傭兵たちの故郷、そして突然の乱入者

「さて……まずは私たちの世界のことから話そう」


 ミネラルウォーターを一口飲み、まずアルミリアが切り出した。カノンは食べかけだったツナサラダクレープを咀嚼しつつ、彼女の話に耳を傾ける。ついでに猫耳も傾ける。

「異界からの来訪者たちの言葉を借りるなら、私たちの世界はいわゆる『よくあるファンタジー世界』なのだそうだ。東の山河と霊験の国、西の聖教徒の国、北の魔導帝国、南の熱砂と覇王の国、そして中央の商業大国……この五つの大国が、長く戦争を続けている」

「にゃ……」

「この戦争は遡るのも億劫なほど長く続いているが、そこまで続けば兵力が不足する国も当然出てくるものだ。そこでとある国が金で兵を雇い、戦わせることを始めた──これがきっかけで、私たち『傭兵』が世界的に台頭した」

「ふにゃ……ずっと戦争してる世界だったんだにゃ」

「ああ。そういう意味ではこの世界……〝フロンティア〟って呼べばいいのか? とも、戦争の真っただ中って意味では似たところがあるな。こっちの相手は竜だのなんだので、俺達の世界はシンプルに国同士が争ってるっていう差異こそあるが」

 新聞の写しを捲りながらフェニックスが引き継ぐ。横からトゥルーヤが羊皮紙の束をまるごと奪い、目を通し始めた。苦い顔をしつつも、気を取り直して説明に戻るフェニックス。

「で、だ。俺達が雇われてた〝北の魔導帝国〟は特に顕著だったんだが、傭兵って言うなら国も種族も、なんなら異世界から来た奴だろうが関係なく受け入れられる風潮が……」

「異世界!? えっ、異世界から来る子もいっぱいいるのにゃ!?」

「いっぱいって程ではないがな。俺達の世界の神とやらも、女神リア程じゃないが異世界の人間を多く引き込んでは傭兵業に斡旋してるんだ。傭兵全体からすると……割合としてだいたい1割か、多くて2割ってとこか」

「それでも十分多いにゃ!?」

「いやフロンティアに比べりゃ誤差だろ」

「比較対象がおかしいにゃ!!」

「うーん……でもフロンティア、ざっとした感じでも異世界出身の人がすっごく多いみたいデスし、比較対象としては不適切だと思う」

 笑顔のままバッサリ言うブッコロリンに、フェニックスは「まぁ……そうだよな」と頭を掻いた。そんな様子をよそに、カノンはブッコロリンをじっと見つめていた。問うか問わないか少し悩んで、それから口を開く。


「そういえば、ブッコロリンちゃん……『解析』ってどういうことにゃ?」

「それはボクの内蔵機能の……って、もしかしてフェニックスさん、ボクがアンドロイドだって伝えてないの?」

「あぁ、そういえば伝え損ねてたな。……ブッコロリンはとある国で作られた魔導アンドロイドなんだ。内蔵する魔法石と魔力回路で動いてる」

「はにゃ~、なるほどにゃ!」

 すべてが腑に落ちた。長時間ぶっ続けで歌っても汗ひとつ浮かべないことも、食事をとらずとも平気なことも、彼女がアンドロイドだとすると納得がいく。

「ずっと不思議だったにゃけど、そういうことだったのにゃ……」

「ハイ! ボクは〝北の魔導帝国〟で造られた魔導アンドロイドなんデス。博士の趣味で歌や踊りの機能を組み込まれたんだけど、戦時中はその機能を生かして国家公認アイドルとしても頑張ってたんだ。テレビとかにも出てたよ」

「私たちが帝国に雇われていたころ、彼女が激戦区の騎士や傭兵を激励するために最前線に赴くこととなった。その際、彼女の護衛を任されたのが私たちだ」

「ブッコロリンの耐久力なら護衛いらないかもしれないけど、国のお偉いさん直々の頼みだったからねー。報酬も弾んだし」

 羊皮紙に目を落としつつ引き継ぐトゥルーヤ。やっぱりビジネスなんだにゃあ、とカノンも頷く。

「でも国の偉い人直々のお願いってことは、皆は国の中でもすっごい成績上げてたにゃん?」

「まぁ、それなりにはな」

「国の偉い人の目に留まるくらいにはね。おかげで知名度上がって仕事も増えたし、報酬いっぱい貰えて兵糧とかの調達もしやすくなったし、万々歳だったね~」

「はにゃ~、皆すごいにゃん!」

 猫耳をぴこぴこさせつつ賞賛するカノン。一国の上層部の者に認知され、さらに要人の護衛を任されるほどの実力となると相当のものだ。犯罪対策会社MDCも護衛業も承っているが、政府関係者の護衛を任されたことは未だかつてない。……MDCの場合は功績を遥かに上回る黒い噂(七割事実)のせいかもしれないが。


「にしても、本当にいろんな世界があるにゃんねえ」

「ああ。私たちも何度か異世界の者と共闘したが、世界により法則も異なれば使用する力の根源も異なる。興味深いな……八坂殿の世界についても聞こうか」

「にゃ! ……んーと、皆の世界には『地球』もしくは『日本』出身の人っていたにゃ?」

「掃いて捨てるほどいた」

「……トゥルーヤ、流石にその言い方はどうかと思う」

「でも間違ってないじゃん。実際来訪者の半分くらいは日本人だったし。何あの国。転生者とか転移者とか多すぎて人口減ってない? 大丈夫? ほんとに一億人も国民いる?」

 しれっとした顔で毒を吐くトゥルーヤに、カノンは難しい顔で頬を掻く。……以前の異世界案件に参加した社員から、『他の世界にも日本がある』という話は聞いていた。実際にその異世界日本に赴いた社員は「あの平和ボケした日本見りゃ、どんだけ東狂ウチの治安がクソかよくわかるぜ」と証言していたが、それが本当ならカノンの世界の日本のことをそのまま喋るとあらぬ誤解を生む可能性がある。それは流石に、なんかこう、忍びなかった。


「……にー。常務にゃんの出身も日本だったにゃんけど、たぶん他の日本とはだいぶ違う日本なのにゃ」

「だいぶ違う日本……?」

「あくまで常務にゃんたちが観測した範囲にゃんけど、日本……というか地球がある世界はひとつじゃないらしいにゃ。『地球』とか『日本』っていうフォーマットに沿った世界がたくさんあって、常務にゃんの世界もそのひとつなのにゃ」

「成程……私たちも複数世界の『日本人』と共闘したことがあったが、確かに彼らの世界も細部はまちまちで、単一のものだとは考えにくかったな」

「そういうことにゃ。だから常務にゃんがいる日本は他の日本とはだいぶ違うっていう前提で聞いてほしいにゃ。それで常務にゃんたちの日本は──」


「──ご、ごめんくださいっ!!」

「っ!?」


 唐突に知らない声が降ってきた。振り返ると、瓶底メガネにフード姿の女性が息を切らしながら店に突入するところだった。腰を浮かし剣に手をかけるトゥルーヤを、ブッコロリンは片手で制して何か目配せする。突然の乱入者に店の中がざわめく中、瓶底メガネの女性は迷わずブッコロリンに歩み寄り──


「えと、えっと……! 『ニッポン』の歌を歌ってくれる方っていうのは、あなた様ですかっ!?」

「……へ?」


 そう、熱の籠った声で問いかけた。

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