第8話 第二王子と王様ゲーム
ベットの上だ。
夜だろうか。部屋が暗い。
最後の記憶には、元将軍が居たから、そう悪い事にはなってはいまい。
まさに英雄といった感じだったな祖父は。
それに比べ、私は惨めだ。
暴漢に襲われ、抵抗すらできなかった。
発情王子の体調も気遣ってやれなかった。
清徹従娘を死なせてしまった。
にも拘わらす、何も行動しなかった。
第一王子親衛隊に立ち向かったのも、砂炎踊姫が決断した。
自分では自分の命を懸けることさえ決断できなかった。
そして、死ぬ覚悟をしてさえ、愚直大佐に一太刀も振ることもできなかった。
悔しくて、惨めで、情けなくて、涙が出る。
つい、あの時、ああ出来たら、こうできたらと後悔ばかりしてしまう。
涙が止まらない。
久しぶりに大泣きしたな。少しはスッキリした。
「明かり付けていい?」
発情王子の声がする。
「居るんかい!」
聞かれていたなんて、恥ずかしいし、酷いとは思いつつも、少し安心する。
ホワンとランプの光が灯る。
そこには五歳くらい若返った十歳くらいの発情王子がベットに座っている。
少年がケラケラと笑いながら「発情王子の声を真似るの得意なんだよね」と言った。
「『弟の双子の姉』の弟の方!」義理妹姫がそんなことを言ってた気がする、思い出せた!
「女騎士は噂通りの酷い人ですね。ちなみに私が双子の兄で、あっちが妹ですからね!」ケラケラと笑う。発情王子そっくりだ。
「ここはどこ? 私は……」と話を始めると、少年が被せてきた。
「ここは塩砦、貴女は女騎士」
いや、記憶喪失ではないから。
「ごめんごめん、妹と喋っていると、割って入らないと喋らせてもらえないから」
少年はケラケラ笑う。笑い上戸の様だ。
「あなたはここで何しているの?」
「うーん、僕は第二王子だから、逃亡中?」
第一王子が居て、発情王子が居て、その弟だから第三王子では?
第二王子が腹を抱えて笑い出す。
「女騎士、駄目だよ、顔に出過ぎ。ここは第一王子を認めず、発情王子を継承権第一位にもどすための組織だから。発情王子が第一王子、僕が第二王子。自称第一王子はここでは『紛い者』と呼ばれているよ」
第二王子は涙を流して笑っている。
手で涙を拭きながら「頑張って長生きしてよかった」と呟く。
「第二王子も体調が良くないの?」
「うん、そうですね。血の限界って言われています。東砦の王家も北砦も西砦も王家としか結婚しないから、王家内で血が濃くなってしまっていると言われています。『紛い物』の様に外から血を入れれば、元気な子供が生まれてくるんですが、王位の継承権で揉めるから△王国では許されていないのです。システムの限界ですが、そのシステムのおかげで今まで△王国がもっていたわけですから、難しい問題ですね。僕と発情王子は体が弱いのですが、どちらがより悪いかは喧嘩になりますね。すぐに失神してしまう兄さんと、全然ご飯が食べれない僕とどっちが辛いのかなぁ、どっちだと思います?」
いや、分からん。
クククと第二王子が笑いが漏れている。
「流石、兄さん慧眼だよ」第二王子がケラケラと笑い出す。
「そうそれ。何で発情王子が私を騎士にしたのか、いまいちピンと来ないのよね、第二王子分かる?」
「えっ?」第二王子は真顔で答える。
えっ? そんな当たり前に分かることなの?
第二王子が盛大にゲラゲラ笑い出す。床を叩き、転げまわり、ゲラゲラ笑っている。家中に響き渡るだろうに、遠慮のない大爆笑だ。「ひぃひぃ、死ぬ、死ぬ、笑い死ぬ、兄さんめ、僕を、殺す気だな」ハアハア息を整えながら、でも笑いを堪えきれず、また笑いだす。
涙と鼻水と涎で顔中がベショベショだよ第二王子。そのままの状態で私にハグをしてくる。いや、私の服までベショベショだから。
「姉さんと呼んでいい? いや、呼ぶ。女騎士姉さんだ。僕は女騎士姉さんが大好きだ。きっと兄さんも大好きだよ」
それ、答え? 益々分からんけど。
「女騎士姉さん、ヒントを上げるよ。兄さんはああ見えて子供だから。僕らが腹いっぱい御飯が食べれないから、腹いっぱい兵士にご飯を食べさせたし、僕らが自由に結婚出来ないから、兵士達に無理やり結婚を勧めてたし、王家なのに僕らはお金が自由にならないから、お金を使い込んじゃうし。考えているようで何にも考えてないというか、僻みとやっかみを盛大にぶちまけているだけだよ。子供が駄々捏ねているだけ、深く考えるだけ無駄だよ」
第二王子が顔を布で拭き、改めて握手を求めてきた。
握手をする。第二王子の手は筋張っており手は職人のように豆だらけだ。十歳の手には思えない。
「あ、この手? 聞いてくれる? 僕が『このまま誰にも知られず死ぬのは嫌だ』って泣いたら、兄さんは王位継承権の証の△教原典を持ってきて、百冊書き写せって言うんだよ。で、最後に著写名を入れろって。『それを△教会に配ったら、お前の名前は永遠だ』とか言って。僕はここ何年もずーと原典を写してた。百冊写し終わって、やっと解放されると思ったら『妹の分一冊追加』だって。後出しじゃんけんだよねズルくない? おかげで女騎士姉さんに会えたから許すけど、妹でさえ賭けに負けてたみたいだから、兄さんの狡賢さは神懸かってるよ」
それに関しては激しく同意である。
「そんなわけで、僕は『紛い物』から逃げるために城外の王家直轄地、塩砦で塩工場の長をしつつ、原典を写本してた。姉さんは何してたの? 生い立ちから知りたいな」
私は自分の記憶のある所から話を始める。第二王子は聞き上手だ。うんうんと相槌を打ちつつ、手を叩いて喜ぶ。終始笑っていた。辛い思いや苦しさも第二王子に笑って貰うと心が軽くなっていく。
私が愚直大佐に手も足も出ず負け、祖父の元将軍に助けられ、暗殺少女と砂炎踊姫に合流し、元将軍と義理妹姫の首飛ばし大会を話し終わる。
コンコン。
ドアがノックされて、義理妹姫が入ってくる。何か荷物を投げ込み「姉さんはもう眠いから私の代わりに弟のあんたが尋問しておいて」と義理妹姫が第二王子に命令する。
第二王子は余裕綽々と言った感じで「僕の式典は明後日にする。明日はみんなで遊ぼう」と言う。
義理妹姫は「お兄からの伝言。『その男が原典を欲したら、見せてやれ』だってさ」と言って部屋から立ち去る。ドアの絞め方が乱暴だ。声も震えてた気がする。
私は投げ込まれた男を見てみる。
まず、臭い。しばらく体を洗ってないのは明らかだ。黒い布の服だが、元は白の神官着の様だ。△教の服ではないから×教かな。×教の傭兵隊を見たが、傭兵隊はバラバラの武器と防具をしていた。傭兵隊の感じとはこの男は違う。
義理妹姫は尋問せよとのことだから、男を第二王子に向け、正座させる。両手両足を縛られた上に猿轡もかまされているので、動かし辛い。
この男が何しに来たか分からないので、猿轡は外すことにする。
「△王国の女性はどうなっているんだ! 私を見ただけで、『汚らわしい』と言って殴る蹴るの暴行を働き、一言も喋れないまま猿轡をされ、ここに投げ込まれた。女としてのやさしさや美徳や道徳はどこに行った! この国の女は獣か! 信じられん! 信じられん!」
このままだと女性への暴言だけで尋問できそうにないので、私は剣を抜き、剣の平で男の首をトントンと叩く。以前、発情王子がそんなことをしていたな。
「貴方に喋る権利はないわ。貴方は私達の質問に答える。分かった?」
「もーしわけございませーん」男が絶叫する「殺さないで、殺さないで、何でもします。靴でも何でも舐めますから、殺さないでください」
男は額を床に張り付け、泣きべそをかきながら必死に答える。
第二王子が男に問う。
「貴方は×教の異端者ですか?」
「異端者というかなんと言うか、私は悪いことを何もしてないのですが、×教会と剃りが合わなかったといいますか……」
「質問を変えます。△教の始祖『西の聖者』を知っていますか?」
「ハイ! 存じております。師の第一弟子であらせられます。師と時を一番長くし、一番の忠臣であらせられた方です」
「もし、師の弟子たちが生きてたとして、貴方は、十三番目の弟子の×教の祖と、一番弟子の△教の祖のどちらに付いて行きますか?」
男が緊張しているのが分かる。
この答えに間違えると、全てを失うと感じているようだ。
「い、一番弟子です」男は答える。
「よろしいでしょう」第二王子は答える。
男はフーと息を吐く。
「師は☆教徒です。☆教の経典を師と共に西の聖者が研究した解釈本を貴方は欲しますか?」
おおおおお!!!!!
男が叫ぶ。「それが、それこそが私の欲するもの!」
男は両手両足を縛られいるにもかかわらず、第二王子の足を舐めようと足掻く。
正直、男の狂気に引く。
第二王子は男の頭を踏みつけ男の動きを止める。
「貴方は今、囚人です。我々に捕らわれた囚人にすぎません。殺すべき、価値無き人です。貴方は我々にどんな対価を払えますか?」
「命を。いや、本を読んでからですから、未来を。今を失うわけには行きません。なんとしても、本を読ませて頂きたい、お願いします。お願いいたします。どうか、私めにお慈悲を」
「私の命令は聞けますか? 何でも、全て」
「何でも、全て」男は即決する。
「では、まず水を飲んで落ち着きなさい。そして、水で身を清めなさい。出来ますか?」
男は「出来ます出来ます」と連呼する。
第二王子は男に水を飲ませる。ゆっくりと大量に。
拷問かと思うほど、第二王子は男に水を飲ませる。
第二王子は布に水を湿らせ、男の頭に乗せる。
「今から、腕を開放するが、我らの不興を買ってゆめゆめ生きていられるとは思わぬように。後ろの女性は王家に騎士として取り立てられた忠臣。不興を買えば、貴方は死んだことも気づかないでしょう。よろしいか?」
「よろしいです。お願いします」男は言う。
「では女騎士お願いします」第二王子は私に言う。
私は剣で腕の縄を切ろうとするが、刃が駄目になっている。第二王子はスッと懐から小刀を差し出してくる。
私は小刀を受け取り男の縄を斬る。
男は大慌てで服を脱ぎ、濡れた布で体を拭くが、足の縄をほどこうとしない。下半身までむき出しにして体を拭く。
男は服を元に戻すと第二王子の前に布を差し出し土下座し「これでよろしいでしょうか」とお伺いを立てる。
「よろしい。今から渡すものは王家の秘宝。西の賢者直執の書。これは王位継承権の証。つまり、汗一つ、染み一つ付ければ死罪。そういうものだ。理解したか?」
「承知いたしました。汗一つ落しません。汗を落しましたら、自ら命を断つことをお約束いたします」
「よし」と第二王子は言って、本を男に渡す。男は四つん這いのまま、本を読み始める。
一ページめで男は泣き出す。号泣しながら、ページをめくる。
第二王子は「もう大丈夫だから。こういうことは何度もあるんだよね。だから、男の足も解放してあげて」
私は第二王子の懐刀で男の足の縄を斬り、懐刀を第二王子に返す。
男に引いている私に第二王子は語りかける。
「自分は何のために死ぬのか、死んだ後に安らぎが待っているのか、それとも極限の苦痛が待っているのか不安でしょうがない。先人たちの、特に聖人たちの生きた痕跡を辿れると、死後の世界が理解できなくても、安らぎがある。死んだ先に何かあったとしても、先人たちが何とかしてくれる。そんな安心感を得るのが、信仰」
分かるような分からないような言葉を第二王子が話してくる。なぜか、清く、安らかな言葉に聞こえた。
「ご飯よ~」
知らないおばさまに起される。なんとなく品がある。上流階級の方だろうか。
第二王子が立って部屋を出ていく。
木の窓が空いており部屋は明るい。
「今日は元気ねぇ」とおばさまが第二王子に語りかけながら、私に会釈をする。
床には四つん這いのままで本を読み漁る男がいる。周りは全然見えていないようだ。この男も連れていくべきだろう。
ちょっと気持ち悪いので、足で蹴ってみると、嫌そうにモゾモゾして、本を放そうとはしない。
ガバっと男は立ち上がり、本を掲げ、涙ぐみながら、男は言う。
「おお、西の聖者様も自分の非才さに悩んでおられたとは……」と男は感動している。
「あの……」私は男に声を掛けるが、男には届いていないようだ。
私は「おい!」「おまえ!」と怒鳴ってみるが、聞こえて無い様だ。
イライラしてきた。蹴っ飛ばしてみよう。
ドン。
男は第二王子のベッドに倒れこむ。
「何をすんだあんた! あんたには『愛』ってもんがないのか! あっないか。でも『人情』くらいあるだろう、人と接する態度や礼儀はどうなってんだ! どういう育ちをしたらこんな人間が出来るんだ! 親の顔が見たいね!」
男は叫ぶ。
私は剣を抜き、男の方に剣を向け「本に唾が飛んだ」と言う。
男はキョトンとし、ブンブンと首を振り、状況を確認すると、ブルブルと震えだし。
本を掲げたまま土下座をする。
「大変失礼いたしました! どうか、命だけは、命だけはお許し下さい。お情けを!」
どうしたもんだろうねぇ、この状況。第二王子は既に部屋から出て行ってしまったし。
タイミングよく老婆が入ってきた。
「あらあら、まあまあ、育て方を間違っちゃったかしらねぇ。ご飯が出来たから、二人ともいらっしゃい」
おばあちゃんかい!
そうだ、元将軍がここにいるなら、お祖母ちゃんもいるんだった。
私は男の後から、祖母の後を追った。
家の作りが、一般家庭用ではない感じだ。どちらかというと軍の宿舎に近い。安くて頑丈、そんな雰囲気だ。
十人くらいは座れそうな大きなテーブルがあり既に皆着席している。
右列に発情王子、第二王子、義理妹姫、空席。
左列に元将軍、空席、砂炎踊姫、〇教仏僧が座っている。
暗殺少女は発情王子の腕の中である。
どうやら私の席は元将軍の横らしい。
ガヤガヤと団らんしている間を祖母とおばさまが甲斐甲斐しく歩き回りご飯の配っている。
男が突然土下座し、叫んだ。
「申し訳ありません。神聖なる王家の秘宝、西の賢者直執の書に唾を飛ばしてしまいました。どうか、どうか、寛大なるご処置の程を!」
発情王子が「不問に処す、席に着け」と言うが男は土下座のまま動かない。
義理妹姫が「これは王位継承権の証だからいったん返して」と言って男から本を取り上げる。男は本から手を放さないので、義理妹姫に頭部を蹴られる。
本は義理妹姫から第二王子、発情王子の手に渡る。
発情王子は暗殺少女に「異端者君は、目が覚めていないようなので、おひげを剃ってあげて」という。
暗殺少女は素早く移動し左手で異端者君の髪を鷲掴みをし、ナイフでザザっと見事な手並みで剃っていく。
異端者君は顔が真っ青になる。
剃り終わると暗殺少女は発情王子に元に戻る。
発情王子は異端者君に話す。
「私の声が聞こえますか?」
異端者君はガクガクしながら頷く。
「私は席に着けと命令していますよ」
異端者君は震えながら義理妹姫の横にちょこんと座る。
「では、食事にしましょう。食事しながら今後の予定を話していきます」と発情王子。
短いお祈りの後、私達は食事にありつく。
△王国は小麦が主食だが、東の砦だけは王家が水田を持っているので米も多い。本日のメニューはご飯と、白い見たこともない肉と、灰色の団子の入ったスープである。
白い肉は塩味を強く効かせてあり、ご飯とよく合う。スープもなんというか今までにない味だけど、香草が効いて味が強く、灰色の団子はプリプリして面白い食感。なんかとても品のある食事だ、流石王家。
第二王子が食事を配給しているおばさまに「母さんスープお代わり」と言っている。そうか彼女は第二王子の代理母か。
第二義母は喜んでお代わりを持ってくる。
私も祖母にお代わりを頼む。城外に出てから禄な食事を食べていなかった気がする。温かいスープが臓腑に染みわたるようだ。
祖母が私に「どう? 美味しい?」と聞いてくる。
「食べたことない味だけど好き。あっさりしているけど、しっかり味があっておいしい」
祖母はほっとした様子で続ける。
「良かったわ、私が初めて『お魚』を食べた時はドキドキだっから味なんかしなかったもの。王家の方から教わったの。お魚も美味しいわよね」
『魚』……言われてたら、食べなかったのに。あの恐ろしい形の『魚』? 目がギョロっとして気持ち悪い魚……。
周りを見ると美味しそうに食べている。
魚について何か言いだせる雰囲気ではない。確かに、美味しいが……。
発情王子がこちらを見てニヤリとした。
謀ったな! 発情王子! 貴様はいつもいつも!
発情王子は立ち上がると皆に話しかける。
「お食事をしながら、聞いてください。今後の方針ですが、それぞれの思惑があると思います。やりたいことも人それぞれでしょう。そう言ったことの調整を図るためにも本日、『王様ゲーム』をします!」
ボォフォー。
第二王子が口に含んだスープを盛大に吐いた。
「ゴホゴホ、兄さんそれって、ゴホゴホ」
「そう、私達王族のやっていた高貴な遊びの『王様ゲーム』を本日復活させます!」
義理妹姫が「馬鹿ねぇ」と呟く。
発情王子は続ける。
「この『王様ゲーム』は非常に高度なゲームです。『鬼ごこっこ』に勝った人は、負けた人に、半日間一つのことを命令できます。そして、その命令は絶対です」
いや、ルールは簡単だろ。
「このゲームが高度なのは『命令』です。命令は絶対なので、半日の間、腕立て伏せを強要することもできます。だがしかし、恐ろしいのは明日以降も関係が続くのです。腕立て伏せを半日やらせれば、絶対に恨まれますが、数日間は腕が使えません。この状況をどう使うのか。命令後には人間関係の変化が必ず生まれます。その判断は非常に高度です。そして今までに一番冴えていた命令と言えば『素敵な王妃』です」
「お兄ぃ…… それ以上…… 喋ると…… ぶっ殺す!」義理妹姫が中腰で剣の柄に手を掛けている。目が座り、本気の殺意が伝わってくる。
「この様に」と発情王子は続ける。
「猛獣に首輪を付けることも可能です」
首輪? 逆鱗を増やしただけでは?
「さぁ、関係なさそうな顔をしている、〇教仏僧、今、貴方の求めている新しき知識は東砦の地下に眠っています。そして第一王子はその存在を知りません。第一王子が知らないものをなぜ旅の法師が知っているのか、怪しまれますねぇ。地下に入るよりもっと簡単な方法があります。義理妹姫、『統一理論』を覚えてる?」
「覚えてるけど、理解してないわよ。この世の全ての公式を統一して、神の形をとらえるとかいうやつでしょ。なんでそんな面倒なことをするのよ。見て、感じればいいじゃない、神なんて」
〇教仏僧は立ち上がり、義理妹姫を見つめ「その理論を是非」と頭を下げる。
「あんたが勝ったらね」と義理妹姫はそっけなく答える。
発情王子は異端者君に告げる。
「三年にわたり、写本を百冊仕上げた者がいる。原典の世界を隅々まで旅した第二王子の解説を聞きたくはないかい?」
今度は元将軍に告げる。
「私は元将軍にこの一年、感謝しかない。疑念の沸く隙も無い。元将軍は結婚式を上げていなかったね。結婚式の取りまとめを私に命令したらどうかなぁ」
「それもいいですなぁ」と元将軍。
「そうだよね。この一年、妹がお世話になったこともあるし、全面的に協力したい気持ちだ。いやね、△教のルールから行くと式を挙げてないということは、他の女性と浮気をしても、浮気にならないですよね。いや、ルール上ですよ。まさか元将軍が孫娘より若い小娘にお熱になることなんかないと知っていますけど、ルールをね、固めておきたいと思いまして。時に元将軍、今は子弟が入れ替わり、教わる立場になっていることを奥様にお伝えしているんですか? 剣を教わりに毎日いそいそと娘っ子に会いに出かけていることはご存じなんですかねぇ~ 奥様は」
ギクリと元将軍は固まっている。
「さて、砂炎踊姫。貴女は今後どうするおつもりですか。どこかの御宮に入って、安穏な日々を送るのですか? そもそも御宮に入っていたのではないのですか? それは良い生活でしたか? このチャンスを使えば、宰相や国を動かす立場に行けるのではないですか? 清徹従娘は今の貴女を見て、どう言うでしょうねぇ」
砂炎踊姫は下を向く。
発情王子はルールの詳細を話始める。
「元将軍と義理妹姫、暗殺少女は強すぎる。暗殺少女は私と一体なので、暗殺少女には審判をしてもらいます。元将軍と義理妹姫は『馬』をやってもらいます。『馬』とは二人一組で人を背負う係。私と第二王子と義理妹姫の三人でやっていた時は、義理妹姫が第二王子を背負い、私と対決をしていました。勝敗の決定は、額の鉢巻を最後まで取られなかった人の勝ちです。道具、手以外の使用の禁止。服を掴んだりするもの禁止です。さあ、私と第二王子は『馬』の取り合いですね」
発情王子は第二王子に伝える。
「ここは兄の特権で義理妹姫を選ばせてもらうが、いいな!」
「それは、無理じゃない?」第二王子が答える。
「何で、お前が乗れると思った! 発情王子!」義理妹姫が激怒している。
発情王子はしれっと答える。
「もうすぐ乗るんだからいいじゃん、何事も練習練習」
義理妹姫が飛び出し、剣の抜く。
暗殺少女が発情王子の前に入り剣を受ける。
「てめぇ、言っていい冗談と悪い冗談がある。時をわきまえろ!」
発情王子も睨み返す。
「今だからだろっ!」
発情王子が怒る。
「まぁまぁ、兄さんも、全てを完璧にこなす必要はないからね。力み過ぎ、二人とも」
第二王子がなだめる「懐かしいなこの感じ」と呟く。
皆、第二義母に鉢巻を巻いてもらって外に出る。
鉢巻には律儀にもそれぞれの名前の刺繍がしてある。
切り立った崖の凹んでいるだけの階段を降りていく。
私達は切り立った崖の上に立つ、木製の小屋から出てきた。小屋と言っても軍人の宿舎なら五百人くらいは住めそうか。
遠くまで続く水面が青い空を映し出し真っ青な世界を作っている。田んぼのように畝と水面で何か作業している人が達がいる。
祖父の元将軍が説明してくれる。
「塩田を開墾した。海の水を入れて、乾かし塩を取る。元々王家が持っていた塩田を避難民を使って拡張した。避難民には無料で働いてもらうが、その代わり塩田で働く人に漁業権を渡した。昨日は魚の追い込み漁をやった。海から海水を引き込む時に、海を小舟で叩いて、魚たちを塩田に誘いこんだ。暑さや塩の濃さで魚の動きが悪くなり素手でも魚が取れる。今は、小魚達を回収している。残しておくと塩の味が悪くなるからね、小魚は干してスープに使うのだそうだ」
私は祖父に質問をする。
「どうやって、これだけの水を海から引き入れるの?」
「海はお月様に憧れているのだそうだ。月が登ると、海は一生懸命、月に近づこうとして、海面を上げるから、自然と流れ込んでくる」
お月様……って。
ただただ綺麗な青い世界にいると、そうであってほしいと思ってしまう。
しばらくすると白い広場にやってきた。
塩の集積場だという。
発情王子は元将軍の背に乗る。
第二王子は外に出た時から、義理妹姫の背負われている。
あとは私と砂炎踊姫と〇教仏僧と異端者君、暗殺少女は降ろされて地面に立っている。
「では、コインを投げるから地面に付いたらスタートね」
周りがジワジワと距離をとる。
発情王子が全力でコインを弾く。
思いっきり投げるものだから見失った。
落下した時の音を待つ。
チャリーン。
異端者君が脱兎のごとく逃げ出す。暗殺少女が追いかけて、蹴倒す。
異端者君の腹から本が出てきた。暗殺少女が本を回収して、こちらに戻ってくる。
「おい、嘘だろ!」と発情王子が声を出す。異端者君以外の全員に囲まれている。
いや、あんなに煽っていたんだ、そりゃ狙われるだろうよ。
「悪いね、お兄、観念しな、ウヒヒ」
発情王子は元将軍の上にいるので、高い。
「掛かれ!」砂炎踊姫が叫ぶ。
取ったのは、第二王子。
発情王子は敗北! なぜかうれしい。
「フフフ、最難関の敵は倒した。もはや我ら双子に敵はいない」
自称双子、第二王子と義理妹姫は〇教仏僧に近づく。
「〇教仏僧! 末那識と阿頼耶識の書き換え方を五つづつ順に答えよ!」
義理妹姫はジャンプする。第二王子が〇教仏僧の鉢巻を奪う。
〇教仏僧は「そのやり方には諸説あるので、是非、お話しましょう!」
「嫌よ」義理妹姫は吐き捨てる。〇教仏僧ががっくり膝を付く。
この双子、やり慣れている。
私を狙ってくる。義理妹姫がもはや獣じみていて怖い。
第二王子が悲しそうに話しかけてくる。
罠だ。
「女騎士姉さん、姉さんには発情王子という人がいるのは知っている。でも、僕は姉さんの事が大好きだ!」
第二王子の目がキラキラと輝く。
第二王子が両手を広げ抱きしめに来る。
私はどうしたらいいのだろう……。
第二王子は私の頭から鉢巻を取っていく。
「ちょろいわね、女騎士」義理妹姫が呟く。
私は膝から崩れ落ちる。自分でもちょろいと思うよ……。
こんなに鬼ごっこが精神戦だとは。
気づくと義理妹姫が「オラオラ」と言っているのが聞こえる。砂炎踊姫を追いかけている。遠くから見ていても、怖い。追われるのはもっと怖いだろうな。砂炎踊姫が本気で逃げ回っている。
塩に足を取られ、砂炎踊姫が滑って転ぶ。
第二王子が鉢巻を取る。
砂炎踊姫が涙目で「マジ怖かった」と呟いている。
遠くから「てめぇ、分かってんだろうな! どう落し前付けるつもりだ、この異端野郎!」
透き通る少女の声で聞くと、怖さ倍増なのは気のせいだろうか。
異端者君の悲鳴が何度も聞こえるが、聞かないことにしよう。
パチパチと拍手の音が聞こえる。
暗殺少女が義理妹姫の体に登り、第二王子の片手を上げている。
勝利と終了の合図だろうか。
一応といった感じで、発情王子も拍手をしている。
ウキウキな第二王子と義理妹姫。
元気を奪われた、その他大勢。力尽きた私は元将軍に背負ってもらって帰る。
一同は朝の机に戻ってくる。
発情王子の態度が滅茶苦茶悪い。
机に足を上げ「計画が台無しだ」と不機嫌をまき散らしている。
第二王子は第二義母にみんなの鉢巻を自慢している。第二義母は本当に嬉しそうに第二王子を抱きしめる。
義理妹姫が立ち上がり、話を始める。
「さてさてさて、第二王子が勝利しました。勝利者の第二王子に質問してみましょう。今回の命令は誰に下しますかぁ?」
「発情王子兄さんに!」と第二王子。
「はい、敗者の発情王子に何を命じるんですかぁ~」嫌味ったっぷりに義理妹姫。
「僕の処刑をお願いします!」
ガシャンと第二義母が木のコップが載ったお盆をひっくり返す。
発情王子「だから負けたくなかったんだよ」と呟く。
義理妹姫も固まっている。
「兄さん本気だからね!」と第二王子。
「分かった分かったやるやる。やりますよ」とっても投げやりで、第二王子を見もしない「私は西の聖者じゃないっつの」と発情王子は不機嫌だ。
発情王子は席を立ち、ちゃんとコップを拾えない第二義母を手伝い、席を第二義母に譲る。発情王子は第二義母の代わりに水を入れなおし、皆に配っていく。
「僕はね、自分を『奴隷少女』だと思ってた」第二王子が話し出す。
発情王子が「その話、三~四人しか分からないからな」と突っ込む。
発情王子が暗殺少女から原典を受け取り「これに書いてあるお話」と言う。
ガバっと立ち上がった異端者君を発情王子は蹴とばし「お前は処理待ちだ。正座していろ」と言う。
第二王子が話を続ける。
「僕と兄の発情王子はこの国の王子だけど、僕が自我を持つ頃には、旗色がとても悪い状態だった。母は僕を産むと死に、乳母である第二義母に育てられた。僕らは暴君王妃から追われるように少しずつ住居を変えて生き延びてきた。父の現王は私達を嫌いはしないけど助けもしない。そんな人です。父もこの王家のシステムが嫌いなんじゃないかな。でも逃げられないから仕方なく王をやっている感じ。僕も兄も体が弱いから成人まで生きられるか分からない。でも日々は続き、命を少しづつ削られていく。僕が五年前にとても体調が悪かった時、兄さんに弱音を吐いちゃってね。『このまま誰にも知られず死ぬのは嫌だ、誰の記憶にも残れないのは寂しい』って。そしたら、兄さんが王位継承権の証の△教原典を持ってきて、『写経しろ、そうすれば本にお前の名前が残る。王家が原典を大事にしたように、△教会もお前の写本を大事にするだろう』って。だから僕は部屋で本を書きまくった。写本は△教会に贈られて、感謝の手紙も来た。それを励みに僕は何とか今日まで生きてきた。でも、もう駄目。この二、三日は気力だけで生きてた。兄さんに最後に一つ文句を言ってやろうと思って。そしたら、兄さんはここに来たときは気絶しているし、女騎士姉さんも気絶して僕の部屋に運び込まれてきた。顔も体もボコボコだし。兄さんも頑張っていたんだなって、朝まで頑張ろうと思ったら、女騎士姉さんが起きて。姉さんはとんでもなく面白い人で、笑っているうちに何だから体が楽になって。今日はみんなで遊べて、最高の一日だった。こんなに大勢で遊んだの初めて。でも、今はもう水も飲めなくて。でも、辛くない。辛くもなれないという感じかな。だから、もう死んじゃう。でもね、ただ死にたくない。病死なんて嫌だ。それなら僕は王位継承権の跡目争いに負けて、兄に殺された弟王子として死にたい。僕は奴隷小屋から出て、陽の光を浴びたい。だから兄さん、僕を殺して。そして、兄さんが活躍して歴史に名を残せば、必ず僕の名前も残る。だからお願い」
「分かった、私が最後に命を奪ってやる。但し、お前の盛大な葬式は自分で用意しろ」
「酷いよ兄さん。もう半分死んでる人間をまだこき使うの? 奴隷遣いが売春小屋なみだよ」
「良かったじゃん、今、お前は憧れの『奴隷少女』だ」
異端者君が発情王子の足の下で泣き始める「それ『敵国の売春婦』のくだりですよね、今朝読みました。そんな気持ちで生きておられたのですね。私の穢れた命でも宜しければお使いください。第二王子」
第二王子が異端者君を見てから発情王子を見る。発情王子は首を左右に振る。
第二王子は発情王子に「師の十三番目の弟子も大概だったよ」と告げる。
「仕方ねぇなぁ」と言って発情王子は異端者君のケツを全力で蹴る。
「あひぃー」異端者君が声を上げ、顔面から床に突っ伏す。
発情王子が続ける。
「お前よう、なに一人前の口を聞いてんの? お前は王家の秘宝を盗んで捕まった罪人なんだよ。お前は処刑されるの。分かる? 処刑なの。首を切られ、その辺に捨てられるの、今から。お前は未来永劫、△教の原典を読むことは出来ないの。続きは読めないの、分かる?」
フェーン。異端者君から変な声が出て、目から精気が失われる。
「発情王子」と第二王子が改まった声で話しかける。
「今は次の式典のことで、時間がありません。その男は牢屋に入れておきましょう。でも、僕が死んだら恩赦が出てしまいますねぇ。どれくらいが丁度いいですか」
うーん。と発情王子が芝居がかった演技をする。
「死刑から減刑されたら、死ぬまで幽閉じゃないか。でも、死ぬまでこいつの世話をするのは嫌だ。せめて自分の食い扶持は自分で稼いでもらうか。死ぬまで翻訳本の写本を続けるのでいいんじゃないか?」
第二王子は「宜しいでしょう」と伝える。
発情王子は異端者君の前に原典をバンと置く。
異端者君の目に精気が戻ってくる。異端者君の手がゆっくり伸びる。発情王子がその手を容赦なく踏む。
「良かったな、罪人。お前の刑はこの本を翻訳し死ぬまで写本だ。さっさと翻訳に取り掛かれ」
異端者君はキョロキョロと室内を見回す。
もう一度、原典を見る。
発情王子が踏んだ手を放す。
異端者君はその場で原典を読みだす。
異端者君に命令が伝わったのだろうか疑問だ。
「さて、僕の式典ですが、僕は死んだあと僕の首を発情王子の代わりに差し出して、賞金をだまし取ってやろうと思うのですが、僕の命はどれくらい持ちそうですか、〇教仏僧」
〇教仏僧は席を立ち、第二王子に近寄ると瞼を開き瞳を見て、口を開かせ舌を見て、腕で脈を診る。
〇教仏僧は「瞳孔が開きかけています。早ければ今晩。長くても明日一日かと」
「そうですか」と第二王子「もう少し持ちそうです、話を進めましょう」とも。
第二王子は続けて「砂炎踊姫、山の避難民はいかがでしょうか。我々の味方になったり、敵のかく乱に使えませんか」
砂炎踊姫が答える「山の避難民は避難民の中でも厄介者が集まっているのよ。男は暴力ばかりで働かないものばかり、女は何でも言いなりになって行動しない人たち。それが昨年東砦から来た自称貴族の男がそんな奴らをまとめて発情王子に刺客を送っていたわ。禄でもない連中」
「そうですか」と第二王子。
「海の避難民はどうですか? 義理妹姫」と続ける。
「うーん。海の民はおおむね満足。城内近くまで行って水を運んでこないといけないからそこは不満だけど。魚はお腹いっぱい食べれるし、厄介者はいなくなったし。女子供が多いのだけど、塩田は女子供でも仕事できるから。ただ私達の私兵を作るのは頓挫」
「東砦はどうですか、発情王子。
「東軍の士気は高い。城下に大量に金銭を落したので、生活に余裕ができた。紛い者の親衛隊は百だが、中心となる愚直大佐と副官はこの塩砦に幽閉中だ。長が不在でも親衛隊の士気は高そうだ。×教は聖騎士隊と傭兵隊が合わせて千人、傭兵隊の三十人は撃破、指揮官の五名は矢により負傷。傭兵隊の指揮はがた落ち。最近の城内の情勢と×教の事は異端者君に聞いた方がいいんじゃないか」
発情王子が四つん這いで原典を呼んでいる異端者君を足でトントン叩く。
「いま、良いところなんですから、邪魔しないで下さいよ」本から目をはなさずに異端者君は言う。
元将軍がツカツカと異端者君に近寄り、左手で胸倉を掴み立たせ、右こぶしで全力パンチ。
ドン、バン。
異端者君は殴られ、壁まで吹っ飛び、背中を壁に打ち付け張り付く。
ゆっくり壁から剥がれてくる異端者君を元将軍が胸倉を掴み、引きずり義理妹姫の横に座らせる。
「せっかくのご厚意を」と元将軍は憤慨している。
異端者君は目が宙を泳ぎ、体がガクガクしている。
第二王子は異端者君に質問する。
「異端者君、東砦に通った時は印象は?」
「びっくりしたです」
「何に?」
「道々に軍人が立ち、女性が外に出るときは軍人が付いていました」
「×教はどうでしたか?」
「飢えていました」
「×教の傭兵隊の出兵は見ましたか?」
「見ました」
「士気はどうでしたか?」
「高かったです」
「高い理由はありますか?」
「略奪もできず、飯も食えず、賞金首に掛けているようでした」
「城外の戦闘時、あなたは×教の中に居ましたか?」
「居ました」
「×教はどんな様子でしたか?」
「乾いていました」
「戦闘後の×教はどんな様子でしたか?」
「水もなく、絶望していました」
第二王子は「ありがとう」と言って話を切る。
突然、叔母が入ってくる。
元将軍の元に来て、立ち止まり、皆を見る。
元将軍は「よい、皆、信頼出来るものだ」
叔母は異端者君を眺めたが、意を決して話す。
「×教傭兵隊と山の避難民、合わせておよそ千。こちらに向けて進軍中」
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