第4話 叙勲式
あっという間に式典当日だ。
やっと終わりが来たという開放感が強い。
今朝もぐったりしているうちに無理やり服を着替えさせられ、馬車が迎えに来て叔母達に掴まれて、馬車に放り込まれ、軍の敷地に向かって連れていかれる。
この服、やたら生地が少ない。太ももと、お腹と背中の生地はどうなった。そのくせ、胸やら股間やらの革鎧の防御が凄い。革鎧のくせに、頭にティアラ、戦う気があるのか? この鎧。祖父の剣だけがまともで私を安心させる。
私は軍の入口で馬車を降ろされると、軍の敷地で発情王子と激昂少佐が話しているのが見える。
発情王子が私を見つけて、駆け寄ってくる。
私は軍の敷地を歩いていく。発情王子と会うのはいつ以来だろう? 長い間、会ってない気がする。最後に会ってから十日しか経ってないのに。あんなに嫌いだった発情王子がなんだか懐かしく、会えてうれしい気持ちになった。
私と発情王子の間に、黒い影が走る。
少女の様だ。
仕立ての良い服で、高価そうなヌイグルミを抱えている。普通の五歳の少女の様だが、違和感を感じる。『普通』過ぎる。発情王子は少女に気づかないのか私に近づいてくる。
私の頭には危険信号が鳴る、なぜか、少女がゆっくり動いて見える。
少女はヌイグルミを投げ捨て、その中から短剣を出し、発情王子に向かって走っていく。
このままだと発情王子の太腿に短剣が刺さる。発情王子は少女に気づかないのか、私を見つめながらそのまま走ってくる。
このままだとやられる。そう思った瞬間、発情王子の一歩が大きくなる。まるで股関節が柔らかいの自慢するように前足と後ろ足が伸びていく。そのつま先には少女の腹があり、発情王子の靴が少女のみぞおちに深々刺さっていく。
少女は吹き飛ばされ、私たちの乗ってきた馬車の車輪にぶつかり止まる。短剣は石畳を滑っていく。
発情王子は何事もなかったように私に近寄ってきて挨拶する。
「おはよう。久しぶりだね、どれくらいぶりかな。今日はよろしく。結婚するわけでなし、ただの騎士叙勲だから、今日はゆっくりしてていいよ。今日を迎えられて嬉しいよ。これから一緒に頑張っていこうね」
そう、ニコニコしながら発情王子は言うが、この少女はどうするつもりだろう。
発情王子が失神している少女を観察する。服の隙間から背中を見たり、ほっぺたを指で挟んで口を開き口の中を見るが、歯が無い。一本もない。
「うーん。どこの刺客だろう、よく分からないな。ただ、乳歯を割って拷問するのは暗殺ギルドとか、歴史のある組織だね。背中の傷は最近のが無いから、この子は相当できる子だね」
そう言いつつ、股間を確認したり、瞼を開いて白目を確認している。
「薬はやってないようだ、薬を使わなくても訓練できるのは優秀な証拠だ。でも、背中に傷が残っているから娼館用の人材では無い様だ。少女の場合、暗殺者として使い物にならない場合は娼婦として育てるのが一般的だから、体に傷をつけないのが普通だけど、暗殺に特化しているということは、人材が豊富なんだなぁ。どこのギルドだろう。肌が浅黒いから、普通は砂漠の民の生まれだろうけど、騎馬民族に誘拐されている線もあるし、今、資金的に余裕があるのは東の騎馬民族と西の蛮族、砂漠の民は疲弊しているしなぁ。砂漠の民から、西の蛮族の×教に売られて、そこで育てられた線が強いかな。やっぱり第一王子と×教司祭の差しがねか?」
え、そこまで情報を引き出せるものなの? この事象から。刺客が襲ってきたことより、発情王子の馬鹿馬鹿しいほどの洞察力に頭がくらくらする。頭がくらくらするのは疲れが溜まっているんだろう、そうに違いない。
発情王子は、「うーん。こうしたら、でも、だから、でも、やっぱり」と呟きながら、奴隷少女を抱きかかえ、私を見てくる。まるで捨てられた子犬かの様に。
「拾っていい?」そう、発情王子が私に目で訴えかける。
私に判断できるわけないでしょ。勝手にしなよ。
「発情王子のお好きなように」
「やったぁ!」
発情王子は欲しかった玩具でも買ってもらえたかのように喜ぶ。
東軍中佐が私達を見つけて、安心しように小走りしてくる。
「本日の予定ですが……、その子は一体?」
「私を殺しに来た暗殺者だけど、私が使いたいから、目覚めるまで傍に……」
「無理です、時間が押しています。信頼できる人に任せるしかないです」
東軍中佐は百人隊長を呼ぶ。
発情王子は百人隊長に質問する。
「百人隊長は、幼女趣味ある?」
「ある訳ないっしょ! あんたが女なら年齢問わずでも、俺は、幼女は無理っす、無理っす!」
「じゃぁ、分かった、自害しないように縛っといて」
発情王子が不貞腐れて答える。
私たちは東軍中佐に引っ張られるように、軍の敷地に入っていく。
私たちはグランドに特設された櫓の上に上っていく。
櫓には机が一卓と椅子が二席あり、私と発情王子分だ。
発情王子が右の席に座ったので、私は左の席に座る。
櫓から見える景色は左手が木造宿舎、私たちが作業していたところだ。その手前には柵に囲われた大きな広場があり、そこは羊を一時的に待機させていた場所だ。一段下がって正面にはグランドと呼ばれる広場があり、数千人の軍人が訓練をできる広さである。グランドの先には川があるようだ。地平線の先にきらきら光る場所がある。
右手には旧宿舎と呼ばれる石造りの建物が見える。
石造宿舎は町から遠くなるので町に近い木造宿舎が使われていたが、今回発情王子がごねたので、石造りの宿舎が復活し、木造宿舎は×教軍の宿舎として、作り直された。三分の一に解体されたともいう。
石造り宿舎は、水回りがとても良く、トイレが水洗、シャワーがあるなど、兵士には好評だ。
私達の足元、櫓の前には大木が荷車の上に置かれている。大木の先頭には羊の頭を象った岩が取り付けられている。何だろ、羊の弔いの儀式だろうか。
私たちが座ると、木造校舎の方から人がゾロゾロとやってくる。今日は羊の代わりに人間が入ってくる。良い場所を取りたいのか、走っている人も見える。
叔母の三人がお盆を持って上がってくる。普段はしていない白エプロンだ。
「本日のメニューです。式典が始まる前にご確認ください」
塩漬けされた羊のモモ肉の塊一本。焼けたスペアリブ十本、拳大の焼かれた肉が三つ付いた串が二本、更にさっぱりスープ山盛り。塩漬け野菜がお椀に一つ、後はコップに水。
発情王子が全部一口ずつ口にしていく。贅沢な食べ方だ。
「味は問題ないけど、水が少ないから食事中に注いで回って」
あぁ、味見だったか。叔母達は満足そうに帰っていく。
発情王子はスペアリブを一本つまんだ後に私に言う。
「後は、よろしく女騎士」
料理を指さし、残りは私が食べるように発情王子は促す。
モモ肉は私の顔より大きい。
まずは食べやすそうな串を掴み食べていく。口に持っていくが、口に入りきらない。仕方ないので串から外し、ナイフで切ってから口に運ぶ。この串一本で三人分はあるのでは?
表面はしっかり焦げているものの中はやや生だ。この串一本でお腹いっぱいだろ。
「あ、女騎士、食べきれなかったら解雇だから」
いや、前にそんな事が布告されていたが忘れてた。
発情王子が冷たい目で見てくる。
食べますよ、食べます。今日は軍人達全員この量を食べるんだよね。
串を二本を食べたところで限界だ。
スペアリブ、凄く脂がのっている。先にこっちを食べるべきだったか。骨があるから食べる肉の量は少なく見えたけれど。
発情王子がスペアリブ三本目にとりかかっている。
いや、この量、一日かけても無理じゃないか。塩漬け肉は発情王子が一口食べただけだ。
私と発情王子がスペアリブをモグモグしていると、軍の行進が始まる。
観客席から拍手が起こる。いつの間にか会場は満席だ。
グラウンドをぐるりと一周歩いていく。
軍人の鎧は陽の光を反射してとてもきれいだ。
槍隊と剣隊の二グループが居る様だ。二つの■がグラウンド回って、私達から見て右手端に剣隊の■の塊と左手端に槍隊の■の塊が止まり、私達に敬礼を送ってくる。
発情王子はテーブルの前に立つと、右手を高く掲げる。そしてその手を下げる。
剣隊は抜刀し槍隊に突っ込んでいく、槍隊も槍を剣隊に向けて突っ込んで行く。
ぶつかる、と思ったら、両者はきれいにすれ違い左右を入れ替わって■の塊が二つになる。そこからもう一度突撃を開始するが、槍隊は◇になり突撃していく。剣隊はくの字になり突っ込んでいく。中央で槍隊は●になり、剣隊は〇になって槍隊を取り囲んでいく。そして今度は●と〇が入れ替わる。そして「やー」という怒号が聞こえて、左右に■が出来る。最初の右手端に剣隊の■の塊と左手端に槍隊の■の塊だ。
それから一列ずつグラウンドをぐるりと周り退場していく。
観客席の前では軍人がそれぞれ剣を振ったり、槍を振ったり、手を振ったりアピールして歩いて石造宿舎に去っていった。
しばらくすると武器防具を置いた、中あて姿のおそろいの服の兵士たちが、木造宿舎から長机やら椅子やらを出していく。
グランドいっぱいに青空食堂が出来ていく。
グラウンドと観客席の間に溝が掘ってあり、そこに軍人が火を持ってくる。薪がおいてあり、煙がもくもくと立ち上がっていく。
そこに女性たちが肉串を置いて焼いていく。机にも塩漬け肉の塊が置かれていく。
肉はドンドン焼かれていくが配給するには時間がかかるようだ。塩漬け肉と塩漬け野菜とコップの水が配られ兵士が席に着くと一斉に立ち上がり、こちらに敬礼してくる。
発情王子が私に指示を出してくる。
「今、食事開始の号令待ち。剣を抜いて天に掲げる。静かになったら『突撃』と言って剣を振り下ろして」
兵士たちは既に敬礼して号令を待っているので私は慌てて机の前に立ち、剣を掲げる。
兵は静かだが、観客席が静かにならず、なかなか剣を降ろせない。
少しすると観客席も気づいたのか静かになっていく。
薪が燃えるパチパチという音が聞こえてくる。
出来るだけ大きな声を出さないと、遠くの兵士は号令が聞こえないよね。
私は最大限の大声で叫ぶ。
「突撃ぃぃぃ!」
そして将軍剣を振り下ろす。
端の人にも見えただろうか。
軍人からどっと歓声が上がる。
どちらかというと笑い声だ。
発情王子を見ると爆笑しながら拍手している。
騙したな、発情王子!
兵士たちは食事を始めた。
発情王子は笑いながら「女騎士、食事が進んでないよ」と食事を勧める。
私は不貞腐れて食事を続ける。
いや、もう食いきれん。
軍人たちを眺めると、もう半分以上平らげているのがほとんど。やはり、軍人凄い。
軍人たちに配膳しているの女性従業員はカチュウシャがない。肉を焼いているのはカチュウシャをしている女性が多いが、ちらほらカチュウシャしてないものもいる。この違いは何だろう。
発情王子は立ち上がると、東軍中佐と激昂少佐の席を右手で指さし、左手ではコイコイとジェスチャーしている。
それに気づいた兵士が二人に声を掛ける。
二人は慌てて櫓を上ってくる。
「いかがなされました、発情王子」と東軍中佐が声をかけてくる。
激昂少佐はまだ口をモグモグさせている。
「報告」と発情王子は不機嫌そうに言う。
「スケジュールは順調です」と東軍中佐。
「軍に今のところ異常はありません」と激昂少佐。
ほうと発情王子は答える。
「今日、私は暗殺されかかったのだが、警備責任者は誰だ」
「私です」と苦しげに激昂少佐が答える。
「軍人は良くて王家はないがしろか、正座!」発情王子は怒った様子で命じる。激昂少佐は下を向き正座をする。
「東軍中佐『叙勲式婚約』は何名になった? いつ完了する?」東軍中佐は答えられない。全身を緊張させるだけだ。
発情王子は振り返り私の腰から剣を引き抜き、切先を東軍中佐の喉元に突きつける。
「てめぇ、戦争舐めてんのか! 舐め舐めか。これは戦略と言ったろ! 軍事教練より優先しろ言ったはずだか? 数も把握してないのか貴様! それとも私の戦略が役に立たないとでも? 意見があるなら、その命を掛けて進言して見せよ!」
東軍中佐は発情王子を見ることもできず下を向き、か細く答える。
「申し開きの言葉もございません」
発情王子は剣を突きつけたまま東軍中佐に命じる。
「百人隊長を集合させよ」
東軍中佐は立ち上がり、指笛を吹き、左右の手をパタパタとさせる。手旗信号の様だ。
発情王子は私に「机のそっち持って」と言ってくる。
私が机の端を持つと発情王子は長机の反対側を持ち、櫓の外に料理ごと長机を投げ捨てる。
櫓は結構な高さがあるので、何事かと静まり返った会場に響き渡る。
発情王子は椅子を百人隊長たちが来ても大丈夫なのように端に寄せる。
発情王子は私に椅子に座るように言い、東軍中佐を私の前に正座するよう伝える。
座った私の膝の目の前に東軍中佐の顔がある。
駆け上がってくる百人隊長に発情王子は「五列」と声を掛けると、百人隊長たちは五人横に並びその後ろに三人が並んだ。
さて、と発情王子は言い戸惑う百人隊長達に声を掛ける。
「各隊の『叙勲式婚約』確定人数が聞きたい。確定人数と、その家名を答えよ、右から!」
最初の百人隊長が答えられない。
「よし分かった。既婚者と婚約者が居る者、この際、親に隠れて付き合っている者も含めていい、もし、その合計が五十名を割る隊があるのなら、その隊の隊長は正座」
百人隊長全員が正座する。
「軍人とは良い身分だな。私は私財を投げ出し、危ない橋をいくつも渡り、各方面から命を狙われ、それでもこの東砦を護ろうとしてる。今日も暗殺者に狙われたのは知っていると思う。にもかかわらず、この国を護るべき軍人が楽しいお食事会しているとは。明日、明後日にも×教軍が到着するんだぞ、分かっているのか? 私は軍人たちの行動が理解できない。八割だ。今日中に八割の軍人に護るべき女性を作れ。もし五割を割るような隊があるなら、……分かるだろうな」
発情王子はそう言って、剣の平で激昂大佐の首をトントンと叩く。
「女性従業員でカチュウシャが無い者は特定の男性が居ない独身女性だ。カチュウシャをしているものは、先約ありだ。場内の女性従業員だけでは足りない。観客席から独身女性を連れて来い。なんとしても八割を達成させよ!」
更にと発情王子が続ける。
「お前ら軍人は覚悟が決まっていないようだ。罰を与える。二十人前を完食した軍人から女性へのアタックを許してやる」
私を敵に回して楽に死ねると思うなよと発情王子は付け加えて、解散を告げる。
百人隊長たちは脱兎のごとく階段を降りていき自分の隊に今聞いた内容を伝えていく。東軍将軍と激昂大佐は女性従業員に食事の増産を指示していく。
和やかな雰囲気で始まった食事は、殺気を伴った緊張した雰囲気へと代わる。
とはいえ、二十人前をすぐに完食できるわけでなく、大量の煙が場内をいぶしながら、百人隊長たちは観客席に駆け寄り、独身女性達に声を掛けていく。観客席から、女性たちがなだれ込んでくる。女性従業員も軍人から声を掛けられながらも肉を運んでいく。
大混乱を引き起こした発情王子は「これだけ、町の人との繋がりが出来れば大丈夫か」と朗らかに微笑んだ。
叔母の一人が階段を上がってくる。叔母は発情王子にコップの水を渡す時に、耳打ちをした。
「第一王子指揮下の近衛隊が王宮を出ました。数、およそ百」
「了解。そして、おめでとう」と発情王子は答える。
叔母は艶やかにお辞儀をした後、階段を降りていく。その頭にカチューシャがあった。
「私達もそろそろ出よう。寄りたいところがある。近衛隊の到着まで、もう少しは時間がありそうだから」
私は発情王子の後を付いていく。
そういえば、叙勲式後は何するか聞いてなかった。
「これからどうするの?」
私は発情王子に聞いてみる。
「さて、どうしましょ。ド派手にやったからね。各方面から怒りをかってるし。暗殺者を送り込んでくるのはもう少し後かと思ったら、短気な方も居るようで。明日、明後日にも×教軍が来るから、私達は東砦を出よう。東軍には城下の人を護って欲しい。私達が居ると護り辛い。まあ、元将軍のところに移動かな、弟もいるし。山にも拠点を作る予定だったけど、上手く行かなかった。おかげで、野菜は少なくなるし、木造宿舎の半分を薪にする羽目になるし。山の避難民を何とかしないと、後々足元を抄われそうだ。あとは第一王子の温度感をもう少し知りたい。まあ、出たとこ勝負」
結局決まってないのかぃ!
発情王子と私はいつもの作業部屋に戻ってくる。
塩とコインにまみれる日々、見るだけで少し気分が悪い。
この部屋は商品売買に使われるお金の準備だったけど、今日は机すらなく、だだっ広い。軍の日当を準備する軍庁舎は今日が本番だ。地獄絵図になっているに違いない。
部屋には父と母と今朝の暗殺少女が居る。
暗殺少女は部屋の柱に磔にされている。手首、二の腕、胴、太もも、足首、口には猿轡をかまされている。巻き過ぎでは? まるで死んでいるかのように暗殺少女はピクリともしない。
信頼できる人に預けるとは言ったけど、私の両親だったとは。ということは、式典を見ていないのか?
「式はどうだった?」と父が聞いてくる。
恥をかいただけだったけど、見てないのは、それはそれでがっかりだ。
「まぁいいか、跪いて女騎士」と発情王子。
なにが『まぁいいのか』さっぱりわからん。
発情王子が冷たい目で見てくる。
跪けばいいんでしょ、跪けば。
また私が恥をかけばいいんでしょ。
今日はそういう日なんでしょうから。
「ちょっと剣を借りるね」
跪いた私の腰から将軍剣を抜く。
剣の平で私の右肩をトンと叩き、次は左肩をトンと叩く。
首の周りを抜き身の剣で危ないだろうが!
私が発情王子の顔を睨む。
「貴女を我が騎士に任命す! 我が命を護れ、女騎士!」
発情王子が凛とした声を出す。
両親が千切れんばかりに拍手をする。
え、ここで叙勲?
怒っていいやら、がっかりしていいやら、よく分からん。
発情王子はもう興味が無いかのように「はい」と剣を渡してくる。
発情王子の興味は暗殺少女に移っている。
暗殺少女は目を見開き私と発情王子を交互に見ている。
「女騎士がそんなに珍しい? 私も初めて見た」
発情王子は暗殺少女ににこやかに話しかける。
「さて、状況をまとめてみよう。まず、私は発情王子、今は第一王子と次の王位を巡って喧嘩中。君は今朝、私を殺しに来た。私は今日は大きな式典をしようとしていたから、今朝、私を殺していたら最高に良いタイミングだった。だからこそ、今日の警備は厳重だったし、私の傍に警備の責任者も立っていた。その警備を君はやすやすと突破して見せた。私が君に気付いた時には打てる手がほとんどなかった。普通の暗殺者だったら、私の腹を狙うはずだ。当て易いからね。相当腕の立つ暗殺者なら私の内腿を狙うはずだ。当てにくいが逃げやすいから。暗殺者が捕まると口封じやらいろいろ大変だしね。だから僕は腕の立つ暗殺者である方に掛けて、思いっきり蹴ってみた。そして賭けに勝った。実際、剣筋とか武器とか全く見えていなかったしね。暗殺が失敗した原因があるとするなら、ヌイグルミ。東砦ではヌイグルミは高価すぎる。ほとんどの人は持っていないし、あっても外に持っていったら滅茶苦茶怒られる。だからこの暗殺失敗の責任を取らされるのは、ヌイグルミを計画に入れたやつだ。君ではない。でも、君は暗殺の証拠になるから、存在ごと消されることになる。君は君の組織から命を狙われる」
そして発情王子は悪だくみを行う悪の組織のような下卑た笑顔で暗殺少女に問いかける。
「この部屋には偶然、君の組織から命を狙われている人間がもう一人いる。そう、私だ。同じ組織から命を狙われる人間同士、手を組めるんじゃないか? 失敗してもどうせ死ぬんだ」
そして、発情王子は懐に右手を入れてゴソゴソする。懐から小ぶりの短剣を出す。
「これは『懐刀』、最後の切り札。自分を護ったり、暗殺をするのに使ったりする。基本的には誰にも知られたくない時に使う。この剣は生まれた時から私と一緒にある、もう体の一部だ」
切れ味を見せつけるかのように、暗殺少女の縄を斬っていく。
「騎士とは剣だ。騎士は自分の代わりに剣を振るう、懐刀とは自分の右腕だ。その命は主人と共にあり、思いのままに動き、最後の最後は主人の命を護るために使われる」
発情王子は悪戯っ子のように、続ける。
「今、私は、人材不足の憂き目に遭い、『懐刀』の叙勲が出来ていないんだ、困ったなぁ。もうすぐこの東砦を離れなきゃいけないのに、まだ人材すら見つかってないんだ。君、心当たりない?」
柱から降ろされた暗殺少女は膝を付き、瞳は発情王子に釘付けだ。
発情王子は大げさに驚く。
「こんなところに宝石の様な素敵な少女が! 『懐刀』に付けたらさぞ綺麗だろう」
発情王子は懐刀と左手に持ち替えると、右手の親指に切先をチョンと付け、親指から血を出す。
発情王子は改まって真面目な声を出す。
「我が血を、その身に流せ、我が命と一体となり、我が右腕となれ」
発情王子は右手の親指を暗殺少女の口に持っていく。暗殺少女は親指に口づけをして、血を飲み込む。
発情王子は左手の懐刀を暗殺少女の眼前に差し出す。
暗殺少女は振るえる両手で、懐刀を受け取る。
発情王子は「はい、これで叙勲はお仕舞い。これ鞘だから使って」普段通りの優しい声で暗殺少女に声を掛ける。
暗殺少女はブルブル腕を振るわしていて、なかなか剣を鞘にしまえない。発情王子が手伝って剣を鞘に納めると、懐刀ごと暗殺少女を抱っこする。
「これで良しっと、ところで女騎士、その服装寒くないの? 布が足りなくない? 外は寒いから中あてとか背中のマントとか付けて。あと、そのティアラ借りものだから、返してもらっていい? これ、母さんのだから返さないと弟が煩いんだよね」
母さんのって王妃のかい!
王妃のティアラとか、いろんな誤解が生まれるだろうに。いろいろやってくれ過ぎて何に怒っていいか分からん。
「発情王子、本当にこの防具を着ていくの?」
「フルオーダーメイド、初の女性専用防具を捨てていく意味が見い出せない」
たしかに、恥ずかしさを除けば軽くて動きやすい。
中あてを着てから装着すると本当にぴったりだ。
初めからそうせんかい。
発情王子がからかう様な声で両親に声を掛ける。
「お父様、お母様、長い間大変お世話になりました。私達は東砦から城外へ出ます。近衛隊とか後の事はよろしくお願いいたします」
両親は微妙な面持ちをするだけで、何も返事が帰ってこない。
そのまま私たちは建物から出る。
発情王子は悪びれた顔もせず「君の両親には悪い事したかな。ちょっと欲張りすぎたかも」そんなことを言ってきた。
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