VS『筍戦士』サトー
「念のため確認しておく。此度の戦闘の目的は彼奴の『拘束』か? 『抹殺』か?」
「常務にゃん的には拘束であってほしいにゃ。殺すのは……流石にちょっと忍びないにゃ」
「わかった。皆、異論は?」
問いかける声には誰も答えない。即ち、異論はない。それを認めると、アルミリアは小さく息を吸い、杖を構えた。
「ならば始めるぞ。
詠唱が短く低く響く。アルミリアの杖の先端から突風が吹きすさび、胞子で埋め尽くされた視界を一瞬でクリアにした。先程までぼんやりしていた人影もくっきりと視認できる──全身が毒々しい色のキノコで埋め尽くされ、たけのこ形の武器らしきナニカも大量のキノコで気持ち悪い形状になってしまっている筍青年だ。
「……きしょい通り越して最早哀れみすら感じる」
「失礼だろおい。それより八坂、まずは拘束からだ! 支援する」
「はいにゃんっ! アディショナルゲノム──
フェニックスが片腕を大きな翼に変化させる気配を感じつつ、筍青年に向かって片手を伸ばすカノン。筍青年がフェニックスの方を見て怯んだ隙に、何処からともなく現れた鎖が彼の四肢に絡みつき、大の字に拘束してしまう。
「キノっ!?」
「よし……第一段階は完了にゃっ! あとはキノコをどう処理するか、にゃんね」
「とりあえずアイツに生えてるキノコ除去しなきゃだよね。ここは僕が行く」
「了解にゃ! あっ、これどうぞにゃ」
「さんきゅ」
カノンが追加で出したガスマスクを受け取り、トゥルーヤは駆け出しながら脇差を抜き放つ。アルミリアの風魔法による後押しを受け、接近する勢いのまま一閃。筍青年の全身を埋め尽くすキノコの、特に大きな塊をまずは斬り落とす。その勢いを殺さぬまま二つ、三つと斬撃を重ねて、瞬く間に大きな塊はあらかた地に落ちた。
「ふぅ。これで下ごしらえは完了、っと」
小さく音を立てて納刀し、念のため筍青年に強制的にガスマスクを装着する。ほんの気紛れで筍青年の眼を見上げてみれば、そこには抵抗の意思どころか──
「たけ……の、こ……ッ!」
「……ふーん。なるほどね」
憎悪、悲哀、狂気。キノコの残骸を見つめる視線には溢れんばかりの憎悪が宿っていた。愉快そうに口元を釣り上げ、トゥルーヤは両手に苦無を構えた。
「昨日、カノンとガルテアが日本のこと色々喋っててさ。『きのこたけのこ戦争』のことも聞いたんだよね。その筍顔とキノコへの憎悪を合わせて考えれば、まぁそういうことだよね?」
「……のこ……ッ」
「ま。なんにせよ、恨みと聞けば晴らすのが道理な訳で。ってことで──多少切り傷ついても許してね」
穏やかに微笑み、トゥルーヤは筍青年のキノコの残骸を苦無で斬り払っていく。その様をブッコロリンはじっと見つめていた。
「除去率計算……78.6%……82.3%……」
筍青年の身体から生えるキノコの除去率を解析し、声に出して伝達する。横でカノンが片手を伸ばし、デバイスに指を這わせた。入力する数字は──0、9、2、9。
「除去率100%! 今だよ、カノンさん!」
「にゃんっ!」
仕事を終え、一歩下がるトゥルーヤと入れ替わりにカノンは筍青年に飛びついた。その胸元に両手を当て、囁く。
「アディショナルゲノム──
カノンの手を中心に、筍青年の全身に治癒の力が巡り、悪しきキノコの悪影響を根絶やしにしてゆく。それと呼応するように、筍青年の表情もどこか穏やかになっていった。
「……たけ……のこ……っ」
最後にそう呟き、筍青年は眠るように意識を落とした。カノンとトゥルーヤは顔を見合わせ、軽くハイタッチを交わす。ぱちんっと指を鳴らしてカノンが「縛鎖」を解除すると、滑り込んできたブッコロリンが彼の巨体を受け止めた。
「……よしっ、じゃあこの人を安全な場所に運ぼう! 話はそれから、デスねっ」
◇◇◇
──次に彼が目覚めたのは、見知らぬ洞窟の中だった。
「……はっ、ここはっ!?」
「洞窟……だな。まぁ。それより目が覚めたのか、よかった」
どうやらこのエルフらしき青年が介抱してくれていたらしい。周囲には猫耳カチューシャをつけた少女をはじめ、複数のハンターの姿がある。彼らが助けてくれたのか──そう悟った筍青年は飛び起き、その場に正座した。
「……助けていただいてありがとうございます! ええと、俺はサトーと申します。憎きキノコどもを滅ぼしにあの洞窟に向かったのですが、あんなことになってしまい……助けていただき、本当にありがとうございます」
「いえいえ、当然のことをしたまでデス! サトーさんが無事で何よりデスっ」
筍青年改めサトーに、ブッコロリンは満面のアイドルスマイルでそう返した。エルフ青年と猫耳少女も「その通りだ」と言わんばかりに頷いている。
「それで、サトーさんのことにゃんけど……んっと、落ち着いて聞いて欲しいにゃ」
「はい」
「サトーさんはキノコに取りつかれて、キノコを追い払おうと暴れてたと思うにゃん。……それが逆に、胞子をばらまいて周りの人を見境なくキノコにしていたにゃ」
「な、なっ……!?」
目を見開き、サトーは雷に打たれたように身をすくませた。無理もないにゃ、とカノンは目を伏せる。キノコを憎む彼は、自分の行動がキノコの被害者を増やしていたことが許せないのだろう。茫然自失を通り越して、今にも灰になりそうだ。
「俺は……なんてことを……」
「だ、大丈夫か……?」
「お願いします……どうか俺を殺してください……」
「えぇ!? え、えっと……」
「殺しはしないが、しかるべき場所に突き出し、適切な裁きを受けさせはしよう」
沈黙を貫いていたアルミリアが口を開いた。サトーは思わず顔を上げ、涙の浮かぶ瞳で彼女を見上げる。
「犯した罪は裁きを受けるべきだ。貴殿がそれを自覚しているのなら、尚更に。……貴殿とて、償わずに死ぬのと償って死ぬのなら、後者の方がマシであろう?」
そう語り、アルミリアは選択を迫るようにサトーに視線を向ける。サトーはしばし彼女を見つめたのち、強く頷いた。
「はいっ。……俺、どうやら憎悪のあまり周りが見えなくなってたみたいです。里のみんなの反対も振り切ってこっちに来て、キノコに敗北して、あまつさえ奴らの被害者を……。償わないまま、毒キノコの魔の手にかかった両親のもとには行けません」
「……あぁ、うん。事情は大体わかったが……」
頭を抱えるフェニックス。なんというか致命的に何かを訂正した方がいい気もするが、訂正すると余計にややこしくなりそうで憚られた。横で「これがきのこたけのこ戦争……」と呟いているガルテアへの訂正も後回しにした方がいいだろう。
「……とりあえずお縄につくってことでいいんだな?」
「はい!」
「それじゃあアビスの街まで行こうにゃんっ!」
「わ、私の出番ですねっ! 街の位置なら知ってますので、今回もご案内しますっ!」
こうしてサトーは無事に警察に届けられ、罪をきっちり償う運びとなった。
傭兵団と別れる直後、彼はひどく晴れやかな笑顔を浮かべていて。それを無表情ながら満足げに見つめるアルミリアと、ほんの少しだけ複雑な笑顔で見送るカノンがいた。
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