ライブステージの外側で

「キミのハートをブッコロリン☆ 魔導アイドル・ブッコロリン参上デス!」

 ──午後一時。ブッコロリンのライブ午後の部は、そこそこの人入りで幕を開けた。午前の部を見た客が彼女の存在を拡散したからか、今日初めてライブをしたにしては集まりがいい……といったところだろうか。ブッコロリンはそんな観客たちを見回し、笑顔で語りかける。

「みんな、今日は来てくれてありがとうございマス! こんなにたくさんの方々に来ていただいてすっごく嬉しいデスっ。今日は皆に楽しんでいただけるように精一杯頑張りマスので、最後までお付き合いいただけると嬉しいデスっ」

 そんなブッコロリンのステージを、ガルテアは一番前の特等席で見つめていた。店でレンタルしているサイリウムを両手に握りしめ、ステージ上の少女を食い入るように見つめる。……心臓が飛び出そうなほど興奮していた。ガルテアが初めて触れる、本物の日本のコンテンツ。子供のように目を輝かせ、ガルテアは曲が始まるのをじっと待つ。

「それでは聴いてクダサイっ。最初の曲は──」



「……あっ! あのお姉さん、やっぱりここにいた」

 カノンたちが後方仲間面していたところ、不意にそんな声が耳を打った。入口の方に視線を向けると、極東風の顔立ちに勇者のコスプレじみた青い服の青年が店を覗いていた。続き、魔法使いのローブに身を包んだ金髪の青年が息を切らしながら現れる。さらに迷彩色の軍服風ジャケットを纏いライフルケースを背負った眼鏡の少年と、唯一西洋風の金髪碧眼でドレスアーマーを纏った少女が続く。

「はぁ、やーっと追いついたよ……おねーさん足速すぎだって! 追いつくの大変だったよ……馬バテたじゃねーか……」

「にゃ~、それは大変だったにゃあ……おつかれにゃん。お水飲むにゃん?」

「さんきゅー助かる……」

「あの方、どうやら最前列でライブ見ているようですね。無事に辿り着けたようで、まぁ一安心……ですかね」

「そうですね~。ガルテアさんもライブを楽しんでいるようで何よりです~」

「何よりにゃんね~。ところで君たちはガルテアさんの知り合いにゃ?」

「知り合いってか、突然目の前に現れたお姉さんにブッコロリンちゃんのこと質問攻めされただけの間柄っていうか……って誰ェ!?」

 しれっと会話に交じっていたカノンにようやく気付き、勇者コスプレの青年が飛び退った。金髪の魔法使いもグラスとカノンを必死に見比べている。比較的冷静な残りの二人も戸惑っているようで、呆然とカノンを凝視していた。

「あっ、びっくりさせちゃったかにゃ……ごめんにゃ。癖でつい……」

「いやどんな癖だよ……」

 小声で突っ込むフェニックス。カノンは軽く自己紹介を済ませると、質問を続ける。


「んっと。ガルテアさんにブッコロリンちゃんのこと教えたのって君たちなんにゃよね?」

「まぁ、そうですね。……もしかして何か不都合などありましたか……?」

「いや、不都合なんてとんでもないにゃんよ! むしろ仲良くなれて嬉しいにゃんっ。常務にゃんたちはこっちの世界に来てすぐで不安だったにゃんから、知ってる人が増えるってだけでもとっても安心するのにゃ!」

「あー、なんか気持ちわかるかも。ボッチって辛ぇよな……うん……特に全然知らない場所でのボッチは辛すぎる……」

「特に私は一人でこちらに来ましたので、最初のころは不安でいっぱいでした~。今となってはすっかり慣れちゃったんですけど、今度は明日生き残れるかとか、そういう別方面の不安が出てきちゃって~……」

「ふにぃ、それは大変にゃんね……。でも慣れちゃったってことは、皆は結構長い間この世界にいるにゃん?」

「まぁな! ってか最近来たばっかならこの世界のこと教えてやるよ。俺、情報通だからサッ!」

「ふにゃ、ありがとうにゃ! すっごい助かるにゃ~!」

「また先輩はそうやって……。まぁ、俺達にも不都合ないですし、知ってることなら何でも話しますよ」


「……コミュ力やば……」

 冷めた顔で呟くトゥルーヤ。この短時間で知らない集団にあっさり溶け込み、しれっと情報を聞き出すことに成功しているカノンのコミュニケーション能力にドン引きしていた。なんにでもとりあえずドン引きしておくトゥルーヤも、今回ばかりは全力でドン引きしていた。

「あぁ、情報共有なら俺も聞いていいか?」

「ん、もちろんにゃ! あ、この人は──」

「相変わらずだなぁ、フェニも」

 ついでにしれっと輪に混ざるフェニックスに呆れた視線を送る。確かに情報収集において現地の生の声は大事だけれども。自分の役割を理解してそつなく立ち回る辺り、隙がなさ過ぎて腹が立つ。ブッコロリンのステージを邪魔しない程度に舌打ちをして、ステージに視線を戻す。


 ◇◇◇


 ブッコロリンの頑張りと怒涛のアンコールの末、午後の部は日没に至るまで続いた。満足げにステージから降りるブッコロリンにガルテアが駆け寄っていく。

「あ、ありがとうございますブッコロリンさん……!! ニッポンの音楽ってすごくいいものですね……!!」

「えへへ、楽しんでもらえてボクも嬉しいデス!」

「はい、とっても楽しかったです! ニッポンの音楽といえば演歌エンカだけだと思っていたのですが、想像以上にバリエーションが多くて……! ニッポンの文化の髄をこれでもかと体感できて、感動で吹き飛びそうでした……!! ネメシスちゃんにも教えてあげたいです!」

「そ、そんなに感激してくれたらボクも照れちゃうよ……!」

「いやいや、そのくらい君のパフォーマンスは凄かったよ! おかげでチップもたんまり……こほん、お客様からの評判も上々だったからね! ってわけでチップの計算終わったよ、本日の主役!」

「あっ、ありがとうございマス!」

 マスターから紙幣入りの封筒を受け取り、ブッコロリンは仲間たちの方に目配せした。ハンター四人組はステージが終わると同時に帰ったらしく、残っているのはカノンたち四人だった。

「お給料もらったけど、この後どうしようか? 晩ごはんはここのまかない貰えるみたいだけど、問題は泊まるところ、だよね。カノンさん」

「そうだったにゃ……今から宿行っても空いてるかにゃあ……」

「そ、それでしたら!!」

 声を張り上げるガルテアに全員の視線が集中した。ガルテアは緊張に上ずった声で提案する。


「えっと、泊まるところがないなら、私のところに来ませんか……!? その、せめてものお礼がしたくて……!」

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