第5話 土漠縦断


 私達は石造りの宿舎脇の階段から東砦の外壁の上を走る。外壁の厚さは五~六人は横に並んで歩けるほどの幅がある。その外側は弓が打てるよう、石の壁がある。石畳の下は水道になっており、見えないが大量の水が流れている。それが軍の宿舎や王城、城下町へと流れていく。

 どこまでも続く外壁の北側は山脈に続いている。外壁の南側は海まで続いているが、城下の外は海なので城壁の南端は城下からでも見ることができる。

 使い切れなかった大量の水が海に注がれている。その海は岩礁が続き船が近寄りづらい。小舟なら大丈夫だと思うが、大きい船になると岩礁に乗り上げて遭難してしまう。

 とはいえ船が通るところは見たことがない。

 外壁の南端には城外に向けて一人用のつり橋が掛かっており、つり橋の先は木組みて作られた櫓のような階段が続いている。その下には木の棒が釣られている。

 つり橋は外敵が来た時にすぐに破壊できるようになっている。

 私達は外壁の上を南端に向かって走っている。

 とはいえ、発情王子が暗殺少女を抱っこしたまま走っているので、歩くより遅い。

 「それ、降ろしたら?」と私が聞くと、

 「何を?」と発情王子が真顔で答えてきた。

 「暗殺少女。走りにくくないの?」

 「走りにくいけど、自分の体だから、切り離すわけにもいかないしな。女騎士、君も走りづらそうだから右腕斬り落としてみたら?」

 いや、何のプライドだよ。なぜやり返してきた? 意味がわからん。

 遠くにつり橋が見えてきた。つり橋の付け根は水がジャブジャブ音を立てており、樹の幹の中を通して、つり橋の方、城外へ水を送っているようだ。

 突然、影が落ちるように暗殺少女が下に降り、城外に敵が要るかのように、壁に張り付く。

 暗殺少女は敵には見えないように、腰を屈めて、音もなく走っていく。素晴らしい速さだ。

 暗殺少女は私達とつり橋の中間地点で止まる。そして外壁の一部であるかのように固まって動かない。

 私達のペースが上がり、暗殺少女に近づく。

 発情王子は「味方、味方、妹だから大丈夫」と暗殺少女に声を掛けて追い抜いていく。

 それでも暗殺少女は動かない。

 外壁の南端、つり橋の付け根にたどり付くとつり橋の反対側、櫓階段の上に黒髪黒目の十歳くらいの少女が弓を構え、こちらというか暗殺少女のいるあたりに標準を合わせている。

 「わりぃわりぃ待たせた。大丈夫だったか?」

 発情王子は少女に声を掛ける。

 「お兄、なにあれ。スフィンクスか何か? 伝説級の猛獣じゃん」

 「ああ、懐刀。味方だよ大丈夫。もしかしてお前、勝てるの?」

 「無理。だけど相打ちぐらいには最悪する。お兄、どんだけ猛獣使いレベル上げてんだよ」

 「そりゃ、お前のせいだろ。スフィンクスを相打ちにできる妹の世話をしてきたんだ。レベルも上がり放題だろうよ」

 「そりゃそうか」

 少女が矢を背中の矢筒に戻すと、すぐに発情王子の首元に暗殺少女がまとわりついてくる。抱っこ状態に戻る。

 その状態で一人用のつり橋を渡っていく。

 「相変わらず、お兄は危なっかしいな」

 「すまん、少し体重が増えてな。叙勲式で欲張りすぎた」

 「自業自得じゃん」そういって少女は階段を降りていく。

 私もつり橋を渡っていく。北からの山風が吹き、つり橋が歩きづらい。

 対岸の櫓階段にたどり着きほっとする。

 ゆっくり階段を降りていく。

 「お兄、そっちのは大したことないな」

 少女が私のことを言っているようだ。

 「女騎士の強さは武力じゃないからな。武力は懐刀があるから大丈夫」

 「フーン、お兄は面倒くさいことするね」

 「お前が言う? どんだけお前の尻を拭いてやったと思っているんだよ!」

 「はいはい、お兄様には、敵いません。お兄様の変質的な執着心には、勝てる気が致しません」

 「じゃあ、勝負は俺の勝ちでいいな」

 「はいはい、負けました負けました。もう少し胸が膨らみましたら、お兄様の寝殿に伺わせて頂きますわ」

 「ヒャッホーイ」発情王子が奇声を上げる。

 私は冷たい目で発情王子を見る。

 発情王子の禄でもない悪だくみが一つ明るみに出たわけだ。

 発情王子がワクワクしながら説明を始める。

 「いやね、妹が私の計画は実現不可能だとか言うから、成功したら妹は僕の妾になる約束をしたんだ」

 そして、私が勝った、ヒャッホーイと再度発情王子は叫ぶ。

 だめだ、意味が分からん。もう一人の当事者のこの少女に聞くしかない。

 私は少女の方を見る。

 「東砦王家のお金を使い切れるかどうか賭けをしたの。お金があると軍が動かせたり、傭兵を雇ったり出来るから、いろいろと厄介でしょ。だから、先にお金を使い切ってしまおうと。王家のお金を使い切るだけだろうと思ったら、使い込みすぎでしょ、お兄の悪党め!」

 「何を言う妹よ、商品を後払いで買ったのと、俺の隠し金庫になぜだかお金が入ってたので使っただけだ。不正行為はしてない」

 「じゃぁ聞くけど、今、お兄の部屋は暴君王妃に呼ばれた×教の司祭が使ってない? さらに外国の商人に塩を五十年分売った時、私を抵当に入れる必要があった?」

 「当たり前じゃん。自分の金庫に入ってたのは自分のものでしよ。外国の商人には一番大切なものを抵当に入れなければ信用されないじゃんよ。ちゃんと塩は納品したし、問題なし」

 「あん時はまだ、塩の増産方法も決まってなかったけど? 私の不安はどうしてくれるの?」

 「それは、これから寝殿で俺が優しくしてやるから大丈夫」

 少女は恥ずかしそうに満更でもない顔している。

 馬鹿馬鹿しくて全身から力が抜けていく。

 「そういうお前はどうなんだ、宝物庫から剣を一本くすねて無かったか?」

 「元に戻しておけば大丈夫。使って減るもんじゃないし」

 剣は使えば消耗するだろ。

 「で、結局この自称妹で、未来の妾はだれ?」

 私の独り言がつい口から洩れてしまった。

 発情王子が慌てて答える。

 「ああ、弟が生まれた時、母が亡くなってしまったから、東砦で一番おっぱいが出そうな出産直後の母子を探した結果、彼女のお母さんが連れてこられて、弟と一緒に育ったから、弟の双子の妹になるのかな」

 「いや、私の方が姉だから!」と少女。

 「弟の双子の姉の義理妹姫です」律儀に発情王子は言い直す。

 微妙に全く他人の気がするが、深く突っ込まない方が良さそうなので、放って置くことにする。

 そうだ、といって発情王子は自称、弟の双子の姉である義理妹姫にティアラを渡す。

 義理妹姫は頭に付けようとして、思いとどまり懐にしまう。

 「お兄はこれからどうするの? お兄の体力で土漠縦断は無理じゃない? 塩砦経由で行っても三日だよ、わざわざ危険な二日半の行程を選ぶ意味が分からない」

 「私が城外に出るということは、決戦の地が塩工場ということもあり得る。小さいとはいえ、あそこも元は砦だからね。みんなで作ったカタパルトとか、バリスタとか生きてる?」

 「バリスタは生きてたけど、元から飛ばないカタパルトが正常なのかは知らない」と義理妹姫。

 「難民傭兵団は?」と発情王子。

 「それは、失敗。弓と矢は大量にあるけど、打つ人がいないわ」

 「弟の最後の一冊はいつ完成?」

 「来週かな」と義理妹姫。

 「それまでは大丈夫だろう。完成前に弟に会ったら、俺も弟も心折れる。やっぱり自分の『失敗』を処理してから行くよ。俺も、女騎士もいっぱいレベルアップせねば。やっぱり土漠ルートを選ぶよ」と発情王子。

 「はいはい、言われてたもの用意しておいたわよ」

 そういって義理妹姫は背負い袋二つを指さす。

 「水と食料だけど、二人分で用意しちゃったから、節約していってね。まあ三日分あるから足りると思うけど」




 暑い。そして、遅い。

 水袋を背負った発情王子は、ゆったりとしか歩かないし、少し歩くとすぐに水飲み休憩をするし、出発したのが夕方とはいえ、ほとんど進んでいないのでは? 徒歩、二日半の日程と言っていたが、本当にその日程で到着するのだろうか。水は大人二人で三日分と言っていた。一人は子供とはいえ、あれだけ飲ませたら足りなのではないだろうか。

 しかし『乾燥地帯では水は喉が乾く前に飲むのが鉄則』と言って水をしこたま飲まされている。お腹がタプンタプンである。

 日暮れが近づき、太陽は砦の向こうに降りていき、今は砦の上の空をぼんやりと赤くしている。

 突然、暗殺少女が道なき道を先行する。

 暗いのにゴロゴロと大きな石が転がる道をほとんど音もたてず、走り去っていく。

 発情王子が「良からぬ来客があるらしい」と私に伝えてくる。

 「悪い人である根拠は?」

 「奴隷少女が忍び足をしたから」

 確かに義理妹姫が近づいてきた時、暗殺少女は影に隠れるよう、身を隠していたっけ。

 「四、五人居るかな」

 暗闇には何も見えない、何も聞こえない。

 「見えるの?」

 「匂い。男くさい。しかも一人じゃなくて何人かの混じり合っているから、軍人の宿舎みたいな匂いがする」

 クンクンと嗅いでみた。乾いた土の匂いしかしない。

 発情王子は「この先に大きな岩があるから、今日はそこまで歩こうと思う」と言う。

 一番星の様に、視界の先に明かりが見える、松明だろうか。

 発情王子と私はゆっくり歩いていく。

 「今は私の失敗を処理しに行く旅だから、何一つ良い方には転がらないから気を付けて」

 え、それどんな気を付け方をすればいい? 『今から、不幸が起こるから気を付けろ』と言われても。

 それから、辺りが暗くなり、太陽の影響が全くなくなった頃、松明の燃える匂いがしてきた。

 遠目にも体格がいいのが分かる。

 影は二人の様だ。発情王子の言葉は不正確だ。まあ、匂いなら不正確になるのは仕方がないか。二人はでかいし、四人分の臭気を放っていても納得がいく。

 「よう! 兄弟」

 「よう! 兄弟」

 松明の明かりがこちらの顔を照らす距離になって大男二人から声がかかる。

 発情王子は「自称貴族は元気にしているかい?」と返す。

 発情王子の問いに答える事無く、二人の大男は驚いた声をだす。

 「女か!」

 「女!」

 二人の大男は私を眺めまわす。

 それは珍しかろう、女性専用の防具はこの世界に一つの特注品だしね。

 それに比べて、大男二人は砂埃で汚れた服で武器防具はなく、松明だけを持っている。

 「女連れとは良い旅だ」

 「女連れとは良い旅だ」

 それだけ言うと大男二人は身を翻し去っていく。

 何しに来た?

 発情王子は二人の後を追うようにゆっくりと歩き出す。

 満月とはいかないまでも、月明かりが強く、何とか歩ける。

 またしばらく歩くと、大きな岩がぽつんと土漠に突き出ている。

 大きな岩といっても背丈の倍の高さ。十人手をつなげば、ぐるっと岩を一周できるような大きさだ。

 私たちが来たほうだけに砂がたまっている。

 発情王子はそこに水袋を置き、砂を平にし、横になった。

 え、ここで夜を明かすの? 本当に岩と砂しかない。確かに風は来ないけど、肌寒い。

 仕方なく背のマントを外し、体に巻き付け砂の上に横になる。

 岩が昼間の熱を貯めているのか温かい。

 防具が体を押してきて痛いが、外したら寒さに震えそうだ。

 足を投げ出すとすごく楽だ。たいして歩いたとは思っていなかったけど、結構歩いたようだ。

 しかし、なんて一日だ。

 朝から馬鹿騒ぎの叙勲式があって、一日が終わってみたら、ベッドどころか屋根もなく星を眺めながらの就寝。

 コインをひたすら数えていたのが、もう懐かしいな。

 たくさん水を飲まされたせいで、トイレに行きたい。

 私が静かに身を起こすと、発情王子から「あまり遠くにいかないで」と声がかかる。

 発情王子も体を起こして今度は座った状態で岩にもたれかかる。

 とは言われたものの、匂いに超敏感な発情王子の近くで用を足す訳にもいかない。

 少しは離れねば。私は来た道を少し戻り、右に曲がって岩に居る発情王子から見えない角度にそれていく。

 そこそこ距離を取りたいのに岩がごろごろしていて歩きにくい。

 これ以上歩くのは面倒だし、ささっと用を足してしまおう。

 下半身の防具の防御がしっかりし過ぎていて、脱ぐのに時間がかかる。

 ふぅ、私が用を足し終える。

 ガラガラ。

 石を跳ね飛ばして人間がやってくる音がする。しかも、二か所から。

 慌てて、防具を付けなおす。

 何とか防具を付け終わる。

 暗くて見えないが、昼間の大男二人っぽい。

 人が用を足しているときに失礼じゃない!

 

 私は男たちに声を掛ける

 「ちょっと失礼じゃ……」

 ガン。

 突然夜空の星が見える。

 殴られたらしい。

 「こいつ女のくせに、男に声を掛けた。なんて失礼な女だ」

 「失礼だ!」別の角度から声が聞こえる。

 え、あんたたちの方が失礼……

 ドン。

 腹が痛い。腹を蹴られたらしい。

 「女の分際で失礼だ。夜、男に会ったら、自分から服を脱ぐ。当たり前」

 「失礼だ!」もう一人の男が繰り返す。

 「女は家畜より使えない、生かされているだけで感謝しろ! この女は男に対して感謝が足りない」

 「礼儀知らず!」男と声が聞こえる。

 ガン。

 顔に痛みが走る。

 体に力が入らない、私の膝が地面を叩くのが分かる。

 ドン、ガラガラ。

 肩を蹴られ、地面を転がるのが分かる。

 ガラガラと男達が石をどけて歩いているのが分かる。

 黒い影が男達の背後を通り過ぎる。

 助けを呼ぼうとしたが、男の足が私の首を踏みつける。

 息ができない。

 「さっさと脱げ」

 私は男の足をどけようと、男の足を手で押すが、ピクリともしない。

 「失礼女、脱げないなら、脱がしてやる。感謝しろ! 次から、礼儀をわきまえろ」

 「この女、犬猫より頭が悪い」

 私の下半身の防具を剥ぎ取ろうとするが、なかなかうまくいかない。

 ドカ、ドカ。

 嫌がった私の腹に蹴りが入る。

 だめだ、息ができず、意識が保ってられない。

 ただただ苦しい。

 ……苦しい、もう、だめ。

 突然、男の足がどく。

 私はただ息をする。

 息をする。

 少し離れた場所から、ガラガラと石を蹴散らす音がする。

 助かったようだ。

 ハアハアと息が止まらない。


 ガラガラと石をどける音が聞こえる。

 「すまん、手こずった」

 発情王子の声が聞こえる。

 声を聞いただけで、安心と共に激しい痛みが走る。

 左目を殴られている。口の中も切ったようだ。左肩と下腹が痛い。

 「立てるか?」発情王子の声は優しい。

 私は立ち上がろうとするが足に上手く力が入らない。足がガクガク震える。

 何とか立ち上がると、今度は地面がグラグラ揺れている。多分世界ではなく私が揺れている。

 足場に石がゴロゴロしているので、なかなか歩けない。

 発情王子が肩を貸してくれる。

 私はヨレヨレと歩く、というより引きずられていく。

 岩の所まで戻ってきて、発情王子の肩から砂地に降ろされる。

 暗殺少女が近寄ってきて、私の剣を蹴とばし、発情王子の元に返っていく。

 私は立っているだけの余裕もないのでマントを体に巻いて寝転がる。

 どんどん痛みが増してくる。

 発情王子が優しく話しかけてくる。

 「この世界は男性が偉く、家畜がその次で女性はその下だ。『家畜は食えるが、女は肉にもならない』と。東砦だけが男性、女性、家畜の順。暴君王妃が強力に指導したから。女性に暴力を振るった男性は性器を切り落とされた。軍隊も動員して徹底的に女性への暴力を取り締まったので、この世界で一番女性の待遇がいいのが東砦」

 発情王子が何か言っている。正直頭がグラグラして考えがまとまらない。

 薄目をあけて発情王子を見ると暗殺少女を胸元に抱えて寝ている。

 いい気なもんだ。こちらは激痛に耐えているのに。


 痛みで寝ることもできないうちに夜が白み始める。

 発情王子が体を起こし「行こう」という。

 私も寝られないので体を起こす。

 立つことはできる。足に力が入る。地面も多少揺れている程度で歩けなくはない。

 ただ、顔の痛みが心臓のリズムでズキズキする。

 発情王子が歩き出す。私もついていこうとすると、暗殺少女が近寄ってきて私の足に蹴りを入れてくる。一回蹴ると発情王子の元に戻り、手をつないで歩いていく。

 まるで親子か年の離れた兄弟の様だ。

 少し歩くと小柄な男が二人うつ伏せで寝ている。

 とても血生臭いので、死んでいるのだろう。

 人が死んでいるのに何の感情も動かない。

 歩く。ゆっくりと歩く。ただただ歩く。

 暑い、喉が乾くが水を飲むと口が痛い。 

 ズキズキの痛みに気を取られると、石にけ躓く。

 疲れてた横になりたいが止まると痛みに意識が持っていかれ余計に痛い。

 昼を過ぎ夕方も過ぎ夜に近づく。

 土漠の真ん中にポツンと岩がある。

 近づくと昨日の四倍くらい大きい。岩の横から見ると岩の真ん中に切れ目が入っていて人が通れるくらいの幅がある。

 そこにも砂が貯まっている。

 発情王子はゴロリと横になると、その胸元で暗殺少女が横になる。仲のよろしいことで。

 発情王子がこちらに頭を向けて寝ているので私は発情王子に頭を向け仰向けで寝る。

 発情王子のハァハァという息遣いが聞こえる。暗殺少女に発情でもしているか。

 私も横になるが痛みが酷い。痛みが引いたというよりは、痛むことに慣れたので少しはまし、という程度だ。

 寝れないまま夜が過ぎていく。

 相変わらず発情王子は息をハァハァさせ発情中だ。

 暗殺少女は発情王子に水を飲ませるために自ら膝枕をして、発情王子の頭をモモの上に置く。

 この変態め、少女相手にイチャコラやってろ。

 夜が白み始めてきた。このまま歩くのはきついな……。

 暑っ!

 長く寝てしまったようだ、空が眩しい、昼くらいか。

 喉が渇いた。

 水袋のある発情王子の方をを見ると、暗殺少女の膝枕でハァハァ中だ。

 暗殺少女が水袋を抱えている。暗殺少女は私を見ると水袋を背中に隠す。

 いや、この乾燥している土地で水を飲まなかったら死ぬから! 嫌がらせにもほどがある。

 発情王子が暗殺少女のモモを手のひらでトンと叩くと、渋々といった感じで暗殺少女が水袋を渡してくる。感じ悪っ。

 乾いた喉にはぬるい水でも染みわたる。水が上手い。

 昨日は口を切っていたので何も食べれなかったし、水を飲むのも痛かった。すきっ腹に水が染み渡る。

 ふぅ、あまりに水が旨いので腹いっぱい飲んでしまった。

 暗殺少女が私から水袋を奪い取る。

 みんなの水でしょ、失礼じゃない?

 喉の乾きが癒えるとお腹がすいてきた。

 義理妹姫からもらった食料が手付かずで残っている。塩漬け肉と乾燥肉の板、カチカチのパン。

 カチカチのパンは水に漬けないと噛み切れそうにない。

 水袋を持つ暗殺少女を見ると水袋を発情王子の頭の上に置いており、こちらに渡す気は無い様だ。

 仕方ないので塩漬け肉とボソボソの乾燥肉を交互に齧る。

 あまり食べた気がしないが、眠くなってきたので、肉を袋に戻し、寝ることにする。

 ガンガンと足を蹴られる。

 目が覚めると暗殺少女は更に私を一蹴りしてから発情王子の元に戻る。

 結局一日寝てしまったようだ。白み始めた空の下、発情王子が先行して歩き出している。

 私は発情王子の下に行き、水を飲む。

 今日は調子が良い。相変わらず顔は痛いが痛みは半減したようだ。

 それにしても水が残り少ない。目的地まで持つのだろうか。

 今日も歩く、ただひたすら歩く。発情王子はゆっくり歩くので、私からするとペースが遅すぎて歩きにくい。

 怪我をして痛みに耐えている時は丁度良かったけど、今は遅すぎて歩き辛い。

 昼過ぎからは更にペースが落ち、こまめに暗殺少女が発情王子に水を飲ませている。

 出発とは真逆の光景だ。

 私が水を求めると、暗殺少女は拒否をする。

 いや、私も喉が乾いているんですけど。

 私が水を飲むと残りがほとんど無くなった。

 夕方までには目的地に着かないと厳しいな。

 夕方になると、発情王子はほとんど歩かなくなった。

 それでも何もない荒野を進もうとしている。

 暗殺少女がすっと腰を下げる。

 警戒しているようだ。

 「女の人の匂い?」

 発情王子が掠れた声で言う。

 暗殺少女はコクリと頷く。

 「それ、味方」

 そう発情王子は小さく言うと、ドカリと地面に座って、残っていた水を飲み干すと、そのまま横になる。

 全ての女性はあなたの味方だとは思えないけど。

 暗殺少女は音もなくものすごい勢いで進行方向に走っていく。

 発情王子に近づくと、安心した顔でスースーと寝息を立てている。

 私もやることがないので地面に座る。

 夕焼けの空が砦の城壁に沈んでいく頃、上半身は胸だけを隠した下着に赤の薄布、下はゆったりとした白い長ズボンを履いた女性と、色違いで青の薄布を纏った女性が駆け足でやってくる。

 私は立って出迎えると、赤色の女性が私に問いかけてきた。

 「その顔は発情王子にやられたの?」

 「いいえ、見知らぬ男たちに……」

 ビタン。

 赤色の女性は私をビンタした。

 なんで?

 聞こうとすると既に赤色の女性は発情王子に「体起こせる?」と聞いている。

 不条理だ。

 青色の女性は私を見ることもなく発情王子の下に膝を着き、自分の小さな水袋から水を飲ませている。

 「少し無理してでも飲んで」そう青色の女性が言うと、赤色の女性は自分用の水袋の水を発情王子の頭に注ぎ、発情王子の上半身をずぶ濡れにする。

 青色の女性が立って、私の方にやってくる。私も喉が乾いている。少し分けてくれるのだろうか。

 ビタン。

 青色の女性にもぶたれた、酷い。

 「貴女、少なくても発情王子の連れでしょ、発情王子が体が弱いの知っていながら、ここまで酷使するとはどういうこと? 人としての優しさとか、人情とか持ち合わせてないの? 女性の立場が弱いのは貴女のような人でなしの馬鹿が居るからだわ。なぜ発情王子が貴女のような人間を傍に置いておくのか、理解ができない!」

 『死ねばいいのに』を連呼して青色の女性が発情王子の下に戻る。

 「熱が酷いわね、生姜くらいしか解熱の薬草がないわ、少し切って水袋に入れておいて」赤色の女性が青色の女性に指示している。

 赤色の女性は暗殺少女にも指示して食料袋を背負わせている。

 暗殺少女は素直に従う。

 赤色の女性は発情王子の右側を青色女性は左側の肩を担ぎ、発情王子を立たせる。

 「もう少しだから、頑張って」赤色女性が発情王子を励ます。

 発情王子は子供の様に「うん」と答える。

 発情王子は行く手に立ちふさがる暗殺少女に二人を紹介する。

 「赤色の女性は元々は砂漠の民の踊り姫。農耕王国に嫁に来たら、騎馬民族と戦争となり、この地の落ち延びてきた。青色の女性は踊り姫の従者。二人とも頭が良くて普通に王様に成れるくらい。特に赤色の砂炎踊姫は世界の情勢を掴むのが優れていて、この地への避難が成功したのも砂炎踊姫のおかげ。青色の清徹従娘は文官十人分くらいの働きが出来る切れ者だよ。もし、瞬間的に判断を迫られた場合、二人の方の判断が正しい。私は人の十倍くらい考え込むからニ人より少し判断が良いけど瞬間的判断はこの二人には敵わない。だから私が指示を出せない事態になったら二人に意見を聞けばいい。それでやるかどうかは暗殺少女に任せる」

 砂炎踊姫が答える。

 「女性の評価が高過ぎ。村の問題も解決できてないし、発情王子が『砂炎踊姫は俺のハーレムに入れるから、手出ししたら攻め滅ぼす』って言ってくれなかったら、とっくに私は村の男たちの慰み者だったわ。私の方が発情王子に頼ってばかりだったんだから、今回は私達が何とかする。ゆっくりしてていいわよ」

 それを聞いた発情王子はがっくりと首を落す。意識を失ったようだ。

 暗殺少女は道を先行して、闇に消えていった。発情王子を抱えた赤の砂炎踊姫と青の清徹従娘も私の前を歩いて行く。発情王子が歩くより早いくらい。それでもゆっくりだ。

 私は心が落ち込んでおり、ゆっくりなペースに着いて行くのがやっとだ。

 たしかに発情王子が体が弱いのは祖父の元将軍から聞いていた。

 ただ、このところ疲れは見せてはいたけど元気一杯で式典を準備していたし、城外に出るまでは健康体だったのに。

 夜の闇がやってきて、軽い上り坂を上っていく。地平線に広がる黒い闇は山の峰だった。

 夜も更け切ったころ、村が見えてきた。

 村といっても木々を積み重ねた掘っ立て小屋の群れ。

 村の周りには柵があり一跨ぎで越えることが出来ないようになっている。

 柵まで来ると、老婆が二人ほど立っている。

 砂炎踊姫が老婆に声を掛ける。

 「急ぎなの、発情王子が熱ですぐに横にしてあげたい。扉を開けて」

 二人の老婆は開ける様子がない。

 老婆の一人が砂炎踊姫に返事をする。

 「発情王子は賞金首、入れたら厄介なことになる。女騎士の様なけったいな人間は入れたくない。砂炎踊姫、貴女は所詮、他民族。従う理由がない。それに山に住んだものは豊かになっていない」

 「それなら、海に行けばよかったじゃない」砂炎踊姫が返す。

 老婆は「それは指示されていない」と言い返す。

 砂炎踊姫が言葉を窮すと老婆が続ける。

 「今、村の若い娘は男共に襲われている。知っていて、砂炎踊姫は逃げ出した。指示もしないで放置した。砂炎踊姫は女達を見殺しにした」

 冷たく言い放つ。

 「私は、偵察に行った男達が帰ってこないなら、確認に出ただけ!」と砂炎踊姫。

 老婆の態度は変わりそうにない。

 「分かったわ、出ていくから私の剣だけ返して」

 老婆の一人が無言で去っていく。

 誰もが無言で立ち尽くしている。

 発情王子は意識が無いままだ。

 老婆の足音がだけが響く。

 本当に女性達は襲われているのだろうか。

 しばらく沈黙の後、老婆の一人が戻ってきて、短剣二本を柵の向こうから投げる。

 清徹従娘が発情王子の支えを解き、短剣を拾うと砂炎踊姫に渡し、今度は清徹従娘が発情王子を支える。

 砂炎踊姫は短剣を左右の腰に括りつけると「行きましょう」と言って来た道でもなく、山でもなく岩壁に沿ってが歩いて行く。

 道は少し下り、村が見えないところまで来ると砂炎踊姫が話し出す。

 「とにかく、水の補給が最優先。山の中腹にある狩猟小屋まで行きます。あそこには湧水があるからこの人数でも何とかなるわ。本当は海の避難民の所に行って助けを求めたいけど、夜明け前に狩猟小屋で水を補給して、発情王子の体力が戻ったら、海に行きましょう」

 私の喉は既にカラカラだが、言い出せる状況ではない。

 私達は山脈の方に進行方向を変えて歩き出す。

 上り坂を上がっていく。九十九折になっていて何度も方角を変えながら山を上っていく。足場は大きな石はどけてあるようで暗いが何とか歩ける。砂炎踊姫と清徹従娘は平地と変わらぬ速度で歩いて行く。

 私はハァハァと息をしながら着いていくのが精一杯。

 太ももがはち切れそうだ、脹脛が激痛だ。

 足の裏の感触も無くなってきた。夜明け前に着くと言っていたが、もう駄目だ。

 声を出して休ませて貰おう。

 腹に力が入らない、喉も焼きついたように痛くて声が出ない。

 止まって、ちょっと、ついていけない。

 砂炎踊姫が「小屋が見えたわ」と呟く。

 どこに居たのか暗殺少女が走り出したのが見えた。

 私も最後の力をふり絞って走る。

 走る、走る。

 風呂桶のようなものと水の匂いがする。

 私は風呂桶に顔を突っ込むと、水を流し込む。

 息も吸いたい、水も飲みたい。

 暗殺少女の気配が消えた。

 それどころではない、息を整えつつ水を飲む。

 少し落ち着いたころ、砂炎踊姫と清徹従娘に担がれた発情王子がたどり着いた。

 発情王子はまた頭から水を掛けられたらしく、頭が濡れている。

 暗殺少女は水場に頭を突っ込んでいる。

 清徹従娘が私に「邪魔だから向こうのベンチで休んでくれる」もはや、命令だ。貴女に命令される言われはないと思う。

 確かに邪魔なのは認めるので場所を譲る。私は木のベンチ、丸太を半分に割ったものを並べただけだがそこに横になる。一人が横になるといっぱいのサイズだ。疲れた。一応、天井も木製の薄いものが取り付けられている。ベンチの横は石の壁だ。山の天然の物を利用しただけだ。その壁以外の三方は何もない……。

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