第14話 発情王子の初戦


 東軍の発情王子親衛隊はとにかくこき使われた。

 山から朝方帰った者がいるのに、翌日には塩田を一日中拡張させられ、その次の日は朝から丸太を渡されて海に放り込まれ、魚を塩田に追い立てるよう、足をバタバタさせて泳がされ、陸に上がれば、逃げ回る魚を追いかけまわし、あらかた取り終わったら、ひたすら捌き、終わるや否や、城外にある△教の魚粉工場に物資を取りに走らせ、意識が失う者があれば、義理妹姫が容赦なくビンタし、ビンタされた者は左の頬を差し出す不文律ができた。そして、その日の成績の良い十名は義理妹姫の特訓を受けることが出来る。義理妹姫は常に一番の成績を出した上に、毎日十番勝負を受ける。必ず、愚直大佐と東軍中佐が居たが、他の八人は日々入れ替わる。軍人は文句を言いたい者も居たであろうが、少女に常に負け続けている手前、文句も言えず、文句を言う暇があったら寝たい様だった。私はハンディを貰い、常に楽をさせてもらっていたが、それでも下から数えて二桁になることはなかった。いつも私とビリ争いをする軍人に聞いてみた「なんで諦めたり辞めたりしないの?」と。

 「それを女騎士が言う? 生きてるからですよ。毎日死にそうなのに死なない。死が身近に感じる。ああ、今日も生きているんだなって、生きている実感がある。今までの人生で生きている実感なんか感じたことがない。発情王子の居る所だけが、自分が生きていることを証明してくれる。明日も生きていたら、発情王子の命令を聞くさ」


 第一王子から宣戦布告がなされる。王位継承権と、その証である西の聖者の直筆の原書と王家の秘宝の返還を要求。要求を飲まない場合は、塩砦の奪還と発情王子殺害を掲げている。

 私は砥ぎ直してもらった将軍剣を愚直大佐から受け取り、朝の会議の席に着く。

 席は第二王子の戦の時の様に座っている。

若干席は入れ替わり、右列に発情王子と暗殺少女、義理妹姫、愚直大佐、東軍中佐

右列に元将軍、砂炎踊姫、私、異端者君。

 異端者君が呼ばれている意味が分からない。

 「では、軍議を始める」と発情王子開会を告げる。

 「元将軍、城内の×教の動きはどうだ?」

 「×教傭兵隊六百と×教聖騎士隊百名は準備を開始している。×教全軍で出てくるようです」

 「では、東軍二千はどうだ?」と発情王子。

 「現王にお伺いを立てるということで時間稼ぎをしているようです」と元将軍。

 「しばらくは大丈夫か」と発情王子。

 「さて、作戦ではあるが、×教聖騎士隊がとにかく強い。強さの秘訣はプレートメイルと呼ばれる全身甲冑。普通の矢とか剣では打ち抜けない。引きずり倒し、鈍器で袋叩きにするしかないが、彼らの持つ長槍が敵を近づけさせない。彼らの武器は長槍と、モーニングスターと呼ばれるとげとげのある鈍器。動きは遅いがひたすら敵を刺し叩き潰していく。我々としては、傭兵隊を削りつつ、聖騎士隊を干からびさせるしかない。聖騎士隊を塩砦まで引き付け、補給隊を潰し、干からびたところを全員で袋叩きにするのが最良だ。砂炎踊姫、そちらの方の進捗はどうだ?」

 「順調というか不安というか。踊りは簡単だから、生徒の全員と幼稚舎の大人たちもかなりの数が踊れるわ、幼児自身も踊れる子も多くなってきた。でもこんなんで、王権を奪取することが出来るのかしら?」

 「出来るし、なるべく多くの市民に参加してもらわなくては困る。自分の国、自分の町は自分で守るという意識を植えたい。そのためには、君たち踊り子部隊は戦ってはいけない、武装もダメだ。君たちは非武装で市民に武器持ち立ち上がってもらわないと困る。そして×教聖騎士隊が城下を離れ塩砦に近づき、囲まれる前に踊れるものを城下に送り出し、×教聖騎士隊のいない間に住民発起させ、紛い者を粉砕するのが最良だ。聖騎士隊は足が遅いので、塩砦までの道中の半ばまで来れば、突入させてもいい、突入の判断はまたその時に。愚直大佐、親衛隊はどういう状態だ?」

 「士気は高いが疲れが溜まっている。他は特に問題はない」

 「では、親衛隊には軽い荷運びをしてもらおう。後ろ向きで△教の魚粉工場との往復だ。軽く運動しておいた方が疲れを取るのにはいい」

 愚直大佐はがっくりとうなだれる。歩けば二日の道のりを必死に走ったとて往復だと一日がかりだ。そして、塩砦の生徒たちはそれをやすやすとやってのける。子供が出来るのに軍人が出来ないとは言えない。

 「生徒の軍事教練はどうだ義理妹姫」

 「弓はとりあえずは撃てるわ、剣もそれなりに振れるけど、実践レベルからはほど遠いわ。身を守るのも難しいでしょうね。今は矢を撃って逃げるくらいしかやりようがないわ」

 「分かった、基本生徒は弓兵として考える」と発情王子。

 私が質問する。

 「何でこのタイミングで宣戦布告なの? もっと王宮に立て籠っても良かったし、もっと早く攻めてきても良かったんじゃない?」

 「一つは傭兵隊の動き。略奪したくても出来ず、愚直大佐の副官を殺しても王族の秘宝も見つからない。では発情王子がまだ持っているのではないかと思っている時期で不満が爆発寸前なことと、王家の支払いが滞ること。今、塩砦が奪還できれば塩での支払いが出来よう、そして古代の秘宝、越王勾践剣が手に入れば、その価値だけで、支払いを待ってくれるだろう。『誰が販売の代理人にふさわしいのかな』と言うだけで、商人たちは多くの便宜を図ろう。逆に今のままでは支払いがどうにもならないので、城外に出兵するしかない。当たり前だが砦内に立て籠り、城壁から攻撃しているのが一番効率的だ。外敵を排除するために東砦があるのだから。それを捨てている時点で、ケツに火がついている。第二王子の作戦通りだ。後は俺が敵を引き付け、塩砦までやつらをひっぱれれば、我らの勝ちだ」と。

 発情王子は異端者君に依頼をする。

 「×教聖騎士隊の死をも恐れぬ教皇至上主義者だ。そんな彼らすら恐れ慄くような、発情王子の呪いの噂を仕掛けよ」

 異端者君は「お任せあれ!」と笑顔で微笑んだ。




 戦場である。城下に近い土漠である。

 私達は荷車の上に居る。荷台には巨大な弓のバリスタがあり、その矢である投げ槍が四本置かれ、他に私と発情王子と暗殺少女が乗っている。それを六名ほどの少女が引っ張ったり押したりしている。いい大人が助けてもらって申し訳ない。後ろには水が入った水筒が大量に積まれて四人の少女がけん引している。重ねて本当に申し訳ない。私達の左右には元将軍と義理妹姫が歩いている。私と発情王子は邪魔なので荷台に乗せられている。

 前方右手には愚直大佐に率いられた百名の東軍兵士が四角く陣を展開する。前方左手には東軍中佐に率いられた生徒たち九十名が男の子を先頭で、後方は少女たちが展開している。男の子には帯剣を許している。男の子は帯剣すると目に見えてテンションが上がるからだ。女の子は帯剣を許していない。女の子にとって帯剣は重りを付けられているのと代わらない。やはり私は特殊なようだ。今回の戦の目的は敵をいかに塩砦の方におびき寄せるかなので、生徒たちは一斉射撃をした後、引き返し荷台にある水筒を取り塩砦に走って帰る予定だ。その後ろを東軍兵士が護りつつ後退してく戦略だ。

 一方、第一王子軍は後方中心に×教聖騎士隊、前方左右に傭兵隊。我々の兵二百に対し、相手は聖騎士隊百を中心に合計七百の軍勢だ。その差は一目瞭然。本当に自軍は少ししかいない。

 第一王子のハスキーな声が聞こえてくるが、何を言っているかまでは分からない。

 「分かんないからとっとと始めようぜ」と発情王子が飛距離を最大に取ったバリスタを発射する。

 ブン。

 槍は飛んでいき、聖騎士に当たるが、転倒させ大ダメージを与えたものの、死傷した感じではない。

 「ふん、固いな」と発情王子。

 両軍が突撃を開始する。発情王子軍は全員が矢を放つ。

 元将軍と義理妹姫が強弓で全鉄の矢を放つ。×教聖騎士隊の鎧に刺さるが動きを止める様子がない。

 発情王子は「おいおい、戦略は後退して敵軍を引き付けるだが、突撃していっているぞ、どうなってる」と訝しげだ。

 愚直大佐の鐘がカンカン、カンカンと鳴る。撤退の指示だ。生徒の女の子たちは矢を放ち、撤退してくる。男の子たちは剣を抜き傭兵隊に突っ込んでいく。傭兵隊は男の子達を引き付ける様に下がっていく。愚直大佐の鐘がカンカンカン、カンカンカンを鳴る。即時撤退の合図だ。それでも男の子たちは傭兵隊に突っ込んでいく。

 発情王子も困惑し「なんだこれは」を連呼する。

 愚直大佐の鐘がカンカンカンカンと連打される。これは死の特攻を意味する。

 男の子たちの後を追い東軍兵士が突っ込んでいく。東軍兵士たちが男の子たちの前に入る。その時点で愚直大佐の鐘がカンカンと撤退を指示する。男の子たちが戻ってくるが、その数は十名に満たない。私達の下に女の子達がたどり着く。発情王子は「武器を荷台に置き水筒を持って塩砦に走けよ、そして現状を砂炎踊姫に報告」と女の子達に告げる。女の子達は指示通りに走っていく。

 「女騎士」と私は発情王子に呼ばれ、バリスタの弓を一緒に引き槍をセットする。

 発情王子はクルクルと取っ手を回し、バリスタの飛距離を合わせる。

 ブン。

 発情王子が発射した槍が飛んで行く。

 戦場の一番激しい部分、発情王子軍の前に落ちる。それをきっかけに発情王子軍も撤退を開始する。

 発情王子と私はバリスタをもう一度セットすると、戻ってきた男の子たちに「荷車を押すように告げ、全速力で塩砦に向かっていく。愚直大佐と東軍中佐が一目散に駆け寄ってくる。愚直大佐は「現状で二十名はやられた、更に戦死者は増えるだろう」と言い、東軍中佐は「男の子たちは駄目だ、数名しか残らなかった、四十名はやられた」と報告する。目の前では撤退する発情王子軍がやられながらもある程度の勢いを持って撤退しているので×教傭兵隊も追いきれない。それでも一人、また一人と東軍兵士が倒されていく。左右から元将軍と義理妹姫が放つ矢の音がブンブンとしている。矢が×教傭兵隊に刺さり倒れていくが勢いに乗った×教傭兵隊を止められるほどではなかった。

 発情王子は戻ってきた東軍兵士に「武器を荷台に乗せ、塩砦まで撤退せよ」指示をする。軍人たちは弓と矢、剣を荷台に置き、水筒を持ち、走って塩砦に向かう。最後尾で元将軍と義理妹姫、愚直大佐と東軍中佐が走りながら矢を射続け、昼にようやく傭兵隊の追撃から逃げ出した。

 発情王子は「大敗だ。半数をやられた。どうしてこうなった、どうしてこうなった」と自問自答している。

 荷車は引き手が代わり、愚直大佐と東軍中佐と男の子二名が私達の荷車を引き、元将軍と義理妹姫と男の子二名の編成で武器を積んだ荷車を引いた。私は武器防具を脱いで走り、発情王子と暗殺少女は荷馬車の上、今まで荷車を引いていた女の子達は走って帰る。

 歩いて二日、走って半日かかるところを荷車を引きながら塩砦に翌日朝に着いたのは速いと思う。




 とりあえず、席に着く。

 元将軍は叔母と話しており、最後に席に着く。

 右列に発情王子と暗殺少女、義理妹姫、愚直大佐、東軍中佐。

 左列に元将軍、空席、私、空席。

 砂炎踊姫の場所の机上には『今が好機と判断いたしました。異端者君と砦内の女性二十名と共に突入いたします』と書き置きと砂炎踊姫愛用の短剣が二本とも置いてある。

 発情王子が青い顔で「状況報告、東軍中佐から」と言う。

 「死者四十六名、死者の全てが男の子だ。勝ち急ぐのを止められなかった。完全に戦に飲まれた。軍事教練が足りなかった……」

 「それ以上は止めろ、次、愚直大佐」と発情王子。

 「東軍死者五十四名、うち、突撃時に半数、退却時に半数を失った」

 「元将軍、砦内についてはどうだ?」

 「報告によりますと、明け方にたどり着いた戦場からの一報を砂炎踊姫が聞き、城内に居た者、女子生徒の中で戦場に立てなかった者二十名をまとめ、朝のうちに出発した。経路は一度北の塩田に行き、それから東砦を目指す迂回ルートを使っているとのこと。砦内の幼稚舎の者は山に向けて避難準備中、昼にも出発するとのこと。海の避難民たちには知らせてないが、敗戦を察しているようです」

 「『紛い者』の行軍はどうだ? こちらに来ているか?」と発情王子。

 「分かりません。もう少し時間が絶たないと情報が取れません」と元将軍。

 「…… やることは変わらない…… 愚直大佐、東軍中佐、この塩砦の防衛を頼む。俺と元将軍、義理妹姫、女騎士は東砦に行き『紛い者』を成敗だ。×教傭兵隊が走ってくるとは思えん。次回の戦端は早くて明日朝、聖騎士隊が来るのならもっと遅いはずだ。それまでに休息と準備を。今回の×教傭兵隊は城壁を乗り越える準備は万端のはずだ、その対策も頼む。我々は昼から出る。荷車と走れる生徒十名ほどを貸してもらう。夕方まで私達を乗せて走ってもらい、生徒達は途中で塩砦に退却。我々はそこから走って東砦の王宮に向かい、一気に『紛い者』の首を取る。もし、俺の首が晒されることがあったら投降しろ『発情王子に脅されて従わざるを得なかった』と言え」

 発情王子は解散を告げる。

 義理妹姫は砂炎踊姫の短剣二本を腰につるし自分の剣を元将軍に預ける。

 発情王子は食事を必死に掻き込む。出来るだけ足手纏いにならないように、気絶しないように今出来ることをしている。残った皆も必死にご飯を食べた。

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