第1話 発情王子VS女騎士

-東砦-

 

変質者に付きまとわれている。

 その変質者は王子だから困る。

 それも、発情王子と呼ばれる変態なのだ。

 私の祖父は退役したが将軍だったので、私も軍人に憧れている。特に近衛騎士は最高だ。何物にも屈しない忠誠心、美しいと思う。王のために命を投げ出せる覚悟、生き方、素晴らしいと思う。

 それが女というだけで軍には入れない。もちろん位の高い騎士への叙勲などありえない。

 今日も私は軍の採用窓口に向かう。

 最初の頃は門番が中に入れてくれなかったが、さんざん揉めたあげく、採用責任者である東軍中佐が相手をしてくれている。

 「うちでは隊長以上しか個室を持てない。女に飢えた男達の中にあんたを入れるのは流石に気が引ける。隊長たるもの新兵に負けたら舐められる。最低限、隊長以上の実力を求める。つまり、私に十回に一回は勝てるようになったら軍に入れてやる」

 と言って以来、東軍中佐に挑みかかっているが、一度たりとも勝てたことがない。東軍中佐は手癖足癖が悪い。

 剣での模擬試合なのに、投げや、足技を多用する。

 最初のうちは、剣で撃ち合うことすらできなかった。

 私が剣を空振りしバランスを崩すと、その勢いで投げられるのだ。

 酷いときには剣すら抜いてもらえない。

 かと思えば、突然居合抜きで剣を吹き飛ばされる。

 その度にゲラゲラ嗤われるのだ「それで騎士志願?」と。

 そんなことをしていると、早々に発情王子に見つかってしまった。

 発情王子は「俺の騎士になれ!」と言ってくるし、東軍中佐には「私は、この娘に発情した! この娘を騎士にする。是非鍛えてくれ東軍中佐!」と言うし、

 東軍中佐は面白がって、「王子が『発情王子』を名乗るならやってやるよ」と冗談半分に言うと「乗った!」発情王子は即答する。

 「王族に頼まれたら仕方ねぇな」とゲラゲラ笑いながら東軍中佐は引き受けた。

 この噂はその日のうちに城下に広がり、『発情王子』と『女騎士』の名は知れ渡る。

 私と東軍中佐が前庭で剣で打ち合っていると、発情王子は門の一歩中に入り、私たちを観戦する。

 噂で門前に観客が詰め寄せるが、流石に門番が一般人を軍用地に入れたりはしない。発情王子は王族なので、当たり前だが軍用地には無許可で入れるのだ。

 私が何度も東軍中佐に転がされ、もう立ち上がれないくらいヨレヨレになると、発情王子が門前の一般人に向かって叫ぶのだ。

 「この娘に発情した! この娘を私の騎士にする!」

 その言葉を聞く度に気力が失せ、一人とぼとぼと帰る事になる。

 発情王子はと言うと、一般市民に背中をバンバン叩かれながら、楽しそうに帰っていく。

 王族が一般市民と肩を並べているのはどうかと思うが。

 東軍中佐に会ってから、一年目となる今日に限っては発情王子が帯剣して見学に来ていた。普段はフラフラのくせに。

 「すまん、東軍中佐もう我慢できない。女騎士を貰っていく」

 「おいおい、発情王子、まだその娘はちょっと腕の良い一兵卒だぜ。とはいえ、流石に俺が一年かけて育てただけあって、発情王子よりは強いと思うぜ」

 東軍中佐はゲラゲラ笑う。

 「元将軍から『思い上がった若造を叩きのめす技』を教わっている。それだけは得意だ」自信満々に発情王子が言う。

 一瞬だけ東軍中佐は真顔になる。今まで、笑い顔しか見たことのないのに、初めて真顔をみた。

 発情王子は私に向き直ると、「諸事情により、本日、貴女を騎士に迎える。もちろん貴女は納得が行かないと思う。だから、勝負をしよう、私が勝ったら、貴女を私の騎士に迎える。貴女が勝ったら、私は貴女の言うことをなんでも一つ聞く。それが、婚約でも、死刑でも受け入れる。どうだ? 」

 祖父の元将軍がこの発情王子の軍事教練の顧問だった事がある。だから、祖父が頭を抱えていたのを知っている。『指揮官としては有能だが、体が弱く一兵卒としては落第』剣はからっきしなのだ。

 今、発情王子を見る。

 年齢は私より上にも関わらず、背は私と同じか低いくらい。やせ形でひ弱な印象がぬぐえない。王族はそれが普通かもしれないけど、農民の子供たちの方が、断然、筋肉質だ。腕も私よりも細い。それに、手のひらを見ても剣ダコが無い。剣をしばらく握ったことのない柔らかい掌だ。

 「乗った」私は言う。

 別に発情王子の命など要らないが、これに勝ったら王族に勝った戦士として、軍属への道が開けるかもしれない。

 「では、負けを認めたら『負けました』と宣言することで」と発情王子が言う。

 私は真顔を保つのに必死だ。なぜなら発情王子の持つ剣は訓練用の剣だ。刃が無い。斬られたところで、骨を折るのがせいぜいだが、東軍中佐が相手ですら、そんなに致命的な剣を受けたことはここしばらくない。

 その剣で出来るのはせいぜい剣先で刺すことくらい。

 剣は線だ。幅広い空間を切り裂くことが出来る。それに比べ刺すことは点でしかない。突きでの勝機のタイミングは相当に少ないのだ。私が身動きが取れなくなるような事態にならなければ点では勝つことができない。

 闇討ちならともかく、決闘でその剣を使う時点で負け確定、発情王子は負けたいのだ。

 温情かもしれない。でも、この機会を逸したくはない。圧倒的に文句のつけようのない勝利を得てやる。

 発情王子が東軍中佐に審判をお願いしている。東軍中佐は笑いながら承諾する。

 そして東軍中佐は私に真顔で私に耳打ちする。

 「発情王子は本気で勝つ気だ、絶対に油断するな、俺より強い相手と考えろ」

 油断はしない。でも、相手を過大評価して自分の力を出せないのは嫌だ。発情王子には悪いけれど全力で行かせて貰う。

 本日は観客が多い。発情王子が何かしたのか? 

 東軍中佐が声を上げる。

 「これから発情王子と女騎士の決闘を行う。負けたほうが、勝った方の言うことをなんでも一つ言うことを聞く。勝敗は負けたと思った方が『負けました』の一言を宣言すること。では、いざ尋常に勝負!」

 私は決闘の流儀に沿って、発情王子の剣にカチンと一度触れて一歩下がる。

 「ファイト!」

 東軍中佐の声と共に私は全力で正面から剣を振り下ろす。死んだらごめんね。

 東軍中佐が私によくやる必勝パターンである。実力の差があるなら正攻法。

 発情王子は全力で私の剣を受ける。

 更に私は体重を上から掛けていく。

 発情王子はこめかみに筋ができるほど、力んでおり、私の顔を見る余裕すらない。自分の手元だけを見ている。

 私は発情王子に更に体重を掛け、相手の筋力の全部を奪い取る。

 発情王子の腕力は、私の体重を受けることで削りきったので、二撃目は振れない。

 発情王子の腕の震えが伝わってくる。

 さぁ、とどめを刺そう。私が一歩引き、発情王子がよろめいたところで、首に剣を寸止めしてあげよう。

 発情王子がよろめけば抵抗する方法は無い。

 私は一歩引いた。

 発情王子の目が光る。

 私の両手に衝撃が走る。私の両手が爆発したようだ。

 発情王子は右膝を高く掲げ、目はまっすぐ私を見ている。

 そして、私の喉元に発情王子の剣があり、私の両手から剣が消失してる。

 後方から、ガン、ガンガラン。と音がする。私の剣が立てた音だろうと思う。

 何がどうなったのか分からない。

 なぜ私の剣がない?

 なぜ私の剣が後ろに飛んで、音をかき鳴らしている?

 何が起った?

 え、え?

 発情王子は私を見据えたまま。

 東軍中佐が残念そうに私を見ている。

 あぁ、私が負けたんだ。

 東軍中佐が近寄ってくる。

 そして、私の肩に手を掛ける。

 東軍中佐は首を左右に振る。

 私の負けを告げている。

 私は私の両手を見る。

 何もない。

 発情王子の剣を見る。それは私の喉元に切先を向けている。

 ここに至って、負けを認めないのは騎士道に反する。

 ここで負けを認めないのは騎士でない。騎士なら、自分よりも騎士道を重んじるはず。

 「負けました」

 私は地面しか見れない。

 周りが騒がしくなっているが、見ることができない。

 現実が理解できない。

 ワタシがマケタ。

 なんだこれは、世界が法則を全て変えてしまったようだ。世界のすべてが私を拒絶したように、何も伝えてこない。

 その一方で、私を上空から見下ろす酷く冷静な私が居る。

 私は東軍中佐に肩を支えられ家路を歩いている。

 発情王子の周りには人々が集まり、発情王子の肩をバンバン叩いている。その一方、私には東軍中佐しか居ない。

 私は上空から自分を見つめながら、どういう状況にあるのか頭で整理しようと思うが、どういうわけか上手くいかない。

 何度も何度も整理しようとするが、上手くいかない。

 その間に私は自宅に着いた。

 母が出迎えてくれる。

 父も母に呼ばれて庭から飛び込んでくる。

 東軍中佐が両親に決闘のことを説明している。

 膝蹴りがどうのこうの、その技は東軍中佐が入隊したときに、祖父の元将軍が使っただの、発情王子は一年通い続け使うタイミングを図っていただの、どうのこうのどうのこうの……。

 「明日、発情王子から説明があるから、元将軍家一族は軍に出頭すること」

 東軍中佐はそう言って去っていった。

 父も母も興奮している。

 なぜ娘が大敗したのに、こんなに興奮する? 私を慰めるのが先では?

 誰も私を見ていない、私を返り見ていない。誰も私を見ていないのがこんなにも寂しいものかと実感していると、なんだか涙が出ていた。

 なぜか喜んでいる母が私を抱きしめる。私は母より、母の胸に懐かしさを感じ顔をうずめてしまう。

 体が勝手に震え始める。

 なんだろう、惨めだ、とても惨めだ。

 母の胸にすがっている私は惨めだ。

 母はそれらしいことを言う。

 「貴女の負けよ、武芸の云々ではなくて、あの王子様が勝算のない勝負に出る訳は無いでしょう。王子様は絶対に勝てると思ったから勝負に出たのよ。それを軽々しく受けた貴女が悪い。王子様の性格を知らなかったとは言わせないわよ」

 母は嬉しそうに「叙勲式には何を着せたらいいかしら」と夫に話しかけるのであった。

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