VS震蛇竜ヤヌス 2
震蛇竜ヤヌスの能力のひとつ、重力のブレス。
地竜が吐く、重力を歪めるエネルギー弾という形式のブレスだ。直撃すると対象には強い重力がかかり、最悪自重で全身の骨が折れてしまう。いくら耐久力に秀でたガルテアと言えど、このブレスを真正面から受け止めるのは流石に避けたかった。
──そして今、それと全く同じものがカノンから放たれた。そうして重力撃は相殺され、
「それは……!?」
『貴様……矮小ナ人間ノ身デ、ナゼ、ブレスヲ……!』
「何故って聞くなら、常務にゃんじゃなくてあの子に聞くにゃ。だってこれは常務にゃんの力じゃないから、にゃんっ!」
そう語り、カノンは不敵に笑う。その姿が一瞬ぶれ、違う少女の姿を象った。腰まで届く長い青髪とレインコートの裾が空気の流れにそよぎ、光のない青い瞳が震蛇竜を見上げる。先程の「八坂カノン」とは文字通り別人の少女に、その場の全員の視線が集中する。
「あの子、って……?」
「わたし、ですよ」
誰も気づかない。少女の指先から不可視の管が伸びていることに。その先端が震蛇竜の首筋に繋がっていることに。透明な管は震蛇竜の体力を少しずつ、少しずつ奪い、彼女の手の中で形成される重力弾の糧と成してゆく。
「これは八坂カノンの部下、『
二発目の重力弾が放たれる。それは震蛇竜の顔を狙って放たれ、既にトゥルーヤに散々射抜かれ眼房水を流す瞳に命中した。鈍色の巨体が大きく仰け反り、頭上のブッコロリンが咄嗟に震蛇竜の角を掴んだ。
『グオォオオオッ!!』
「うわぁっ!? ……とと、あぶない」
「にゃっ、ごめんにゃ! 落ちなくてよかったにゃん」
再びその姿をぶれさせ、青髪の少女は元のカノンの姿に戻った。ブッコロリンは「大丈夫だ」と言わんばかりに頷き、声を張り上げる。
「解析しマシタ! ほんのわずかな割合……数字にして毎秒1パーセントもないくらいデスが、確実にこの竜が衰弱していマス!」
「解析ありがとにゃ! それならこの調子で生命力を吸い上げて、それを重力弾に転換して撃ちまくれば勝てそうにゃん?」
「ハイ! どうやら震蛇竜のブレスは吐くだけでも負担が大きいみたいデスので、連発することはまずないと考えられマス。なので少なくともブレスを撃てる数はこちらに分があると考えマス!」
「分があるっていうかなんていうか……これはこれで大変なんにゃけど、にゃっ!!」
もう一度、今度は口を狙って重力弾をぶっ放す。『命綱』はあまりに多くの生命力を吸い上げると、今度は過剰摂取により能力者が倒れてしまう。今回のように人外の生命力を吸収する場合、卒倒を通り越して破裂しかねない。このあたりも以前の異世界遠征後、報告を受けていた。……もっともカノンの世界には人外なんて、
「いやこれっ、実際に試すとだいぶキツイにゃっ! ほんとにこんな、破裂しそうなほど流れてくるとか、思わないにゃんよぉっ!」
故に予想すらしていなかった。人間相手に使った時とは比べ物にならないほど流入する生命力。これを体の中に収めておくだけでも相当の負担がかかるだなんて、思いもしなかった。荒い息を吐いた瞬間、内側から膨張するような苦痛が不意に弱まった。自分の周囲をくるくると旋回する羽根を見て、フェニックスの強化術だと察する。彼に小さく頭を下げ、カノンは改めて震蛇竜と向かい合った。
戦局は変容する。震蛇竜の攻撃は変わらずガルテアが受け止め、トゥルーヤも変わらず攻撃を続ける。更にカノンの重力弾攻撃と、しれっと竜特攻を獲得したブッコロリンの打撃が加わり、戦況は傭兵団に有利に傾きつつあった。
しかし、震蛇竜もそんな変局を易々と受け入れるほどお優しくはない。
『矮小ナ人間ガァ……皆、焼キ尽クシテクレル……!!』
「っ!?」
「下がってください! 下、です……!」
ガルテアが震える声で警告を発する。地割れの音が洞窟に鈍く響く。そして、そのさらに下の地面から吹き上がる、粘性を伴った熱気。
「マグマだと……!?」
「皆さん、私の背に──」
「にゃっ! アディショナルゲノム──
咄嗟にガルテアの鱗を引っ掴み、手首のデバイスを操作する。刹那、一瞬で全員がガルテアの背に転移した。三枝雛乃の
「ふー……なんとかなってよかったにゃ……」
額に浮かぶ嫌な汗を拭い、カノンは深く息を吐く。横でフェニックスが羽根を数枚むしり、ガルテアに被害が及ばないよう下方に結界を張った。その下でマグマが蠢き、結界を焼き焦がす音がする。トゥルーヤがガルテアの頭によじ登り、矢を番えながらもぼやいた。
「あーもう、そんな気はしてたけどさ! 岩盤崩落できるんならマグマくらい操れる気も若干してたけどさぁ! 本当にやるとは思わないじゃん!」
「いや戦闘で最悪を想定するのは当たり前じゃないか?」
「そうだけどッ!」
半ギレで震蛇竜に矢を放ちまくるトゥルーヤ。キレながらでも矢は全て弱点に命中させている辺りは流石と言うべきか、何と言うべきか。カノンも同様にガルテアの頭に乗って重力弾を撃ちまくる。
「それにしても、マグマに落ちちゃったら本当にひとたまりもないにゃん……!」
「そこなんですよね……! 私だけなら短時間ならマグマの中でも耐えられるっちゃ耐えられますが、皆さんの方に二次被害が行ったらまずいですし……!」
あちこちから焦ったような声が聞こえ、フェニックスは思わず歯を食い縛る。……勝算そのものはある。あるが、このマグマの真上で戦うという状況自体が彼らのメンタルを削っていた。追い詰められればミスは起こるし、それが積み重なれば……と、考えかけて首を横に振る。自分がすべきことは少しでも状況を好転させること。そのためには──
「──
──その冷徹な声に、その場の全員が顔を上げ、あるいは振り返る。
紅薔薇を象った杖が振り下ろされ、鋭い風切り音が洞窟に響いた。と同時に割れた地面がゆっくりと、パズルのピースを嵌めていくように復元されていく。更に煮えたぎるマグマに凍てつくほどの冷気が降り注ぎ、荒ぶる熱気を冷たく鎮めていった。
「アルミリア、いつの間に……!」
「先程鉱夫たちの救助が終わったものでな。……それより現状はどうだ」
「良くはな……かった。お前の一手で助かったよ。ありがとな、戻ってきてくれて」
「……役に立てたなら、良し。とにかく『地星崩壊』には私が対抗する。地を司る竜にどこまで食い下がれるかはわからんが、できるだけのことはしよう」
「わかった、任せる!」
「た、助かりますぅ……!」
ガルテアが振り返らぬまま礼を言う。アルミリアはひとつ頷き、再び杖を構えた。次にいつ震蛇竜が動き出しても対応できるよう、全神経を研ぎ澄ます。
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