第13話 義理妹姫の想い。

 異端者君の説法の後、発情王子と私は◯教仏僧に呼び止められる。

 「今後の計画はどうお考えですか?」〇教仏僧が発情王子に聞いてきた。

 〇教仏僧は知識欲の塊だ。いろいろな知識を求めて世界を旅している。今は私たちのそばに居るが仲間でもない。〇教仏僧の通り道に私たちが居ただけだ。

 回答によっては、〇教仏僧は次の土地に行ってしまうだろう。

 発情王子は黙っている。

 〇教仏僧は続けて「第一王子を殺して東砦の番人に就任しますか?」〇教仏僧は発情王子に問う。

 「そんな優しい夢は弟を手にかけた時に消えてしまった」

 「王家の秘宝△教の原典を異邦人の私に見せてまで見ている夢はなんでしょうか?」

 「〇教仏僧『自由』という概念を知っていますか?」

 「言葉からは推測できますが、聞いたことはありません」

 「この思想も×教を破門になるほど強力な考え方です」

 フムフムと〇教仏僧が右手を顎に当てる。興味があるときの彼の癖だ。

 「以前、保護した×教徒の話ですが……」

 〇教仏僧は本になっていないのかと訝しむ。

 「論書は王宮の地下に収蔵されていますが、今は取りに行くのは難しい」

 発情王子は続ける。

 「自由にはいくつか種類があって、主だったものは、宗教の自由・学問の自由・表現の自由・職業の自由・住居地の自由があってどれも開放すると支配側には都合がよくない」

 「暴走するだけですよ、争いが増える」

 そんなことかと〇教仏僧は鼻で嗤う。

 発情王子はムっとして〇教仏僧に問う。

 「〇教仏僧、私が大好きな弟を殺さなければいけなかった理由は何ですか? 王家の務め? 教会からの圧力? 他民族の脅威? 階級社会の軋轢? 神からの試練? そんなもの望んでいない。弟の命に比べたら王とか、権利とか、欲望とか、現世とか来世とか、悟りとか、神とかどうでもいいんですよ」

 〇教仏僧はごくりと息をのむ。

 発情王子は言うべき事は言ったという感じだ。

 〇教仏僧は結論を急ぐ。

 「……つまり?」

 発情王子は答える。

 「世界大戦争。この世界の全てを焼いてやる。目に見えない秩序もすべて」

 「自由を解き放つくらいでは、発情王子の業火は消えてしまうと思いますが」

 「〇教仏僧、『国民国家』を知っていますか?」

 「いや、聞いたことがないですが」

 「枠組みを人為的に作ること。つまり、敵を作り出し、大義名分を作り出し、正義と正義を戦わせ、世界大戦争を起こし、命果てるまで戦うことをやめない集団を作り出し、使役すること」

 「どうやって?」〇教仏僧の知識欲は果てがない。

 「学校を作り、思想教育をする。『自由』について学べば今ある秩序が矛盾だらけに感じてしまう。そして『自由』は自分自身をも不安定な存在にしてしまう。とても不安になり、大きなものにすがりたくなる。そこに『私たちは自由を重んじる国、今の秩序に不満を持つ人は集まれ!』と不満集団を作り出す。不安と不満が満ちたら、正義を掲げる。『私たちのやっていることは正しい』『自由を奪うものは敵』反対意見を持つものは正義に粛清されるか、ダンマリを決め込むしかなくなる。そして、武器を持たせたら勝手に戦争を始める、己の不安や集団の意思に押されて。そして、集まった不満集団に政治を任せてしまう。そうすれば戦争を止める強い指導者が作り出せなくなる。王が居ればどちらかの王が殺されれば終戦となる。集団に政治を任せれば、リーダーが交代していき、どちらかが死に絶えるまで戦争は終わらない。正義と正義を戦わせ、恨みや敵討ちで、戦争はどこまでも泥沼になる。これが国民国家」

 続けて発情王子は寂しそうにつぶやく。

 「すでに『自由』は解き放った。私が死んでも世界大戦争は止められない」

 〇教仏僧は歯を食いしばっているような表情だ。必死に内容を検討しているのだろう。

 「〇教はこの世界を幻だという、世界大戦争の後の世界はどんな世界でしょう?」

 発情王子は遠くを眺めるような目をして言った。

 翌日から〇教仏僧の姿は見えなくなった。

 


 塩砦の戦争準備が進んで行く。

 私は体を動かしに城門までやってきた。

 海の避難民から山の畑へ移動する長い行列に出会う。

 塩砦の城門の上で義理妹姫が座って様子を眺めている。

 男達の何人かが怒声を上げている。

 義理妹姫は涼しい顔だ。

 「我らの作った塩田だ! 我らのものだ!」

 「そうだ! そうだ!」

 「何もしなかった者が、奪いおって!」

 「王家に生まれた、というだけで偉そうに!」

 義理妹姫が城壁に立ち怒号をとばす。 

 「黙って足を動かせ!」

 老人が渋々といった感じで、歩き始めながら大声で言う。

 「これは独り言じゃ、王家など、死んでしまえ!」

 義理妹姫は黙って城壁から飛び降り老人に近づく。

 老人が義理妹姫も見ずに嫌見たらしくいう。

 「思ったことを呟いてもいかんのか!」 

 「罵倒する人間など、目障りなハエと変わらん、叩き潰すだけだ」と義理妹姫。

 老人が義理妹姫に向かって唾を吐く。

 義理妹姫は余裕でかわし、鞘の付いた剣で老人を小突く。

 ギャーーーーー

 老人が大げさに大きな声を出す。

 義理妹姫は剣の平で老人の顔を強めに叩き「不快な音を出すな」と言う。

 老人はもんどり打って、鼻と口から血を流す。

 義理妹姫の後方から石が飛んでくる。

 義理妹姫は振り向きもせず飛んできた石を叩き落す。

 剣を鞘に戻し、投げた方向に歩いて行き、中年の男の胸倉を掴み、老人の下に投げ捨てる。

 老人と中年の両者が義理妹姫を見ている。

 「ハエは二百匹殺しても剣の錆にものならなかった。次また煩かったら、千匹潰そう」

 そう言うと、義理妹姫は私の方にやってきて「奴らが最後尾だ、邪魔が居なくなったら、中へ戻ろう」と私に声を掛けてきた。


 塩砦の食堂に戻る。

 発情王子が「お帰り」と声をかけてくれる。

 今は暗殺少女がくっついている。そう言えば暗殺少女は城下には来なかったから、発情王子が留守の間、塩砦を護っていたのか。

 私が席に着くと、第二義母がスープを持ってきてくれる。もはや、私のお母さんと言ってもいいのではないかと思う。それだけの愛情を感じる。

 スープが染み渡る。石造宿舎で会議のから、あまり寝てないまま、日々が過ぎてゆく。

 防具が修繕され、デザインも戦女神を気取ったのかギトギトになって、多少重くなっている。

 東砦の再選抜された近衛兵、改め発情王子親衛隊員達が、走ってバラバラに塩砦にやって来ている。一着は東軍中佐のようだ。

 「しかし、鈍ったもんだ。少女にも長距離走で負けるとは、情けない」と東軍中佐入ってくる。

 発情王子が「貴様は呼んでいない」と東軍中佐に声を掛ける。

 座るのここでいいかと言って発情王子の隣り第二王子の席に座る。

 「いや、そういうことはよ、この戦から帰ったからにするさ」と東軍中佐。

 「次などない、絶え間なく戦い続け、削りあい、貴様も死に、最後に俺だけが立っている。そういう戦いだ」

 「ずっと、戦が無いままこの歳だ。いつかは本物の戦いをしてみたいと思っていたんだ。戦時に女子供は不要だ」と東軍中佐。

 義理妹姫が部屋に入ってくる、着替えをしてきたようだ。楽な格好になっている。

 「妹よ、この男が戦に出たいのだとよ」と発情王子。

 「辞めておけ、死ぬだけだ。その筋肉の付き方は、寸止めありきだ。相手に剣が当り、剣が骨を通るのか、それとも止まるのか、そんなことすら分からないまま死ぬだろうよ」と義理妹姫。

 東軍中佐が血に飢えた目をする。

 「まあまあ、試してみなって、そこそこ可愛がってやれると思うぞ」

 「お兄、こいつ何言ってんだ?」と義理妹姫。

 「一応、東軍中佐。元将軍の弟子で、女騎士の師匠だ」と発情王子。

 「馬鹿師弟繋がりか。いいわ、今日はとても嫌なことがあったの。やるなら私の気が済むまで辞めないわよ」と義理妹姫。

 「それはありがたい事で」と東軍中佐。

 「じゃあ今から相手をしてあげるわ、中佐とやら。女騎士、あんたの師匠なんでしょ。ぶった切ってやるから、武器庫から適当な剣を持って来なさい。安物は直ぐ折れるから」

 すぐ折れるのは、剣なのか東軍中佐の事なのか、それとも両方か。

 △王国東軍の防具は上半身を金属、下半身は動きやすい様に革鎧である。

 私が武器庫で剣を選んで、持っていく頃には、義理妹姫が素手で相手をしたのか、東軍中佐が肩で息をして、砂まみれである。

 義理妹姫は私を見ずに軽めの両手剣を受け取ると、片手でクルクルと剣を回し、感触を確かめると「オラオラ」と叫びながら、剣をガンガン東軍中佐の鎧にぶち当てる。適当に当てているように見えて、東軍中佐のバランスが崩れる様に叩いている、東軍中佐は剣を振ることも敵わないまま、フラフラと立っているのがやっとだ。

 「ほら、分かったでしょ実力差が。あんたが今の努力を続けても、私に一撃を与えるのも無理。覚悟を決めて、命がけで努力すれば死ぬ前には何とかなるかもね」と義理妹姫は言うと、距離を取る。

 「剣を振らせてやるから、殺す気で来な。一太刀でもぬるい剣があったら、そこでお仕舞」と義理妹姫。

 東軍中佐は上段から切り込む、速い。

 義理妹姫は東軍中佐の内側に入り、片手で腕を取り、足をひっかけて東軍中佐の勢いのままに投げ飛ばす。

 東軍中佐は剣を投げ落とし、無様に転がる。

 「上半身で剣を振るから、無様に転がる。剣は下半身で振る。腕は下半身の力を無駄なく伝えるだけでいい。まずは下半身で剣を振ることから」と義理妹姫。

 「へへ、お願いします」東軍中佐は嬉しそうだ。

 東軍中佐がブンと上段から義理妹姫に斬りかかる。

 義理妹姫はバックステップで一歩下がる。目の前を剣が通り過ぎる。剣先は地面を叩き、止まった切先を義理妹姫が踏んで抑える。

 「腹筋から力が抜けている。足首から力を発生させて全身で増幅させて、剣先に伝えきる。体を一つの鞭のように使え!」そう言うと東軍中佐の切先を放す。

 東軍中佐は上段の構えに戻る。義理妹姫も初めて上段に構える。

 東軍中佐は呼吸を整え、義理妹姫を見定める。

 東軍中佐が動く。動き出しはゆっくりだったのに、剣速が異常に速い。

 ギン。

 義理妹姫は剣が十字に重なるような型で受けるが、押されるように義理妹姫の切先が下がっていく。義理妹姫の体がぬるりと右前方に抜けていく。解き放たれたように東軍中佐の剣が地面を叩く。

 「剣聖の名は本物かよ」と東軍中佐が呟く。

 「これで分かっただろう。剣は下半身の力で振り、腹筋背筋で増幅する。腕の筋肉は少しでいい。腕ばかり太く下半身や背中がフニャフニャの今のお前ではまともに剣は振れない。鍛えなおして出直してこい」と義理妹姫。

 「そんなこと言わず、もう一本だけお願いします」と東軍中佐。

 フンと鼻を鳴らし、上段に構える義理妹姫。

 東軍中佐が上段から斬りかかる。

 義理妹姫が前回と同じように受ける。

 そこから、東軍中佐は腕力でギリギリと義理妹姫を押し込んでいく。二人の剣がブルブル震える。

 東軍中佐が一気に力を開放し、義理妹姫の柄を膝蹴りにして、義理妹姫の剣を後方に吹き飛ばす。

 あ、コレか、私が発情王子にやられたやつ。

 東軍中佐は剣を上段に構えたまま、義理妹姫にのしかかる様に倒れていく。

 東軍中佐の股間には義理妹姫の足がある。

 「一体何がしたいんだ? 私は剣が無くても、お前ごときには負けないが」

 義理妹姫は私が見つけられなかった正解をあっさり提示して塩砦に戻っていく。

 いつも間にか、走ってたどり着いた東軍の軍人が東軍中佐の腰を叩いたりして、肩に担ぎ塩砦に入っていく。




 翌日、倉庫に塩砦の全員が呼び出される。

 暗殺少女、元将軍、愚直大佐、砂炎踊姫、義理妹姫、異端者君、私、東軍中佐と東軍百名、避難民のうち学校の生徒百名、幼稚舎の要員百名、そして幼児百名。幼稚舎の立ち上げを聞いて幼児が塩砦に捨てられ人数が増加した。

 発情王子が木箱の上に立っている。

 発情王子から見て右側に軍人、真ん中に生徒、左側に手をつないだ幼児と幼稚舎の者。

 「我々は非常に状態が良くない」と発情王子が演説を始める。

 「我々は、庇護した避難民に襲われ、また金に目をくらませた×教傭兵隊にも襲われた。そして、我々は戦い勝利した。が、外の避難民にはまだ反乱の兆しがあり、×教傭兵隊もこの塩砦と女達の略奪を諦めていない。更にだ、本来は東砦の優秀な近衛隊百名がこちらに来るはずだったのが、結果の出せない、腰抜け野郎百名を世話することになった。童貞野郎に予め言っておく、この砦の女性は全て俺のものだ。手出しは許さん」発情王子は「全く迷惑な話だ」と愚痴りながら続ける。

 「しかしながら、我々は望むべき夢がある。我々は、食べ物に困らず、住む所に困らず、争いに怯える事無く、皆が笑って暮らしている世界。それを創り出す。現状から掴み取るには大変な困難と努力を伴う。まずは学問、読み書き計算は必須だ。なぜ明後日が大潮なのか分かるものはいるか?」

 軍人の中に数名手を上げる者がいる。

 幼稚舎の者と学生たちを手が上がらず、軍人の上がっている様子を見る。

 「これだ。読書きが出来れば、さらにその先の知識を手に入れることができる。『この大地が球体である』と言って理解できるか? 大潮の理解はその先にある。でも、どんなクソ軍人でも、この程度は、理解ができるのだ。これからは日々学習し、テストに受からない者は飯抜きだ。出来るだけ多く働き食料を生産し、余剰を貯めて、学習する時間を作り出すのだ! そして、我らの理想を、あなたの理想を叶えるのだ!」

 発情王子が降壇し、代わりに砂炎踊姫が木箱の上に登る。

 「幼稚舎と学校の生徒たちは踊りから入ります。踊りと侮らないでください。この踊りには武器を扱う時に使う動きを全て入れてあります。生徒の皆さんは学習と輸送を両立していただきます。幼稚舎の皆さんは塩砦の日常の雑務もこなしながら、学習していただきます」

 砂炎踊姫の説明が続く中、発情王子は愚直大佐に命じて、兵士を右に向かせ兵士達の中央に歩いて行く。

 「いやいや、先ほどはクソ軍人などと呼んでしまい、すまなかった。つい私の言いつけが守れない残念な奴が集まってきたのかと思ったが、ここに集まった者は愚直大佐を現隊復帰するべく命を投げたしてまで集まった精鋭だったな。すまんすまん、つい女騎士が愚直大佐に襲われたり、義理妹姫が東軍中佐に襲われたりしたもので、疑心暗鬼になっていたよ。まあ、私の親衛隊になる者達だから、信頼しているよ。義理妹姫によると訓練に偏りがあり、足腰をもっと鍛えてほしいとのことだ。昨日は遠い道のりを走ってきたんだ。しっかりご飯を食べてからでないと訓練も出来まい。朝飯を用意したので、しっかり食して、訓練に従事してほしい。では、日程については愚直大佐から」

 発情王子は愚直大佐に場所を代わり、砂炎踊姫と話し、軍人の食事をこちらに手配するように命じた。

 愚直大佐は事の経緯を話し、スケジュールについて、班の体制なども決めていく。

 しばらく話した後、朝食が運ばれてきたので、愚直大佐は話を切り上げる。

 話し手が愚直大佐から、発情王子に代わる。

 「本日はまだ砦内の準備が整っていないので、食事はここで食してほしい。△教会からの食料の提供が決まったが、届いていない今、この砦は食料が少ない。決して残したり、こぼしたりしないように。では食べ方については、元将軍を見てほしい」

 元将軍はしゃがみ太腿を地面に水平にすると、そこに義理妹姫がお盆を置く。おにぎりと具だくさんスープだ。

 変な体勢ではあるが、元将軍は悠々と朝ごはんを平らげて「ごちそうさまでした」と義理妹姫におぼんを返す。

 「ということで、今から配膳するから、太腿を水平にして待っていろ」

 愚直大佐が「姿勢、始め!」と号令を掛ける。軍人が腰を突き出し、しゃがんでいく。

 発情王子が愚直大佐に「こいつらはお前を助けに来たんだ、見本を見せてやれ」と言う。

 「わ、私は怪我が治っておりませんので」と愚直大佐。

 「それは可愛い部下が命を投げ出してまで助けに来た男気を買っても耐えられない痛み?」と発情王子。

 愚直大佐はしゃがみ姿勢を取る。

 「まだ、食べないでね。みんなで一緒に食べましょう」と発情王子。

 食事が女性達によって配膳されていくが既に足がプルプルしている者もいる。

 配膳が全員に行き渡ると、発情王子が「では、いただきます」と言うと、軍人が必死の形相で食べ始める。

 発情王子が「今日の献立はおにぎりと魚のスープです」と言うと、軍人達が固まる。

 城下の人はまず魚を食べないもんなぁ。私も騙されたし。

 発情王子は「早く食べないと冷めちゃうよ」との言葉で食事を再開する者、食事を見つめる者。ただ、軍人たちの脚力の限界は近い。いちはやく食べ終わった愚直大佐は、食器を女性に返し、倒れ込む。それを見て必死に軍人達は飯を掻き込み倒れていく。

 「さて、この後の予定だけど、君たちに持ってきていただいた羊の膀胱の水筒で水を汲んできてほしいな。裏山に井戸があるからそこから汲んできて。下半身の強化の為に後ろ歩きで行ってらっしゃい」と発情王子。

 発情王子が私を呼ぶ。

 「ちょっと、義理妹姫と一緒に山まで行ってくれる? 反乱分子の早期発見と排除だけど、一人で行かせるとやり過ぎるかもしれないから」

 確かに義理妹姫は第二王子が亡くなってから、情緒が微妙に不安定な気がする。


 土漠に砂煙が舞う。

 義理妹姫が先頭で私が二番目。三番目が愚直大佐、四番が東軍中佐。後から軍人達。

 私は前向きであるが、他の人は後ろ向きである。道は石がどけてあるので走りやすいが一人分の幅しかないので一列に並んで走って行く。

 私は防具と帯剣をしているので前向きで許してもらっている。他の人達は帯剣するものが少しと帯剣していない者が殆どだ。水汲みのために羊の水筒を十個持っている。今は水が入っていないのでカラカラとぶつかり合う音が聞こえるだけだ。

 義理妹姫は後ろ向きながら、走る速度を出しているのに息が上がる気配もない。後ろも見ていない。

 「義理妹姫、後ろを見なくて大丈夫なの?」

 「この前来るときに危ないところは覚えてあるから平気だ」

 一度しか通ってない道、覚えているんだ……。

 暑くてきついが、このペースで走らないと夜になる。前回は途中で意識を失ってしまったから、全部の行程は分からないけど、愚直大佐と斬りあったところが中間地点だと思う。あそこは明らかに坂だったので、今は斜度は緩く、先の長さを告げている。私は義理妹姫を必死に追うが、義理妹姫自身は私に合わせることで、サボっているような面持ちだ。

 「ホントだらしがない」と義理妹姫。

 私が振り返ると、愚直大佐すら相当離れており、更に大分遅れて東軍中佐、その後ろはもはや点で分からないが、道から一歩外れて休んでいる軍人も多く見える。

 大丈夫だろうか、軍人達。この先、生きていけるのだろうか。


 

 義理妹姫と私は夕方に山の避難民の住居に着いた。義理妹姫は止まらず、畑の方へ走っていく。

 夕焼けに照らされ老人と壮年の男性が居る。

 顔面に大痣のある老人が話しかけてくる。

 「どうじゃ、儂の畑は! 素晴らしいじゃろ! 次の収穫は大豊作じゃ! この畑を作った儂を褒め称えるがいい、頭が高い、小娘!」

 「お前ごときが、この畑を一日も経たずに作れるわけがねえだろ」と義理妹姫。

 「儂がここに来たからこんなにも植物が喜んでおる! 儂のおがげじゃ、全て儂の!」

 老人が大声を上げる。

 「それは、お前以外の避難民が頑張ったから、お前ではない」

 「避難民の長老であるのは儂。つまり避難民の頑張りは全て儂が存在するからじゃ、儂の偉大さを尊べ!」老人が大声を出す。

 「お前が偉大なら、村は避難などせずに済んだだろうに、無能の虫けらが!」冷たく義理妹姫。

 「そんなありえもせんことを言っいおって、そう貴様は奪う気じゃなこの素晴らしい畑を、また王家が奪うのか! 儂の畑をまた王家が奪うのか!」老人が叫ぶ。

 「王家など死ねぇ! 作りもせず、略奪するだけの殺人鬼が!」

 義理妹姫が老人の腹に剣を刺す。

 「ぐっ、王家は盗みを働いた上に、本当のことを言った、罪もない老人を虐殺するのか……」

 「罪もない? 私は『不快な音を出すな』と言ったはずだ、思い出させてやろう」

 義理妹姫そう言うと、剣を持ったまま手首を捻る。

 何かを老人が叫ぼうとするが、全身がカクカク震え声が出ない。

 老人が腹から剣を抜こうと素手で剣を掴み両手からも血を流す。

 「おいおい、この程度で根を上げるんじゃないだろうな。腹を斬られるより、歯を割られる方が痛いと聞く。全ての歯を割られている少女を見たことがある。この程度で『殺してください』など、甘すぎる。もっと自分の無能さを感じろ、馬鹿にしていた小娘に、手も足も出ず、無残に殺されるのだ『無能』以外にお前に与える言葉があるとするならば、人間の尊厳を貶めた虫けら」

 そっと、壮年の男が石を拾っている。

 義理妹姫に伝えるべきか。

 「男!」と義理妹姫が叫ぶ。

 壮年の男はビクンとして動きを止める。

 義理妹姫は男に問う。

 「お前の国では、閻魔というやつが、閻魔帳に全ての行動を書き記しているんだったな。お前の罵倒や行動は閻魔帳に書き記されているのに、平気で人を罵倒し、平気で人間の尊厳を貶めるのはなぜだ! 教えろ!」

 壮年の男は固まって動けない。

 義理妹姫は続ける。

 「お前らは地獄に落ちるのが確定しているのに、更に罪を重ねるのはなぜだ。罪一回も百回も同じ量刑なのか? それとも地獄での量刑が厳しいほど、この世での価値が高いのか? お前らが罪を重ねる理由が分からない。答えろ」

 義理妹姫はそう言うと、更に老人の腹を裂き、手首を返す。

 老人は剣を掴めないほどガクガクしている。

 壮年の男も答えられない。

 「自分のやっている行動も答えられないとは。さてはお前らは人でないな。人に似せた虫けら、もしくは人に寄生した虫以下の存在だな。お前たちがアブラムシを手で潰すように、私がアブラムシに劣るお前たちを潰すのも当然だよな、下等な存在なのだから」

 義理妹姫は老人の腹から剣を抜き、宣言する。

 「虫ごときが、王族の前で立っていることを許さぬ、膝まづき、虫けらの様に平伏せよ。虫ごときが、王族に声を掛けることを許さぬ、無知の言葉に価値はない。黙り、不快な音を出すな。分かったか!」

 壮年の男は固まったまま動かない。

 義理妹姫は老人の首を跳ね飛ばし壮年の男にぶつける。

 老人の首は壮年の男の胸に当り、地面に落ちる。

 壮年の男は地面に伏して、頭を地面に付ける。

 義理妹姫は壮年の男の頭をガンガン蹴りながら「身の程を知れ、身の程を。地獄に落ちて永劫の時を業火に焼かれ続けよ。お前は罪深い、お前らは罪深過ぎる」

 私はやり過ぎだと、義理妹姫を止める。


 義理妹姫は私の手を握り、歩き出す。

 しばらく歩いて止まり、私に話し出す。

 「こんな姿、お兄に見られたくない、恥ずかしい」と。

 義理妹姫は続ける。

 「お兄ならさ、殺さなくても、脅さなくても、ゲラゲラ笑いながら何とかしちゃう。でも私は出来ない。人に馬鹿にされて、悪意を向けられてへらへら笑ってられない。特にね王家を馬鹿にされると、もう我慢できない。普通は王家と言ったら王族のことだけど、私の場合は発情王子と第二王子と私の三人のこと。家族よりももっと身内の、幼馴染でも特別な関係。それが私にとっての『王家』」

 義理妹姫は下を向き苦しそうに話す。

 「お兄はさ、あんなんだから努力してないように見えるし、特に体の管理は手を抜いていると思われている。だけど、一番頑張っているのはお兄なんだよね。叙勲式の時のメニューあれ、お兄の食事のまんまなんだよね。体を大きくするなら肉を食べないといけないのだけど、お兄は肉の消化が弱いから、たくさん食べれない。だから柔らかくなるまで煮込んだスープと、バターの代わりに脳味噌のサンド。お兄は乳製品もダメだし。羊の生の肝も食べた? 肉は生の方が消化に良いから。それと魚も生で食べられるのよ、魚の分別と処理は丁寧にしないといけないけれど。だから第二王子を塩砦に連れて来た。魚の生食で何とか第二王子も少しは長生きできたと思う。苦しい発作は起きなくなったから。だから私は、食事を残す人は嫌い。旨いとかまずいとか言う人も嫌い。食事は生きるために他の命を奪っているのだもの、しっかり命を受け止めてあげたい。発情王子が今の第二王子くらいだった時、一度だけ『もう死にたい』と言ったことがあって。第二王子が『死んじゃ嫌だ』と泣き出して。お兄が何でと聞いたら『一番頑張ってるお兄が一番カッコいいから』と言って。それからお兄は二度と死にたいと言わなかったし、文句も言わなくなった。カッコいい兄で居続けた。これからもきっとカッコいい兄で居続ける。それに比べて私は恥ずかしい。二人より体が動き、頭も回るのに、何も出来ていない。何も成していない。何をしていいのかも、何をしなければいけないのかも分からないまま、ただ感情にまかせて生きている。ただただ恥ずかしい。凄い差を付けれちゃったな。やっぱお兄はカッコいい」

 義理妹姫は第二王子の形見である懐刀を眺め、思いにふける。

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