第4話「その男……」

 バカでかい男は、バカでかい馬から降りると、信三郎に深々と頭を下げた。


「これは、これは、御屋形様おやかたさま、ご無事で何よりで御座います」


王道おうどうさぁぁぁん!」


「雪見さん、お手柄ですね、御屋形様を御護おまもりになられた」


「王道さんもっ、ゴカツヤクで!ふふっ」


 ヒモで束ねられた男のうち、一人の顔は完全に潰れていた。

 信三郎はその男たちの顔を凝視する。


「これは、これは、御屋形様、申し訳ございませんが、一人はあやめてしまいました」


「うぅ、ば、バケモノ……が」


 リーダーの覆面男は生きていた。

 覆面の下から血が漏れている。


「さあ、お話いただきましょうか。何故、織田の領地を襲っているんですか?」


「く、ふ、ふざけるな」


「ほうぉ、まだ威勢がよいですねぇ」


「お、お前たちのせいじゃないか。砦を作るって言って大金を貰う話が、お前たちは、俺たちを、皆殺しにしようとしやがって」


「ん!?」


「お、織田の土地を荒らしてやろうと思ってる奴は、お、俺たちだけじゃないぜ……」


「で、我々の村を襲った、と?」


「そ、そうだ、織田のもんは全て奪ってやる、織田だけが奪っていいなんて、か、勝手な理屈じゃないか」


 …………………………………。

 …………………………………。


「ほうぉ!それはそうですね、あなた賢いですね」


「く、くそぉ、ふざけやがって」


 信三郎が口を開く。


「誰だ、誰の指示だ、砦を作っているのは?」


「し、知らねぇよ。でも、まぁ、立派な武将って感じじゃなかった、あれは、猿だな」


「なるほど、ふんっ、信長め、ついに藤吉郎を使い出したか」


「御屋形様、猿は、いや、織田家は秘密裏に砦を作っている、その秘密を漏らさないために、雇った人間を殺そうとした、と?」


「恐らくな。それが信長の命令なのか、どうかか」


「あの御方が、そこまでやりますでしょうか。猿めの独断では?」


「猿は何も知らんだろ。まあ、時機が来た、という事であろうな」


「では、御屋形様、どうされましょうか」


「王道、まずはそいつを離してやれ。そいつらも犠牲者だ」


 覆面男は信三郎の言葉に驚きながら、


「お、お前らは何なんだ?普通じゃないな、そ、その小娘も、この大男も、あの女も、一体、何なんだ」


「普通じゃない、か。ま、世の中には知らなくてよいこともあるもんだ」


「ふん、こっちだってこれ以上お前たちと関わるのは、ごめんだ」


「しかし、お前の名は聞いておこう」


「な、なぜだ?」


「おまえが、妙に冷静だから、かな。ま、深い意味はない。俺は信三郎、神雲信三郎だ」


「噂は聞いている。神雲家の当主か。襲う相手を間違えた、かな。まあ、いい、俺は十兵衛じゅうべえ、明智、十兵衛だ」


!!!!!!!

!!!!!!!


 王道と呼ばれる大男と赤髪の雪見が互いに目を見合わせる。


「お、御屋形、こ、これは」


「よい」


 王道と雪見は焦っている様子だが、信三郎は平静だ。


「明智十兵衛とやら、今回は見逃してやる。しかし、これ以上、神雲の土地を荒らすことはするな。それは身に染みて分かったはずだ」


 シュン!!!


 十兵衛たちを縛っていた縄を花見が一瞬で斬る。


「ふん、こりゃお見事だ。じゃあな、人斬り小娘」


「イィィィィだぁ!」


 花見は不貞腐れている。

 十兵衛はふらつきながら、瀕死の仲間を背負った。

 そして、血で汚れた覆面を破り捨てると、


「しかし、お前たちは、異質、だな」


 と言い、藪の中へ消えて行った。

 覆面の下にあったその顔は、野盗とは思えないほど、綺麗で整った顔をしていた。


「明智、十兵衛、ここにおったか」


 ゆっくりと息を吐いた信三郎が呟いた。



[つづく]

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