第15話 第一王子VS義理妹姫
私達『紛い者殺害部隊』も迂回した道を通って走って東砦に翌日昼にたどり着く。
東砦城壁の櫓の階段を上がって行く。
発情王子、暗殺少女、元将軍、義理妹姫と私が交互に水を飲む。
昼の城下に騒乱の音が響き渡り、そこかしこで戦闘が起こっている。
東砦の軍人たちが隊列を組み、×教の傭兵隊を打倒して行く。槍で突き、傷ついたとこで剣で仕留めていく。前列、後列の交代など、実にスムーズだ。百人と隊長一人が一組になって、城下の×教傭兵隊を狩っていく。
百人隊長が私達に気付き、ウィンクだけを残して、去っていく。城壁まで追い込んだ×教傭兵隊を駆逐したようだ。
叔母が元将軍の下に走ってくる。
「発情王子軍との交戦後、勝利した×教軍は夕刻帰還し、その足で町の略奪を始めました。そこから東軍が防衛を始め、戦闘になりました。朝になりますと女の子達が歌い踊りはじめ、息を潜めていた城下の人々が出てきて、東軍と連携し隠れている×教傭兵隊を殲滅。先程の隊で城下の×教傭兵隊は、あらかた壊滅したと思われます。残りの×教聖騎士隊は無傷で王宮に籠城中です。また、踊り手たちは中央広場に集合しています」
いつもの叔母では無い。カチュウシャをしている。
戦に大勝した第一王子軍は、塩砦までの追撃を諦め、一旦東砦まで退却したが、東軍が立ち上がり、戦闘になったようだ。
私達は中央広場に向かう。
発情王子が率いる塩砦軍は今回惨敗。その後を受けた城内の東軍は圧勝。指揮官の違いか、訓練の練度なのか、数の違いか、町の住人の協力があったからなのか、勝因は私にはよく分からない。
私達が中央広場にたどり着くと、砂炎踊姫と二十人の女の子達が舞台上で踊っている。
ギャラリーは城下の人々で数百人は居そうだ。その全員が砂炎踊姫に魅入っているようだ。
「うっそ~ 踊りのバリエーションすごく増えてる!」と義理妹姫。
歌と踊りは子供達の体操として作ったので、簡単な振り付けである。
砂炎踊姫には暇だったのだろう、自分だけオリジナルの振付で踊っている。歌自体は短いので、繰り返し歌っているが、踊りの内容は一歌ごとに違い、その踊りは一つの叙事詩を作っているようだ。
貴方の為に踊っていると言うかのように砂炎踊姫は観客にウィンクをバシバシ決めている。
♪私はか弱いウサギさん♪
♪私に発情した王子様♪
♪王になったら貴女を人にいたしましょう♪
♪約束してくれた王子様♪
♪人にはとっても成りたりけれど♪
♪王子さまはおなかが減っておいでです♪
♪どうか私をお食べなさい♪
♪私は夢が見たいのです♪
♪どうか私の命を使いなさい♪
♪明日、人になってる夢を見たいのです♪
砂炎踊姫は二十人のバックダンサーを従えて踊り続けている。
「あっ、元将軍じゃないっすか!」全身血で真っ赤な青年が声を掛けてくる。装備からすると△国の軍人の様だ。
「戦況はどうなっている?」
元将軍は血まみれ青年に問う。
「余裕っす、×教の傭兵はまともに訓練してないっすよ。ただのチンピラすねチンピラ、東軍の圧勝っす。ただ、聖騎士隊の方は強いっすね。手を出したらこのありさまで。自分の隊は夜勤でして、今から叩き起こして連れてくるっす」
「そうか」と元将軍が言い、血まみれ青年の左腕を水筒の紐を使って縛る。青年の左腕は肘から下がなかった。
「お前は救護室に直行だ」と元将軍。
「なんのなんの、俺達がやってやるっすよ、全部まとめてやってやるっす。第一王子だろうが、騎馬民族だろうが、まとめて片付けるっす。俺は家を飛び出して来たんす。家族を捨てて来たんす。天涯孤独だと思っていたっす。そんな俺を兄弟だって言ってくれる仲間がいたっす。腹いっぱい食わせてもらい、腹が千切れるくらい笑わっせてもらったっす。家もない、地位もないそんな俺を好きだと言ってくれる人も出来たっす。俺の人生を地獄から幸せにひっくり返してもらったっす。そんな人が助けを必要としてるっす。腕一本くらいで寝てる場合じゃないっす」
血まみれ青年は発情王子と私にウィンクをバシンバシンと決めてゲラゲラ笑いながら去っていった。
私達は王宮へと急ぐ。
王宮前の門から朗々とした異端者君の声が聞こえてくる。
「貴方達は天国には行けません。教皇は天国の鍵はお持ちではありません。金で買えるような贖罪では主はお気に召しません。だまし取った金で養われる聖騎士隊も好きではありません。もし教皇が天国に行ける秘儀をお持ちでも、ここは△教の支配地域です。教皇のお力は届きません。また、発情王子が東の賢者の知識を使い、たくさんの生贄を捧げ、貴方達に呪いを掛けています。無残に死んだ人達の魂をこの地に集め、死した者に噛みつく呪いです。噛みつかれた者はその重みで天国に登れない。噛みついた穢れた魂と共に永遠に地獄で焼かれるのです! そう×教聖騎士隊は死んで地獄に落ちるのです!」
破られた門とその奥に控える×教聖騎士隊。
今は、聖騎士隊の一人が東軍軍人の腹を刺し、刺された軍人が槍を抑え込み、軍人の体を城下の人々が引っ張り、聖騎士を引き摺り出している。
倒れ込み引きずられているにも関わらず、聖騎士は槍を放さない。
他の聖騎士隊の槍が届かない範囲に来ると引きずられた聖騎士は市民から鈍器でボコボコにされていた。
聖騎士から「ウワァーーーー」叫び声がし、声がやむ。
異端者君がご満悦に叫ぶ。
「ほら見てごらんなさい、聖騎士の魂が穢れたものに食われています。どうですか、見えますよねぇ、早い者勝ちで飛びつく穢れた亡者の魂の群れ。群れで来ると流石の聖騎士も太刀打ちできないですねぇ」
義理妹姫が強弓と全鉄の矢で聖騎士を撃つ。
ガン。
聖騎士の鎧に刺さるが、肉には到達していないようだ。
チッっと義理妹姫。
義理妹姫は元将軍を呼び「私を門の城壁に飛ばせ」と言う。指は聖騎士隊のいる少し左手を指している。
元将軍は中腰になると自分の手を組み、その手の中に義理妹姫の右足を収めると、ブンと万歳をするように、義理妹姫を投げた。
義理妹姫は門上に着地すると素早く強弓を一射だけして、門上から飛び降りてくる。
義理妹姫は発情王子のところに来ると、「門のすぐ近くに三十、中庭に七十が待機。座って茶を飲んでいる禿げたおっさんの顔面に一発打ち込んだ。死んだとは思うが、誰だかは分からん。×教聖騎士隊の武器は槍とモーニングスター、弓はなさそうだ」
瞬間的に判断して人を殺すなとは思うけど、こんな時に茶を啜っている奴は碌なものではなかろう。
異端者君が義理妹姫に首根っこを掴まれる。自信満々だった異端者君急に怯えだす。異端者君は元将軍のところに突き出される。
義理妹姫は異端者君に「続け」と言い、自分は元将軍に門の城壁に飛ばしてもらう。
異端者君も元将軍に飛ばしてもらうが城壁の角にぶち当たり、かろうじて登っていく。
異端者君が王宮内に向けて朗々と演説を始める「貴方は神を感じたとがありますか? 私はあります……」
軍宿舎の方から大勢が走ってくる。
叙勲式の時にあった荷車に乗せられた羊頭の大木が迫ってくる。
「破城槌か」と発情王子が呟く。
門前にいる軍人も含めると東軍兵士は千人規模だろう。
破城槌は方向転換しにくいのか、少しずつ方向を宮廷の門へ変更していく。
激昂少佐が先頭で走ってくる。
「遅くなりまして申し訳ありません」と激昂少佐。
「かたじけない、東軍の戦ではないのに」と発情王子。
「兵士百名も持って行って、それはないでしょう。大敗と聞きましたが、うちの者達は元気ですかな」と激昂少佐。
「すまない。半数をやられた。愚直大佐と東軍中佐は元気だが、少ない戦力で頭を抱えている」と発情王子。
「まあ、こちらの東軍としては、戦に勝って調子に乗った×教軍をちょいと絞めてやっただけです。先に襲ってきたのは×教徒なので、問題ありません。ただ、第一王子の存在は軍の手に余ります。そちらは発情王子にお任せします」と激昂少佐。
「もちろんだ」と発情王子。
元将軍が激昂少佐に声をかける。
「よく軍を立て直した。ここまでの練度に仕上げたのは良い指揮官のおかげだ。よくやった」
激昂少佐はびっくりした顔で固まる。
ダラダラと涙を流し、泣いていることにハッと気づく。
「じ、自分は…… 職務を…… 全う…… した……だけ」と激昂少佐。
「これが終わったら、飯でも行こう」と元将軍。
激昂少佐は涙を拭き、部隊に戻っていった。
元将軍は「これはお返ししておきます」と腰の左右にかかる二本の長剣から一本を発情王子に渡す。
激昂少佐の檄が飛ぶ。
「まだ、現将軍からの連絡はない。したがって、第一王子と暴君王妃に手を出しはならん。だが、我らの護るべき城下の人々に手を出した×教徒は絶対に許さん! 今がその時だ! 粋がれ! 恰好をつけろ! 女を護れ! 町を救え! 男を上げろ! 突撃!」
ウォーーーー。
軍人たちの大きな歓声の中で羊頭の破城槌がゆっくり動き出す。
五十人が押しているだろうか、強大な破城槌が速度を増していく。その上にまたがり叫ぶ軍人が居る。
「我隊が先駆けの名誉を頂いた! 歴史に名が残るほど煌めきを! 王室まで突っ走れ! 突撃ぃ!」と軍人が叫び剣を振り下ろす。その軍人は左腕がなかった。
私達の前を通り過ぎた破城槌は門へ突撃していく。
門に控えていた聖騎士隊は破城槌に跳ね飛ばされていく。まるで砂利を足で蹴った様に。
その後に東軍の軍人が雪崩れ込んでいく。
ドォォォォーーーーーン。
壁の崩れる音がする。
東軍兵士が五百名も入ると門から王宮の中庭に入れなくなり兵が門外にあふれている。
残る五隊は待機のようだ。
「そろそろ、行こう」と発情王子。
発情王子と暗殺少女と元将軍と私が門を潜る。
門上には弓を片手に悠然と立つ義理妹姫、その隣に朗々と呪詛を吐く異端者君。
「さぁ、×教聖騎士諸君、死が迫り、見えますか? 傭兵たちの穢れた魂が。今や遅しと貴方が死ぬのを待っています。貴方が死んだ時、穢れた魂と共に貴方は地獄に落ちるのです。そう地獄に落ちるのです!」
門近くの×教聖騎士隊が引き倒され袋叩きにあっている。×教聖騎士自身のモーニングスターを東軍の軍人に奪われ、頭をカチ割られていく。
中庭の×教聖騎士隊は分断され、隊列もバラバラ、大量の東軍の軍人で戦線が込み合い槍がまともに振ることができず、こちらも引き倒され頭をカチ割られていく。
私達は戦いの邪魔にならないように移動するが、なかなか前に進めない。
時間を掛けて進み、先頭に着くころにはほぼ決着がつき、×教聖騎士で立っている者はおらず、×教聖騎士を叩く音だけが聞こえる。
そして、丸太にまたがった軍人から叫び声が聞こえる。
「俺たちの勝ちだ! 町を護ったぞ! 勝ち誇れ!勝鬨をあげろ!」
うぉぉぉぉぉーーーーー。
発情王子は勝鬨を上げた軍人の下に寄る。
多くの軍人支えられた彼は片腕がなく、幾重にも創傷があり太腿にも槍が刺さっている。
「発情王子っすか、俺やったっすよ、俺と俺の仲間がやってやったっす!」
「お前が本日の最優秀賞だ。俺の名前入りで賞品を送ってやろう、どこに送る?」
「村の家族に。俺、長男のくせに出来損ないだったから、家族に自慢してっす。派手にお願いっす」
「任せておけ」と発情王子。
「元将軍、申し訳ねっす。娘さんにも『すまね』とお伝えください」
「それはいろいろと看過できないなと」と元将軍。
ブン。
話していた軍人の首が飛ぶ。
二撃目を元将軍が防ぐ。
剣を振ってきたのは第一王子だった。
暗殺少女は第一王子の後ろに居る壮年の男に斬りかかるが、簡単に捕まり、縛られていく。
第一王子が元将軍と斬り結び、元将軍を圧倒していく。
「まぁ、少しは鍛錬したみたいだけど、私の準備運動にもならない」と第一王子。
「やめろぉぉぉぉ」義理妹姫の叫び声がするが、やや距離がある。
第一王子はニヤリと笑うと、元将軍の胸に剣を刺す。鎧の上からなのに易々と剣の根元まで刺し込む。
第一王子は「替えの剣を取りに行かねば」と背中を向けて悠然と歩き出す。
義理妹姫が倒れる元将軍の下に滑りこむ。
元将軍が息絶え絶えに、義理妹姫に話しかける。
「一度はお姫様をお助けしてみたかった。少しは役に立てましたかな、仕えさせてくれてありがとう。……この思いは妻には内緒で」と元将軍はニコリと笑い息絶える。
「馬鹿、この浮気者」と義理妹姫。
元将軍の唇に義理妹姫は唇を重ねた。
東軍が引き上げていく。元将軍の遺体も一緒に運んでもらう。
立ち尽くす発情王子と義理妹姫。その姿は男女は違えどそっくりだ。
私は暗殺少女を押さえている男を見る。
私はツカツカと歩き、その男をぶん殴る。
「何しているんだ親父! こんなとこに何しに来た!」
「ま、まて、落ち着け、私は不戦協定を結びに来ただけだ。第一王子にも発情王子にも協力しない。それを確認に来ただけだ」
「この子の歯を砕いたのも、親父か?」
「これは道具だ。道具を整備しただけだ。発情王子が勝手に持って行ったから回収しなければ発情王子に肩入れしたことになる。回収は敵対ではない」
私は更に親父を殴る。
「てめぇ、このタイミングに表舞台にわざわざ出てきて敵対もクソもねぇだろ!」
祖父は見殺しかよ。
私が親父を殴ろうとしたら、親父は暗殺少女ごと後ろに下がって止まる。あくまで見学はするようだ、クソ。
第一王子と暴君王妃が歩いてくる。
「素敵な親子対面だね。私も現王とそんな喧嘩をしてみたいものだ」
ハスキーな第一王子の声が耳障りだ。
義理妹姫が左右にある二本の短剣を抜き、第一王子に斬りかかる。
第一王子は両手剣を軽々と振り回し、義理妹姫の剣を容易く躱していく。
義理妹姫は長旅で疲れているのか、いつものキレがない。
「我が妹よ、なかなかの剣の研鑽だ。その体が一回り大きくなるまで鍛えたなら、私を越えることが出来ただろうに、今はただただ筋力不足だな」
義理妹姫が肩で息をし始める。
それでも必死に義理妹姫が仕掛ける。
短剣の距離感のため、第一王子の長剣の間合いに入れない。
第一王子が義理妹姫をあしらい続け、義理妹姫の右手の短剣が後方に飛んでいく。
義理妹姫は後ろに飛び、距離を取る。
義理妹姫が負けてしまったら、私と発情王子しかいない。勝ち目はないが、それでも第一王子に挑むか、それとも発情王子の肉の盾に成るか…… あの技量だと私など何の役にも立ちそうにない。
義理妹姫は一本の短剣を両手で持ち、力を貯め込む。
義理妹姫は第一王子との距離を一気に詰め、鍔迫り合いまで持ち込むが、第一王子がそこから力押しで義理妹姫の短剣を吹き飛ばす。
その瞬間、義理妹姫の右踵が第一王子の柄を蹴り、第一王子の剣を蹴り飛ばす。義理妹姫の足がそのまま第一王子の股間に飛んでいく。
股間を蹴られた第一王子は前のめりになった義理妹姫の首を右脇に抱え首を絞めつつ後ろに倒れていく。
ゴッ。
二人は倒れ込み義理妹姫は石畳に頭を打ち付けられ、首を締められていく。
二人はそのまま動かない。
フン。
義理妹姫が第一王子の腕を払い、立ち上がる。額からドクドク血を流しながら第一王子に振り向かずこちらに歩いてくる。
「全く、第一王子が我が従姉妹とは、思わず殺しちまったよ」と義理妹姫。
第一王子を見ると、第二王子の懐刀が左胸に突き立っている。
第一王子が言う。
「全て計画通り。踊れ! 我が愛おしい兄弟たちよ」
第一王子は力尽き、ガクリと首を倒す。
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