第7話 愚直大佐

 発情王子は〇教仏僧に背負われている。

 夕方から山の峰を平行に東側へ進んでいる。

 時にと、〇教仏僧に発情王子が声を掛ける。

 「騎馬民族はどんな状況?」

 「連戦連勝ですな。陣地が拡大して、襲うべき都市が多すぎるのと、長大な戦利品の分配や、奪い取った都市の維持、都市間の交通網の整備、そういったものに追われて、拡大のペースは落ちていますがね」

 「〇教仏僧が騎馬民族の将軍だったら、△王国は狙うか?」

 「メリットが無いですな。今回の騎馬民族の勝利は、利益分配が上手な王のもとに各民族まとまれたこと、そして攻城兵器の運用が上手く行ったことが勝利の要因。城壁に囲まれた△王国を落せと言われれば落しましょうが、落した後の部下への利益分配に困りましょう。今であれば南の農耕民族と西の蛮族の都市を落すのが容易で利益が高いですからな」と〇教仏僧。

 「△王国から利益を得られなくても、行路や居留地の関係で侵略は考えられそうか?」

 「騎馬民族の王次第ですな。もし、砂漠王国に攻め入るのであれば、北の行路から△王国に南下できれば、高原に馬を休ませられる。そこから砂漠の民族に攻撃を仕掛けられますが、砂漠と馬の相性は悪いですからな。余程の征服欲がなければ、わざわざ△王国を潰して砂漠の民まで攻めには来ないでしょうな」

 ところで、と今度は〇教仏僧は発情王子に聞く。

 「この南には土漠が続いていると聞きますが、北の山の水を引いてみては? 山の斜面を畑にするよりも効率がよろしいかと」

 「土漠は耕作に向いて無いようだ。昔は沼だったような痕跡があるが、植物の痕跡はない。土漠は塩が強い。このあたりの高さまで山を登れば土も気温も問題ないが、水源からはまだ遠い。では、土木工事をすれば良いかとも思うが、土木工事をするなら△王国の領内をいじった方が効率が良い。そもそもここは敵が攻め込んできた時に敵を干乾びさせるところ。優れた補給所では困る」と発情王子。

 「では避難民を城内に入れては?」

 「私もそう思うが、戦時が近いので受け入れは停止された。普段は難民を受け入れてきた。この地には×教に追われた人々が結構な数、避難してきている。だが、いきなり数千人となると話は別で、数千人の食事を何か月も用意出来ない。そもそも山脈ルートから難民が来るとは思っていなかった」と発情王子。

 「王子なんでしょう? その辺りは権力でゴリ押せなかったのですか?」

 「私は王子と言えど、妾と妾っ子に上手くやられて、ただいま逃亡中。目下、賞金首だけど」と発情王子はくすくす笑いながら続ける。

 「王族の名前で買えるだけ買い、借りられるだけ借りたから、東砦の財政は今頃、火の車だよ。賞金なんて払えるのかなぁ」

 「そのお金で何を買われたんですかな?」

 「女騎士と暗殺少女と、兄としての尊厳かな」

 「それはそれは大きな買い物ですな」と〇教仏僧が笑う。

 「それが大変でさぁ……」

 発情王子は叙勲式当日のことを事細かく話していく。

 水袋を背負った砂炎踊姫も「軍人達、可哀想と」笑いを隠せない。

 話が、土漠を渡って発情王子が歩けなくなり「もう駄目かと思った」言ったところで、砂炎踊姫が話をさえぎる。

 「そろそろ下って村に近づくね」

 夜はまだまだ続き、夜明けは遠い。

 下からだと山の陰に隠れて見えなかった村が上からだと月の光でうっすらと輪郭が見える。とても小さい。これで千人も暮らしているのだろうか。

 皆が黙る。発情王子が自分で歩くと言ったが、〇教仏僧は「薬が効いているだけで、まだ力を貯めておいた方が良い」と言い、発情王子をおぶったままだ。

 暗殺少女の姿は歩き出してから見てない。

 村が見えてくる。肩ぐらいまでの柵が村をぐるりと半周し、切り立った岩場に寄りかかって村が存在している。建物は殆どが布製で視界を遮るだけ、木製の屋根は日除けのために存在しているのか穴だらけだ。

 土漠は昼は暑いが夜は寒い。岩が熱を貯めているので、ここは夜でも過ごしやすそうだ。

 一応正門らしき入口が見えるところに来ると砂炎踊姫が振り返り一同を集める。

 作戦会議の様だ。

 私の後ろから現れた暗殺少女は私を押しのけ、〇教仏僧から降り立った発情王子によじ登り抱っこ状態に収まる。

 発情王子は暗殺少女の頭を撫でている。

 砂炎踊姫は背負っていた水袋を降ろすと小声で話し出す。

 「私が様子を見てきます。作戦立案には敵の情報を掴むのが一番。それは私が直接見るが一番正確。チャンスが会ったら井戸に岩塩放り込んでくる。そしたらここが敵の手に落ちても、少しは時間稼ぎになるでしょ。大丈夫、岩塩は滑車で静かに落すから。ちゃんと作戦も考えながら、対処していくから大丈夫」

 「と……」発情王子が意見を言おうとすると、砂炎踊姫は人差し指で発情王子の口を押さえる。

 「大丈夫、お姉さんに任せなさい!」

 砂炎踊姫は鮮やかに走り去る。柵は片手で最上段を掴み飛び越えて闇の中に消えていった。

 黒い影が砂炎踊姫を追っていくように見えた。

 発情王子は水袋を持ち上げると暗殺少女に飲ませ、〇教仏僧、私の順に水を回してくる。

 私は水を飲むと、発情王子に囁き掛ける。

 「砂炎踊姫は大丈夫なの?」

 「暗殺少女がここに居るから、命は大丈夫」と発情王子。

 確かに、砂炎踊姫の命が危険ならば、暗殺少女が後を追ったはず。

 暗殺少女が坂を下り、南の方に下っていく。

 砂炎踊姫は空元気な感じがしたけれど、とりあえず砂炎踊姫は大丈夫そうだ。

 水袋は〇教仏僧は背負うことにしたようだ。

 辺りには私達の呼吸する音しかしない。

 山の避難民は、味方に付いてくれそうな気配はなく、追手は、第一王子親衛隊、×教傭兵隊、×教聖騎士隊だったか。『聖騎士隊』の響きは良いなぁ。


 ギャーーーーーーーーーーーーー

 ドボン。

 トラ、トラ、トラ!

 静かな村に響き渡る女性の声。

 

 暗殺少女がすっと発情王子の下に現れる。

 発情王子は暗殺少女に「南に誰かいる?」と聞くと暗殺少女は頷く。発情王子は「そう」と言うと暗殺少女の頭を撫でる。

 砂炎踊姫が柵を飛び越えて戻ってくる。

 「虎が出た、虎が」砂炎踊姫はハァハァしながら伝えてくる。

 発情王子は「北に少し戻り東に行き、崖沿いを南に行こう」と皆に指示を出す。

 坂を上がっていく。来た道を戻る感じだ。

 村からカンカンカンと鐘の音がする。

 村人に緊急事態を伝えているのだろう。

 砂炎踊姫はハァハァ言いながら後ろをついてくる。

 村の鐘の音が小さく聞こえるくらいのところで発情王子が立ち止まる。

 砂炎踊姫は〇教仏僧から水を貰っている。

 水をがぶ飲みしている砂炎踊姫に発情王子が問う。

 「お揃いの防具・お揃いの服・不揃いの防具どれがいた?」

 砂炎踊姫は水を飲むのを止めず、1番だと指で返す。

 最後尾に居た、暗殺少女は発情王子の下に駆け寄り三を指で示して、発情王子に上り抱っこ状態になる。

 「村に第一王子親衛隊、南に×教傭兵隊か」発情王子は呟く。

 「東の崖沿いを夜通し南に歩けば明日の夕方には海の避難民に合流出来るわ、完璧でしょ」と砂炎踊姫は胸を張る。

 その案は発情王子から聞いたような気がするが、虎の件とかは無かったことなのだろうか。

 進路を東にずれた途端、石がゴロゴロになり夜ではとても歩けない。足首を右も左もグキっと二〜 三回やった。暗殺少女は全く問題ないようで普段道理に歩き、先行していく。〇教仏僧も普段通りだ。石など物ともしないように歩いて行く。砂炎踊姫はピョンピョンと石を避けながら歩く。発情王子は石のせいか体調のせいか分からないがペースが上がらない。

私は発情王子のペースと同じスピードで歩くのがやっとだ。

 〇教仏僧は砂炎踊姫に声を掛ける。

 「私が道を作りながら歩いたほうが良いのでは?」

 発情王子はハァハァと息をしている、砂炎踊姫は答える。

 「それでは私達の足取りがバレてしまうわ、それは避けたい」

 「それより、時間の方が優先では? このままのペースでは水はもとより、発情王子が持たない」

 「そうね、その通りだわ、〇教仏僧お願いできる?」

 〇教仏僧が靴で石を弾き飛ばしながら、靴を引きずって歩く。

 それでだけでとても歩きやすい。安心して足が下せる。ただ一歩が大きいけど。

 一行はザザと足音と砂煙を上げながら、南に向かって降りていく。

 夜が白み始めたころに、休憩を取る。

 車座に座る。発情王子の胡坐の上に暗殺少女が座る。固いパンを水に戻し、塩漬け肉を斬り、乾燥肉は直接齧っていく。

 砂炎踊姫が〇教仏僧に問う。

 「仏教徒は肉は食べないと聞いているけど?」

 「宗派によりますね。私の宗派は牛は神の使いだから絶対ダメ。これは羊ですよね。羊なら良いというわけではないですが、食事を無駄にすることの方が罪が大きい。自らの食事のために羊を潰すことはありませんが、食事に出されたものを捨てることはまずありません」

 「ふーん。勉強になったわ」と砂炎踊姫は答える。

 暗殺少女がいつにもまして食事を大量に平らげていく。土漠を渡っている時は小食だったが、今回は大人以上に食べている。発情王子も一生懸命といった感じで食事を流し込んでいる。

 先に食べ終えた暗殺少女は発情王子の胸元で寝息を立てる。

 発情王子は〇教仏僧に貰った薬に難儀しながら少しずつ飲んでいる。

 砂炎踊姫は私に「昼に決戦」と言って残った塩漬け肉を渡してくる。

 いや、食べきれないですけど。

 発情王子がコックリコックリ舟をこいでいる。

 砂炎踊姫は発情王子に水袋を背負わせ、そのまま横にする。

 石の上より水袋の上の方が痛くないだろう。

 「少しだけ休憩。ひと眠りしたらすぐに出発」

 私も体を横たえる。私は革鎧があるので痛いは痛いが、護られているだけましだ。枕代わりに剣を置き、その剣の冷たさが、気持ちいい。

 ガン、と脛を蹴られる。

 暗殺少女だ。

 空はもう十分明るい。一瞬しか寝てないのにあっという間に朝だ。

 暗殺少女は自分用の水袋から水を流し、私の頭に水を掛ける、栓を閉じて、水袋ごと私の腹に投げつける。

 砂炎踊姫が「少し遅れましたが、南に向かいましょう」と言う。

 発情王子は〇教仏僧に背負われいる。暗殺少女はもう南に先行して歩いて行っている。

 暗殺少女が先行し、〇教仏僧が発情王子を背負い、砂埃を上げながら歩く、その後に砂炎踊姫、私の順だ。

 私たちの左手側、西側は崖だ。いきなり土地がなくなり海が見える。前方から右側は土漠だ。

 暑い、日中の土漠は暑い。山から降りてきたせいかもしれないが、汗が止まらない。

 皆、こまめに水を飲む。

 右手に、黒い粒々が動くのが見える。後ろにも黒い粒々が見える。暑過ぎて目がやられているのだろうか。

 砂炎踊姫が立ち止まり、考えている様子だ。

 〇教仏僧も立ち止まって後ろを振り向く。発情王子は意識がない様だ。暗殺少女は先行して坂の下、南側に立っている。

 「東からの×教傭兵隊が数百。北から第一王子親衛隊およそ十。先に親衛隊、後に傭兵隊」

 砂炎踊姫が私のところに来て私の肩に手を置く。

 「すまない」と砂炎踊姫。

 それだけで私にも作戦が分かってしまった。

 最優先すべきは発情王子。それを最速で運べるのは〇教仏僧。暗殺少女は一人で傭兵隊を引き付け少しでも時間を稼ぐつもりだ。砂炎踊姫は〇教仏僧と共に動き、状況を見極め〇教仏僧に最後の作戦を伝え、しんがりとして時間稼ぐだろう。私のすべきことは第一王子親衛隊の時間稼ぎ。つまり捨て駒。


 なんか、すっきりした。

 役に立とうして、何も上手くできなかった。この旅も足手纏いでしかなかったし、東砦に居た時も『女騎士になりたい』とおかしなことを言い、周りはさぞ迷惑だっただろう。

 やっと『厄介者』を終わりにできる。

 やっと役に立てる。

 やっと命を掛けた戦いができる。

 やっと『生きて』いる。

 誰かを護るために死ぬのは、思ったよりも良い気分だ。

 砂炎踊姫は私が騎士として死ねる場所を用意してくれた。

 発情王子は、さんざん無理したんだろう。こんな大事な場面でさえ、意識を失っている。

 発情王子には酷い目に遭わされてきたが、今はもはや感謝しかない。

 私は発情王子に膝を付き、頭を下げ「ありがとう」と感謝を伝える。

 意識がないのは分かっている。

 それでも伝えずにはいられない。

 心には温かい喜びと、静かな安心感。

 もう大丈夫だ。

 私は立ち上がる。

 発情王子の代わりに〇教仏僧が言葉を掛けてくれた。

 「良い面構えになりましたな」

 私は水袋を砂炎踊姫に渡す。

 砂炎踊姫は「バルハラで」と伝えてくる。

 砂炎踊姫は水を軽く飲み、〇教仏僧にしっかり飲ませる。

 「では」と〇教仏僧は走り始める。砂炎踊姫が付いていく。私が居なければ、あんなに早く進めるんだ、すまない。

 山を見る。

 十名のお揃いの甲冑が下ってくる。

 まだ、少し時間がある。

 目を閉じる。

 山からの風が涼しい。

 日差しは強いけれど、たくさんのエネルギーが満ちているようで嬉しい。

 そっと目を開ける。

 世界がキラキラして、空気にはエネルギーが満ちていて、いつもより濃く感じる。

 男達が私の前で止まる。

 やっぱり男性は体が大きいな、一番先頭の大男は祖父より体躯が良さそうだ。

 隣りの副官らしき気難しそうな男が吠える。

 「貴様は女騎士だな!」

 この見た目で、それ以外なかろう。

 「逃げている男たちは発情王子か!」

 女騎士と逃げているのは発情王子に決まっているだろう。

 「昨夜の罠は貴様らか」

 虎の件を指しているなら、それは砂炎踊姫がドジっただけだ。 

 「貴様、邪魔だてすると許さないぞ!」

 もはやこのやり取りは無粋でしかないな。

 私はそっと将軍剣を抜き、喋っている男ではなく、大男に構える。

 「東軍に立てつく気か!」副官が叫ぶ。

 副官を押し退けて、大男が前に出る。

 「私は愚直大佐と申す、お相手つかまつる!」

 男はジャンプしてその間に抜刀し、私の頭部へと振り下ろす。無駄のない動きは美しい。

 東軍中佐の倍の重さか。

 東軍中佐には『お前を見ると男は力押ししたくなる』と言ってこればかりやらされたな。

 ガン。

 私は頭上の剣を受ける。

 全身の骨や腱がしびれる。衝撃で足の甲がやられたか。

 「ほう、これを受けるかよ」愚直大佐は嬉しそうだ。

 愚直大佐が下がり距離を取ろうとする。

 私は愚直大佐の去り際を狙って愚直大佐の太腿に剣を振るう。

 愚直大佐の太腿はスルリと剣から逃げていく。まるで東軍中佐の様だ。

 「ほうほう、東軍中佐によく鍛えられているじゃないか。あのサボり魔にしては、よくやっている。だが……」

 愚直大佐の剣が飛んでくる。

 基本通り、お手本のような太刀筋、分かりやすいが重い。

 ギン。

 「残念だ。サボらず体を鍛えていたら、一太刀くらい私に当てられたかもな、貴女に将軍剣は重すぎたようだ。次で終わりにしよう。発情王子を×教に持っていかれるのも癪だしな」

 愚直大佐の目が光る、来る。

 受けきれない。

 ザン。

 右肩に愚直大佐の剣が当たる。

 ザン。

 左肩に愚直大佐の剣が当たる。

 愚直大佐が突きが私の喉元に飛んでくる。

 大佐の剣の切先を私の柄で受ける。

 剣の勢いが止まらない、私は仰け反る。

 大佐の剣が顔の上をかすめていく。

 私の剣は後方に吹っ飛び、私の両手は上がっている。

 両手を上げて負けを認めたような格好だ。

 無念。

 ただ、時間稼ぎくらいにはなったか。

 まだ、命がある。少しでも時間稼ぎをするならどうしたらいい? 哀れに命乞いをして時間を使うべきか。それとも裸にでもなるべきか……。


 「英雄はピンチに現れるというが、少し遅かったか」

 年老いた男性の声が聞こえてくる。

 「よく耐えた、女騎士」

 じいちゃん!

 私の祖父である元将軍は私に近寄り、私の腰から将軍剣を抜いていった。

 愚直大佐は部下に指示を出す。

 「お前ら、我々の負けだ。東砦に戻れ、すぐ!」

 部下たちは立ち止まっている。

 「これは久しぶりですな、元将軍」

 「愚直坊も元気そうで何よりだ」

 「何故、発情王子の妄言に乗ったのですか?」

 「妄言! フォフォフォ言いえて妙だな。まさに発情王子の馬鹿に乗ったのよ」

 元将軍は語り始める。

 「儂は発情王子の剣術の師匠だった。まぁ発情王子はあんなんだから、剣術より戦術ばかり教えておった。一年前になるか。ある日、発情王子が愁傷に謝って来よっての。『剣術の教え甲斐が無くて済まない』と。今思えば発情王子の罠だったの。『剣聖の卵を用意したから、軍を辞めて指導してくれ』と。儂は大笑いした。剣聖とは修行をして他の者より高みに登れた者のことを言う。修行もせずにその才能が分かる訳がない。『剣聖の卵』という言葉自体が矛盾しておる。ついその賭けに乗ってしまったの」

 元将軍は楽しそうにフォフォフォと笑う。

 「その『剣聖の卵』が中庭に来とると発情王子が言いおる。孫娘より幼い娘が中庭で蝶を追いかけておったわ。発情王子から練習用の剣を渡されての『本気で行け、外したら舐められる』と。少女を後ろからというのも気が引けたが『剣聖の卵』も気になっての、まあ、しばし動けない位にはしてやろうと思って、後ろから斬りかかったら、こちらも見ずに蝶のようにふわりと避けよった。その後の言葉が傑作だったの『危ないじゃない! あんたの剣筋が下手過ぎて当たるとこだったじゃない!』と言っての、その場で見てもいない上段からの剣の振り方を直されてのう。娘は才能の塊といった感じだったが、相手に恵まれなかったんだろうな。剣を振ったことがないと言っとった。儂が唖然としとると発情王子が『花道は用意してやるから』と言ってな。その後はおぬしの知ってる通りだ」

 「にわかに信じられませんな」と愚直大佐。

 ニヤリと元将軍。

 「娘っ子に練習台にされているのも飽きたし、孫娘を遊ばれた借りも返さんとな、稽古を付けてやろう、愚直坊」




 愚直大佐と元将軍が剣を向けあう。

 「老人の冷や水ですよ、怪我しても知りませんよ」と愚直大佐。

 「万が一にも怪我することもあるまいよ。殺す気で来い、愚直坊」

 「引退してまで、邪魔しに来ないでください、目障りです!」

 愚直大佐の怒りのこもった殺気が高まっていく。

 元将軍が呟く。

 「一、剣は凶器、その身に狂気を纏わすべし」

元将軍は、虎が好物を見つけたかのように、喜びに似た殺気を高めていく。

 愚直大佐が上段から元将軍の頭を狙う、速い。

 元将軍は右前に飛び、水平に剣を薙ぎ、愚直大佐の首を狙う……そこから変化して、左太腿の防具の上に剣が落ちる。

 ガン。

 二人とも距離を取る。

 「二、剣は重器、重さで四肢を奪うべし」元将軍が呟く。

 愚直大佐は上段に構える。元将軍は中段だ。

 今度は元将軍から動く。無防備に前に一歩出た。愚直大佐は袈裟斬りで元将軍の胴を狙って剣を振り下ろす。元将軍はしゃがむように更に一歩前に踏み込み、頭上で愚直大佐の剣を受ける。

 愚直大佐の剣が元将軍の剣の上を滑っていく。

 愚直大佐の体が元将軍に覆いかぶさる。

 元将軍はそこから刃を裏返し愚直大佐の防具の付いた胴ごと斬らんばかりに剣を横薙ぎにする。

 愚直大佐は元将軍と体を入れ替える様に、吹き飛ばされ、坂を転がる。

 「三、剣は長物、その刃の全てを使うべし」

 元将軍は「立て」と愚直大佐に告げる。

 愚直大佐は剣を支えにして立ち上がり、上段に構えなおす。

 愚直大佐も理性が飛んだのか、ガァァァーーーー と吠える。

 元将軍はまるで虎が襲い掛かるように、坂の上から跳躍し、愚直大佐に襲い掛かる。

 愚直大佐は迎撃すべく距離を計る。

 元将軍は突きの構えをすると、遠い間合いから突き、剣を放した。

 元将軍の剣は愚直大佐の左肩で跳ね返り、糸でもついているかのように元将軍の手に戻っていく。

 愚直大佐はバランスを崩し、迎撃が難しい。

 元将軍は掴んだ剣で愚直大佐の左胸を突く。剣が防具を突き破り、剣先が入った辺りで、元将軍は愚直大佐の胸を蹴り飛ばす。

 愚直大佐が派手に坂を転がっていく。

 「四、剣は鉄器、その柔らかさを使うべし」元将軍は柔らかく着地すると呟いた。

 元将軍は愚直大佐の傍にゆうゆう歩みより、言葉を掛ける。「愚直坊の成すべきことを成せ、それが儂には一番うれしい」と。

 元将軍は私に来い来いと合図を送る。

 「五、剣は刃物、敵の悪意を断ち切るべし」元将軍は自慢気に呟く。

 「さて、行こうかの。向こうが乱戦だ。手伝わんと後が怖い」

 私に剣を返してきた。剣がボロボロじゃん。もはや、訓練用の刃のない剣だよこれ。

 元将軍はトトトと走っていく。

 私はそんなに早くは走れない。

 元将軍が走っていく先には、暗殺少女と砂炎踊姫と、救援に来た義理妹姫が居る。

 〇教仏僧と発情王子は先に南に下り、三人が後退しながらシンガリを努めているようだ。

 戦乱の中でも義理妹姫の声が聞こえてくる。

 「随分、お楽しみだったじゃない!」

 「孫の前だったからの」と元将軍。

 「その割には出遅れてたじゃない! ちゃんと東軍中佐にお礼言っとくのよ。じゃ、派手に行くわよ!」

 「承知!」

 二人は砂炎踊姫と暗殺少女の脇に立ち、剣を左右にブンブン振り回す。

 その度に、傭兵の斬られた首が敵の後方に飛んでいく。

 『どちらが生首を遠くに飛ばせるか競争』をしているかのように、スパンスパン飛んでいく。

 二人で二十人位の首を飛ばした辺りで、戦線が崩壊し、傭兵隊は散り散りに退却していく。

 前線から生首がバンバン飛んで来たらそりゃ怖いわな。

 私が合流すると反省会が始まっていた。

 「元将軍、ちょっと手首の返しが甘いんじゃない?」

 「確かにの、もう少し背骨を刃の上に乗せられたら、距離が出るかもしれんのぅ」

 何の反省会だよ、暗殺少女が興味津々だよ。砂炎踊姫は尊敬を称えてキラキラだよ。

 あぁ、疲れた。私は座り込む。

 私が命を覚悟しなくてもよかったじゃん。


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