発情王子と女騎士

早乙女 又三郎

第0話 西の聖者(プロローグ)

 西の聖者と呼ばれる私は「敵国の売春婦」と呼ばれた少女のことを思い出し、聖者と呼ばれることを恥ずかしく感じます。


 私が師とともにあった時、町のはずれの道端に横たわる少女を発見しました。

 師は「お会いできて嬉しいです」と少女に仰り、まるで何年か振りに会うことのできた愛娘に接するように、とても嬉しそうに少女に近寄り、水を飲ませ、膝枕をしてあげ、師はご満悦といった様子でありました。

 師と私は隣町に行く予定でしたが、この乾いた土地を渡って行くには、昼は暑過ぎ、夜は寒すぎました。

 夜明けに出発した我々でありますが、この分では隣町に行くには灼熱の時間を歩かねばなりません。

 いくら歩いて半日の距離とはいえ、体力を奪われ過ぎます。


 私はこの場所で今日を過ごし、夜を明かすだろうと思い、日差しを避ける屋根のある場所と、寒さを避けられる布を誰か貸してくれないかと思い探しました。

 遠目に私たちを眺めていた町の住人に、私は場所と布を借りられないか聞いてみました。

 住人たちは汚れるから貸せないと言いました。

 話を聞くに「売春婦は汚い」とか「敵国の人間に貸すものはない」とか「売春小屋から捨てられた女は病気だから、穢れる」とかが理由でした。

 少女の年齢を考えるに、この街の住人が敵国に乗り込んで少女を拉致し、監禁し、欲望のはけ口にし、壊し、路上に投げ捨て、汚いものとして口々に罵っていることになります。

 少女にこの運命を跳ね返すだけの力があったのでしょうか、私がその少女であったなら、この運命を跳ね返せたのでしょうか。

 私は少女をとても可哀想に思ってしまい、少女のために何とか布を借りれないかと、町中を駆け回りました。

 一人の老婆が「いらない布がある」と言って、まだ使える布を私に下さいました。

 私は老婆の気持ちが嬉しく、喜び勇んで師の元に戻りました。

 時は夕刻になっておりましたが、師はまだ嬉しくて仕方がない様子で、師の膝枕で寝ている少女の肩を優しくトントンしておいででした。

 寝ている少女は聖女のような清らかな表情でありました。

 私は少女の病気も気になりましたが寝息も健やかでしたので、私は師に布を渡すと、私は温かい気持ちで、路上に寝転りました。

 私は暑い時間に動き過ぎて、疲れてしまったのです。明日は隣町に行くかも知れない、私は師の足手まといにはなりたくないと思っておりました。


 私が寝ていると、師が「行きますよ」と私に声をお掛け下さいました。

 師は夜明け前の空の下、布に包まった少女を抱きかかえておりました。

 師の雰囲気は寂しそうでありました。

 私は師の態度で少女の死を知るのでした。

 私は師に「せめて祖国の見えるあの丘に埋めてあげましょう」と言いました。

 師は「この子はあの樹が好きでした」と仰いました。

 その樹は売春小屋から見える唯一の樹であるようでした。

 売春小屋に監禁された少女が、この樹を見ることが出来ていたなら、この乾いた大地で精一杯生きるその樹に何かを思ったに違いありません。

 私は泣きながら、その樹のそばに彼女の墓穴を掘りました。

 私は、自分の可哀想と感じた心を優先し、少女の気持ちを少しも考えていなかったのを知ってしまったのです。


 そして、今、懺悔します。

 私は、師が彼女の墓標代わりに、煉瓦に書いた彼女の名前と師の一文を覚えていないのです。

 その時、私は自分の非才さに酔っていたに違いありません。

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