最初の激戦の後に
「いや、鱗ひっぺがすって言ったってさ……いくらなんでも多くない?」
「多いにゃんね……」
「このメンバーで剥がしたら何時間かかるか、試算すらしたくないデス」
体長50メートルにも及ぶ巨竜の亡骸を見上げ、一同は呆然と息を吐く。ここまでの巨躯を誇る竜だ、当然その鱗の数も凄まじいだろう。カノンはしばらく考え、口を開いた。
「ここは餅は餅屋、肉は肉屋、銃は
「いや餅と肉はともかく皇会ってなんだ」
「提携先の暴力団にゃん! 武器の製造と密売でシノいでるとこで、社長のお友達が若頭やってる縁で武器提供してもらってるのにゃ」
「おい犯罪対策会社が暴力団と組んでちゃアウトじゃないか!?」
「まぁそれはおいといて──」
フェニックスの真っ当なツッコミは華麗にスルーされた。実際アナザーアース基準でもアウトな行為だが、MDCが叩き出した功績もあって公安にはあえて見逃されている節がある。それにそんなことを気にするほど倫理観が残っている社員は、残念ながらMDCにはあまりいないのだった。
「ブッコロリンちゃん、インベントリ持ってるにゃんよね?」
「ハイ! ……でも、インベントリは手で持てるアイテムしか入れられない仕様デスので、竜を丸々一頭入れるのは流石に無理だと推測しマス」
「そうにゃんかぁ……うーん」
「ならいっそボクが持っていくよ! ボクの膂力なら持って行けると判断しマス!」
「あ、わ、私も手伝います! 一人じゃ流石に重いでしょうし……!」
名乗りを上げるブッコロリンとガルテア。竜種たるガルテアはもとより、ブッコロリンも戦闘中も高い膂力を発揮していた。この二人なら持って上がれなくもないだろう、とフェニックスも頷く。
「そういうことなら二人に任せる。だがいきなり地上に竜が現れたら一般人に混乱を招きかねない。俺が先行して説明しておこう」
「常務にゃんもお供するにゃん! 役職柄、交渉ごとは慣れてるにゃん」
「ふーん。がんばー」
「トゥルーヤお前はなんでそんな他人事なんだ」
「だって僕にできることないし。ってわけで皆がんばってねー」
「はぁ……」
頭を搔き、ため息をつくフェニックス。悪びれもせず手を振るトゥルーヤは、ずっと一点をじっと見つめているアルミリアに歩み寄った。
「で、どしたの?」
「……見られていた気がするのだ。戦闘の最中、ずっと誰かが私たちを見ていたように感じる。観察するような、値踏みするような……それでいて期待するような視線を感じた」
「ふーん……で、アルミリアがそんなに気になるってことは、その見てた奴にもなんかありそうなの?」
「恐らくな。雰囲気から察するに、視線の主はこの世界に必要な存在。かつ、放置しておくべきではない……感じがした」
「へぇ。面白いことなのか厄介ごとなのか、判断に困るね……って」
「っ!」
何者かの気配を感じ、二人は身構える。
そこに立っていたのは──
◇◇◇
「でかぁ!! ……いやこれ震蛇竜じゃねーか!!」
竜鱗工房『エクセノース』の店主はおったまげた。
街に突然「震蛇竜を討伐した。これから遺体を街に運び出すが、震蛇竜の絶命は確かに確認したため安心してほしい」というお触れが出されたかと思えば、その震蛇竜が女子二人に抱えられて洞窟から出てきて、おまけにその鱗を全部剥がしてくれ、と目玉が飛び出るほど大量の紙幣と共に依頼されたのだ。彼自身アビスを拠点とする竜の加工は何度も請け負ってきたが、長らくアビスで暴れてきた『震蛇竜ヤヌス』の巨大さは並の竜を遥かにしのぐものだった。
「こんなん全王様もおったまげるわ!」
「おったまげるにゃんよね~」
「おったまげてるところ申し訳ありませんが、納期はいつごろになるでしょうか? 出来るだけ早く仕上げてもらえると助かるのですが……」
「も、もうちょっとおったまげる時間くれよ……」
薄くなりつつある頭を掻き、店主は居住まいを正す。冷静になった眼で震蛇竜を見つめ、鱗に触れ、だいたいの目算をつけてみて、フェニックスに向き直った。
「まぁ……この量だと流石に今日中とはいかないな。工房員全員駆り出して、最速で明日の午前中ってとこだな……まぁ今は幸い他の仕事はない。遅くとも明日の正午ごろには完成するだろうから、その時にでも取りに来てくれ」
「わかりました。よろしくお願いします」
一礼し、フェニックスがまず店を出る。それにカノンたちも追随し、店には巨大な鈍色の竜の骸と店主だけが残された。店主はしばし呆然と扉の方を眺めていたが、すぐに気を取り直して作業場へと歩を進める。
「……さて。非番の奴らも呼ぶか……」
◇◇◇
「ってか、トゥルーヤたち遅いな」
「アルミリアさんと一緒に洞窟に残ってたみたいですけど……大丈夫かにゃ? 魔獣とかに襲われてないといいにゃんけど……」
竜鱗工房を出たフェニックスたちは、一度洞窟の方へと戻ってきていた。そろそろ戻ってきても良いはずだが、妙に遅い。そろそろ見てこようか……という考えに至る前に、洞窟の奥から当の二人が姿を現した。
いや──正確には、二人だけではなく。
「たっだいまー。愉快な厄介ごと拾ってきたー」
「なんだ、愉快な厄介ごとって」
「す、すっごい大問題の予感が……」
「話はガルテア殿の拠点でだ。よからぬ輩に盗聴されると要らぬ火種にしかならぬ。この者の正体もそこで話そう」
そう言ってアルミリアはトゥルーヤが背負っている人影に視線を投げる。漆黒のフードを目深に被っており、トゥルーヤに背負われていることもありその姿は半分も見えない。しかしフードの隙間から見え隠れする双眸は、青と白のオッドアイ──そう、アルミリアと全く同じ色をしていた。
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