世知辛さと急報と

「ねーアルミリア。あれって本音?」

「……何の話だ?」

 折角街に出たからと、一同は適当な食堂で休息がてら昼食を摂っていた。毎日肉体労働に精を出す鉱夫や体を張ってナンボのハンターがターゲットらしく、この店のメニューはどれも値段の割に量が多い。セントラルからアビスへの強行軍に先程の戦闘が重なった一同の空腹を満たすには、随分と丁度いい店であった。そのキノコ洞窟での戦いの直後にも関わらず黙々とキノコパスタを食べているアルミリアに、若干呆れつつもトゥルーヤは問いかけを続ける。

「さっき筍くんに言ってた、犯した罪は云々って話。あれ何割くらい本音なの?」

「……七割だな」

「残りの三割は?」

「賞金が欲しいからとっとと捕まれ」

「ですよねー。はー、アルミリアが情を見せるなんて珍しいと思ったんだよ」

 何故か安心したような顔で卵サンドを食べ始めるトゥルーヤ。アルミリアは何か言いたげな視線を彼に送っていたが、すぐに目を逸らしてフォークを動かし始める。思うところでもあるのか、カノンがオムライスを掬いながら口を開く。

「なんていうか……世知辛いにゃんねー」

「だが実際金が要るのは事実だろ。セントラルから支給された支度金とブッコロリンが稼いだ金もあるが、今後装備を整えたりなんだりする必要もあるし、金はいくらあっても足りんだろ。稼げるうちに稼いどいた方が後々楽だ」

「それはそうにゃんけど……」

「な、なんというか……とってもドライですね……」

「傭兵だからな」

 淡々とカレーを口に運びながら補足するフェニックス。というのも彼らの世界において、傭兵たちの給料は日払い制だった。そしてその給料はたいていの場合、彼らが挙げた戦果に応じて決定される。端的に言えば働けば働くほど儲かるし、サボればサボるほど貧しくなっていく。傭兵はその給料だけで生活費や装備代などを賄う必要があり、おまけに戦時中なので物価もとんでもなく高い。そんなわけで傭兵たちは、どうしても報酬面には敏感にならざるを得なかったのだ。奇しくもその傭兵業の賃金方式が、フロンティアにおけるハンター業と噛み合ったわけで。

(皆、適応速すぎるにゃん……)


「それはそれとして。我々本来のターゲット、震蛇竜ヤヌスだが……」

 セットのスープを飲み干し、アルミリアが切り出す。この切り替えの早さも傭兵故だろうか、とカノンはふんわりと考えて、自分もすぐに頭を切り替えた。

「先程は下から攻めた結果、崩落に巻き込まれた」

「震蛇竜は大地を操る力を持っているとは聞いていたが、想像以上だな……」

 スプーンの持ち手側の先端をこめかみに当ててぐりぐりするフェニックス。他のメンバーも完全に作戦会議モードに切り替わっている。それゆえか誰も気づかない。ガルテアが不意に視線を上げ、何かを察知しようと虚空を注視していることに。

「地割れや崩落によるダメージだけでなく、それを利用して逃げられる可能性もあるよな」

「ボクの能力でこともできるけど……」

「あれは維持するのにも相当エネルギー消費するだろ。足場の確保だけなら結界でも代用できるし、を使ってもらうのは最終手段だな」

「にゃんっ。そういうことなら足場の確保は任せてほしいにゃん!」

「ああ。まぁ俺も結界術は心得てるし、場合によっては八坂にも攻撃に回ってもらうかもしれない。その時は頼む」

「はいにゃん!」

 笑顔で敬礼するカノン。天賦ギフト『結界』──MDC専務、氷月新の能力。空中戦に適応できる人材が少ないMDCでは、空を飛ぶ敵相手には足場として使われることも多い。剣にも乗り物にもできるし、つくづく便利な天賦だ。

「ああ。あとは手はず通りに──」

「み、皆さんっ!」

 ガルテアが声を上げ、一同はようやく異変に気が付いた。いや……普通の人間では気付きようもなかった、と言った方が正しいか。竜種の中でも特に秀でた聴覚と振動探知能力で、遠方の悲鳴や逃げ惑う足音を拾えたからこそ察知できた危機。

「鉱夫さんたちがっ、こっちに向かってたくさん逃げてきてます……!」

「なっ……!」

「ガルテアさん……まさか、それって」

「はい……どうやら浅い階層に、震蛇竜が現れたみたいです……!」


 ◇◇◇


「うわぁあああっ!!」

「震蛇竜だ! 震蛇竜が出たぞーっ!!」

「ひぃいっ! 助けてくれ、助けてくれぇ……!!」


 ──洞窟は正に、阿鼻叫喚と言うべき様相を呈していた。

 比較的浅い階層の、鉱夫が集まる鉄鋼洞なのも悪かった。既に何人もの鉱夫が崩落に巻き込まれ、もしくは潰された。逃げ惑う鉱夫たちが押し合うようにして、次々と洞窟の出口へと押し寄せてゆく。

 そしてそれらを、まるで蟻か何かのように潰していく巨大な影。体長50mに至る巨体が洞窟を這い、逃げ遅れた鉱夫たちをまるで蟻の如く潰していく。容赦はない。否、それ以前の問題だ。きっと矮小な人間に、鈍色の竜は気づきすらしていない。


 ◇◇◇


「ふぅん? 向こうから来てくれるなんて、ずいぶん親切じゃん。ならこっちからもお出迎えしに行くしかないじゃん、ねっ!」

「ちょっ!?」

 トゥルーヤが愉快そうに口角を吊り上げた。止める間もなくテーブルを飛び越え、店の窓から外へ飛び出していく。

「あいつ……! あぁクソ、興が乗ったらすぐ飛び出していくのいい加減やめろって言ってるだろうが!」

「とにかく追おう! ガルテアさんおいで!」

「はわっ!?」

 言うが早いか、ブッコロリンがガルテアを横抱きに攫った。突然のお姫様抱っこに目を白黒させるガルテアに構わず、ブッコロリンは洞窟の方へ鋭い視線を向ける。

「前線はボクとトゥルーヤさんで保たせマス。ガルテアさん、協力お願いできマスか?」

「はっ、はい!」

「ボクはレーダーで対象を捜索しながらトゥルーヤさんも回収しマス。皆はボクについてきて!」

「わかった。そういうことなら俺たちはいつも通り後衛での支援だな。八坂もそれでいいか?」

「もちろんにゃっ! あぁっ、鉱夫さんたちの避難誘導もしなきゃにゃんね」

「それなら私が。おそらく此度の戦いで最も役に立たないのは私、だろうからな」

「決まりだな。とりあえず前衛組を追うぞ! ……あぁこれお代です、釣りは貰ってる暇ないのでとっといて下さい!」

 ブッコロリンを先頭に、慌ただしく食堂をあとにしていく傭兵団。最後にフェニックスがカウンターに十分な額の紙幣を叩きつけるようにして置いていった。

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