所を巨大な剣が貫く。横幅だけでも子供一人分はあろうかという巨大な剣。勢いよく地中から突き出したそれは、ガルテアの腹部の鱗に阻まれて止まった。

「うぉ、硬っ!」

「私、防御力には自信あるので……!」

 不敵に笑うガルテアを半目で見つめ、ラクエスはしばし沈黙し──軽く地を蹴って浮き上がった。褐色の翼をばさりと鳴らし、竜化状態のガルテアと目を合わせる。

「ふーん……おねーさん、なかなか強いじゃねーか。まぁ手合わせしてみねーと実際のとこはわかんねーけどさ、防御力だけ切り取れば竜種の中でもだいぶ硬ぇよな! 竜王様のお役にも立てるはずじゃね?」

「……な、何が言いたいんですか?」

 警戒を解かぬまま問い返すガルテアに、ラクエスは無邪気に微笑みかける。片手をガルテアに向けて差し出し、ばさりと翼を大きく羽ばたかせる。

「そんな身構えなくてもいいって! ただ、お前も竜王様のところに来ないかって──どぅわぁ!?」 

「んなわけないじゃん馬鹿じゃないの?」

 誘いの言葉を鋭い風切り音が遮った。ラクエスは慌てて回避行動をとるが、その翼の端に太い矢が突き刺さる。

「竜特攻……! ま、あるとは思ってたけどさ!」

 舌打ちし、ラクエスは矢を放った張本人の方を鋭く睨む。視線を向けられたトゥルーヤはあえて意地悪気な笑みを浮かべ、新たな矢を番えた。

「君張り込みしてたんだよね? 竜種って人より感覚鋭いって新聞のコラム欄に書いてあったけどさ、あれガセネタだったのかなぁ?」

「はぁ!? ガセじゃねーし! 少なくとも人間よりは視覚も聴覚も嗅覚も優秀だし!!」

「ムキになっててウケるんだけど」

「えっと、トゥルーヤさん、その辺に……!」

 ガルテアの制止の声が降ってきて、トゥルーヤは大人しく口をつぐんだ。ガルテアは改めてラクエスと視線を合わせ、静かに首を横に振る。

「わ、私……竜王の側につくつもりはありませんっ。あの方だけは、絶対に止めなきゃいけないんです……!」

「そんな震えながら言われてもなー……」

 肩を竦めるラクエス。その視線がチラチラと下を向いているのを、ブッコロリンは静かに観察していた。そのセンサーはラクエスの動向を注視しながらも、彼の視線の先──即ち、ガルテアの下にも向けられている。

「お前が竜王様に歯向かうってんなら、お前を殺して竜王様の忠実な兵士に生まれ変わらせることだってできるんだぜ? なぁなぁ死ぬの怖いだろ? 俺も同胞にはなるべく死んでほしくないからさ、ここは穏便に行こうぜ穏便に」

「……」

 ひとしきり問答を聴いたのち、ブッコロリンは軽く跳んでガルテアの頭上へと駆けあがった。ラクエスの方へハンマーを向け、鋭く言い放つ。


時間稼ぎロスタイムはここまでデス。どうしてもあの方を奪いたいなら、力づくで奪ってみてクダサイ!」

「……っ、クソッ! 慣れない腹芸なんてするもんじゃねーな!」

 苛立たしげに叫び、ラクエスは新たに地から剣を精錬して構えた。


 ◇◇◇


 ──何も起きていない、はずがなかった。


「フェニ……助かった」

「ああ。……しかしあいつ、アホに見せかけて中々やってくれるな」

 少し多めに羽根を消費して張った、緋色の結界。エルピスはそれに吸い寄せられるように貼りついていた──いや、正確には結界の先にいるラクエスに引き寄せられていた。地竜たる彼の能力のひとつ、重引力。小規模な重力を発生させ、遠くのものを問答無用で引き寄せる力。これで捕まれば一巻の終わりだ。故にこそ多めに羽根を消費して結界を張ってよかった、とフェニックスは額に浮かぶ汗を拭う。

「エルピスさん、大丈夫にゃ?」

「にゃ……私なら大丈夫、ですにゃ。けど私はただ加護を施すことしかできない……戦闘となれば無力でしかないにゃ。だからどうか……」

「ああ。脱出する方法ならある」

だな。それを使うなら八坂、お前にも協力してほしい」

 アルミリアの言葉に頷き、フェニックスは眼鏡の位置を直した。首を傾げるカノンに、フェニックスはラクエスの気配に注意を向けながら口を開く。

「……通じるかどうかは一か八かだが、策がある」

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