第2話 王族の食事
憂鬱だ。
発情王子がたくさんの商人と交渉しているとの噂が流れている。
私の叙勲の式典を大々的に行うらしい。
発情王子は、王位継承は二番目であると言われている。本来なら第一位だが、年上の嫡子が現れ、第一王子を名乗っている。
東王家の現王は、北王家に千名の軍隊と共にいる。他国の脅威が北王家に迫っているとのことで、手助けに行っている。
そんな事情もあり、私の叙勲式は王家のものではなく、発情王子個人の騎士叙勲となる。
この国が興て以来、女性に騎士の叙勲はされたことがない。
多分、女性が騎士になることは許されていない。一年間、軍に通っても相手にされていないのは初めからそのルートがないのだ。
だから東軍中佐がわざわざ出てきて、事の収集を図っていたのだ。
問題をはぐらかすために。
気分が優れなので、軍へ向かう。
家で閉じこもっているより、剣を振っている方が楽だ。
今日も軍の採用窓口に向かう。
町がなんか慌ただしく、誰もが興奮しているように感じる。
東軍入り口に見慣れぬ立て看板がある。
布告
女騎士の叙勲式を行う。
発情王子の式典は常識を超えねばならぬ。
叙勲式の主役は軍人でなければならぬ。
つまり
「軍人への肉祭り!」
軍人には朝から晩まで肉を食い続けてもらう。
十人前食えない軍人は解雇。
調理人、女性調理補佐募集。
そこそこの賃金を払う。
東軍、採用担当まで。
発情王子
馬鹿だ、馬鹿すぎる。『発情王子だから仕方がない』で押し切るつもりだ。
東軍中佐が大爆笑でこちらに向かって歩いてくる。
なんだか凄く惨めだ。
「は、は、は、腹痛ぇ。朝から笑いが止まらねぇ。いい奴に拾ってもらって幸せだな女騎士」
そうだ、発情王子と居ると嗤われるのだ。
騎士として称えられるのとは真逆だ。
とはいえ、剣を仕事にするにはこれしか道がない気がする。
軍では雇ってもらえない。この一年で身に染みている。
女傭兵なんて聞いたこともないし、出来る気がしない。
腕だけで食べていくにはまだ実力がない。組織なり、誰かに雇われなければ今は無理だ。
私が剣で食べていくにはこの叙勲は千載一遇のチャンスではある。
頭では分かるが、心は納得いかない。
馬鹿王子の仲間になるのは、単純に嫌だ。
ゲラゲラ笑いながら東軍中佐は私に問う。
「まさか、お前迷っているのか? ははは、馬鹿か! 軍人には選択権なんてねぇよ。俺は発情王子が好きだ。第一王子は好かん。それでも『第一王子の身辺警護せよ』と言われたら行くよ。軍隊は所有者の命令を聞くところで、若造の我儘を聞くところではねぇ。この軍隊の持ち主は東砦王家。王家の命令は絶対。例外はねぇ。好き勝手に命令違反していいのなら、軍隊として成り立たねぇ。今回の騎士叙勲はつまり発情王子の近衛隊の隊長だぜ。俺は出世して将軍になりたいが、もし将軍と発情王子近衛騎士のどちらかを選べと言われたら発情王子を取るね。絶対におもしれぇ。発情王子は一年近く俺達を見てた。俺達というのは、俺とお前だ。俺も発情王子に査定をされていた。結果、発情王子に選ばれたのは女騎士、お前だった。俺はお前より剣の腕が立つ、教育係として有能、軍隊を統率させても圧倒的にお前より上だ。にも拘わらず、発情王子はお前を選んだ。そしてお前の叙勲式には軍人二千人分、更に一人当たり十人前の肉を用意するとよ。一人が毎食、肉を食べ続けて十八年分だぜ、この国に毎日肉を食べられる人間が何人いる? 軍人の食事なんぞは週に一回肉片が見つかったらラッキーだ。肉は安くねぇ、発情王子はどんだけお前に金掛けるんだよ。もし断るようなことがあったら、俺が発情王子に代わってお前を殺してやる」
東軍中佐の目が光る、本気だ。
確かにお肉の十八年分がいくらになるかは分からないけれど、大金だということは分かる。だけど、叙勲式にそんなにお金を掛ける意味が分からない。何をしたいんだ発情王子。
ただ、この叙勲に私の選択肢がないのは分かった。
「さっさと、行くぞ」と東軍中佐に首根っこをつかまれる。
どこへ? とは聞けない感じだ。
私と東軍中佐は採用窓口を通り越して、奥の部屋に入る。初めて入る部屋だ。
そこには父と母、父の姉や妹、さらに五人の叔母が立っていた。
私は叔母たちに『よくやったわね』と、もみくちゃにされる。
幼いころはよく世話になったので、抵抗できない。
そこに発情王子と見慣れないごつい男が入ってきた。
この部屋は三、四十人入るだろうか、窓が開け放たれ明るい、教会風に長椅子がある。
奥に黒い石板があり、白い棒で何かを書けるようになっている。
発情王子が石板の前に立つ。
「今日はお集まり頂き、ありがとうございます。着席をお願いします」
東軍中佐は前の方に座り、その隣に不機嫌さを隠しもしない、ごつい男が座った。
東軍中佐の隣ということはそこそこ地位が高いのだろう。
『女子供ばかり集めおって、馬鹿にしているのか!』と愚痴っているのを東軍中佐が諫めている。
「さて、今日は次の戦争の話をします」
叙勲式の話だろうと思って集まっていた人々に緊張が走る。
発情王子は石板に横線を書くと、にこやかに話を続ける。
「皆さんもご存じの通り、東には騎馬民族がいて、西には蛮族がいます。この線は二つを結ぶ交易路です」
発情王子は線の下に△を書き足す。
「私達△王国はこの交易路の下にあります。△王国に入国する場所が、三か所あって三角形のそれぞれの頂点、北と南東と南西に入口あります。△王国の西側と南側は海、断崖絶壁です。東側は山脈で塞がれ、移動が難しい。なので△王家は三か所それぞれに王家と軍を置き、敵の侵入を防いできました。そして、我々東砦王家は数少ない山脈ルートからの敵の侵入を防いでいるわけです」
発情王子は三角形の右下に〇をする。
「東の王家は山脈を利用し、更に大きな城壁を作ることで敵軍の侵入を防いでいます。昨年までは、山脈ルートは軍の進軍は困難で敵など来ない思っていました、昨年までは!」
発情王子が三角形の右側をコンコンとつつく。
「昨年、騎馬民族に負けた避難民が東の城壁に押し寄せました。私はそこを調査しに行きました。およそ三千人、女子供、老人までが含まれていました」
それがどういうことか分かりますか? 東軍中佐に発情王子が発言を促す。
「老人が来れるほど、山脈ルートは踏破が容易、騎馬民族であれば余裕だろうよ」
「そういうことです。そして、難民が来るということは、そこまで戦火が来ています。ただ、山脈ルートは冬は雪に閉ざされるのでこの冬はやってきませんでした。今、春が来て夏には騎馬民族がやってくるかもしれません。では、城外がどうなっているか分かりますか?」
『激昂少佐』と、発情王子に指された、ごついおっさんが答える。
「土漠に貧民窟があるくらいだ」
「その通り。城外は乾燥し、水が少なく、植物は育ちません。だからこそ、敵が攻めてきた時は城壁で敵を足止めし、乾燥させてしまえば、敵は勝手に死んでいきます。その特性をを利用して犯罪者などは、城外に追放しています。三日も居れば死んでしまうからです。そんな場所に、なぜ貧民窟があると思います?」
発情王子は部屋を見回すが、誰一人として答えが分からないようだ。
「工場が二つあって、貧民を養っているからです。一つは△教会の魚粉工場。△王国の中央部は高原で、小麦を作っています。寒さに強く水が少なくても育つからです。小麦畑の肥料として魚粉は優秀です。△教会のネットワークを使って魚粉は販売されていきます。もう一つは内緒ですが、王家が塩を作っています。塩は王家しか作ってはいけない規則で、海と乾燥がある城外は塩田に最適な場所です。塩も△教会を経由して販売されていきます」
では、本題に戻りますと言って、発情王子が話を続ける。
「調査から帰ってきた後、私は塩の生産を百倍にするようにある男に命じました。元将軍です」
女性陣からうわっと声が上がる。今日呼ばれているのは多くが元将軍の家族である。
「元将軍の性格からして、何も言わず城外に去ったでしょう。追放したわけではありません。千人単位の人間を指導する人材が見つからなかったのです。現在、元将軍は避難民達を率いて塩の生産をしています」
しくしく泣く声が聞こえてくる。『名誉が回復された』とも。
「私の父たる東砦の現王は北砦王に助力を求められ千人の兵と共に北砦に従軍しています。街道に近い北砦の方が防衛が難しいからです。では、残った東砦軍二千人は何をしていますか? 激昂少佐」
「二千人で三千人の働きができるよう鍛えなおしている」
激昂少佐が不機嫌に答える。
「それではだめなのです」
「なんだと! 青二才が! 軍人を舐めているのか!」
激昂少佐が怒鳴る。
発情王子も怒鳴り返す。
「王家への無礼は許さん! 控えろ!」
激昂少佐が顔を赤くし、ブルブル震える。
東軍中佐が激昂少佐を抑え込み、無理やり膝をつかせ平伏させる。隣で、東軍中佐自身も片膝を着き「王家への無礼、大変申し訳ございませんでした」と真摯に答える。
「よい、聞け」
発情王子はふぅと息を吐くと口調が穏やかになる。
「現在、東砦王家は暴君王妃に簒奪されようとしています。」
激昂少佐の背中ががビクンとなる。
「△王国の三王家は純血主義です。三王家の中の婚姻しか認められてない。それは、家督争いを避けるため。外戚など認めていない。王家は皆、白髪かそれに近い金髪、青目のみ。第一王子を見よ、黒髪に黒目。王家には存在してはならない。我が母、東砦王妃は流産に苦しんだ。なかなか成長する子供を作ることが出来なかった。私は虚弱でなかなか成長せず、母は無理をして弟を生んだ、それが元で死んでしまった。私が五つの時、腹違いの兄がいることを知った。東砦の現王は、よりにもよって、他国の異教徒との間に子供を作り、自分の子であることを認めた。そこから暴君王妃の宮廷を乗っ取りが始まる。昨年、王が外出したのを期に王位代行を表明。私は身の危険を感じて、今は王城に戻れない。こんなことが起るから王家は純血主義だったのに」
部屋の空気が凍る。激昂少佐の顔色も青く見える。
「すまん、今日は王位の話ではない。直れ」
発情王子が謝ると、激昂少佐がプフゥと息を吐き、東軍中佐に手伝われ椅子に戻る。激昂少佐は王家の家督争いの協力要請だと思っていたようだ。
「王位は自分で回復する。今日は東軍強化の話だ。さて、暴君王妃が東砦を預かって以来、東軍には何をしたか?」
東軍中佐は腕を左右に開き、何もないことをジェスチャーする。
「そう、東軍には何もしていない。北砦に現王と共に千人の兵を派遣し、兵を減らし防衛は難しくなるはずなのに。あろうことか千人の穴埋めに×教会の直属兵と×教の傭兵を合わせて千名を他国から呼び寄せた。激昂少佐、他国との連合軍、さらに他国の傭兵隊の協調は可能なのか?」
激昂少佐は間髪入れず答える
「無理でしょうな。他国に砦の構造を知られるわけもいかず、傭兵隊など訓練を受けていないので、犬猫同然。傭兵隊は殺せない分たちが悪いですな、狼の群れを町に放つようなもの」
発情王子は東軍中佐に問う。
「×教軍は今どうなっている?」
「今、西の砦に到着して、略奪に忙しいそうですぜ、東の砦に到着は早くて一か月後、遅いともっとかかるかもな」
「西の砦にも西砦軍がいる。そうめったなことは無いと思う。最短の一か月後と考えた方がいい」と発情王子。
では、と言って発情王子は大きく息を吸い込んだ。
「発情王子が命ず!」
怒声にも似た大きな声で発情王子が話す。
「来月、女騎士の叙勲式を行う! こんなボロの木造宿舎で出来るか! 石造りの旧庁舎を使え! 遠かろうと、そんなこと知らん! 兵士の装備がボロでは許さぬ、ピカピカに磨き上げろ! 式典では粗末な食事は許さん! △王国中の羊を買ってこい! 金は私が出す!」
東軍中佐が一歩前に出て、片膝を着く。
「王命確かに。東軍将軍に代わり、東軍中佐が拝命いたしました!」
東軍中佐が発情王子に負けない大声で答えるとそのままの姿勢でブルブル震えている。
『国中の羊を全部かよ』と独り言が聞こえてくる。大笑いを堪えているようだ。
発情王子は激昂少佐に近寄ると本を手渡した。
「これは、東の砦を設計した東の賢者の設計書の写し。どういう戦略のためにこの砦を作り、どの武器で、どんな配置で、どんな部隊編成で、どう戦うかを記してある。私の現代語訳だから、細かい表現の違いはご勘弁いただきたい。そして、設計図面は写すのに時間が足りなかった。必要ならいってくれ、原書は手元にある。よろしく頼む」
ドアの外で待っていただろう兵士が、会議が終わったと感じたのか部屋に入ってきて、東軍中佐に声をかけた。
「中佐、肉屋が羊を連れてきました」
膝を着き震えていた東軍中佐が、堪えきれず、大声で笑いだした。
会議室に居た面々と羊を連れた肉屋は、東軍の調理場前の中庭に移動した。
途中、発情王子は肉屋にお金を払う。
今日の手間賃と言って小袋を渡す、肉屋は袋を開いて中身を見た後、袋に入った塩を少し舐める、驚いて発情王子顔を見返す。
「いいんですかぃ?」の問いに、発情王子は、「いい、いい、よきに計らえ」とか言っている。
東軍中佐は笑いのツボに入ってしまったらしく、羊が歩けば笑い、羊がメェェと鳴けば笑い、羊が肉屋の服を食べようとしては笑い、とにかく笑いが止まらず激昂少佐の肩を借りて歩くのがやっとだ。
激昂少佐は、東軍中佐に肩を貸しつつ、伝令に来た兵士に百人隊長の二十人全員を中庭に来るよう招集を命令した。
急に呼び出されたにも係わらず、百人隊長達はすぐに集まった。
百人隊長達は女性が居るとは思ってなかったらしく、身だしなみも無く、寝起きか? というくらい、服も髪も乱れていた。
軍隊だけあって、横一列に並ぶ姿に乱れがなかった。
ただ、東軍中佐の笑い声だけはこだましている。
東軍中佐が使い物にならないので、激昂少佐が指示を出す。
「これから発情王子様から訓示を頂く。敬礼、直れ」
発情王子が列の前に立つ。
「これから、肉屋に羊の解体の仕方を習う。報酬として、王家しか食べれない、王家の逸品を食べさせてやる。これは騎馬民族の王が好んで食したもので、私もあまり食べる機会がない。是非、この機会に堪能してほしい」
肉屋の親父さんが列の前に連れてこられる。
「いや、何にも難しい事ねぇです。胸を割いて動脈を絞め、皮を剥いで肉を切り分けたら、終わりです」
激昂少佐が解散を告げると、肉屋の周りに皆が集まってきた。
肉屋が羊をひっくり返し、羊の胸にすっと刃を通し、そこから手を突っ込んでいる。少しすると羊がビクビクとする。
そこからは肉屋は素早く皮と肉との間に刃を入れていく。
皮が剥げたら、腹を裂き内臓を取り出し、桶に移す。
発情王子は内臓の黒い部分を貰っていた。
肉屋はサクサクと肉を塊に分けていった。
発情王子は黒い内臓肉を水で洗い、塩を付けて揉み、付けた塩を水で洗った。
徳利から液体を深めの皿に注ぎ、そこに塩を加えた。
発情王子は黒い内臓肉を包丁の刃をいっぱいに使い、薄くスライスした。
それをさっきの液体を潜らせ、発情王子はパクっと一口で食べた。
生で。
一同唖然とする。
東軍中佐の笑い声も聞こえない。
「旨い。なかなか良い肉だね。これは鮮度が良くないと食べることができない、この液体は蒸留酒といってお酒が燃えるほど濃くなったもの。庶民には手に入れられない。粉の塩もなかなか高い。生で食べるのは難しいけどお清めの強い酒と塩があれば大丈夫だ」
ほら、スライスした肉を発情王子は私に差し出してくる。
私は一歩退く。
じゃぁ、といって今度は東軍中佐に差し出す。東軍中佐は嬉しそうにパクっと行く。
「ほぅ、コリコリしてなんというか酒が強くて味がよく分からなかったな」
今度は激昂少佐に差し出す。
激昂少佐も部下の手前か躊躇なくパク付く。
激昂少佐は味を探すように目が宙をうろうろする。
味を見つけられる前に無くなったようで、コメントが見つからないようだ。
発情王子は激昂少佐の肩をとんと叩く。
「今だけは王族だな、兄弟」
激昂少佐はゆっくりと発情王子を見る。
その瞳から、大粒の涙が出る。
発情王子から貰った本を大事そうに胸に抱え、そのまま膝を崩し、大声で泣き崩れた。
「自分もお願いしたいっす」百人隊長の一人が、発情王子に声を掛ける。
百人隊長は肉を貰い、液体に肉を潜らせ、一口でパクっと行く。
発情王子が百人隊長に声を掛ける。
「王族になれたかい?」
百人隊長は首をガクンガクン振り、大粒の涙を流し、嗚咽していく。
他の百人隊長達も次々に肉を食べ泣き出していく。二十人ほどの百人隊長が泣き崩れ、騒然としている。
そして再度、私の番が来た。
覚悟を決めて一気に食らう。
強烈にお酒の匂いがする。ゴリゴリとした食感。薄くスライスされているから噛めるけど、と思ったすっと口の中で無くなった。
なんだこれ? 何味? あとからほんのり肉味というか血の味かな? フーンという感じ。美味しいかと聞かれると微妙。
男性陣がなぜ泣いているのか分からん。
叔母たち女性達にも振舞われ、女性たちはキャッキャと言いながら、楽しんでいる。笑顔でいっぱいだ。良い年齢なんだからさ、少女の様な振る舞いはどうなんだろう。
年近い叔母に何が嬉しいのか聞いてみる。
「あんたじゃないんだから、一生で王子様と話す機会なんかないわよ。男性の料理のプレゼントなんて初めて。それが王族だけに許された食事だなんて、夢の様。今日死んでもいいわ」
発情王子最高。叔母はうっとりしている。
百人隊長の一人が私に話しかけてくる。顔は涙でビショビショだ。
「俺は、親父を流行病で亡くしちまった。小さな畑を継ぐことになったけど、俺には畑仕事は向いてなくて、一所懸命やってみたけど、妹や弟の様に上手くできなかった。農業の才能が無いから、せめて勉強をと思ったが、文字もちゃんと書けるようにならなかった。ようやく自分の名前だけだ。俺は家から逃げ出した。農家としては出来が悪く、その割には体がでかく、食事をたくさん必要とした。兄弟も多く、俺が居ると兄弟たちに食事が回らない。母親が日に日に痩せていくんだ。見てられなかった。俺は軍には興味がなかったが、軍しか行き場が無かった。軍に来たら同じ境遇の奴らが多かった。俺は楽しかった。軍の訓練は厳しいけど、仲間達となら耐えられた。楽しんでいるうちに仲間達が百人隊長にまでしてくれた。俺には才能なんてないのに。だけど、今日、発情王子にあった。王族なんていけ好かない野郎だと思ってた。暴君王妃も良い噂は聞かねぇ。発情王子だけは面白い噂があった。少しは笑えるかもと思っていたが、とんでもなかった。俺はさ、気づいたら他人のために生きていた。家族に迷惑を掛けないように、隊のみんなに迷惑を掛けないように、そうやって生きてきた。いつの間にか自分を殺していた。発情王子はそんな俺を歴史の表舞台に引きずりだした。世の中は戦争に向かって動いてる。発情王子は自ら動き、この国を何とかしようとしてる。自分の命があぶねぇのに。良くも悪くも発情王子はこの国の歴史に残る。そんな人が派手な祭りのために俺を使いたいと言っている。この祭りは歴史に語り継がれる。時代の先頭に立つことは怖いと思ってたが、実際に立ってみると、生きている実感がする。生きるとはこういうことだったんだと、目が覚めた気がする。どこかで野垂れ死ぬ位だったら、派手に暴れて死にてぇ、思いっきり生きて思いっきり死にてぇ。発情王子の為なら、先駆けだって、突撃だって、一人で敵軍に突っ込んで来いと言われても喜んでやる。俺をこの世界の登場人物にしてくれた。俺はやる、俺はやる。俺は女騎士が羨ましい。発情王子の傍はいつも時代の最先端だ。発情王子に捨て駒が必要ならいつでも俺を呼んでくれ、派手に暴れてやる」
よく言った、同感だと、他の百人隊長が背中をドンドンと叩く。
百人隊長が叫ぶ。
「発情王子! まずは羊を捌けば良いすね。なんでもやるっす。何頭でも捌いてやるっす。百頭でも千頭でも捌いてやるっす。どれくらい捌けばいいっすか?」
発情王子は東軍中佐を見る。
発情王子の代わりに東軍中佐が答えた。
「国中の羊だそうだ」
百人隊長はきょとんとし、げんなりし、吹っ切れたようにゲラゲラ笑い出した。
「流石、発情王子っす。想像の遥か上をいく。最高っす!」
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