その竜、ニッポン愛好家につき

「旅の御方から伺いましたっ! この店に『ニッポン』の歌を歌ってくださる方がいらっしゃると! 私、『ニッポン』が大好きなんです! ですので是非、私にも……!」

「え、えっと……?」


 瓶底メガネの女性の凄まじい剣幕に、笑顔を崩さないながらも困惑するブッコロリン。確かに午前のステージで、彼女は日本の曲を中心に歌っていた。この世界も転生者が多くいること、元の世界の転生者の半分近くが日本人だったことから、ここでも特に母数が多いであろう日本の歌を中心に歌っていた。その判断が功を奏し多くの観客が集まったし、集まったチップを眺める店主の顔もホクホクしていた……が、こんなに早く評判が広まるというのは流石のブッコロリンでも想定外である。どう返そうか考えているうちに、先にカノンが口を開いた。

「おねえさん、日本が大好きなんにゃね」

「はい!! この世界の『ニッポン』出身の方々のお話を聞いて、『ニッポン』が大好きになったんです! 確か『オタク』という『サムライ』が何人もいるのだとか!」

「……うにゃ?」

 早くも雲行きが怪しくなってきた。一瞬変な静寂がライブ・バーを包む。さっきまで警戒していたトゥルーヤも思わず構えを解くくらいには、全員すっかり脱力していた。一同の様子に気づいているのかいないのか、瓶底メガネの女性は頬を紅潮させながら語り続ける。

「首都横浜の象徴である高さ634mの天守閣、一度訪れてみたいものです! 古式ゆかしい作り方でありながら、あそこまでの高さを出せるとは! それに歌舞伎なるステージも一度見てみたいです! ……あれ、そういえば歌舞伎って今はジャニーズに改名されたって聞いたような……?」

「ちょ、ちょっとまつにゃ!?」

「はっ、そうでしたすみません申し遅れました!」

 カノンの制止に、瓶底メガネの女性はハッと居住まいを正した。周囲を見回し、一歩下がり、両手で合掌のポーズをして。


「ドーモ、初めまして。ガルテアです」

 そして、お辞儀をした。


「あ、ああ……?」

「ニッポンっていうかネオサイタマにゃ……」

「まずい、早急に対策が必要なレベルだぞこれは」

「……ドーモ、ガルテア=サン。ブッコロリンです」

「あのねブッコロリン、別に相手の作法に合わせなくてもいいんだよ?」

 視線を交わすまでもなく、この女性──ガルテアの勘違いニッポンっぷりは共通認識と化した。困ったように猫耳を垂れさせつつカノンが口を開く。

「えっと、ガルテアさん、その挨拶どこで知ったにゃ?」

「地上のニッポン人さんがこうアイサツしてるのを聞いて覚えました! 曰く『古事記にもそう書かれている』と!」

「えっとえっと、古事記ってそういう書物じゃないにゃ! それにこのアイサツはネタっていうか冗談っていうか……やる人はやるにゃんけど、普通の日本人はあんまりしないにゃ」

「……、!?」

 途端に雷に打たれたように身をすくませるガルテア。……どうやら本当に信じていたらしい。カノンが慌ててフォローする前に、トゥルーヤが電光石火の速度で追い打ちをかけた。

「それに高さ634mの天守閣も日本の技術じゃ作れな痛っ!?」

「……トゥルーヤ、貴様人の心がないのか?」

「だからってぶつことなくない!?」

 言い終わる前にチョップで強制終了するアルミリア。一方のガルテアは呆然とした表情で数秒震えたかと思えば、よろよろと数歩下がり、その辺の椅子に座り込んだ。

「あわわ……だ、大丈夫にゃ?」

「わ……私が想像していた『ニッポン』って……」

「にゃ、大丈夫にゃんよ! そんなに落ち込むことないにゃっ」

「え……?」

 カノンの声に恐る恐る顔を上げるガルテア。カノンは彼女の顔を覗き込み、満面の笑みで語りかける。


「折角だし、常務にゃんたちが日本のこと教えてあげるにゃ!」

「……へ!?」

「常務にゃんは日本からこの世界に来たにゃんし、あっちの子たちも日本人と交流があるっぽいにゃ。だからいっぱい日本の話聞かせてあげたいにゃ! 知らないことはこれから知っていけばいいにゃ。日本のことで聞きたいことはなんでも聞いてほしいにゃんっ!」

「い……いいんですか!? 本当に!? あぁ、ありがとうございます~っ!!」

 感激のあまり涙を流し始めるガルテアに、カノンはそっとハンカチを差し出した。続いてブッコロリンもガルテアに歩み寄り、彼女に視線を合わせる。

「ガルテアさんがここに来たのはボクの歌……ううん、ニッポンの歌が聴けるから、デスよね?」

「は、はいぃ……」

「それなら午後のライブ、日本の歌いーっぱい歌いマス! 日本の歌ってすっごくいい曲ばかりなんだよ。だからガルテアさんにも聴いてほしいんデス! ……長いステージになっちゃうと思うけど、最後まで見てくれたら嬉しいデス」

「も、もちろんですっ! ありがとうございます全力で堪能します……!」

 またしても感涙するガルテアと、早速午後のライブのセットリストを調整するブッコロリン。カノンはそんな二人を眺め、花の咲くような笑顔を浮かべた。




 ──そんな和やかな様子を、残り三名は一歩引いた場所で見つめている。フェニックスはガルテアの様子を微笑ましそうに眺めていたが、ふいにトゥルーヤに問いかける。

「……ところでトゥルーヤ。お前、どうしてガルテアさんを警戒していたんだ?」

「あー……魂の雰囲気でわかったんだけどさ」

 嬉しそうなガルテアを一瞥し、トゥルーヤは彼女の耳に入らないよう極限まで声を落とす。

「あの人たぶん竜だ。フェニが持ってきた新聞の写し見る限り、この世界で竜は人類の敵っぽいからさ。警戒するに越したことはないからね」

「……なるほどな」

「でもあの竜に関しては人間と敵対しそうな雰囲気はなかった。仮にも人間の国家であるニッポンに興味津々だし、敵意も害意も一切見て取れない。むしろ礼儀正しいまである。だからまぁ、今すぐ殺すのはむしろ下策かなって」

「お前はそうやって何でもかんでもすぐ殺そうとするんじゃない」

「……だが、竜種の全員が全員人間と敵対しているわけではないのか。早い段階で知っておいてよかった。その方が要らぬいざこざが避けられるし、なによりお前たちも多少は気が楽だろうからな」

 無表情のままそう呟き、アルミリアはミネラルウォーターを口に含んだ。

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