VS震蛇竜ヤヌス 3

 状況は好転している。少なくとも、フェニックスはそう判断した。

 竜特攻を持つトゥルーヤとブッコロリン、そして竜の力を直接吸い上げることでダメージを与えるカノンという三人の攻撃役。震蛇竜の攻撃を一手に引き受けるガルテア。大地の力を操る震蛇竜の能力に対抗できるアルミリア。そして適宜、彼らに支援を飛ばせる自分フェニックス。震蛇竜の手札を封じられる人員は揃った。


『グァアアアアアアア!!』

 しかし、とフェニックスはメガネの縁を押し上げる。

 状況が好転したからといって、楽勝とまではいかないのが戦場の厄介なところだ。目の前の震蛇竜は手札が封じられたと知り、余計になりふり構わなくなっている。地が崩れ、壁が崩れ、鈍色の巨体が暴れ回る。それは確実に相手を追い詰められているということでもあるが、だからといって脅威だということに変わりはない。

「ガルテアさん! まだ耐えられるか!?」

「はい、このくらいなら……ぐっ、耐えられます!」

「アルミリア、そっちは大丈夫か!」

「問題ない……が、流石は竜だな。正直もう一杯一杯だ。早めに決着をつけてくれると助かる」

「わかった。……ブッコロリン! 残り体力の報告を!」

「ハイ! 現時点で概ね残り六割……いや、五割デス!」

「くっ、まだそんなに残ってるのかッ!」

 頭を抱える。フェニックスは正直、この世界の竜種を舐めていた。元の世界にもドラゴンそのものは存在したが、竜特効なる能力がなくとも十分倒せる程度の力しかなかった。この世界の竜がここまでの力を持っているなど、想像していなかった。

(だが……この先はもっと強い竜共と渡り合う必要もある。この世界の竜の力をこの段階で知れただけでも僥倖だろ。……そういうことにしよう)

 無理やり頭を切り替え、フェニックスは脳内で戦略を組み上げていく。


「おいトゥルーヤ! 一旦攻撃止めて八坂の支援に回れ!」

「ん、なんでっ?」

「その方が効率がいい。このメンバーなら八坂の疑似ブレスが一番効果が出るし、それに絞って強化した方が早いと思う」

「なるほどねぇ……了解っ!」

 鋭く応じ、トゥルーヤは番えていた矢を矢筒に戻した。そのまま片手をカノンの方に翳すと、彼女の身を青紫色のオーラが包む。

「キイズミの名を以て命ずる! その力の全て、この者の糧とせよ! ……っと、どう? 強くなった感じする?」

「にゃっ! だいぶいい感じにゃんっ。ちょっとだけ、扱いやすくなった気がするにゃんっ!」

「オーケー、じゃあ引き続き支援するよ!」

 強く頷き、カノンは震蛇竜へと両手を翳す。するとその両手に一発ずつ重力弾が生み出され、震蛇竜の口内へと解き放たれていく。

「やー、助かるにゃ、トゥルーヤくんっ。あのドラゴンの力、強すぎて攻撃連発しなきゃ常務にゃんが破裂するにゃん、から……運用補助してくれるの、すっごくありがたいにゃっ!」

「いいっていいって」

 片手をヒラヒラと振り、トゥルーヤは術に集中しようと歯を食い縛る。カノンが更に重力弾を乱射すれば、震蛇竜は巨体を捻って小さな姿を振り落とそうと暴れまわる。しかしその攻撃の悉くをガルテアの巨体と掘削殼が封じ、震蛇竜はもどかしそうに咆哮をあげた。

「トゥルーヤさんの支援が入ってから、ダメージ効率が大幅に上がってる……! カノンさん、トゥルーヤさん、このままいけば押し切れると思いマス!」

「おっけーにゃんっ!」

 震蛇竜の角をひっ掴んだままブッコロリンが叫ぶ。頷き、カノンは更に重力弾生成の速度を上げた。後方をちらりと盗み見ると、地星崩壊を必死に防いでいるアルミリアの姿。流石に竜相手、しかも地底の世界を操るのが専門の相手に、同じ土俵で勝負を挑むのは厳しいものがあるのだろう。その息は既に荒く、時折額の汗を拭う様子がうかがえる。なんなら洞窟の壁の一部は、最早アルミリア一人では止められないほどに崩壊しつつあった。


『ウオオ……死ヲ……安息ヲォオオ……!』

「だから今楽にしてやるって言ってるじゃん! いい子で待てないもんかなぁ! てかしぶとい!」

 苛立たしげに叫ぶトゥルーヤ。彼はカノンへかけている降霊術を維持しつつも、空いた手を震蛇竜に翳す。震蛇竜は既にかなり消耗していた。立派な鱗のおかげでパッと見ではわかりにくいが、攻撃はかなり大味になってきているし、カノンの重力弾への防御姿勢もままならなくなってきている。おまけに先程までは一応意味のある言葉を喋っていたはずだが、最早うわごとのような絶叫を上げることしかできていない。

『うう……本格的に見てられなくなってきました……!』

「にゃ……。早く楽にしてあげた方があのドラゴンのためだ、と思うにゃ」

『……そう、ですね。このまま生きながらえても、きっと辛いだけでしょうし……!』

「ブッコロリン、もうすぐ死ぬって感じになったら言って」

「わかりマシタ……っていうか、多分あと五発も重力弾を撃てば倒れると推測しマス」

 ブッコロリンの言葉を受け、カノンは頷いて更に意識を集中させる──と、彼女の横の壁に音を立ててヒビが入った。鈍い音と共に壁が崩れ、砕けた石がカノンへと降り注ぐ。最後方でアルミリアが舌打ちをした。彼女の魔法では止められない。

「フェニッ!!」

「ああ!」

 カノンを押し潰さんと降り注ぐ石を、割り込んだ緋色の結界が受け止めた。カノンは最早振り返らず、重力弾を一発、二発と解き放つ。震蛇竜は最早避けることすらしせず、苦悶の声を上げながら重力撃を受けていた。むしろ下手を打てば自重で全身の骨が折れるようなブレスを、よくここまで耐えきったものだ。フェニックスは素直に舌を巻く。

「これで……とどめにゃ……っ!!」

「術式付与ッ! 『鎮まれ、鎮まれ、荒ぶる魂よ。その苦難その苦痛その苦悶、すべて浄めて安楽の地へと送り出そう』ッ!」

 不可視の管を切断し、カノンが特大の重力弾を練り上げる。自分の中にある震蛇竜の生命力、その全てを絞り尽くすほどの勢いで。極大の重力弾に、更にトゥルーヤが術式を付与する。青紫色の光が重力弾を覆い、不思議と優しく煌めいた。

「いっ、けぇええええ!!」

 雄叫びと共に放たれる重力弾。それは震蛇竜の口内に吸い込まれるように放たれ、既にズタボロの内部組織にトドメを刺す。震蛇竜の断末魔が低く重く、洞窟を揺らすほどに響き渡った。

 ──と同時に、青紫色の光が鈍色の巨体を包む。どこか優しい光に包まれ、震蛇竜の叫びが徐々に弱くなっていく。そして、ドサリと音を立てて巨体が地に伏した。目を瞑って倒れる震蛇竜は、

『……やり、ましたね……』

 ガルテアが呟き、その巨体をゆっくりと人間態へと戻してゆく。軽い音を立てて地上に着地したカノンの横で、トゥルーヤが首元を掻きながら口を開いた。

「……しょーじき最後まで迷ったよ。その魂、あとで回収もとい契約してこれからの戦力にしようかなって。けど正気失ってるのに死んだ後にまで働かせるのも不憫だし? さすがの僕も人の心の残りカスくらいは残ってるし? 成仏させてあげるのが人としての道かなー……なんてね」

 誰も聞いていないのに話し出すトゥルーヤに、カノンとガルテアは小さく肩を竦めて微笑んだ。傍若無人な振る舞いが多い彼も、本当はそこまで悪人ではないのかもしれない。社長やその他一部社員が同じ立場なら、躊躇なくここであの竜を傀儡にしていただろう──と、カノンは困ったように微笑む。

 後方でアルミリアが荒く息を吐き、杖を下ろした。くら、と足をもつれさせる彼女をすかさずフェニックスが支える。

「……よく頑張ったよ。お前は」

「はぁ……っ、まだ……」

「もう休め。……お前のおかげで助かったよ、リーダー」

 上手く歩けない様子のアルミリアを抱え、フェニックスは前衛組の方へ歩み寄る。ブッコロリンも倒れた震蛇竜の上から飛び降り、彼らのもとに戻ってきた。一同を見回し、フェニックスは微笑んで口を開いた。

「そんなわけで皆、ひとまずお疲れさま。この激戦の直後で悪いが……この竜の鱗をどうにか回収しないと、だなな」

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