魔導アイドル、オン・ステージ!

「こっちに来てる仲間は三人。魔法使いがひとり、物理で殴る奴がひとり、剣も弓も使える死霊術師ネクロマンサーがひとり。物理で殴る奴の居場所はわかってるから、まずそっちに連れて行く」

「承知しましたにゃ!」


 喫茶店を出て、ふたりはセントラルの大通りを歩いていた。向かう先は東部にあるライブ・バー。そこでその「物理で殴る人」が資金稼ぎをしているらしい。

「お金稼ぎって言っても何してるにゃ? ハンターとしてのお仕事ってわけでもなさそうにゃけど……」

「まぁ、ハンター稼業ではではないな。そいつ……ブッコロリンって言う名前なんだが」

「ぶっころ!?」

 物騒すぎるネーミングである。カノンは思わず飛び上がり、ついでにカチューシャもビクッと反応した。ブッコロリン……ぶっころ……りん……と呟いているカノンに、フェニックスは「またか」とでも言いたげに口を開く。

「……気持ちはわかるが、名前はの趣味だから気にするな。で、そいつは地元じゃアイドルもやってたから、こっちでもそのスキル使って資金稼ぎするって言ってたぞ」

「アイドル!?」

「ああ。歌って踊って戦うアイドルだ」

「情報量が多いにゃ!?」

 フェニックスは至極当然のように言ってのけるが、カノンには正直よくわからなかった。歌って踊るのはいいが、アイドルと戦いという概念が頭の中で上手いこと結びつかないのだ。ぐるぐる考えているうちに、ふと少女の歌声が耳を打った。よく通る声が歌い上げるのは、聞き覚えのある地球の流行歌。思わず猫耳をぴこぴこさせつつ、呟く。

「……あ、この曲」

「知ってるのか?」

「にゃん! 元の世界……っていうか日本なんにゃけど、そこのテレビでよく流れてたにゃ!」

「そうなのか……ってかこの歌声、ブッコロリンだぞ」

「……え?」


 ◇◇◇


 ──ライブ・バー『エスプレッシーヴォ』。

 開店から昼前に至るまで、ぶっ続けで歌い踊る少女がいた。


「皆、改めて今日はボクの歌を聴きに来てくれてありがとうございマシタ! 名残惜しいけど次が午前の部、最後の曲デス! どうか最後まで楽しんでいってクダサイっ!」

『うおおおおおおおおおっ!!』


 その場にいるだけで汗ばんでしまいそうなほどの熱狂の渦。ホールを埋め尽くす観客たちの視線の先には、緑色のアイドルコスチュームに身を包んだ少女がいた。

 緑色の髪が動きに合わせてふわふわと揺れる。同じく緑色の大きな瞳は照明を受け、宝石のようにきらめいていた。2、3時間はぶっ続けで歌い踊っていたというのに、その肌には汗ひとつなく、その声は未だ枯れる気配を見せない。少女はホールを埋め尽くす人々を見回し、朗々とMCを続ける。

「曲目はボクのオリジナルソング『ファイトケミカル』! みんなのハート、クリティカルにブッコロリン☆」

 背後のスピーカーからポップなイントロが流れ出し、熱狂渦巻く空気をさらに掻き回す。緑と黄色のペンライトに照らされ、彼女は軽快なステップを踏みはじめた。胸元を飾る黄色のリボンがなびき、膝上丈のスカートの裾が翻る。

 少女──ブッコロリンは弾けるような笑顔を浮かべ、最初のフレーズを唇にのせる。その表情はまるで、心の底から歌を楽しんでいるように輝いていた。


「あの子が君の仲間……ブッコロリンちゃん、にゃ?」

「ああ」

 ──そんなブッコロリンを、フェニックスとカノンは店の隅っこで眺めていた。後方彼氏面もとい後方仲間面である。満足げに頷きながら歌を聴いているフェニックスの横で、カノンは──

「……」

「……?」

「…………」

「……おい、どうした」

「……………………あの子すっごい可愛いにゃんね!!」

 ──テーブルから身を乗り出していた。子供のように瞳を輝かせ、かすかに頬を紅潮させて、ステージの上の少女に釘付けになっていた。カチューシャの猫耳も心なしかブッコロリンの方を向いているようだ。スポットライトを浴びて歌い踊り、時に観客へのファンサも忘れない──そんな少女から目が離せない。

「……やっぱ流石だよな。天才が造っただけある」

 隣で微笑みと共に吐き出された言葉は、誰にも拾われずに消えて行った。


 ◇◇◇


「ありがとうございまシター! 皆、午後も頑張ってクダサイっ!」


 ──ブッコロリンのライブ午前の部は結局、アンコールで2曲歌ってから幕を下ろした。興奮冷めやらぬ中、出口付近に箱を持ったスキンヘッドの男が現れた。

「お帰りはこちらになりまーす!」

「店長! 今日の子スッゲーよかったぞ!」

「またあの子のライブやってくれるの楽しみにしてます」

 などと言葉をかけながら、観客たちは店主の持つ箱にお金を入れて店をあとにしていく。その様子をじっと眺めるカノンに、フェニックスは軽く解説を入れた。

「あぁ、あれか。観客はアーティストの歌がよかったら、飲食代とは別にチップを渡していくらしい。そのチップの7割がアーティストの収入になるってシステムなんだと」

「普通にちゃんとビジネスにゃんね」

「店だからな。……っと。ブッコロリン、お疲れ様」

「にゃ……?」

 フェニックスの視線を追って顔を上げると、例の少女……ブッコロリンが駆け寄ってきていた。軽く手を振る様子は長時間ステージをこなしたとは思えないほど軽やかだし、愛らしい笑顔にはひとかけらの疲労も浮かんでいない。カノンは思わず訝しげに目を細めた。いくらなんでもおかしい。演技で疲労を隠しているわけでもないのが余計におかしい。

「フェニさん! ……あれ、その子は?」

「あぁ、情報収集の過程でたまたま見つかった協力者候補だ。どこかの世界で治安維持団体の上層部やってるらしい」

「犯罪対策会社MDC常務、八坂カノンと申しますにゃ!」

「カノンさん。だね。魔導アイドル・ブッコロリンと申しマス!」

 よろしくお願いしマス、と元気よく片手を差し出される。その手を握りながらも、カノンは彼女をじっと観察していた。

(ちゃんと相手の目を見て、笑顔で、それに声のトーンとか話す速度とかを相手に合わせてる……好感度上げるコツを理解してる子の挨拶にゃ)

「……? どうかしまシタか?」

「あっ、いえ、なんでもないにゃ! さっきのパフォーマンス凄かったにゃっ! お歌もダンスもすっごく上手だったにゃんし、すっごい楽しそうで可愛かったにゃ!」

「えへへ、ありがとうございマス!」

 嬉しそうに破顔するブッコロリンと、同じく笑顔ながら彼女の観察を続けている様子のカノン。フェニックスはそんな二人を眺めていたが、不意にスマートフォンに似た端末を取り出した。

「二人とも、楽しそうで何よりだな。……そうだ。ちょうど昼時だし、他のメンバーも呼んで飯にしないか?」

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