VS震蛇竜ヤヌス 1
「うわぁあああっ! 助けてくれ、誰かぁ……!」
「押すな! おい押すなって!」
「くっそ、このままじゃ追いつかれ──って、おい、そっちは!!」
逃げ惑う人波に逆行する人影がみっつ。それに追随する人影が、さらにみっつ。
「おい君たち、危ないぞ!」
「こっちの台詞! こちとら傭兵もといハンターなんですけどっ!」
「ボクたちのことは心配しないで! 逃げてクダサイっ!!」
鉱夫の声に鋭くそう返し、トゥルーヤとブッコロリンが震蛇竜の前に立ち塞がる。更にガルテアがブッコロリンの腕から降り、震蛇竜の瞳をじっと見つめる。同族たる地竜の、最早理性を失い獣同然の光を宿す瞳を。瓶底メガネの奥の瞳がかすかに揺れ、両手が無意識に強く握りしめられる。
そこに追随してきたカノンがインベントリから拡声器を取り出し、叫んだ。
『皆さん、もう大丈夫ですにゃ! MDCが──じゃないにゃ、ハンターが来ましたにゃっ! ここは常務にゃんたちに任せて、落ち着いて逃げてくださいにゃ!』
「逃げる者らよ、私が安全な道を示そう!
アルミリアが杖を振るうと、その場にぶわりと風が広がる。それは一瞬大きく膨れ上がったのち、鉱夫ひとりひとりの背を優しく押すように吹き抜けていく。さらに杖の先端で空中に魔法陣を描くと、そこから紅い花弁が溢れ出し、風に乗って洞窟の出口の方へと流れてゆく。カノンから受け取った拡声器を片手に掴み、彼女は鉱夫たちへと語りかける。
『もう大丈夫だ、あの竜は私たちハンターがどうにかする! これ以上の被害は絶対に出させない! 焦る必要はない、慌てず、落ち着いて避難しろ!』
「は、はい……!」
アルミリアに従い逃げていく鉱夫たち。彼女はその様子を注視しつつ、震蛇竜と向き合う仲間たちへと声を上げる。
「前線は任せた。私は全員の避難が完了し次第合流しよう」
「了解だ。そっちは任せたぞ、団長!」
フェニックスの声に頷き、アルミリアは逃げる鉱夫たちの
一帯から一般人の気配がなくなるのを確かめると、ガルテアはその身を巨大な竜へと変じた。体長だけなら震蛇竜の倍以上ある巨体が起き上がり、首元の八枚の掘削殻を音を立てて広げる。潜泳竜と震蛇竜が、フロンティア全体でも三指に入る地竜のうち二体が睨み合う。
『我ノ……邪魔ヲ、スルノカ……』
『……はい。戦うのは、好きじゃないですけれど……見過ごせないので!』
思うところがないはずがなかった。同族たる地竜。理性を失い、獣同然の存在に成り下がってしまった竜。彼をこのまま放置しておくことは、ガルテアの竜としての矜持が許さなかった。許せなかった。
『あなたをこのまま放っておくなんてできません。理性を失ったままずっと暴れ続けるなんて、そんなの悲しいですから……だから、ここで終わらせます!』
「はぁああああっ!!」
雄叫びとともに、ガルテアの背からブッコロリンが跳躍した。重さ1tを越える巨大なハンマーを振りかぶり、震蛇竜の頭蓋を叩き壊さんと振り下ろす。鋭い風切り音を上げながら振り下ろされるハンマーは、しかし非常に硬い鱗に阻まれる。ブッコロリンが体勢を立て直すより早く、震蛇竜は頭を大きく振って彼女を吹き飛ばす。
「うわぁっ!?」
「っ、
咄嗟にカノンが張った結界がクッションとなり、壁に叩きつけられようとしていたブッコロリンのダメージは軽微で済んだ。体勢を立て直すブッコロリンに追撃しようと踏み出す震蛇竜──その眼球に、太い矢が突き刺さった。
『ぐおうっ!?』
「お、効いてる効いてる」
ガルテアの頭の上でトゥルーヤがしたり顔で笑う。
「おっと。サンキュ、フェニ」
「しばらく攻撃はお前に任せる、トゥルーヤ。ブッコロリンも解析しながら立ち回れ」
「了解デス! やっぱり竜特攻がないとダメみたいだね……解析モード、ON!」
「ガルテアは震蛇竜の攻撃を引き受けてくれ。俺が支援する」
「わ、わかりました……!」
「八坂、お前は──」
「支援と攻撃どっちもやるにゃ。ちょっと試したいことがあるにゃんから、ちょっと消えても気にしないでほしいにゃん」
「お、おう。そういうことなら止めないが、無茶はするなよ」
若干困惑しつつ、とりあえずブッコロリンとガルテア、カノンにもそれぞれ強化術をかけるフェニックス。それを受け、カノンはすぅ、と小さく息を吸った。刹那、ふっとその姿が掻き消える。アディショナルゲノムに依らない、彼女固有の
(八坂が何を企んでいるかはわからない。が、ここで俺たちの損になるような真似をするとは思えない。信じるしかない!)
決意を固め、フェニックスは追加で羽根を二枚ほど毟る。リソースにはまだ余裕はあるし、羽根を使い果たしても五分もすれば勝手に生えてくる。ただ、そこまでの持久戦にするつもりは毛頭ない。真っ先に強化すべきなのは──
『邪魔、ヲ……スルナァ……!』
『ぐっ、なんてパワー……っ! でも……負けません……!』
最前線で震蛇竜の攻撃を凌いでいるガルテアだ。震蛇竜のパワーは同じ竜であるガルテアですら止めることが難しいほどで、力比べだけなら早くも震蛇竜が優勢になりつつある。しかしまだ竜二体は互角を保てている。単純にガルテアの耐久力が高いのもあるが、当然それだけではない。
『オォォ……矮小ナ人間ガ、チョコマカト……!』
「デカブツ相手に死角取らない
「いえ、まだ大丈夫デス! 解析が終わってから適切な支援を受けた方が効率的、デスので!」
トゥルーヤが死角から次々と矢を放つ。太い矢は震蛇竜の口内や眼球といった、鱗に覆われていない部分ばかりに突き刺さっていた──震蛇竜の硬い鱗は飛び道具での攻撃など容易く弾いてしまうだろうから、鱗に覆われていない部位を狙う他ない。そんな判断に降霊術による膂力の強化が合わさってか、ほんの少しずつではあるが一射一射が着実にダメージを与えている。
一方ブッコロリンは鎧の上から愚直に打撃を重ねている。まだ竜特攻を持たぬ彼女がそんなことをするのにも、れっきとした理由があった。彼女は戦闘という行為そのものを介して特効能力を獲得する。故にこうして馬鹿の一つ覚えのように鎧を叩き、胴の動きに吹っ飛ばされ、あるいは長い尾に絡め取られて地に叩きつけられ、その度にフェニックスの結界に守られていても、誰も止めない。
『グオオ、小賢シイ……我ガ、ネムリノ、邪魔ヲスルナァア!!』
絶叫と同時に地が轟く。地面が崩れていくのを察知し、咄嗟に翼に手を伸ばすフェニックス。しかしそれより早く、淡い緑色に輝く結界が一同の足場と化した。
「……八坂」
『リソースは残しとくに越したことはない、にゃんよねっ』
すぐ傍からカノンの声がする。フェニックスは無言のまま頷き、ガルテアに更なる強化術を施す。彼女の周囲を舞う緋色の翼はこれで三枚。ガルテアと震蛇竜のパワーバランスが好転しつつあるのを見て、一旦ここで打ち止めとする。その判断とブッコロリンの声はほぼ同時だった。
「解析完了デス! 震蛇竜の鱗は物理攻撃だけじゃなく、熱も電撃も水属性も一切通さないみたいデス。軽く試算したら太陽に放り込んでも傷ひとつつかないという結果まで出マシタ」
「マジか……硬い硬いとは思っていたが……」
「でも、身体の内部はそこまで硬くないみたいデス」
「だとしても、どうやって攻撃すればいいのさそれっ?」
などと言いつつ、ガルテアの頭に乗って震蛇竜の口内に矢を射まくるトゥルーヤ。と、ガルテアがその巨体を震わせた。──震蛇竜が深く深く息を吸い込む気配。全身の嫌な震えを押さえながらもトゥルーヤを地面に降ろし、再び掘削殻を広げる。
『鬱陶シイ……潰エヨ、矮小ナル生命……!!』
『ブレスが来ます! 受け止めるので支援をお願いしま……』
「──それなら常務にゃんに任せるにゃんっ!!」
カノンの声がすぐ近くから聞こえて、ガルテアは思わず目を見開いた。ガルテアはもとよりあまり目がよくない。だが、どう見ても先程までカノンの姿はどこにもなかったのに。それよりこの位置ではカノンにブレスが直撃してしまう。慌てて止めようとした瞬間、ガルテアの肌を凄まじいプレッシャーが焼いた。震蛇竜の喉奥で生成される重力弾と同様の性質のエネルギー弾が、身長150cmにも満たないであろう少女の指先から形成されている。震蛇竜のプレッシャーとは別の感覚がガルテアの鱗の内側を撫ぜる。こんな小さな、魔力のようなものさえ感じられない少女のどこから、こんな力が。
『オオォオォオオオ!!』
「にゃぁああああっ!!」
二つのエネルギー弾がぶつかり合い、その場を凄まじい爆風で覆った。
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