新たな動乱の気配

 ──その頃、アビス付近に残された傭兵団一行はというと。


「……アルミリアから連絡があった。無事にホテル『阿房宮』に到着し、エルピスさんの保護についても米津閣下と交渉、承諾を得たそうだ」

「にゃ……! 無事みたいでよかったにゃん!」

「それと、俺たち傭兵団も黒抗兵軍への参戦が正式に決まった。俺たちは当初の予定通り、震蛇竜の鱗を回収し次第ホテルに向かい、俺たちの装備強化に必要な分を除いて全ての鱗を兵軍に譲渡する方針でいこう」

 小さな板スマートフォン状の情報端末を片手にフェニックスが報告する。出身世界で彼らが雇われていた国、“黒き魔導帝国”。その魔導科学の産物たる通信端末だ。強力な電波により世界中どこにいても繋がるし、軍事利用を念頭に置いて作られているため、通信の暗号化もばっちりだ。

「あー、売って換金するって手はない感じ?」

「ないな。こっちは竜を討つ実力の証明として提供し、向こうはこれを装備の増強などに利用できる。生産的だろ? 装備強化用としての取り分はこっちにもあるし、あんまりたくさん持ってても持て余すだけだろうしな」

「ふーん……まぁ、そういうことにしとこうか」

 理屈としては間違っていない。これ以上反論する理由もない、とトゥルーヤは肩をすくめた。

「じゃあこれからのタスクは……まず昨日の工房に行って鱗を回収。その後はホテル『阿房宮』に直行でいいデスか?」

「そうだな。まぁ鱗は午後に取りに来いって話だったし、それまでは休息。まだ皆、疲れも取れてないだろうしな」

「異議なーし」

 そんなわけで十分に休息をとったのちにアビスの街に向かった一行、だったのだが……


 ◇◇◇


「……え、何? これどういう状況?」

「と、とんでもないことになってます……ね……」


 アビスの街は昨日とは打って変わって、不穏な様相を呈していた。ざわつく住民たちの様子からは只事ではない事態が容易く読み取れる。カノンは周囲を見回し、それから仲間たちの方に視線を投げた。

「常務にゃん、ちょっと聞き込みに行ってきますにゃ。皆には鱗の回収お願いしていいかにゃ?」

「ああ、任せろ」

「あ、待ってクダサイ!」

 ブッコロリンに呼び止められ、駆けだそうとしたカノンは立ち止まった。問い返そうとすると、黒い板状のデバイスを投げ渡される。

「……これ、さっきフェニックスくんがアルミリアさんと連絡とってたやつにゃ?」

「そうデス! この魔導端末にはカノンさんたちの世界の端末との互換性がありマセンので、連絡用に持っていてクダサイ。あと説明書も!」

 続けて投げ渡された説明書を受け取り、カノンは強く頷く。そのまま人が多く集まっている方へと一直線に走っていく。


 ◇◇◇


「確かに受け取りました。急なお願いをしてしまい申し訳ありません。代金はこちらに」

「お、おう……ありがとよ兄ちゃん……」

 疲弊しきった工房の店主が震える手で紙幣を受け取り、そのままカウンターに突っ伏した。横でブッコロリンが鱗をインベントリに高速で放り込んでいる。うず高く積みあがった鱗がどんどん虚空に消えていくさまは、まるで一種のイリュージョンのようだ。眼鏡の位置を直しつつ、ガルテアが小声でつぶやく。

「え、えっと……さすがにちょっと可哀想ですね……」

「まぁさ、この人たちもこの鱗を通じて世界の平和に寄与できたんだから。むしろ喜ぶべきことじゃない?」

「トゥルーヤ、お前はその滅茶苦茶な大暴論をやめろ」

 ぼそっとツッコミを入れ、フェニックスはもう一度店主に視線を投げる。

「……寝てるな」

「や、やっぱり激務で疲れっちゃったんじゃ……」

「だろうな。寝かせておこう。……ブッコロリン、鱗の回収終わったら店を出るか」

「ハイ!」

 爆速で鱗をインベントリに放り込みつつ、笑顔で返事をするブッコロリン。


 ──と、不意にフェニックスの魔導端末が震えた。ボタンを押して耳に押し当てると、無駄に上機嫌なカノンの声が流れ出す。

『もしも~し、こちら常務にゃん。ある程度情報が集まったので報告しますにゃ!』

「早いな!?」

『えーと、まず常務にゃんたちの震蛇竜討伐の件がすっごい大ニュースになってましたにゃ! 常務にゃんはいーっぱい褒められましたにゃ、にふーん』

「絶対街の不穏な様子と関係ないだろそれ!!」

『まぁ、直接的には関係ないにゃ』

「じゃあなんで言ったんだよ!?」

「ちょっ、フェニックスさん、店主さん起きちゃいますよ……!」

「あ、あぁ、悪ぃ」

 ガルテアにささやかれ、慌てて声のトーンを落とすフェニックス。ひとつ咳払いをし、彼は改めて電話口に対し声をかけた。

「……で、なんだ」

『えーと。ヒーローバリューで色々と簡単に聞き込みすることに成功しましたにゃ! えっとにゃー……』


 カノンの話によると、アビスの洞窟に大量の敵性存在が出現したらしい。ペストマスクに似た仮面を被り、背には羽根を生やした敵性存在──いうなれば『天使』。それが万単位に届くほどの群れを成してアビスを埋め尽くした。それらは勇敢なハンターにより一掃されており、一部鉱山施設が破壊されたものの人的被害やごく軽微に収まったそうだ。

『市街地の方も、謎の熱光線とそれに伴う熱風で若干被害が出たくらいで、致命的な被害はないみたいにゃ。それに常務にゃんたちの活躍を聞きつけて丁度ハンターにゃんたちが殺到してたタイミングにゃんし、心あるハンターにゃんが防壁を張ったり負傷者の治療にあたったりしてくれてるみたいにゃあ。この世界のハンターにゃんは良い子が多くて癒されるにゃ~』

 まさに日向ぼっこをする猫のような声で語るカノン。最後の台詞に関しては、比較対象がアナザーアースなのが悪い。

『だとしても、常務にゃんたちがもうちょっと早く行ってたらな~、とは思うのにゃ。せめてもの罪滅ぼしで怪我人さんの治療をお手伝い中ですにゃ!』

「お人好しだな、八坂は……」

 フェニックス達は震蛇竜討伐の疲労と夜中の急襲もあって寝不足だった。この状態で外に出ると、万が一戦闘に発展した際に致命的なミスを起こしかねない。幸い鱗は午後に回収する手筈だったし、多めに休息を取ったのだから駆けつけるのが遅れたのは仕方ないだろ──と、フェニックスは嘆息する。その横でトゥルーヤとブッコロリンは視線を交わし、軽く肩を竦めていた。

「……ココ、連れてこなくてよかったね」

「デスね……」

 傭兵団〈神託の破壊者〉の元世界残留メンバーに、ココ・トリサギオンという娘がいる。彼女は天使の加護を受けており、治癒や結界、強化などの支援術のほとんどを網羅している。

 此度の異世界遠征班選抜とほぼ時を同じくし、ココの実家──〝黄の商大国〟のトリサギオン子爵から招集がかかったため、彼女はやむなく元の世界に残留することになっている。回復術を使える貴重な団員を連れて行けないのは非常に悩ましかったが……。

「ココは繊細だからなぁ……。僕らの世界の天使じゃないっぽいけどさ、似たようなヤツが人類にちょっかい出してたらまぁ気にするよね。ってかアルはこの件に首突っ込むのかな……?」

「アルミリアさんの思考アルゴリズムを再現。……あの天使が人類の敵デシたら、女神さまの依頼を成し遂げるために戦う必要がありマス。そしてアルミリアさんが制止に耳を貸す可能性は5%デス」

「……?」

 何も知らないガルテアが首を傾げる。フェニックスは「追々話す」とだけ言い放ち、電話口の方に改めて声を投げかける。

「事情は大体わかった。こっちは鱗の回収が終了し次第、改めて連絡する。人助けはいいが、遅くならないようにしろよ?」

「はいにゃん!」

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