第6話「戦国時代への適応能力」
中堅の私立高校に通い、そこでも中堅の成績だった。
現代の日本、そこでの生活に不満もなかった。
かといって、夢や希望があるわけでもなかった。
両親や友達、ちょっと気になっていた女子、関わりのある多くの人に、もう二度と会えなくなること、それが孝太郎にとって大事なことだったかどうか、それもよく分からない。
結果的に、孝太郎はそういった社会的なシガラミ全てを切り捨てて、戦国時代にやって来た。
取り返しのつかない事をした、とか、短絡的な行動だ、とか、そう自分に問いかけることもなく、自分がその場所で生きていること自体に、それほど多くの想いがなかったのだ。
「両親は僕が死んだと思うんでしょうか」
孝太郎は信三郎にそう聞いた。
両親が悲しむようなことをしたくない、それだけは強く思った。
信三郎は優しい口調で丁寧に答えた。
時空を移動した時点で、その世界から孝太郎は最初から存在しないこと、になるらしい。
現代の日本から、孝太郎が今まで生きてきた痕跡は、全て消えてしまうのだ。
「ほぼ全ての人から同じ質問を受けるよ、孝太郎、それを悲しいことと思うか?」
「いえ、ただ、両親が悲しむことがなければ、それでいいです」
こうして、孝太郎の存在は現代の日本から消え、彼は戦国時代にやって来た。
両親も、友達も、好きだったあの子も、今まで孝太郎が関わってきた全ての人達の記憶から、『山崎孝太郎は無かったもの』になったのだった。
現代の日本からおよそ460年前、1560年の戦国時代、
「ねえねぇ、コータローはどうして銃が撃てるの?」
楽田城に向かう途中、花見は孝太郎にそう質問した。
日本という国で銃を撃てる人間はそうそういない。
「え、えっと、ライフル射撃という競技をやってまして」
「ライフルぅ?それって本物なの?」
「いえいえ、実弾ではないんです、さすがに高校生では実弾は撃てないですよ」
「じゃ、人を撃ったこともないの?」
「えっ!? も、もちろん、そんなこと」
「えぇ~! 実弾も人も撃ったことない人に
「あ、はは」
ぐうの音も出ない。
それは孝太郎自身が一番不安に思っていたことでもある。
「花見、あの時代でやっていた事がそのまま通じる時代じゃない、でしょ、あなただって」
花見は不思議そうな顔をして、あたりを見廻す。
「うーーーーん、うーーーん」
そして、パッと顔が明るくなり、
「うん、月見ぃ、そうだねっ! 花見も元の世界で刀なんて持った事なんてなかったし!」
「でしょう?」
「そういう事だ」
信三郎が話に割り込んできた。
「俺も銃闘将を誰に任せるかは結構悩むが、他を見ても、あの時代でやっていた事がそのままココで通じることもあれば、全く通じないこともある。違う才能が花開くこともあれば、何も生まれないこともある」
「花見はココに来て強くなったよ、御屋形さまぁ」
「あぁ、花見は頑張った。王道に弟子入りしたいなんて言った時はびっくりしたが、結果的には大正解だったな」
花見は戦国時代に来た時、まだ9歳だった。
月見や雪見が忙しかったため、花見は一人で山に入り走り回っていた。
そこで訓練中の服部王道一行に会い、花見は彼らに付いて回った。
王道がイチ教えれば、花見は十も百も理解した。
剣術のセンスだけではない。
王道が驚いたのは、花見の適応能力だ。
「孝太郎にはまだ言ってなかったな」
「えっ!?」
「未来からこの時代に来た者は、身体能力が大幅に変化する。それが、俺がお前たちを戦国時代に連れてくる一番の理由だ」
信三郎が教えてくれた事は、驚きだった。
そして、何故、信三郎が未来から人を連れてくるのか、が分かった。
信三郎は最後にこう言った。
「大幅に上がる者もいれば、大幅に下がるものもいる、それが適応能力の差だ」
(ま、マジか、適応能力が無かった場合、僕はどうなるんだろう)
「安心しろ、孝太郎、その振り幅は俺にとっては計算済みだ」
「ダイジョーブだよぉ、コータロぉ~、御屋形さまは超優しいんだから」
「は、はぁ」
「まあチートスキルってやつだな、ハッハッハァ」
服部王道も、雪見も、花見も、適応能力があった。
そして身体能力が大幅に上がり、戦国時代で活躍している。
では、月見は?
信三郎が連れてきた数百人に上る現代人の中で、一番優れた適応能力を持っていたのが月見だった。
月見の身体はこの時代に最も適合し、途轍もないチカラを手に入れた。
それが月見を悩ませ、苦しませ、追い込んできたのだ。
いや、今も月見はソレと闘っているのである。
[つづく]
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