本編
来訪編 ~アビス狂騒曲、そして兵軍へ~
偶然の出会いと成り行きと
「ここが首都セントラル……すっごい人混みにゃ。
──首都セントラル。大通りの人波の中を、カノンは慣れた足取りでスルスルと歩いていた。異世界出向ということで、彼女はいつもとは違う装いで街を歩いている。警備員を思わせる紺のジャケットを羽織り、胸元からは白いワイシャツの襟と黒いリボンタイが覗く。ジャケットと合わせたデザインの紺のプリーツスカートと戦闘仕様の編み上げブーツが可愛らしい。いつも通りなのは頭上で揺れる猫耳と、右手首に装着された鉄色のナニカくらいか。必要なものを詰め込んだスーツケースを転がしつつ、カノンはまずすべきことを整理する。
「女神さまが言ってた『ハンター登録』は済ませたし、アナザーアースから持ち込んだお金の両替はまだ時間がかかるにゃんし……直近のタスクは拠点の確保と、この世界の地理と情勢の把握……とにゃっ!」
「うわっ!?」
考えているうちに誰かとぶつかった。バサバサと紙束が散らばる音がする。とっさに顔を上げると、浅黒い肌のエルフ青年と視線が重なった。オーバル型の眼鏡の奥で、切れ長の瞳が驚いたように見開かれている。ワイシャツとジャケットという真面目そうな格好だが、何故か左腕の袖はほとんど焼け落ちていた。
「あっ……すみませんにゃ! えっと、これ拾いますにゃ」
「あぁいえ、こちらこそすみません……」
青年が散らかしたと思わしき羊皮紙の束に手を伸ばすカノン。拾い集めているうちに、否が応でもその中身に目が行ってしまう。
(新聞記事の書き写し……? それに、こっちは地図の模写……全部写してるっていうことは、このお兄さんも最近この世界に来たにゃん……?)
「……っと……これで全部です、ね。ありがとうございます」
青年の言葉にはっとした。考えているうちに書類を拾い終えていたらしい。拾った書類を手渡すと、青年は一礼して踵を返した。
「では、俺はこれで……」
「あわわ、ちょっと待ってにゃ!」
「……?」
振り返る青年の手首を引っ掴み、カノンは最高に申し訳なさそうな上目遣いで彼を見上げる。
「ぶつかって書類落としちゃってごめんなさいにゃ……ちょっとだけ、お詫びがしたいですにゃ」
「お、おう……?」
◇◇◇
「はにゃ~、お兄さん……フェニックスさんたちもこの世界に来たばっかりだったにゃんね」
「まぁ、そうだが……さてはお前、それ見越して俺に声かけたな?」
熱々のブラックコーヒー(カノンの奢り)を片手に、エルフ改めハーフエルフの青年・フェニックスはカノンをジト目で睨む。一方のカノンは満面の笑みを崩さないままアイスミルクのカップを傾けた。フェニックスはしばらくカノンを睨んでいたが、何も出ないと悟ると「まぁいい」と肩を竦める。
その辺にあった喫茶店のカウンター席で、二人は自己紹介兼情報交換をしていた。フェニックスという青年もまた異世界からの来訪者。話によると、〈神託の破壊者〉という傭兵団のサブリーダーをしているという。最近彼らの世界で起きていたという戦争が終わり、傭兵団に閑古鳥が鳴いていたところを女神リアに誘われたのだそうだ。
「俺以外にも傭兵団のメンバーが3人こっちに来てる。今は手分けして拠点の確保だの路銀稼ぎだのの些事をやってる最中だったんだが……俺は見ての通り情報収集担当。セントラルの図書館に行って過去しばらくの新聞の重要記事を洗い出してたところだ。見るか?」
「にゃ、助かるにゃんっ」
先程の羊皮紙に目を通す。見ると、最近この世界であった事件が要点を絞ってまとめられていた。
「にゃむにゃむ……。『黒抗兵団の大快挙 西の時空竜、総力戦の末に討たれる』『シュヴァルトヴァルト大部分が消失 上位竜種による蹂躙か』『快進撃続くFFXX 響楽竜との海上の激闘』……他にもドラゴン関係の記事が多いにゃんね。この世界だとドラゴンが最大の脅威なのかにゃあ」
「そうらしい。ドラゴン以外にも掃いて捨てるほど脅威があるのが厄介だがな……」
「そんにゃあ!?」
「見ろ。『野望の終焉 悪名高き宇宙大将軍の最期』『人事の悪魔逮捕 剣鬼またしてもお手柄』『悪意を運ぶ青い鳥 セントラル当局、これを追わないよう布告』『敵か味方か 神殿を乗せた謎の雲 アクエリアスに接近中』……いやいくら何でも脅威抱えすぎじゃないか? これ俺たちが来たところで手も足も出な……」
「ねこぱんち!!」
「うおっ!?」
爆速でパンチを繰り出──すと見せかけて、フェニックスの眉間スレスレで止めてみる。呆然と見開かれたフェニックスの瞳をじっと見つめ、カノンは彼の眉間を人差し指でぐりぐりする。
「そんなふうに! 始める前から諦めるの! よくないと思うにゃ!」
「痛ででででででで止めろ離せ痛でででで」
「やってみればワンチャンできるかもしれないにゃん! けど! やらなかったらそのワンチャンすらゼロになっちゃうにゃ! ゼロは何個あってもゼロにゃけど、1はいっぱいあったら100にも1000にもなれるにゃ! たとえやってもできなかったとしても、やらないよりは後悔が小さくて済むにゃ! とりあえずやるにゃ! やるったらやるにゃ!」
「お前すげぇポジティブだな痛ででででででで離せ離せは・な・せ!」
フェニックスの悲鳴に、カノンはようやく手を離した。眉間を痛そうにさすりつつ、フェニックスは深々と息を吐く。
「……はぁ。お前、見かけによらず無茶苦茶だな。うちのリーダーみたいだ」
「……そんな無茶苦茶かにゃ?」
「無茶苦茶だよ。普通こんなやべー世界に放り込まれたら秒で帰りたがるだろ。……俺の仲間たちは帰らなさそうだけどな。よりによって戦いに目がない奴ばっか連れてきちまったし」
呟き、コーヒーを一口飲むフェニックス。新聞の写しを改めて眺めつつ、彼は眉間にしわを寄せて独り言つ。
「……にしても竜だのなんだのがここまで猛威を振るってるとはな。俺たち四人だけじゃ手に負えないかもな……」
「にゃ……」
「この世界の竜についてももう少し突っ込んだ調査が要りそうだな。生態、攻撃手段、弱点……それに他の敵性存在についても同時に調査。相手を知らなきゃ戦略の立てようもねえし。それと可能なら仲間集めもか。人間側の大勢力……『黒抗兵団』と『FFXX』についても情報収集したいな。『特集 ホテル阿房宮』って記事も何か気になるし。やることはまだまだ山積みか……」
こめかみを叩きつつぼやくフェニックス。カノンはそんな彼をしばらく眺めていたが、不意に笑顔を浮かべて口を開いた。
「それなら常務にゃんが力を貸すにゃん!」
「……は?」
「むしろ君たちと一緒に戦いたいにゃ! 君にも君の仲間たちにも興味あるし、それに仲間はひとりでも多い方が色々とやりやすいにゃん。もちろん君と君の仲間がいいならだけどにゃっ」
「…………」
「お願いしますにゃ」
満面の笑みで頭を下げるカノンを、フェニックスは顎に手を当てて見つめた。少なくとも目の前の少女から悪い雰囲気は感じない。だが、この少女が本当に信用に足る人物か、そもそも戦えるかどうか、フェニックスは判断する術を持たなかった。けれど──
「……とりあえず仲間には会わせるよ。仲間との相性を見て、戦力になるかどうかも見て、それから考える」
突っぱねるにはまだ早い。少なくとも今のフェニックスはそう判断した。
「にゃ、ありがとにゃっ! それじゃあこれからよろしくお願いしますにゃっ!」
「ああ、こちらこそよろしくな」
差し出された手を、躊躇なく握る。
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