第3話「人斬り」

 花見は二本の刀を抜き、馬上に立ち上がっている。

 先程までとは違う、笑っているよな、怒っているような、不気味な表情をしていた。

 そして、


 !!!!!!!!!

 !!!!!!!!!


 ガサガサっと草木が揺れ、茂みの中から、馬に乗った野盗のような風貌の男達が次々に現れた。

 男達はみな、長髪・無精髭で汚らしく、うっすらと笑みを浮かべている。

 最後尾に、布で顔を覆った男がいる。

 この男がリーダーだろうか。

 全員で7人おり、そのうち前列の4人はすでに刀を抜いている。


「女がいるぞ! へっへっへ」


「女は高く売れる、どうやら、上物じょうもののようだな」


 男の一人は月見の全身からだを舐めるように見た。


「男のほうも身分が高そうだなぁ」


「あぁ、ここまで逃げてきた甲斐があったってもんだぜ」


「土産だ、土産ぇぇ」


 男たちが距離を詰めながらニヤニヤと笑う。


「クズ共が」


 信三郎がボソッとつぶやく。


「フハァッ! クズで結構、だが、勝ったものが、正義だろ?」


「確かにな」


 奥に控えているリーダーっぽい覆面の男が静かな声で言う。


「女と馬を置いていけば、逃がしてやってもいいんだぞ、さあ、どうする?」


「おいおいお~い、その高そうな槍と刀も置いてきなっ! だろぉ?」


 前列の太った男は、刃先をこちらに向けながら威嚇する。


「だ、そうだ、ふふふ」


 覆面男がそう笑った時、


「ハアッ!」


 右端の長髪男がいきなり馬を走らせ、信三郎に襲いかかる。


「ごちゃごちゃ言ってねえで、やっちまおうぜっ!」


 長髪男は刀で信三郎に斬りかかるが、それを信三郎は槍で防ぐと、馬をよろけさせながら、少し後ろに下がり態勢を整える。


「フハァッ!!!」


 今度は信三郎の槍が相手を突くが、長髪男はその攻撃をかわし、さらに刀で斬り込んでくる。

 その時だった。


 プシャァッ!!!!


 長髪男の首が胴体から離れて、血を吹き出しながら真上に飛んだ。


 !!!!!


 信三郎が長髪男の刀を槍で受け止めた瞬間、信三郎の背後から二本の刀が垂直に現れ、その刀は水平に交差するように、スパッと首を刎ねた。


 !!!!!


(え?????)


 孝太郎には何が起きたのか理解できなかった。

 それは、小さな小さな物体だった。

 馬の後ろからジャンプして信三郎を飛び越えながら攻撃したのだ。


 花見はその小さな身体を一回転させながら、信三郎の馬の前に着地した。

 まだ幼く可愛い顔に返り血を浴びながら、二本の刀に付いた血をサッと一振りで弾き飛ばした。


「弱い」


 花見はめた目で言った。

 それを聞いた前列の3人の男たちは、小さな花見を目がけて一斉に向かってくる。


「うぉぉぉぉぉ!!!!舐めるな、小娘がぁ!」


 花見は腕を伸ばして二本の刀を大きく開いた独特の構えを見せる。

 孝太郎の前の月見は、すでに弓に矢を装填し、弦を引いている。


「御屋形様っ、お下がり下さいっ!」


 男たちと信三郎、花見の距離が近いため、月見の矢が的を定められない。

 信三郎は槍を高く振り上げ、相手を威嚇するが、男達はひるまず突撃してくる。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 身体が硬直して動けない孝太郎だったが、恐怖から思わず声を上げてしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 その声はまた裏返っている。

 前を見ると、月見はまだ矢をっていない。


(なぜ射たない?)


 花見のほうを見ると、花見も刀を下ろしていた。


(何が起きている?)


 3人の男は目の前だ。


(ま、間に合わない)


 男たちが目の前まで迫っている花見は、口をつぼめ、不貞腐ふてくされた表情をしている。


「もうっ!」


 花見がそう言うのと、ほぼ同時に、


 うぉぉぉぉぉと声を上げる男達の首が、三つ同時に身体から離れていき、口はまだ、うぉぉぉと言っている状態だが、それはもう完全に分離しており、馬と身体は信三郎と花見の横を勢いよくすり抜けて、その途中に胴体は馬からずり落ち、馬だけの状態でやぶの中に走り去ってしまった。


 その一瞬の出来事は、孝太郎の目には、スローモーションのように映った。

 そして花見の前には、ボテッ、ボテッ、ボテッと三つの首が落ちた。


「な、なっ、なに???」


 孝太郎が残った男たちのほうを見ると、彼らはもうこちら側を向いてはおらず、反対方向に刀を構えていた。


 その視線の先には、馬上から横に弓を構え三本の矢を同時に射とうとしている赤い髪の女と、黒い服に赤い覆面みたいなものを被る数人の男が、こちらに向かって走ってきている姿があった。

 その男達も馬上で弓を構えていたが、こちらは普通に縦に弓を持つ見た事のある構え方だ。


 しかし、赤い髪の女が弓を射つ前に、残りの野盗たちは横の茂みに逃げ込んでしまっていた。


 花見の攻撃からここまで、ほんの数十秒の出来事だ。

 弓を持つ軍勢は、先頭の赤髪を含めて総勢7名、馬を降り、信三郎の前に整列し、深々とお辞儀をする。


「御屋形様、遅れて申し訳御座いません、ご無事で何よりですっ」


 と言った赤い髪の女は、顔を上げてニコッと笑い、


「な~んてねっ!」


 と言うと、孝太郎を除く全員がドッと笑った。

 いや、正確には月見と花見も笑ってはいなかった。


「ウハッハッハァ! 馬上から3人同時に殺るとは、流石さすがだな……」


「嫌だわぁ、信三郎様ぁ、可愛い妹にこれ以上ヒトを殺して欲しくなかっただけですわよ」


 そう言うと、赤い髪の女は、自分が射ち落とした3つ首と、その横に転がる長髪男の首を見回しながら、


「しかし、相変わらずキレッキレね……、花見のは」


「お、おねえちゃん」


 花見は不機嫌そうだ。


「あんたが殺らなくても信三郎様なら全然問題なかったのに」


「な、なによぉ!おねえちゃん!」


「言ったでしょ?あたしはアナタにヒトを殺して欲しくないのよ」


 月見は寂しそうな表情で呟いた。


雪見ゆきみ……」


 雪見と呼ばれた赤髪の女は、月見のことを無視するように、


「まぁいいわ、それより信三郎様、このところ東から浪人や盗賊の類が流れてきているみたいよ」


「あぁ、薄々は気付いていたが」


「あの男か」


「結構奥のほうまで進んでるみたいよ」


「山脈沿いは盗賊や浪人たちがもともと潜んでいたからな」


「ほんとっ、そんなの追い払ったらこっちに出てくるっちゅーねん」


「今の奴らもか? 雪見」


「ふっ、それは王道おうどうさんが教えてくれるわ」


「一緒だったのか」


「もち」


 雪見が笑みを浮かべて横の草むらのほうを見ると、


 フヒィィィィィン!


 !!!!!


 木々の間からバカでかい馬に乗ったバカでかい男が出てきた。

 その男は、先ほど逃げた三人の男たちを縄で束ねて肩に担いでいた。



[つづく]

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