大文字伝子の休日23

クライングフリーマン

大文字伝子の休日23

 午前9時。伝子のマンション。

 EITOのPCが起動したので、伝子は翻訳の、高遠は小説の手を止めた。

 「おはよう。フィットネスの社長は富山に代わって、専務の福井が昇格して、後始末に当たったよ。大分横領していたようだね。です・パイロットには関わっていなかったが、麻薬に関わっていた、大文字君が、午前0時1分から23時59分までのイベントを追いかけましょうと言った時は正直言って正気を疑ったが、結果は正しかった、今回は、同時進行ではあっても、時間帯は全て違った。それに、当然だが、取りこぼしもあった。マスコミは五月蠅いが、放っておくしかない。マトリに問い合わせたら、なんで分かったんですか?麻薬取引があることを、って逆に聞かれたよ。小人数とはいえ、警察官に待ち伏せさせるなんて、まるで映画みたいだった、とカレー店に配置した若い女性警察官は喜んだそうだ。それで、総子君が連れて来た連中は、正式に大阪支部隊員として採用したよ。元レディースとはいえ、更正しているし、総子君のことを大総長と言って慕っているし。ただ、支部の建設やスタッフ採用等、時間がかかることは伝えてあるが、もし不服を言っているようなら、大文字君から説諭して欲しい。」

 「了解しました。私は不在でしたが、なかなかの活躍だったようですよ。」伝子は応えてから、「村田ヌル子ですが、使い魔でしたか?」と理事官に尋ねた。

 「まだ口は割らないが、多分そうだろう。表だった事件を起してないから厄介だが、女性を救済する為のNPO法人が揃って不正会計を行っていた黒幕だったのは、厚労省事務次官を更迭されたことへの復讐心だろうし、那珂国マフィアが関与しておいてもおかしくはない。他の事件の使い魔はどれがどれか分からないが、あの挑戦状は村田の仕業ではないだろう。それと、カレー店の場合だが、わざわざ分かりやすいヒントを出したところを見ると、挑戦状を出した使い魔と、カレー店襲撃の使い魔は別人ということになる。君の見解は?」

 「同意見です。詰まり、今回は3人以上使い魔が動いたことになる。まあ、村田の件は、私から総理にお願いして、1月22日が最後のチャンスと思わせる餌を蒔いた訳ですが。それと、『シンキチ』の件ですが・・・。」

「フィットネスで殺された葉山震吉、海自の船越親吉、国際空港に戻って来た阿久根震吉、強盗殺人未遂事件の田中清吉、サイン会に現れた3人組の一人が今野新吉。大量に見つかったね。あ。まだある。副島準隊員が保護した3人のシンキチだ。相羽親吉、田所清吉、江川晋吉。皆、情報漏洩の前にお名前カードを作っている。田中清吉は暢気でねえ。まさかまさかって言い通し。余所で連続強盗殺人事件起した奴らなのに。」

 「あと10人ですか。まだまだ多いなあ。」「田中清吉のように、実感が沸かない人も多いのだろな。あと3人の内1人があなたです、って指をさしたら震え上がるだろうが。」

 「あ。カレー店には、いなかったんですね、シンキチ。」「ああ、従業員雇わずのインド人夫婦二人の店だからなあ。念の為確認したが、知り合いにシンキチはいないそうだ。勿論、本来の予約客も調べようとしたが、初めてのオープンだし予約もなじみ客もない。ああ。結構おいしいカレーの店らしいよ。時期が来たら、テイクアウトもするそうだ。」

 画面は消えた。

 「カレー食べたい?」「今はいい。今度藤井さんに教わっておけよ。ヒヨコ豆カレー。」

 「うん。教わっておくよ。」

 午前10時。

 伝子のスマホに、みちるから電話がかかってきた。「どうした、みちる。」「おねえさま、なぎさっちが大変!助けて!!」「なぎさが・・・。」

血相変えて「ちょっと、行ってくる。」と言った伝子に高遠はバイクのキーを渡した。

 伝子は、飛びだして行った。入れ替わりに、藤井がヒヨコ豆を持って入って来た。

 「どうしたの?」「さあ。一佐が何か大変らしい。みちるちゃんからの電話で飛びだした。」

 「お昼、カレーにしない?」と、藤井は言った。

午前11時。なぎさのアパート。

なぎさの横にみちる。後ろに増田と金森が控えている。

 伝子が到着すると、4人は無言で正座していた。

 「どうした、みちる。何があった。」みちるは無言で彼女達の後ろにあった、5つのゴミ袋を指さした。

 「増田さんが『消臭スプレーを買って来て下さい』と言うから、買って、ここに来たら、増田さんと金森さんが大掃除してたの。すぐに終ったけどね。」

今度は増田が立って、「私が来た時は、ゴミ屋敷状態でした。放心して歌を歌っておられました。」

 どんな歌かは、伝子にはすぐに見当がついた。

 「宿直以外の日に、ここに帰ってきて・・・鬱だったか。」

 「おねえさま。皆でスケートリンクに行きませんか?」

 みちるに継いで、金森が言った。「新しい施設で、先々月オープンしたんです。」

 伝子は、ウーマン銭湯くらいしか、気晴らしは思いつかなかったので、助かったと思った。

 「みちるはアイススケート出来たか?」「出来ません。」「胸張って言うなよ。」

 「アンバサダー。私は経験あります。」と金森が言い、増田も「私もあります。」と言った。

 「私はない。」と、ボソッとなぎさが言った。「私もないな。ウインタースポーツは全般に苦手だが。」

 「決まり。」みちるは、あつこに連絡をした。

 正午。スケートリンク。

 あつこ、馬越、右門、稲森、飯星が合流した。

 1時間。増田と金森が指南役になって、9人はアイススケートを楽しんだ。

 スケート靴を脱ぎ、身支度をしていると、「泥棒!」という声が響いた。

 1番早く反応して飛び出したのは、なぎさだった。

 あっという間に賊に追いつき、跳び膝蹴りをした。

 もんどり打って、その男は盗んだバッグを落とし、脚を抱えて「いたたたったたたた。」と激痛を訴えた。

 飯星が確認すると、「靭帯損傷(じんたいそんしょう)です。アンバサダー。」と言った。

 「過剰防衛じゃないのか?」と、男が訴えたが、「泥棒は理屈言わないの。」と、あつこは男を睨み付け、警察と救急車を呼んだ。

 バッグの持ち主と、施設の管理担当者がやってきた。

 みちるは、管理担当者と盗まれた女性に警察手帳を見せ、女性に本人確認の上、バッグを返した。

 あつこは、やがてやって来た警察官と救急隊員に警察手帳を見せ、事情を説明した。

 「一旦、私のマンションに行こう。あつこ、みちる。後は頼む。」と伝子は2人に言い、2人は頷いた。

 午後2時。伝子のマンション。

 皆で、ヒヨコ豆カレーを食べていた。

 「どんどん食べて。急遽レトルトカレーに切り替えたけど、レトルトでもおいしいでしょ?」と藤井が言った。

 「急に人数が増えたから、どうしようかと思っていたら、レトルトカレーのストックがまだあったことを思い出したんだ。」高遠が嬉しそうに言った。

 午後3時。皆が食べ終えた頃、チャイムが鳴った。

 見知らぬ男女に高遠が戸惑っていると、男性が「一ノ瀬欣之助と申します。こちらは、妻の悦子、と申します。」と、挨拶をした。

 なぎさが玄関に出てきて、平伏した。顔をあげた、なぎさに悦子は平手打ちをした。

 「一ノ瀬の籍に入れてくれ、と言ったのは、ぐうたら生活を黙認する為ではありません。一ノ瀬の姓を名乗り続けたいのであれば、嫁らしくしなさい、なぎさ。舅姑に尽くすのが嫁のつとめです。アパートは引き払います。EITOにはウチから出勤しなさい。」

 恐ろしい剣幕で言い募った悦子は涙を流していた。

 「そういう訳です。私も妻も元自衛官です。自衛官としてもEITO隊員としても、 なぎささんの優秀さは存じ上げています。籍を抜いて貰う事も考えましたが、それでは、不憫過ぎます。私たちが家族としてまとまるのが一番と考えました。」

 「お義母さま、お義父さま。」なぎさは泣きながら、二人に縋り付いた。

 高遠は、増田から荷物を受け取り、悦子に渡した。

 三人は去って行った。

 入れ替わりに、綾子が入って来た。「学。塩、塩!」と叫ぶ伝子に「はい、はい。」と高遠が塩を持って来た。

 「この家のコント、飽きないわ。増田さん達。きょとんとしているけど、いつもこうなのよ。」と、藤井が解説した。

 増田達は、ぎこちなく笑った。

 増田達が帰った後、伝子は、EITO用のPCを起動した。

 「流石、大文字君。賢明な判断だった。宿直は除外する。一ノ瀬家からの出勤も認める。これで、鬱も解消するさ。陸将には、私から伝えておくよ。それから、白藤から連絡のあった置き引き犯は町屋しんきち。残りは9人になった。」

 理事官の言葉に頭を下げ、伝子は「ありがとうございます。」と礼を言った。

 画面が消えた後、今度は物部に電話した。「そうかあ、良かったな。お前の頭痛の種が一つ減ったな。依田達も心配していたんだよ。鬱が仕事に影響しなきゃいいがって。」

 「やっぱり淋しかったのね。あの子の人生観を変える程の人だったんだわ。」と、横から栞が口を挟んだ。

 「ねえ。伝子。お昼、カレーだったの?私の分は?」綾子が言った。

 「ある訳ない!!」高遠と伝子は声を揃えて言い、藤井がクスクスと笑った。

―完―

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