傭兵団〈神託の破壊者〉
「……失礼するぞ」
「どもー。フェニ、紹介したい人って?」
ライブ・バーの玄関から声が降ってきて、カノンはツナサラダクレープを咀嚼しつつ顔を上げた。隣でフェニックスがエッグトースト片手に片手を上げる。チーズとマヨネーズたっぷりのパンと金色に輝く黄身を見ていると、あっちも美味しそうだにゃ、と意識が逸れそうになってしまう。一方、正面で二人に手を振っているブッコロリンは何も食べていない。それどころかお腹が空いた素振りすら見せないのだ。ますます謎である。
それはそれとして、とカノンは新たに入ってきた二人に視線を向けた。
片や、長い白髪をなびかせる小柄な少女。整った顔立ちと陶器のような白い肌が目を惹く。カチューシャの紅薔薇が空気の流れに揺れ、黒いワンピースの上で淡い紫のストールがなびいた。
もう片方は和装束を纏い、腰に二本の刀を携えた少年。癖の強い黒髪の下で、同じく黒い瞳がこちらを見つめている。不自然に白い肌と目の下のクマは、どこか病的な印象を強く与えていた。少年は少女の背を支えながらカノンたちのテーブルに近づき、適当な椅子を二人分引っ張ってきた。
「アルミリア、トゥルーヤ、お疲れ。とりあえず協力者候補が見つかったから、紹介のために一回集まってもらった」
「なるほどねぇ。ま、僕らのやることも一段落ついたとこだからよかったけど。で、その猫耳ちゃんが協力者候補ってとこ?」
「話が早くて助かる」
頷き、フェニックスはカノンに視線を投げた。自己紹介しろ、ということらしい。
「はいにゃっ。犯罪対策会社MDC常務、八坂カノンと申しますにゃ! よろしくお願いしますにゃっ」
「ほんとに猫じゃん。……あー、僕はトゥルーヤ。この傭兵団の……まぁ、ヒラメンバーってとこかな。よろしく。で、こっちが団長のアルミリア」
「……よろしく頼む、八坂殿」
「にゃっ!? そ、そんな畏まらなくていいにゃん、よー……?」
慌てたようなカノンの声が徐々に萎む。アルミリアと名乗った白い少女を大きな瞳がじっと見つめる。……どこか声が苦しそうだったのだ。しかも、どこか不調を隠している感じの声。
「……アルミリアにゃん? どこか具合悪いにゃ……?」
「あぁ……たいしたことはない、気にするな」
「はいはい、強がるなって普段からココに言われてるでしょ? あーごめんねカノン。うちの団長ちょっと特殊な体質でさ、精神攻撃とか情念由来のナニカとかに弱いんだよ。でもまぁ、セントラルにうじゃうじゃいるっぽいアレごときで行動不能になったりはしないから安心してよ」
「……おい」
アルミリアのジト目を薄く笑ってスルーし、トゥルーヤは店の外を指さした。見ると、スーツ姿の若い男がモザイクに襲われている。テーブルから身を乗り出して窓の外に目を凝らしても、どう見てもモザイクだ。訝しみながら観察していると、襲われていた男性は手にしていたアタッシェケースでモザイクを殴り始めた。たちまち追い込まれていくモザイク。
「……あのモザイクなぁ。俺も1回見かけたけど、普通に返り討ちにされてたな。なんだアレ」
「ボクのセンサーでも輪郭を把握できないデス。けど、戦闘員っぽくない人でもあっさり返り討ちにできてるってことは……そこまでの脅威ではない、と判断しマス」
「アレも情念由来のナニカなのだろう……アレ自体にそこまでの力はないはずだが、最悪の場合、アレの上位種がいるかもしれない」
「そこについての調査も……っと、すまん八坂。置いてけぼりになってたな」
フェニックスの声で意識が現実に戻ってきた。はっとして四人の方に視線を向け、いつもの笑顔を浮かべる。
「だいじょうぶにゃ! ……そうだ。よかったら君たちのこと、もっと知りたいにゃ! これから一緒に冒険することになるにゃんし、皆がどういう人なのか知っておいて損はないと思うにゃっ」
「……ほう」
「あーうん、間違ってはないね。僕も素性不明の人を傭兵団に入れるのは流石に抵抗あるし。それじゃよろしく、リーダー?」
「ああ……わかった」
話を振られたアルミリアはひとつ頷き、一度周囲を見回して、それからカノンに視線を合わせた。
「私たちは傭兵団〈神託の破壊者〉。女神の招待に応えてこの世界に参上した。……まずは私たちの話でもしようか」
◇◇◇
──ところかわって、セントラルとアクエリアスを繋ぐ街道。
爽やかな風が吹き抜け、四頭の馬のたてがみを揺らす。各々馬に乗ったまま、中世風の装いの若いハンターが四人、和気あいあいと駄弁っていた。
「いや~、あの緑の子のライブ凄かったなぁ!」
「はい~! ブッコロリンちゃんでしたっけ、名前によらずとっても可愛かったですよね~」
「それそれ! 歌もヤバかったし! なぁ聞いたか? あのアキバ系アイドルの曲。俺あの曲めっちゃ好きでさ、まさかこの世界でも聞けると思わなかったよ~! しかも表現力やばやばだったしエグいよな! 最高! 神!」
「相変わらず語彙力ゼロですね貴方は」
「やかましいわ!!」
「はいはい。しかし彼女の歌は確かにプロ級でしたよね。歌唱力も表現力もすさまじかったです。正統派のアイドル曲から懐メロ、アニソン、邦ロック、なんでも歌いこなせて……あれほどのアーティストは地球でも見たことがありませんよ」
「だよな~!」
「ですが僕は彼女のオリジナル曲が最も心に響きましたね……自分の曲というだけあって曲への理解も深かったですし。もちろん他の曲も良かったですがね」
「ほほ~。でも俺は自分の曲じゃない曲もしっかり歌いこなすとこ好きだけどな。な、な、ヒロケンはどの曲一番好きだった? ブッコロリンちゃんのステージの中で!」
「俺? 俺はあのボカロの曲が一番心にキたなぁ。ってかあの子なんであんな本物のボカロみたいな声出せたんだ? 他の曲は普通に人間声だったし、なんだったんだろ……」
「あきば……ほーろっく……ぼかろ……? えっと~……それらは『ニッポン』の専門用語ですか~……?」
『……、ニッポン!?』
彼らの真下の地中で、一体の竜がその会話を聞いていた。
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